学位論文要旨



No 214073
著者(漢字) 今枝,敬昌
著者(英字)
著者(カナ) イマエダ,ヒロマサ
標題(和) AE法および超音波法による電力施設の機器構造材料の健全性評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 214073
報告番号 乙14073
学位授与日 1998.12.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14073号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岸,輝雄
 東京大学 教授 伊藤,邦夫
 東京大学 教授 栗林,一彦
 東京大学 教授 相澤,龍彦
 東京大学 助教授 榎,学
内容要旨

 本論文はアコースティック・エミッションおよび超音波を利用して電力施設の構造健全性を確立することを目標として行ってきた研究の成果をまとめたものである.

 アコースティック・エミッション(Acoustic Emission,AE)とは,固体材料が塑性変形あるいは破壊する際に,それまで蓄えられていた歪エネルギーが解放されて弾性波の生ずる現象である.AEの発生状況およびAE信号の特性は,固体材料の種類や物性値,内在する種々の欠陥の種類と量などの内的な条件および外力や温度,雰囲気などの外的な条件に大きく影響される.このために,AE信号が有している情報,すなわち,どのような微視的変形・破壊がいつ,どこで,どのような頻度で発生しているかという情報が,総合的解析の対象になる.これにより,材料欠陥の有無やその動的な挙動が極めて高感度にかつリアルタイムで把握できる.また,複数個のAE検出器すなわちAE変換子を使用すれば,AE信号の到達時間差からその欠陥の位置を標定することもできる.このようなAE現象を利用するAE法は1960年代から材料研究における新しい計測法として,また超音波技術やエレクトロニクスの発展を背景にし,圧力容器の耐圧試験における非破壊検査法として研究開発が進められてきている.

 AE法は,このような材料欠陥の動的挙動の監視機能と位置を探知する標定機能とを有しており,また,材質変化や欠陥の有害度の評価機能を合わせて有している非破壊検査法である.この機能を使うことにより,機器構造物の安全性や信頼性にとって最重要な構造健全性に対して高度の検査監視および診断ができる可能性を有する特異な技術である.ここでいう構造健全性は機器構造物が製作時に設計した性能を持つと同時に使用状態においても常にその必要性能を維持できることである.

 本論文では,このような構造健全性に対するAE法の高いポテンシャルを充分に活用することを目的に,(1)AE信号の持つ情報から構造健全性を診断するための信号解析法,(2)基本的なAE特性パラメータを総合的に計測解析できるAE信号解析システムの設置と性能評価,(3)材料試験,モデルおよび実機構造物のAE試験にこのシステムの構造健全性診断に対する適用性能の評価と診断の結果を取りまとめた.AE法は超音波探傷法(UT)と表裏一体の関係にあり,AE法研究の発展として,さらに(4)UT法による構造健全性診断のためのシステム評価,(5)鋳鉄キャスク材料および原子炉圧力容器材料の超音波診断による健全性評価の結果を合せてまとめたものである.

 構造健全性診断用のAE信号解析システムの設置に必要であり,かつ,基礎となるAE信号の解析法およびAE信号のパラメータの概要を述べた.構造健全性を診断するに当り,AE振幅分布およびその振幅分布パラメータによる統計的なAE活動度の有効性を述べ,さらにAE活動度の解析には,環境雑音の少ない周波数帯域を設定し,その帯域を通過する信号に対しては波形によりAE信号を弁別する信号処理と到達時間差により空間的な弁別を行う高速の信号処理とが効果性があると述べた.

 本研究で使用する装置として設置したAE信号解析システムの特性ならびに機能を述べると共に,大型構造物試験のように多数の計測系統が必要となり,取得データが記録後詳細に解析できる次世代装置として設置したマルチチャンネルAE信号検出記録装置の機能について概観した.

 種々の引張試験,破壊靭性試験および実機構造物試験において設置したAE信号解析システムの機能を確認すると共に,構造健全性の診断または診断用の基本参照データの採取を図った結果について述べた.その際に,小型の引張試験や破壊靭性試験さらにはモデル構造物試験の基本的なAE特性の参照データを採取しておくことによって,実機の構造物健全性に対して的確な診断評価が行えることを,実例を以って示した.さらに,ここで実施したAE試験に対して本AE信号解析システムは充分な性能を有していることが確認できた.主な知見は次の通りである.

