学位論文要旨



No 214077
著者(漢字) パドマクマル,ナヤ
著者(英字) Padmakumar,Nair
著者(カナ) パドマクマル,ナヤ
標題(和) ナノ構造金属酸化物における相の準安定性と細孔構造
標題(洋) Metastability and Pore-Structure Stability in Nanostructured Oxides
報告番号 214077
報告番号 乙14077
学位授与日 1998.12.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14077号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 大久保,達也
 東京大学 教授 山田,興一
 東京大学 教授 小宮山,宏
 東京大学 教授 中尾,真一
 東京大学 助教授 幾原,雄一
内容要旨

 準安定状態の金属酸化物がセラミック膜や触媒担体のようなデバイスとして使用される場合や焼結の際に起こる準安定相から安定相への転移は、相転移中に多孔性及び表面積の低下が促進されることから重要である。この現象は緻密なセラミックスの加工において理論密度を有するセラミックスを得るのに役立つが、場合によっては過度の粒成長をまねくことになる。しかしながら、高温で使用されるセラミック膜や触媒担体の場合は逆効果となり、表面積や多孔性が低下することにより、デバイスの性能が損なわれることになる。準安定相から安定相への転移中の緻密化促進や粒成長はHedvall効果により説明することができる。スウェーデンの化学者であるHedvallは固体状態での相転移において物質移動が促進されることを見いだした。この現象は現在ナノ構造金属酸化物の加工の分野において非常に重要になってきている。なぜならほとんどの金属酸化物はナノ構造体として調製される際に準安定相として析出し、多くは核成長型の相転移を経て、その後の熱処理により安定相に転移するためである。核成長型相転移においては原子間の結合が切断され、新たに結合ができるため物質移動が促進される。こうした結合の切断-生成は原子を動きやすくし、物質移動速度を上げることになる。

 ナノ構造金属酸化物における相の準安定性と細孔構造を完全に理解するには2つの課題がある。即ち、1.相の準安定性の理由、2.物理的(粒子のサイズ、形、パッキング)及び化学的要因が相転移挙動、ひいては細孔構造安定性に及ぼす影響、である。ナノ構造酸化物が溶液-ゾル-ゲルという経路で調製された場合に準安定相が生成する理由については、今日に至るまで文献上でほとんど言及されていない。そこで、こうした準安定性の発現機構についての仮説モデルを本論文の序論(第1章)で提唱する。しかしながら本論文では主として、物理的及び化学的要因が相転移挙動に及ぼす影響、ならびにその結果として相転移が細孔構造安定性に及ぼす影響について論じる。

 本論文第1章では既往の文献に基づき相の準安定性の発現の理由について論じる。析出反応において、準安定相Mと拮抗して安定相Sが生成する条件は少なくとも部分的には下の不等式により与えられることになる。

 

 及びgvはそれぞれ表面エネルギー及び体積自由エネルギーを示す。

 第1章では既往の文献に基づき、ナノ構造金属酸化物が溶液-ゾル-ゲルという経路で調製される場合には、準安定相を取り扱わねばならなく、必然的に準安定相から安定相への転移が伴うことを述べた。これより、物理的及び化学的要因が準安定相から安定相への転移過程、ひいては細孔構造安定性に及ぼす影響を詳細に検討する必要があることは明らかである。従って本研究の中心は、物理的及び化学的要因が相転移挙動に及ぼす影響、ならびにその結果として相転移がチタニア、アルミナ、ニオビア準安定相の細孔構造安定性に及ぼす影響におかれた。そこで凝集体中での一次粒子のパッキング及び微量添加物が相転移及び細孔構造安定性に及ぼす影響について検討を行った。

 第2章及び第3章ではパッキング及び配位状態が相転移及び多孔性低下に与える効果について検討した結果を示した。第2章では、静電的に安定化された解膠チタニア及び解膠していないチタニアにおける一次粒子のパッキング状態について、さらにパッキング状態と緻密化及び相転移挙動との関係について述べる。第3章においては、前駆体チタニアゲル一次粒子のパッキング状態を変えるために析出ゲルに種々の後処理を行った。これらの試料の細孔構造安定性について検討し、その結果を個々の後処理操作によって生じた初期構造と関連づけた。実験的に、パッキング状態、即ちアナターゼ相からルチル相への転移を変化させるためにはアルコール洗浄、凍結乾燥、及びマイクロウエーブ乾燥のような後処理操作が有効であることが示された。

