学位論文要旨



No 214074
著者(漢字) 菊川,廣繁
著者(英字)
著者(カナ) キクカワ,ヒロシゲ
標題(和) 航空機複合材構造の耐損傷設計に関する研究
標題(洋)
報告番号 214074
報告番号 乙14074
学位授与日 1998.12.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14074号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岸,輝雄
 東京大学 教授 相澤,龍彦
 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 教授 香川,豊
 東京大学 助教授 榎,学
内容要旨

 現在、複合材料製の航空機構造はアルミニウム合金構造に比べ、20%〜40%の軽量化が達成されている。しかし、現在計画されている超音速旅客機やスペースプレーンの実現には、50%以上の軽量化が必須で現技術を遥かに超える超軽量構造が必要となる。また、航空機は20年あるいは30年の運用寿命を想定して設計されている。しかし、最近、この設計運用寿命を超えて使用する延命機が増加し、その安全評価が問題となっている。

 筆者は、航空機複合材構造の現在の設計基準を分析し、現設計基準ではこれら超軽量構造の実現や延命機の安全評価ができないことを明確にした。それは損傷の発生・進展を許容する設計概念(Growth Concept)と内部損傷を検知する概念(Detectable Concept)が設計基準に盛り込まれていないからである。筆者は本研究において、この両概念を盛り込んだ新しい複合材構造設計基準を作成した。損傷の種類・大きさ・位置から破壊強度を求める耐損傷設計基準の新作と知的構造への応用が、本研究の主たる新規性である。

1.新しい耐損傷設計基準の骨子(1)設計方針(Design Principles)

 損傷に対する設計方針は、次の対比概念の選択によって決まる。

 ・損傷進展の許容/禁止(growth or no-growth)

 ・損傷の発見/非発見(detectable or undetectable)

 ・耐損傷構造の選択:損傷進展禁止構造/損傷進展許容構造/知的構造

 新しい耐損傷設計基準が従来の設計基準と大きく異なる点を図1に示す。また、同図に本研究で導出、新設、改善等を行った解析法、設計基準、設計許容値の項目を示す。

図1 従来の複合材構造設計基準と新設計基準との対比

 図1は、横軸に損傷進展の許容/禁止を、縦軸に内部損傷の発見(自己検知)/非発見を取っている。セーフ・ライフ設計からフェール・セーフ設計へ、更に耐損傷設計へと進歩した第3象限が、従来の設計基準でカバーできる領域である。新しい耐損傷設計基準は、第4象限と第1象限を拡大した。

 第4象限は、直ちには破壊につながらない損傷を許容する設計で、損傷進展許容構造である。強度劣化が非常に微細なメカニズムによって起こり、センサを内蔵しても検知が難しいため、内部損傷検知を前提としない。

 第1象限は、内外部の損傷を自己検知し、積極的に損傷の進展を許容あるいは抑止する設計で、知的構造(Smart Structure)の領域である。センサを使って損傷の自己検知、アクチュエータ素材を使って損傷の進展を抑止する。

(2)設計基準(Design Criteria)

 損傷が発生・進展して残留強度が低下する。その過程を定量的に解析する次の基準を策定した。

(a)損傷の大きさと位置

 初期損傷モデル(pre-existing damage model):複合材構造の製造時、一番損傷が発生しやすのは、孔あけ加工である。その際発生する孔周りの傷は、樹脂欠損であるチップアウト、ドリル先端側の層間剥離、孔経のオーバーサイズの順に発生頻度が高い。これらの傷の中には、検査で見つけることができず初期損傷として機体に残ったまま運用に入るものがある。その初期損傷の大きさと位置を規定した(図2)。

図2 初期損傷の一例

 損傷発生モデル(damage initiation model):製造時にはないが、運用に入り荷重が繰り返しかかるとマトリックス・クラックが発生する。そのクラックが起点となって、層間剥離が発生し進展する。マトリックス・クラックだけの状態では強度低下は大きくないが、層間剥離が進展すると大きく強度が低下する。その損傷発生モデルを明確にした。

(b)損傷進展解析法および残留強度解析法

 筆者は、層間剥離進展解析法と圧縮座屈強度解析法について一案を提示した(図3、図4)。その中で、実験値との検証結果に基づき実験値との一致度を良くするために層間剪断応力補正係数f(b/D)が必要なこと、樹脂の粘り強さ(架橋効果)を端末支持条件係数kで評価できる方法などを示した。

図3 層間剥離進展解析法図4 圧縮座屈強度解析法座屈応力 c=k(2E/12)(mh/bc)2座屈剥離長bc= mh(kE/12 c)1/2 ここで、m:剥離した外側層のプライ数 h:1プライの厚さ E:(mh)層の弾性率 k:柱の端末支持条件係数
2.知的化の効果

 損傷の進展を許容する設計概念(Growth Concept)と内部損傷を検知する概念(Detectable Concept)との両概念を盛り込んだ新しい耐損傷設計基準の最大の応用目標は、知的構造である。筆者は、ヘルスモニタリング(損傷の自己検知)および損傷進展抑止(アクチュエータ素材組み込みによる自己制御)を目的とした知的構造について、その設計概念を明確にするとともに、新設計基準による損傷の許容設計がもたらす効果を算定した。

(1)軽量化効果:

 複合材構造は従来の設計基準でも、アルミニウム合金構造に比べ20〜40%軽量化できた。知的化を行って、CAI設計許容値の引き上げなど設計基準を改善することにより、更に+10%程度の軽量化を達成することができる。これを従来の設計基準による軽量化実績に上乗せすると、50%程度軽くできることを示し、現在計画されている超音速旅客機やスペースプレーンの実現に必須である超軽量構造の可能性を示唆している。

(2)延命機の安全確保:

 設計寿命を超えると損傷進展速度が早くなり破壊確率が急激に高くなる。この時期、破壊確率を下げるためにヘルスモニタリングが非常に有効である。その効果を試算した。検査を全く実施しない場合に比べ、ヘルスモニタリングによる常時検査を行うと、破壊確率を1/10,000小さくできる。また、発見可能な損傷サイズが10mm以下で破壊確率は大幅に低下し、2mm以下にできると1/1,000小さくできる。

 ただし、知的化は利点ばかりではない。太径光ファイバ挿入は欠陥発生の元、密度が大きい形状記憶合金は、軽量効果相殺の可能性有など今後の課題を提示した。

審査要旨

 本論文では、航空機においてより軽量な複合材構造を実現するための損傷を許容する新たな耐損傷設計基準を作成することを目的として研究を行っている。またその耐損傷設計基準を用いて、積極的な軽量化および安全性向上を目指す知的構造システムについて具体的な設計を行っており、全5章よりなる。

 第1章は「序論」であり、本研究の背景を示している。従来の設計法の歴史的変遷を分析することにより現設計法の問題点を明らかにするとともに、本研究の目的と意義を述べている。すなわち、現在複合材料を用いて作製される航空機構造では、従来のアルミニウム合金構造に比べ20%〜40%の軽量化が達成されているが、新たに計画されている超音速旅客機やスペースプレーンの新型機を実現するためには、50%以上の軽量化が是非とも必要であり、現在の技術をはるかに超える超軽量構造の実現が重要となる。また、従来航空機は20年あるいは30年の運用寿命を想定して設計されてきたが、最近この設計運用寿命を超えて使用する機体(延命機)が増加し、その安全性評価が問題となってきており、現在の設計基準を用いるだけでは延命機に対する安全性評価ができないことを述べている。

 第2章「新しい耐損傷設計基準の必要性」では、現在の複合材構造設計基準により設計可能なことを明確にした上で、新しい耐損傷設計基準の必要性を述べている。すなわち、静強度、座屈強度、疲労強度の設計法を分析することにより、現在の設計基準では巨視的で外観的な破壊現象のみから強度を論じていることを指摘しており、複合材料の特性を生かすためには、現在の設計基準において欠けている損傷進展を許容する概念や内部損傷を検知する概念に基づいて強度の設計を行うことの重要性を明らかにしている。

 第3章「新耐損傷設計基準の提案」では、これらの損傷進展と内部損傷検知の概念を取り込んだ新しい耐損傷設計基準を提案している。新基準の作成に当たっては、従来の試験データを分析することにより衝撃圧縮強度の見直し、損傷進展および残留強度の解析法についての検討を行い、想定すべき初期欠陥の大きさと位置、および損傷の進展により破壊にいたるメカニズムを明らかにしている。新しい耐損傷設計基準を用いることにより、損傷の大きさと損傷進展速度および残留強度との関係を明確にできることを述べている。

 第4章「新耐損傷設計基準の応用」では、外部からの検査では発見が難しい内部損傷を光ファイバー等のセンサを内蔵して自己検知する知的構造、および形状記憶合金アクチュエータを内蔵して層間剥離の進展を自己抑止する知的構造についての検討を行っている。すなわち、これらの知的構造により可能となるヘルスモニタリング技術および損傷進展抑止技術に関して、それらの設計概念を明確にするとともに種々のモデルを用いて具体的な設計を行っている。さらに、構造の知的化により設計許容値が改善されることを述べており、マトリックスクラック発生荷重増加や衝撃圧縮強度向上などによる軽量化の効果についての算定を行っている。また、これらのヘルスモニタリングおよび損傷進展抑止技術により、構造の故障率低減すなわち安全性の向上や運用コスト削減が可能であることを述べており、これらの面においても知的化による効果が期待できることを示している。ただし、光ファイバーの径が太い場合には光ファイバーを層間に埋め込む際に余計な欠陥を作ってしまうことや、密度が大きい形状記憶合金をアクチュエータとして多量に用いた場合には必ずしも軽量効果が得られないことなど、知的化に伴う課題についても言及している。

 第5章は「結論」であり、本研究の成果を要約している。

 以上本論文は、航空機における複合材構造に関して従来の設計法および現在までの研究成果を系統的かつ統一的に分析し、新しい耐損傷設計基準の必要性を明らかにし、さらに新たに具体的な設計基準を提案したものである。また、その設計基準を適用することにより可能となる知的構造に関して、具体的な設計を行うとともに、その軽量化および安全性向上などに対する有効性を定量的に明らかにしており、材料工学に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51101