 (1)金属材料のAE特性は金属組織などに大きく影響される.とくに,長期供用など長時間熱処理を受けた鋼材は金属組織の変化によりAE特性に大きな影響を受ける.

 (2)石油タンクのアニュラ部ではCT試験片による破壊靭性試験時のようにAE信号レベルは高い値を有し,モデル試験片にブローホールなどを導入した意図欠陥を含むものでは特に高い値が示された.

 (3)電力施設の実機プラントへAEの適用により,構造材料の健全性診断へのAE法の利用に当たっては,AE振幅分布のパラメーダや位置標定の事象数が重要であることを指摘するとともに,実機構造物の健全性にとってKaiser効果が重要な役割をすること,さらに,Kaiser効果の利用によって多くの応用分野があることを明らかにした.

 (4)発電機などのように回転部分を有するものは,AE法を適用に当ってその回転周期とAEの発生頻度とを相関させて解析することが有効であることを指摘した.

 上記を行うことにより培った超音波計測技法を応用したUT法に関する研究については以下のとおりである.ここでは,まずAE法との関連を明記した上で,超音波特性を評価するための信号解析方法と計測システムについて述べた.開発の途にある鋳鉄キャスク材料の健全性を保証するためのラウンドロビン(RRT)に使用した機器群からは,従来より使用実績のある機器が新しい対象にも充分使用に耐えることが窺えた.

 また,超音波による材質診断のための信号解析には市販の単品を組み合わせることにより充分な精度と検出感度があることが分かった.特に音速を計る機器は通常の計測より精度を必要とするが,ここでは伝播時間を計測するために計時の役をする発振器は充分な精度があることが確認された.

 これを踏まえて,超音波による鋳鉄キャスク材の欠陥検出性能ならびに超音波による構造材料の材質変化の診断について述べた.

 超音波のよる鋳鉄キャスク材の欠陥検出性能に関してはUT法が数度にわたるラウンドロビン試験の結果を踏まえて充分な性能を有していることを確認でき,垂直・斜角探傷法ならびに人工・自然欠陥それぞれに欠陥検出限界寸法を提案した.この結果は国による貯蔵用の鋳鉄キャスクの許認可に向けた基礎資料に反映させることができた.

 超音波による音速やスペクトル解析は,単独または併用して鋳鉄キャスクの材質診断のように最新の対象や原子力発電所の長期供用に関わるような最新の話題に対しても,非常に有力な手法であることが示された.さらに,鋳鉄材は鋳造後にメーカ毎に特殊な熱処理が行われており,そのことを踏まえた上で本法を使用する必要があると指摘した.

 以上の研究結果を総括すると,本研究で得られた成果の中で最も重要なものは,

 (1)AE振幅分布とそれに含まれる情報ならびにKaiser効果またはそれに由来する因子が,構造健全性のためのAE活動度の評価に取って有効であることを見出だしたこと.

 (2)構造健全性の診断を目的とした種々のAE試験を実施し,その経験を踏まえて,AE法による構造健全性の診断法を明らかにしたこと.

 (3)鋳鉄キャスク材や圧力容器材の欠陥検出性能評価および材質変化診断は,RRTなどによるUTデータを処理することにより可能であり,それを明示したこと.

 である.

 今後,AE特性に関する基礎的な参照データの採取・集積が進み,その上にAE計測・解析技法のより一層の向上が図られてAE現象に深い理解が得られると考えられる.その理解を背景にして,さらに長期供用を求められる電力施設のプラントにおいて高度の安全性と信頼性が必要とされる機器・構造物に取って,AE法による構造健全性は欠くことのできない特異な非破壊検査法として大きな役割を担って行くことが考えられる.また,UT法は益々データ処理法が複雑になり,他の非破壊検査法より大きな分野を担って行くものと考える.

