学位論文要旨



No 214079
著者(漢字) 礒野,康幸
著者(英字)
著者(カナ) イソノ,ヤスユキ
標題(和) 有機溶媒を用いた膜型酵素反応システムの基礎特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 214079
報告番号 乙14079
学位授与日 1998.12.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14079号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松澤,洋
 東京大学 教授 山崎,素直
 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 助教授 宮脇,長人
 東京大学 助教授 若木,高善
内容要旨

 有機溶媒を用いた反応系での酵素を用いた物質生産の研究が盛んに行われている。有機溶媒を用いた酵素反応系は有機溶媒-水均一系(微水系)と有機溶媒-水不均一系(二相系)とに大別される。微水系酵素反応では、加水分解酵素による合成反応や転移反応が可能、水難溶性物質を溶解状態で基質として用いることができる、微生物汚染が起こりにくい、などの特長がある。また、二相系酵素反応では水相中で酵素反応を行い、生成物を逐次有機相に抽出する「反応-生成物分離型システム」の構築が可能である。本論文では、リパーゼによる微水系酵素反応およびプロテアーゼによる二相系酵素反応を用いた物質生産を行うための反応システムの構築を目的とした。

 酵素は一般に有機溶媒中では不安定であること、親水性が高く、有機溶媒中で分散しにくいことなどの理由から、微水系において生産性を向上させるためには有機溶媒中での酵素失活の軽減、有機溶媒との親和性向上などの操作が必要となる。こうした問題点を解決する手段の一つとして、岡畑らは酵素表面を界面活性剤で修飾する方法を報告している。これは酵素表面に存在する水酸基、アミノ基などの親水基に界面活性剤の親水基を結合させることにより、酵素を見かけ上疎水基が外側に向いた構造とする方法である(図1)。この修飾酵素は有機溶媒中で良好に分散あるいは溶解することができるため、高い酵素活性を得られる可能が高い。また、その調整法も簡便であり、今後の幅広い応用が期待される。本論文ではリパーゼによる微水系反応に本手法を応用し、エステル交換反応による油脂の改質、エステル合成反応による有用エステルの合成を行った。

図1 界面活性剤修飾酵素模式図

 まず、リパーゼを用いた界面活性剤修飾酵素作成法の検討およびその油脂加水分解酵素活性に関する検討を行い、効果的な修飾酵素作成法を見いだした。次に、界面活性剤修飾リパーゼを用いた微水系エステル交換反応(トリグリセリド+高級脂肪酸、パーム油の改質)およびエステル合成(モノグリセリド+高級脂肪酸、ジグリセリド+高級脂肪酸、直鎖低級アルコール+高級脂肪酸、直鎖高級アルコール+高級脂肪酸)を行い、いずれの反応においても修飾リパーゼの活性が粗酵素より向上していることを明らかとした。

 次に、エステル交換反応における温度、水分等の反応条件について検討した。修飾リパーゼの反応最適温度は50℃であったが、90℃でも相当の活性を保持することがわかった。これは界面活性剤により酵素表面覆われていること、界面活性剤との水素結合により修飾酵素の構造が強固になったことにより、耐熱性が向上したためと推測された。また、反応系に水を添加することで酵素活性の向上が見られた。この場合、添加水分量は酵素重量当たりに換算した水分量で最適水分量が決定されることが示された。また、エタノール、ジエチレングリコールを水の代わりに反応系に添加することは、酵素のエステル交換活性向上効果があり、これらの添加量を酵素重量当たりの[OH]量に換算した場合、水、エタノール、ジエチレングリコールでの最適添加量が一致することを見い出した。これらの結果は、酵素が有機溶媒中で活性を発現するために水または適当な溶媒による水和または溶媒和が必要であることを示している。

 続いて、修飾リパーゼを用いた膜型リアクターに関する研究を、工業的に有用であるワックスエステルの合成を対象として行った。これまで、膜の耐溶媒性の問題から、膜型反応器の微水系酵素反応への応用例は少なかった。本研究では、まず市販の膜の持つヘキサン耐性を検討し、ポリイミド製膜を選択した。本膜を組み込んだ膜型反応器によるヘキサン中での修飾リパーゼを用いたワックスエステル合成を行った。膜型反応器による繰り返し回分反応を行い、繰り返し操作中の修飾酵素活性の低下は小さく、安定したエステルの連続生産が可能であることがわかった(図2)。

図2 ワックスエステルの膜型反応器による生産

 一方、プロテアーゼについては、人工甘味料として需要が拡大しているアスパルテームの前駆体(ZAPM)合成について検討した。まず微水系酵素反応における有機溶媒の選択を行い、酢酸ブチル、アミルアルコールが適していることがわかった。また、ZAPMの酵素合成反応平衡時での生産物濃度が低いため、水相で酵素反応を行い、生成物を逐次有機相へ抽出する二相系反応システムを用いることが有効であることが示された。