 第2章及び3章では、凝集体中の一次粒子の初期のパッキングが密であるならば、チタニア系での準安定相から安定相への転移が促進されることが見い出された。これは、相転移速度が安定相の臨界核サイズに到達する可能性に依存しているためである。一次粒子のパッキングが密であるほど、配位数(実際に物理的に接触している隣接原子数)も大きく、それゆえ臨界核サイズにまで粒子が成長する可能性も高い。すなわち、チタニア系においてアナターゼ相を安定化するにはパッキング及び配位状態を制御することが有効であると言える。このことは適切な後処理操作によって、凝集体中の初期のパッキング状態を変化させることにより実証された。

 第4章から第6章では微量添加物がナノ構造準安定チタニア及びアルミナの相転移及び多孔性低下挙動に及ぼす影響について取り上げる。第4章では添加物の入ったナノ構造チタニアの相転移及び緻密化挙動について述べる。本研究では2種の添加物が用いられた。Cu及びNiはアナターゼ相からルチル相への転移を促進し、結果的に緻密化も促進した。Laは相転移を抑制し、結果として多孔性の低下を食い止めることになる。Cu、Laを共に添加した場合は中間的な挙動を示した。第5章及び第6章では、無添加及びLa、Ce、Nd、Gd、Cu、Feを添加したナノ構造アルミナにおける細孔構造安定性と相転移を取り扱った。全ての希土類カチオンは遷移アルミナから-アルミナ相への転移及び多孔性の低下を抑制した。Cu及びFeは相転移及び多孔性の低下を促進した。

 準安定相から安定相への転移への影響を検討するためアナターゼチタニア及びベーマイトアルミナの化学的修飾を行った。両方の場合とも微量添加物は相転移挙動ひいては焼結挙動に影響を与えた。相転移が促進される場合は常に焼結も促進され、逆も同様であった。チタニアの場合NiとCuは相転移を促進し、Laは抑制した。アルミナの場合La、Gd、Nd、及びCeは転移を抑制し、Cu及びFeは促進した。遷移アルミナから-アルミナ相への転移が希土類添加物によって抑制されることはよく知られているが、これらのカチオンの果たしている役割は未だ明らかではない。本研究において、相転移の抑制の度合いがカチオンのイオン半径に比例することを見いだした。この説はCe3+及びCe4+の影響を比較することでさらに裏付けられた。Ce3+の添加ではCe4+の場合に比べて遷移アルミナから-アルミナ相への転移が遅かった。Ce3+及びCe4+はそれぞれ還元及び酸化雰囲気で得られ、Ce3+の方がCe4+よりもイオン半径が大きいためである。

 第7章では無添加のニオビア系の焼結について述べる。他の系と異なり、ニオビアにおいては顕著な粒成長を伴わずに緻密化が進行することが見いだされた。粒成長を伴わずに焼結のみが促進される現象はHedvall効果だけでは説明できない。そこで粒成長を伴わず専ら焼結のみが起こる状態を説明するために、「臨界核サイズ効果」と名付けられた新たな仮説を第7章で提唱する。

 臨界核サイズ効果は「準安定相から安定相への相転移において、準安定相の一次粒子系が安定相の臨界核サイズに到達しようとするために起こす構造変化(緻密化または粒成長あるいはその両方)」と定義される。臨界核半径rは次式により計算される。

 

 体積自由エネルギーgv及び表面エネルギーは臨界核サイズを決定する最も重要な要素である。両者のうち、体積自由エネルギーは与えられた系においては常に一定である。表面エネルギーは緻密化の程度[外表面粒子(固相-気相界面)面積に対する粒界(固相-固相界面)面積の割合]や表面凝集のような要因に依存する。相転移の際に、緻密な材料を目的とする場合に生成する界面は固相-固相界面であり、多孔性の材料を目的とする場合には固相-気相界面である。固相-固相界面は固相-気相界面に比べ、より小さいエネルギーで生成できる。上記の式は、緻密な準安定相の臨界核サイズが多孔性の準安定相の臨界核サイズよりも小さいことを示す。小さい臨界核を通るパスがエネルギー的に有利であろう。それ故に、多孔性の系は相転移に先立ち緻密化しようとする一般的な傾向があると予想される。しかし、この仮説は依然として検証の初期段階にあり、今後の更なる検討が必要である。

 緻密化及び粒成長が促進される正しいメカニズムが何であれ、相転移はナノ構造材料の細孔構造を破壊することになる。それゆえナノ構造酸化物を最も効果的に取り扱うためには、準安定相が発現する原因を理解し、避けることのできない相転移過程を制御することが重要である。

審査要旨

 本論文は、ナノ構造金属酸化物において、物理的及び化学的要因が相転移挙動に及ぼす影響、ならびにその結果として相転移が細孔構造の安定性に及ぼす影響について論じたもので、全8章よりなる。

 第1章は序論であり、既往の文献に基づき相の準安定性の発現の理由について述べている。ナノ構造金属酸化物が溶液-ゾル-ゲルという経路で調製される場合には、準安定相を取り扱わねばならない。そのため必然的に準安定相から安定相への転移が伴うことから、物理的及び化学的要因が転移過程、ひいては細孔構造安定性に及ぼす影響を詳細に検討する必要があることを明らかにしている。

 第2章及び第3章はパッキング及び配位状態が相転移及び多孔性低下に与える効果について検討した結果を述べている。第2章では、静電的に安定化された解膠チタニア及び解膠していないチタニアにおける一次粒子のパッキング状態について、さらにパッキング状態と緻密化及び相転移との関係について述べている。第3章においては、前駆体チタニアゲル一次粒子のパッキング状態を変えるために析出ゲルに種々の後処理を行っている。これらの試料の細孔構造安定性について検討し、その結果を個々の後処理操作によって生じた初期構造と関連づけている。これらの検討を通して、アナターゼ相からルチル相への転移を変化させるためにはアルコール洗浄、凍結乾燥、及びマイクロウエーブ乾燥のような後処理操作が有効であることが示されている。

 第4章から第6章は微量添加物がナノ構造準安定チタニア及びアルミナの相転移及び多孔性低下に及ぼす影響について述べている。第4章では添加物の入ったナノ構造チタニアについて述べている。銅及びニッケルはアナターゼ相からルチル相への転移を促進し、結果的に緻密化も促進した。ランタンは相転移を抑制し、結果として多孔性の低下を食い止めることになっている。第5章及び第6章では、無添加及びランタン、セリウム、ネオジム、ガドリニウム、銅、鉄を添加したナノ構造アルミナにおける細孔構造安定性と相転移を取り扱っている。全ての希土類カチオンは遷移アルミナから-アルミナ相への転移及び多孔性の低下を抑制した。銅及び鉄は相転移及び多孔性の低下を促進した。希土類カチオンの添加によって転移が抑制されることはよく知られているが、これらのカチオンの果たしている役割は明らかではなかった。これに対して、相転移の抑制の度合いがカチオンのイオン半径に比例することが見いだされている。これらの結果は微量添加物が相転移挙動ひいては焼結挙動に顕著な影響を与えることを示している。

 第7章は無添加のニオビア系の焼結について述べている。他の系と異なり、ニオビアにおいては顕著な粒成長を伴わずに緻密化が進行することが見いだされている。粒成長を伴わずに焼結のみが促進される現象は、従来これらの現象を定性的に説明するために用いられていた「Hedvall効果」だけでは説明できない。そこで粒成長を伴わず専ら焼結のみが起こる状態を説明するために、「臨界核サイズ効果」と名付けられた新たな仮説が提唱されている。

 第8章は総括であり、本研究で得られた成果をまとめている。

 以上要するに本論文は、ナノ構造金属酸化物における、物理的及び化学的要因が相転移挙動に及ぼす影響、ならびにその結果として相転移が細孔構造の安定性に及ぼす影響を明らかにしたもので、材料化学および化学システム工学の発展に大きく貢献するものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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