強誘電体材料は高誘電率のために、コンデンサ材料として古くから用いられてきた。近年、軽薄短小化の流れ、及びLSIの高集積化、マイクロマシーン等の技術の進展に伴って、特に強誘電体の薄膜が注目されるようになってきた。たとえば、IC用のメモリ=Dynamic Random Access Memory(DRAM)においては、高集積化が進展し、1Gビットクラスのメモリーに至って、もはや従来のシリカ薄膜では蓄積電荷量が足りないために、高誘電率薄膜が必要とされ、現在(Ba,Sr)TiO3(BST)等が精力的に検討されている。また、PbTiO3(PT)膜はその焦電性を利用した赤外線センサーに、Pb(Zr,Ti)O3(PZT)は、圧電性を生かしたアクチュエーターや、高誘電率を生かしたDRAM,及び強誘電性ヒステレシスを利用した不揮発メモリー等の応用に検討されている。これら強誘電体薄膜の作製法としては、種々提案されているが、特にスパッタリング、蒸着、レーザーアブレーション、CVD等の真空プロセス、及びゾルーゲル法等の溶液プロセスが検討されている。これら製膜法にはそれぞれ一長一短があり、製膜する材料、目的によって使い分けられている。 ところで、強誘電体薄膜の実用化には、まだ多くの問題点がある。これらの内、特に以下の二点が重要と考えられる。 第一に、薄膜ではバルクと同等の誘電率が得られない点である。 第二に均一で欠陥のない信頼性の高い薄膜を作ることが難しい点である。 各種製膜法の中でもゾルーゲル法は複雑な組成の制御性に優れている方法であるが、やはり均一に無欠陥の膜を作製することは難しい。 本研究では、このゾルーゲル法を用いて、上記2つの課題を解決する方法を探求した。最初にBaTiO3-PbTiO3固溶体系を対象にして、Ba/Pb比を変化させてゾルーゲル法によりPt/Si基板上に酸化物前駆体薄膜を作成し、次いで800℃で焼成して誘電率と結晶相を測定した。同時に、塗布した前駆体薄膜を基板から剥がして対応する組成の薄片を作成、焼成して、結晶相を調べ、基板の有無の結晶相に及ぼす影響を検討した。これらの値を公知のバルクのデータと比較したところ、純粋なBaTiO3薄膜は常誘電体相の立方晶を示し(バルクでは強誘電体相の正方晶を示す)、恐らくこれに対応した事実として誘電率はバルクの値よりも1桁程度小さいことを確認した。また、純粋なPbTiO3薄膜は正方晶を示すこと、またこれに対応して薄膜の誘電率はバルクのそれに近いことも確認した。更にこれらのPbTiO3-BaTiO3固溶体系ではPbの含有量が高くなると(Pb/Ba=50/50近辺)正方晶を示し、この組成付近で誘電率は最大値を示すことが明らかとなった。これに対してバルクにおいては、Pbの含有量が増加するほど誘電率は低下することが知られていて、挙動が大きく異なることが明らかとなった。薄片における結晶相の挙動は、薄膜よりもバルクのそれに近いこともわかった。薄膜と薄片では、基板の有無による応力の違い、および、粒径が薄膜の方が小さいことが異なり、これらのいずれかもしくは両方が薄膜の結晶相の挙動がバルクと異なる原因と推定された。粒径の効果をより明らかにするために、ゾルーゲル法薄膜では必ずしも厳密に制御ができない化学量論比を制御し、粒径も揃った高純度のPbTiO3-BaTiO3固溶体系粉末を改良シュウ酸法により合成し、その結晶相と粒径、組成の関連を調べた。まず高純度のシュウ酸アンモニウムチタニルを合成し、次いでアンモニウムをBa,Pb等で置換して量論比の正しいシュウ酸バリウムチタニル、シュウ酸鉛チタニル、及びシュウ酸バリウムー鉛チタニルを合成する条件を確立し、次いでこれらのシュウ酸塩を種々の温度で焼成して種々の粒径の粉末を合成し、その結晶相と組成、粒径の関係を調べた。正しい化学量論比であることを種々の組成分析法を併用して確認した。単相のBaTiO3,PbTiO3,(Ba-Pb)TiO3であることはX線回折により確認した。この結果、超微細な粒径(0.1以下)においてはBaTiO3は正方晶よりも立方晶がより安定である事、PbTiO3はずっと微粒まで(0.022以下)正方晶を保つこと、PbTiO3-BaTiO3固溶体系ではPbの固溶により正方晶が安定になることを見いだした。更にこの理由を表面エネルギー及びBaTiO3とPbTiO3の強誘電相(正方晶相)と常誘電相(立方晶相)の安定性の違いにより考察し、微粒で正方晶を安定化するためには、BaTiO3より正方晶が安定なPbTiO3を固溶させれば良いことを明らかにし、その相境界と組成、粒径の関係を推定した。 次にコンデンサが形成できるような、短絡のない薄膜が得られる条件を気孔の連結モデル(パーコレーション)および実験から検討し、ゾルーゲル法のようなセラミックの焼結を含むプロセスでは、通常の塗布、焼成法を採用して短絡率を0%にすることは極めて困難であることを見いだした。 この解決策の一つとしてゾルーゲル法によるガラスセラミックス薄膜を提案した。ガラスセラミックスにおいては、一旦1100℃以上の高温で原料を溶融し、次いでこれを急冷してガラスにする。次に適当な熱処理(例えば700℃)によりガラス中に結晶相を析出させてガラスセラミックスとする。これにより緻密な組織の形成が可能となる。しかしながら、この方法では、薄膜を基板上に形成することは極めて困難である。即ち、溶融ガラス中に基板を浸漬して膜を形成しても、ガラスの粘度が高く、薄膜化することは困難であるし、使用できる基板は高温のために極めて限られる。ガラスセラミックスのペーストを作って塗布しても、厚み10以下の膜を形成することは難しい。また、ガラスセラミックスは、できるだけ結晶相の含有率が高い方が好ましいが、TiO2,ZrO2などを多く含有すると失透しやすくなり、ガラスを作る事自体ができなくなるため、高結晶含有率のガラスセラミックスを作成することができない。 この解決のためにゾルーゲル法を適用した。これにより、ガラスセラミックスにおける最初のガラス化で達成される原子レベルでの混合を、金属原子を含む溶液の混合によって達成される。従って高温は不要であり、またスピンコート、ディップコートなどの方法で簡単に0.1-1の薄膜が得られる。 まずPbTiO3-PbO-B2O3系において塗布液を合成、基板上に製膜後種々の温度で焼成して、結晶化挙動、組織観察、非短絡率(収率)、誘電特性等を測定し、基本的にはこの方法が薄膜に適用可能であり、ペロブスカイト結晶相が得られること、結晶相含有率は従来の同じ系におけるよりも高いこと、低温で結晶化することを明らかにした。この系の問題点として、結晶成長が早く、あまり結晶が成長しすぎると基板が露出して膜が短絡することがわかった。 この解決のために、融液の粘度が高く、物質移動が遅くなることが期待されるPbTiO3-PbO-SiO2を検討し、結晶成長の抑制と高い非短絡率を得た。この系の問題点は、結晶化の抑制、特にパイロクロア相がペロブスカイト相よりも優先的に結晶化することで、これはガラスマトリックスにより体積変化が抑制されるためと推定した。 これらの知見を基にしてPZT系ガラスセラミックスを検討した。このとき用いたガラス相組成としては、PbO-B2O3,PbO-SiO2,PbO-B2O3-SiO2であり、最後の鉛ホウ硅酸ガラス組成に高結晶性、高非短絡率を期待したところ、予想通りの結果が得られ、高誘電率(1000)の薄膜を作成することに成功した。更に、実用的な薄膜コンデンサへの応用可能性を探るために、種々金属箔上に誘電体膜を形成し、その誘電特性を測定し、特にAl箔上に形成した薄膜は高周波特性が良好であることを見いだし、高周波用コンデンサ応用への基礎的知見を得た。 以上まとめると、強誘電体物質は薄膜や微粒では常誘電体相をとりやすい事、この傾向はキュリー点の低い化合物ほどその傾向が著しく、即ち常誘電体相が強誘電体相に比べてそれほどエネルギー的に不安定でない化合物ほどこの傾向を持つ。従って、チタン酸バリウムを薄膜ないし微粒の状態で正方晶(強誘電体相)で安定化させるにはキュリー点の高いチタン酸鉛等を固溶させると良いことが示された。次に欠陥をなくす条件は、通常のセラミックス焼結プロセスを経由する方法では達成が難しいことが示された。これに基づいてゾルーゲル法によるガラスセラミックスを提案した。これにより、高誘電率を保ちながら、欠陥のほとんどない薄膜を作成することが可能となった。 |