学位論文要旨



No 214076
著者(漢字) 馬崎,運
著者(英字)
著者(カナ) バザキ,ハコブ
標題(和) 高エネルギー固体推進薬の燃焼機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 214076
報告番号 乙14076
学位授与日 1998.12.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14076号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田村,昌三
 東京大学 教授 越,光男
 東京大学 助教授 齋藤,猛男
 東京大学 助教授 新井,充
 東京大学 助教授 茂木,源人
内容要旨

 過塩素酸アンモニウム系コンポジット推進薬は、現在最も多く使用されている固体推進薬であり、近年、大型衛星等の打ち上げ要求によりロケットのペイロードの増加の必要性が生じ、固体推進薬の高エネルギー化に関する検討が進められてきている。そのため固体推進薬として使用している酸化剤およびバインダー成分の高エネルギー化が重要な開発課題になってきており現在最も多く使用されている過塩素酸アンモニウム(以下AP)を更にエネルギーの高いニトラミン等を酸化剤とする推進薬の研究がなされてきた。しかしながら、燃焼速度特性の制御が難しく、また高エネルギーのニトラミン類を多く含有していくと衝撃等の感度が高くなるため実用には至っていない。そこで燃焼速度領域を拡大し、燃焼速度特性の制御を容易にするために、燃料成分であるバインダーの高エネルギー化の検討がなされてきた。現在使用されているコンポジット推進薬中のバインダーは、それ自身はエネルギーを有していないため燃焼速度領域を拡大することが困難であることから、バインダー自体にエネルギーを含有させたコンポジット推進薬の研究が行われるようになってきた。

 このように固体推進薬中の成分、特にバインダー成分、の高エネルギー化はロケットモータの高性能化のためには極めて重要になってきた。本研究は、高エネルギーバインダーを使用した推進薬の燃焼速度機構を明確にするとともに、燃焼速度領域を拡大した推進薬技術を確立することを目的とした。供試品として用いた高エネルギーバインダーはアジ化ポリマーの一種であるアジドメチルメチルオキセタン(Azide Methyl Methyl Oxetane:AMMO)であり、推進薬に適用した場合の燃焼特性について以下の項目について検討を行った。

 1)AMMOの燃焼特性

 2)バインダー成分の効果

 3)アジ化ポリマー含有量の効果

 4)燃焼触媒の効果

 その結果、以下に示すような成果が得られた。

1)AMMOの燃焼特性

 AMMOは他のアジ化ポリマー(例えばGlycidyl Azide Polymer:GAP)等と同様に分子中の酸素の量は少なく生成熱が正の値を示し、酸化剤がなくてもそれ単体で燃焼する。AMMOの燃焼速度はGAPの燃焼速度の2分の1程度を示す。理論計算上では断熱火炎温度は1000〜1300Kの値を示す。AMMOの熱分解特性を検討した結果、2段階の熱分解過程の内、第1段階反応がアジド基から窒素ガスを放出する発熱反応であった。また、燃焼波構造を測定した結果、燃焼表面近傍の凝縮相における反応熱の燃焼表面へのフィードバックが気相から燃焼表面への熱のフィードバックより大きく、燃焼を律速していることが確認され、これはアジド基の分解による発熱反応によるものと推定された。また、燃焼表面温度および燃焼表面近傍の反応熱は圧力の上昇とともに減少する傾向を示した。測定に使用したAMMOは架橋をしていない液体状のものを使用したため、燃焼表面でAMMOの燃焼と同時にアジド基が結合したままの炭化水素鎖が小さなフラグメントにきれて気相中に放出することによると推定された。

2)バインダー成分の効果

 AP系コンポジット推進薬の燃焼速度に及ぼすバインダー成分の効果を検討した結果、燃焼速度特性はバインダー成分により異なっており、バインダー成分によっては測定圧力範囲においてプラトー燃焼を示すことが得られた。また、それぞれの推進薬の燃焼機構を粒状拡散火炎モデル(Glanular Diffusion Flame Model:GDF)を適用して検討した結果、Fig.1に示すように燃焼表面で融解が確認されたものはGDF理論が適用できなかった。しかしながら、燃焼表面で融解が確認されたAMMOをバインダーとする推進薬についてはGDF理論が適用でき、AP/HTPB推進薬と比較した結果、AP/AMMO推進薬は化学反応時間に関するパラメータが、AP/HTPB推進薬より小さくなっており、化学反応速度が促進されていることが推定された。これはAMMO自身が発熱分解をすることによるものと推定された。