 そこで、膜を介した水/有機溶媒二相抽出(膜抽出)を応用したZAPM合成について検討した。本システムでは水相中での酵素反応によりZAPMが合成され、これが直ちに有機相に抽出されることで水相での生産物濃度を平衡濃度以下に保つことができるため高い転換率を得ることが期待できる(図3)。また、膜により二相が仕切られていることから、二相の混合分離操作の必要がない、酵素と有機溶媒が直接接触しないため失活を防止できる、等の利点がある。中空糸膜モジュールを備えた膜型抽出反応器を用いてZAPMの酵素合成を行ったところ、基質が水相に保持され、生産物が有機相へ抽出されており、システムが有効に稼働していることが示された(図4)。また、二相間の各物質の物質移動速度を測定し、酵素反応動力学定数と組み合わせ、本反応システムのシミュレーションを行った。図4に示すようにシミュレーションと実験値は良好な一致を見た。

図3 膜抽出型反応装置原理図図4 膜抽出型反応器によるZAPM生産プロット:実験値、点線:計算値

 続いて、膜抽出型反応器の反応効率、生産物純度向上のための反応装置の改良について提案した。膜抽出型反応器では高い生産性を得ることができたが、基質の一部が有機相に抽出されることにより生産物純度が十分ではなかった。そこで、後段に漏洩した基質を回収するための逆抽出槽を設けた二段膜抽出システムを考案した(図5)。本システムの特性はシミュレーションにより評価し、95%程度の高い生産物純度が得られることを明らかとした。

図5 二段膜抽出システム原理図

 以上のように、リパーゼでは界面活性剤修飾による微水系でのエステル交換、エステル合成での反応性向上が示された。また、修飾リパーゼを用いた膜型リアクターによるワックスエステルの生産を行うことができた。プロテアーゼでは膜抽出を用いた二相系反応システムによる人工甘味料アスパルテームの前駆体合成が効率よく行われることが示された。また、システムの多段化より、生産物純度の向上が可能であることが示された。

 以上、本論文では、有機溶媒を用いた酵素反応系の基礎的特性について明らかにし、多くの有用な情報を示した。さらに、本反応系を膜型反応システムへ応用し、その有効性を反応工学的に明らかにした。

審査要旨

 有機溶媒を用いた酵素反応系は、有機溶媒-水均一系(微水系)と有機溶媒-水不均一系(二相系)とがあり、微水系では、加水分解酵素による合成反応や転移反応が可能、水難溶性基質の溶解度向上、微生物汚染抑制、などの特長があり、二相系では水相中で酵素反応を行い、生成物を逐次有機相に抽出する「反応-生成物分離型システム」の構築が可能である。本論文は、リパーゼによる微水系酵素反応およびプロテアーゼによる二相系酵素反応の基礎特性を検討し、さらにこれらと膜型反応器とを組み合わせた新しい反応分離システムの構築への展開を試みたものである。

 第1章では、これまで行われた有機溶媒を用いた酵素反応系および膜型反応器の研究についてまとめ、第2章では、界面活性剤修飾リパーゼの作成とその反応特性について検討した。酵素を微水系において効率よく利用するために、酵素表面に界面活性剤を結合させた界面活性剤修飾酵素(図1)を用い、リパーゼ、界面活性剤の選定、修飾方法について最適条件を検討した。この方法による修飾リパーゼは有機溶媒中で良好に分散し、微水系でのエステル交換反応によるパーム油などの改質、エステル合成反応(グリセリド+高級脂肪酸、直鎖アルコール+高級脂肪酸など)によるエステル合成を効率よく触媒することが明らかとなった。エステル交換反応においては反応最適温度は50℃で酵素の耐熱性が向上すること、また、エステル合成反応における最適添加水分量を明らかにした。

図1 界面活性剤修飾酵素模式図

 第3章では、修飾リパーゼを用いた膜型リアクターによるワックスエステルの合成を行った。最初に、膜の溶媒耐性を検討し、ポリイミド製膜が使用に適していることを見いだし、次に、本膜を組み込んだ膜型リアクターによるヘキサン中での修飾リパーゼによるワックスエステル合成を行い、その有効性を明らかにした。

 第4章では、プロテアーゼによるアスパルテームの前駆体ベンジルオキシカルボニル-アスパルチル-フェニルアラニンメチルエステル(ZAPM)の合成を二相系反応システムで行うための基礎的検討を行い、最適有機相として酢酸ブチルまたはアミルアルコールを選定し、また二相系反応システムでの酵素反応の動力学的定数を決定し、続いて第5章において、膜抽出型二相系反応システムによるZAPM合成を試みた。本システムでは水相で酵素反応によりZAPMが合成され、これが直ちに有機相に抽出されて水相での生産物濃度を平衡濃度以下に保つため高い転換率を得られ(図2)、また、膜により二相が仕切られているので分離操作不要、酵素と有機溶媒の非接触による失活防止、等の利点がある。中空糸膜モジュールを備えた膜型抽出反応器を用いてZAPMの酵素合成を行い、基質の水相への保持と生産物の有機相への抽出が認められることにより、本システムの有効性が明らかになった。また、二相間の各物質の移動速度を測定し、酵素反応動力学定数と組み合わせたシミュレーションを行い、さらに、生産物純度向上のため、後段に漏洩基質を回収するための逆抽出槽を設けた二段膜抽出システムを提案した。

図2 膜抽出型反応装置原理図

 以上本論文は、有機溶媒を用いた酵素反応系として微水系および二相系における酵素反応特性を明らかにし、さらにその膜型反応システムとの組み合わせによる新しい反応分離システムの提案とその有効性を明らかにしたもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク