学位論文要旨



No 214081
著者(漢字) 鈴木,養樹
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ヨウキ
標題(和) 低温度域における木材の圧電緩和と二相系モデルによる解析
標題(洋)
報告番号 214081
報告番号 乙14081
学位授与日 1998.12.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14081号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡野,健
 東京大学 教授 有馬,高禮
 東京大学 教授 尾鍋,史彦
 東京大学 教授 太田,正光
 東京大学 助教授 空閑,重則
内容要旨

 木材などの天然結晶性高分子は、圧電性を有し、力学的エネルギーを電気的エネルギーに変換することが知られている。木材は、結晶、非晶および準結晶から構成されているため、刺激に対して応答には時間差が生じ、圧電緩和現象を示す。木材中の構成成分、セルロース・ヘミセルロースおよびリグニンと圧電性の関係について検討することは、木材の構造を理解する上で、非常に意義がある。

 木材の圧電温度分散の温度域によるパターンの差異について検討した。常温〜150℃の高温域と-150〜0℃までの低温域で、木材の圧電率の実数部d’および虚数部d"の温度による変化を測定した。高温域では、ヒノキ、アガチス、モミ、ホワイトファー、スプルース、イゲム、シナノキ、ナトー、ブナ、ホオノキ、ミズナラでは、80℃から120℃に圧電率の虚数部d"のピークが現れた。

 一方、低温ではFig.1およびFig.2に示すようにヒノキ、アガチスでは、-125℃と-25℃に圧電率の虚数部d"のピークが現れた。シナノキ、ナトーでは、-80℃付近のみに分散吸収が認められた。他の樹種でも、このように、低温域において、針葉樹材と広葉樹材では、特徴的な圧電緩和の出現パターンを認めた。-120℃付近の分散は、メチロール基の関与、-20℃の分散はセルロース・ヘミセルロース、リグニン等の分子鎖の局所的な運動に起因すると推測した。

Fig.1.Fig.2.

 木材構成成分、特にヘミセルロースやリグニンによる圧電緩和への寄与を検討するために、ヒノキ、ホオノキおよびケヤキについて脱リグニン処理を行い、処理後の圧電・誘電および弾性率の挙動を観測した。

 Fig.3およびFig.4に示すように約10%リグニンが減少した場合、ヒノキおよびホオノキの圧電温度分散は、未処理に比べ低温側へ移動した。また、弾性率や誘電率の分散は、処理後1/3ほど低下し、ブロードな形状を示した。分散の出現温度も未処理に比べ、やや低温側へ移動した。また、ケヤキでも、同様な傾向が現れた。

Fig.3.The temperature dependence of piezoelectric,dielectric and elasric constants at 10Hz for hinoki.Legend:○:Real part of d,s and c,●:Imaginary part of d.s and c.Note.a)Control.b)Delignified for 4hrs.Fig.4.The temperature of dependence piezoelectric,dielectric and elasric constants at 10Hz for hoonoki.Legend:○:Real peart of d, t and c.●:Imaginary part of d, t and c.Note:a)Control,b)Delignified for 4hrs

 ヒノキにおいて、未処理では圧電率の実数部d’が負から正へ符号変化したが、処理後、全体的に正側へシフトした。ホオノキでは圧電温度特性は、未処理とほぼ同じ挙動を示した。ヒノキから抽出したヘミセルロースでは、弾性率と誘電率で-100℃付近に分散が認められた。圧電率においては、緩和を示さず、実数部の値は0.5×10-14(C/N)と小さい。また、ラミー繊維では、弾性率・誘電率の分散は、それぞれ-70℃付近に現れた。圧電率は、実数部が-110℃付近で負から正へ符号変化を生じた。虚数部のピークは-90℃付近のみに現れた。これらのヘミセルロースやラミー繊維の圧電温度特性から、低温度域における脱リグニン処理ヒノキの圧電緩和挙動について、結晶領域だけではなく、配向した非結晶領域が関与するモデルを示唆した。