 推進薬の温度感度に及ぼすバインダー成分の効果を温度感度を測定することで確認した。AP/AMMO推進薬は、AP/HTPB推進薬より燃焼速度の温度感度が大きいことが確認された。燃焼速度の温度感度に対する気相および凝縮相反応の温度感度を求めた結果、全ての推進薬において燃焼表面における凝縮相反応が燃焼を律速していることが得られた。しかしながら、気相反応の温度感度が圧力の上昇にともない上昇する傾向を示しており、推進薬の温度感度と同じ傾向を示していることから、気相反応の温度感度も重要な役割を果たしていることがわかった。

Fig.1 GDF crrelation of buming rate of AP composite propellants with:P/r=a+b/P2/3
3)アジ化ポリマー含有量の効果

 AP系コンポジット推進薬中におけるAMMOバインダー含有量の影響を検討した結果、バインダー中のAMMOの量が多くなるほど燃焼速度は大きくなる傾向を示した。AP系コンポジット推進薬の爆発熱を測定した結果、バインダー中のAMMOの比率が高くなるほど爆発熱も高くなる傾向を示した。爆発熱と燃焼速度の関係を検討した結果、Fig.2に示すように爆発熱が増加するに従い燃焼速度も大きくなる傾向を示しており、前項の結果と併せて考えると気相から燃焼表面への熱流束が燃焼の律速段階に影響を与えているものと推定された。

Fig.2 The relationship between buming rate and heat of explosion
4)燃焼触媒の効果

 AP系コンポジット推進薬への燃焼触媒の効果を種々のバインダーを用いて検討し、AMMOへの効果を考察した。燃焼触媒として使用した酸化鉄(Fe2O3)を添加するとバインダーの種類によらず熱分解は促進されることがわかった。特にPPGやAMMOは分解が促進されており、AMMOと酸化鉄の反応性を検討した結果、酸化鉄はAMMOの熱分解を促進していることが確認された。

 各バインダーを使用したAP系コンポジット推進薬の燃焼速度を測定した結果、いずれの推進薬も酸化鉄を添加することにより燃焼速度も増大しており、AMMOは低圧領域で最も触媒効率が高くなった。燃焼速度の温度感度への酸化鉄の影響を検討した結果、酸化鉄を添加することによりバインダーの種類によらず燃焼が試験温度範囲内で安定することが確認された。温度感度はAMMOをバインダーとする推進薬が最も大きくなり、燃焼速度の温度感度へ影響を与えていることが得られた。温度感度への気相および凝縮相反応の影響を検討した結果、律速段階は凝縮相反応であるが、気相から燃焼表面への熱流束も燃焼速度の温度感度へ影響を及ぼしていることが確認された。

 以上の結果は次のようにまとめられる。

 (1)AMMOはアジド基の分解により発熱を示し、窒素ガスを放出する。また、酸化剤がなくても燃焼し、燃焼波構造の解析の結果、燃焼表面近傍におけるアジド基の分解による発熱反応が燃焼を律速している。AP系コンポジット推進薬の中ではAMMOは燃焼表面で融解相を形成するが、GDF理論が適用でき、AP/AMMO推進薬は化学反応速度がAP/HTPB推進薬より促進されていると推定される。また、燃焼表面近傍でAMMOは発熱分解をするために、凝縮相反応だけでなく気相反応も燃焼の律速段階に影響を及ぼしていると考えられる。

 (2)AP系コンポジット推進薬中のAMMOの含有量が増加すると燃焼速度が増大する。また、AMMOは燃焼表面で融解相を形成するため、AMMOの含有量が増加するとプラトー燃焼がみられ、圧力によっては燃焼表面でのAMMOの融解相の厚みが増加するため、燃焼表面へ十分に熱がフィードバックせず、又APの分解ガスの発生が阻害されていることにより燃焼中断が生じると考えられる。