審査要旨

 本論文は、電力施設における構造健全性の確保を目的として行ったAEおよび超音波法に研究に関する成果をまとめたものである。本論文で用いたAE法は、材料中に発生する微視的な破壊現象を動的に監視する機能を有しており、欠陥の位置や大きさを評価することが可能であり、材質変化をもとらえることができる非破壊検査手法である。よって、機器の安全性を考える上で最も重要な構造健全性を確保するための監視および診断の能力を有する技術である。また、超音波法は超音波を入力することにより欠陥を検出するという点において、AE法を補完するともいえる技術であり、この超音波法についても検討を行っている。このため、本論文は、全6章よりなっている。

 第1章の緒言においては、AEの研究を歴史的に概観し、さらに構造健全性診断のためのAE法の発展の方向について述べている。また、本研究の目的を示し、研究の意義を明らかにしている。

 第2章においては、構造健全性診断用のAE信号解析システムの確立に必要かつその基礎となる、AE信号の解析法およびそのパラメータの概要を述べている。構造健全性を診断する際の、AE振幅分布およびその振幅分布パラメータを用いたAE活動度の評価手法の有効性について述べ、さらにAE活動度の解析においては、環境雑音の少ない周波数帯域の設定、波形によりAE信号を弁別する信号処理、さらに到達時間差により空間的な分別を行う高速の信号処理などが有効であることを示している。

 さらに、本研究で使用したAE信号解析システムの特性および機能について述べている。大型構造物試験の際には、多数の計測系統を有し、記録した取得データを後で詳細に解析できる装置が必要であるため、新たに開発したマルチチャンネルAE信号検出記録装置の機能についてまとめている。

 第3章では、金属材料のAE特性を概観するとともに、種々の引張試験、破壊靭性試験および実機構造物試験において実施したAE信号解析の結果について比較を行っている。小型の引張試験、破壊靭性試験あるいはモデル構造物試験の際の基本的なAE特性の参照データを採取しておくことにより、実機の構造物健全性に対して的確な診断評価が行えることを示している。また、ここで実施したAE試験に対して新たに開発したAE信号解析システムは充分な性能を有していることを確認している。

 電力施設の実機プラントへのAEの適用に当たっては、AE振幅分布のパラメータや位置標定の事象数が重要であることを指摘し、同時に実機構造物の健全性にとってKaiser効果が重要な役割を果たすことを述べている。さらに、Kaiser効果を利用した応用について言及するとともに、電力施設へのAE法の適用のためのAE事象数や平均エネルギのしきい値の設定などの手順を提案している。また、発電機などのように回転部分を有するものについては、AE法の適用に当ってその回転周期とAEの発生頻度とを相関させて解析することが有効であることを指摘している。

 第4章においては、超音波特性を評価するための信号解析方法と計測システムについて述べている。開発が進められている鋳鉄キャスク材料の健全性を保証するためのラウンドロビン試験の際に行った計測結果から、超音波による材質診断のための信号解析には、市販の装置を組み合わせることにより作製した装置により、充分な精度と検出感度が得られることが述べられている。特に音速を測定する機器は精度が必要とされるが、伝播時間を計測するための発振器は充分な精度があることを確認している。

 第5章においては、超音波による鋳鉄キャスク材の欠陥検出性能ならびに超音波による構造材料の材質変化の診断について述べている。鋳鉄キャスク材の欠陥に関しては、破壊力学的を用いて許容欠陥の大きさを算出し、検出欠陥について確率的取り扱いを行うことにより評価を行い、超音波法が充分な検出性能を有していることを確認している。また、垂直・斜角探傷法を用いた際の、人工・自然欠陥それぞれに対する欠陥検出限界寸法について提案している。さらに、これらの結果は貯蔵用の鋳鉄キャスクの許認可に向けた基礎資料に反映することができたことを述べている。

 超音波による音速やスペクトル解析は、単独または併用して用いることにより、鋳鉄キャスクの材質診断や原子力発電所における材料の寿命予測に関して、有力な手法であることを述べるとともに、鋳鉄材におけるメーカ毎の異なる熱処理による材質の違いを考慮して超音波法を使用する必要があることを指摘している。

 第6章では、以上の研究結果を総括し、本論文の結論としている。

 以上本論文は、AEおよび超音波を利用して電力施設の構造健全性を確立することを目標として行ってきた研究の成果をまとめたものであり、電力施設の実機プラントの健全性診断へのAE法の適用手順を提案するとともに、超音波による音速やスペクトル解析は鋳鉄キャスクの材質診断に関しても非常に有力な手法であることを示しており、材料評価の研究への寄与が大きいと判断される。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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