 結晶領域とその周辺の領域の構造変化が圧電緩和に与える影響について、液体アンモニア処理を行い、結晶型変態による圧電温度特性を検討した。

 液体アンモニア処理は、セルロース結晶を膨潤させ、結晶構造をIからIIIへ変態させる。広角X線回折のプロフィールからヒノキ材では、結晶性は向上せず、シナノキ及びケヤキは、(002)面などの頂面反射の位置が移動し、セルロースIからIIIへ変態した。処理後、Fig.5に示すようにヒノキでは圧電率の値が未処理に比べやや大きくなり、分散が明瞭に現れた。一方、シナノキやケヤキにおいて、Fig.6のように圧電率の実数部d’が温度上昇に対して右上がりから右下がりへ、もしくは符号が負で変動した。

Fig.5 Temperature dependence of piezoelectric constant d for hinoki at 100Hz in the temperature range of -150 to 0℃.Fig.6 Temperature dependence of piezoelectric constant d for shinanoki at 100Hz in the temperature range of -150 to 0℃.

 ヒノキやカラマツにおいて、圧電緩和へ及ぼす結晶周辺の水分の影響を検討するため、含水率の異なる木材の圧電緩和挙動を検討した。

 Fig.7にヒノキの場合、Fig.8にカラマツの場合を示す。含水率の増加とともに、実数部のd’の符号変化の温度が低温度側へ移動し、また虚数部d"のピークは含水率の増加とともに乾燥した状態とは大きく異なり、緩和パターンは-125と-30℃付近の緩和が重なり合う状態で、大きな分散が見かけ上観測された。また、誘電緩和と力学緩和の挙動から、セルロースに起因することを明らかにした。

Fig.7 Variation of piezoelectric dispersions in the various moisture contents for hinoki in the temperature range of -150 to 0℃ at the frequency of 100Hz.Legend:○:Real part of piezoelectric constat d,●:Imaginary part of piezoelectric constant d.Fig.8 Variation of piezoelectric dispersions in the various moisture contents for karamatsu in the temperature range of -150 to 0℃ at the frequency of 100Hz.Legend:○:Real part of piezoelectric constant d,●:Imaginary part of piezoelectric constant d.

 低温度域において、球状の圧電相が非圧電相中に分布している球状二相系モデルを適用し、検討した。Fig.11にモデル図を示す。木材の圧電緩和を二相系モデルで扱う場合、おおよそ圧電性を示す圧電相と圧電性を示さない非圧電相で表される。圧電相の圧電率をd2、誘電率を2、弾性率をc2とし、非圧電相の誘電率を1、弾性率をc1、圧電相の体積分率をとすると(1)、(2)から(3)が導かれる。

 

 

 

Fig.9 A two-phase system composed of a non-piezoelectric phase(Phase 1)and spherical piezoelectric phase(Phase 2).Notes:The constants of a non-piezoelectric phase are c1 and 1,and those of piezoelectric phases are c2 and 2.

 (1)未処理、(2)脱リグニン処理木材、(3)液体アンモニア処理木材、(4)吸着水による影響を中心に検討し、次のような結果を得た。

 ヒノキ、カラマツ、ホオノキ材およびラミー繊維について、圧電相の圧電率d2の緩和は、観測値dと同じ温度域で生じた。また、非圧電相の誘電緩和や力学的緩和から、木材の見かけの圧電緩和には、結晶相と高度に配向した非晶領域の関与を明らかにした。ヒノキ材やカラマツ材とホオノキ材について、d2とdの関係は、分散出現温度域でそれぞれ、勾配の異なる2本の直線関係があり、さらにホオノキ材ではヒノキ材やカラマツ材とは、相異なる勾配の直線関係が得られた。

 脱リグニン処理・アンモニア処理木材や含水率を変えたヒノキ材やカラマツ材に適用した結果において、非圧電相の誘電率1、弾性率c1は、観測値同じ温度域で緩和を生じた。局所場係数LT、LEの挙動は、それぞれ見かけの力学的温度分散、誘電温度分散と同じ温度域で分散が生じた。したがって、LT、LEは非結晶相の弾性率および誘電率を含んでいることから、見かけの圧電緩和に一部の非結晶相の関与を示唆した。さらに見かけの圧電率dと圧電相の圧電率d2との関係から、異なる勾配の関係が得られ、含水率が異なると緩和のモードが変化すること、圧電相に高度に配向した非結晶領域が存在することを明らかにした。

 ラミー繊維では、圧電率の観測値dと計算値d2の関係は、ほぼ1本の直線関係で表されたことから、それぞれ、結晶性の相違および木材の構成成分の相違に起因して生じるモデルの妥当性を裏付けた。

 以上のことから、圧電相には、結晶領域と一部配向している非晶領域もしくは準結晶領域が含まれることを明らかにした。

審査要旨

 本論文は木材の圧電緩和現象を論じたものである。木材の主要三成分のうち、セルロースはセルロースミクロフィブリルとして微結晶を形成し、細胞壁の骨格をなしている。したがって木材は力学的な刺激を受けると微結晶に電気分極を生じ、圧電現象を示す。ところがセルロース微結晶はヘミセルロースやリグニンのマトリックス中に埋め込まれているために、刺激に対する応答には時間差が生じ、圧電分極は緩和現象を示す。

 木材の圧電緩和は温度分散を持つことが知られているが、構成成分との関係、すなわち、ヘミセルロースやリグニンの影響に関する詳細な検討はなされていない。その点の検討が十分なされると、木材の緩和現象の理解に役立つばかりでなく、構成成分の相互のあり方についての有用な知識が得られると思われる。本論文の意図する点はそこにある。本論文は5章から成り立っている。

 第1章では、針葉樹材6種、広葉樹材7種ならびにラミー繊維の圧電温度分散のパターンを-150〜150℃の領域で測定し、比較検討した。その結果、室温以上では3つのグループに格別な違いはないが、室温以下では、針葉樹材と広葉樹材とで異なる分散を示すことを見出し、さらにラミー繊維との比較で、針葉樹材と広葉樹材との圧電温度分散のパターンの差異は、ヘミセルロースやリグニンの違いに起因することが示唆されるとした。

 第2章では木材構成成分であるヘミセノレロースやリグニンが圧電緩和へ及ぼす影響を検討するために、ヒノキ、ホオノキおよびケヤキについて脱リグニン処理を行い、処理後の圧電・誘電および弾性率の挙動を検討した。リグニンを約10%緩やかに除去すると、圧電率の虚数部の温度分散は低温側へ移動し、誘電率ならびに弾性率は約1/3に低下してブロードな分散となって低温側へ移動することを見出した。さらにヒノキから抽出したヘミセルロースとラミー繊維の圧電、誘電および弾性率の温度特性を比較検討した結果、室温以下の温度域では、結晶領域のみならず配向した非結晶領域が寄与すると見なせば合理的に説明できるとした。

 第3章では、ヒノキ、シナノキ、ケヤキならびにラミー繊維を液体アンモニアで処理し、結晶型が圧電緩和に与える影響について検討した。なお、液体アンモニア処理でセルロースの結晶はIからIIIへ変態する。処理の結果、圧電率は実数部が高温側へシフトした。これは、弾性コンプライアンスの虚数部のピークが高温側へシフトしたことと符合する。さらに誘電率の実数部が大きくなり、虚数部のピークが高温側へシフトしたこととも符合する。したがって、セルロースIIIへ転移することによって、分極に関与する領域が増大し、緩和を含めて圧電率が高温側にシフトすることを見いだした。

 第4章では、ヒノキ、カラマツ、綿由来のセルロース粉末を用いて、吸着水が圧電緩和へ及ぼす影響を検討した。試料の含水率を0、8、10、20%に変化させると、含水率が高いほど圧電定数の実数部の符号が変化する温度が低温度側に観測され、虚数部は-125℃と-30℃付近の緩和が重なり合って、大きな分散として観測された。さらに、誘電緩和と力学緩和の挙動と考え合わせると、それらの変化はセルレロースに起因することを明らかにした。

 第1章では、室温以下の温度域における木材の圧電緩和現象に対して、球状の圧電相が非圧電相中に分散している球状二相モデルを適用し、脱リグニン処理、液体アンモニア処理、吸着水の影響を検討した。その結果、木材の見かけの圧電緩和は、結晶領域と高度に配向した非晶領域、非圧電領域からなるモデルで説明することができることを明らかにした。さらにそれぞれの領域の圧電率を検討した結果、圧電相には、結晶領域と一部配向している非晶領域もしくは準結晶領域が存在していることを明らかにした。

 以上、本研究は木材の圧電緩和現象について組織的に検討して、各成分の寄与、水分の効果を明らかにするとともに、モデルの適用を計り成果を収めた。このことは、学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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