 (3)酸化鉄はAPの分解を促進して燃焼速度を増大させるが、APだけではなくAMMOの分解も促進する。AMMOをバインダーとするAP系コンポジット推進薬は酸化鉄の添加により化学反応時間が大きくなり、酸化鉄がAMMOの分解に対して影響を与えていると考えられる。又、酸化鉄を含有しない推進薬と同様に燃焼表面近傍の気相あるいは凝縮相におけるAMMOの発熱反応が影響を及ぼしていると考えられる。

審査要旨

 本論文は「高エネルギー固体推進薬の燃焼機構に関する研究」と題し、高エネルギーバインダーとして分子内にアジド基を含有するアジドメチルメチルオキセタン(AMMO)を用いた推進薬の、燃焼特性および燃焼機構を明らかにするとともに、その燃焼速度を制御する方法を確立することにより、固体推進薬の高エネルギー化の可能性を見いだすことを目的として行った研究の成果をまとめたもので、6章からなる。

 第1章は序論であり、本論文の研究の背景と既往の研究について概説し、本論文の目的と方針を明らかにしている。

 第2章は、AMMO単体の基本性能である熱分解特性および燃焼特性について検討した結果をまとめている。AMMOの熱分解は2段階の熱分解過程を経て進行し、第1段階はアジド基から窒素ガスが放出する発熱反応であることを明らかにしている。また、AMMOは、酸素が存在しない不活性ガス中においても燃焼を持続することを見いだすとともに、燃焼波構造の解析結果から、燃焼表面近傍の凝縮相における反応熱の燃焼表面へのフィードバックが燃焼を支配しており、この反応はアジド基の発熱分解反応に起因するとしている。

 第3章は、固体推進薬における高エネルギーバインダーとしてのAMMOの特性を明らかにするため、AMMOおよび比較のため他の各種のバインダーを用いた過塩素酸アンモニウム(AP)系コンポジット推進薬についてそれらの燃焼特性を比較検討している。その結果、AP/AMMO系推進薬は、現在最もよく用いられている、末端ヒドロキシポリブタジエン(HTPB)をバインダーとするAP/HTPB系推進薬に比べて優れた燃焼特性を示し、高エネルギー化の達成が可能であることを見いだしている。次に、AP/AMMO系推進薬の燃焼機構について検討した結果、AP/AMMO系推進薬の場合は、燃焼時にAMMOの融解相が燃焼表面に形成されること、また、AP系推進薬の燃焼の理論モデルとして知られている粒状拡散モデルを適用した解析結果から、AP/AMMO系推進薬は、低圧では化学反応律速となり、高圧では拡散律速となることを見いだしている。さらに、AP/AMMO系推進薬はAP/HTPB系推進薬よりも低圧では化学反応が促進される可能性があることを示唆している。

 第4章は、バインダーとしてAMMO/ポリプロピレングリコール(PPG)混合物を用いたAP系コンポジット推進薬の、燃焼に及ぼすバインダー中のAMMOの含有量の影響について検討した結果を述べている。バインダー中のAMMOの含有量が増加するにしたがい燃焼速度は増大するが、これは気相あるいは凝縮相におけるAMMOの発熱分解が、燃焼速度に影響を及ぼすためと推定している。

 第5章は、AP/AMMO系推進薬の燃焼速度を燃焼触媒により制御することの可能性について検討している。燃焼触媒として一般的に使用されている酸化鉄(Fe2O3)の効果を検討した結果、酸化鉄は、酸化剤であるAPだけではなく、AMMOの熱分解も促進することを示している。さらに、酸化鉄を添加することにより、燃焼速度は増大し、燃焼も安定化することを見いだしており、酸化鉄触媒を用いることによりAP/AMMO系推進薬の燃焼速度の制御が可能となり、従来の推進薬と同様に使用可能であることを示している。また、燃焼機構について検討した結果、酸化鉄の添加は固相における拡散速度を増大させることを明らかにしている。

 第6章は、総括であり、本論文により得られた成果をまとめている。

 以上要するに、本論文は、高エネルギーバインダーとしてAMMOを使用した推進薬の燃焼特性および燃焼機構を明らかにするとともに、これによる固体推進薬の高エネルギー化の可能性を明らかにしたものであり、エネルギー物質化学および化学システム工学の発展に寄与するところが少なくない。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク