本研究は、ダイオキシン類やカルバゾール(CAR)等の環境汚染物質の分解代謝に関与する酵素遺伝子群の単離と解析を目的とし、CARの分解菌Pseudomonas sp.CA10株からCAR分解代謝系遺伝子群(car遺伝子群)を取得し、その遺伝子構造と代謝系酵素の機能解析を行うとともに、ダイオキシン類やCAR等のヘテロ環式芳香族化合物分解系と進化的な類縁性が考えられるビフェニル、トルエン、クメンの分解系遺伝子群の関連について知見を得ることを目的として、クメン資化菌P.fluorescensIP01株のクメン分解系酵素遺伝子(cum遺伝子)群の全構造を明らかにし、その遺伝子構造について既に解析が行われているビフェニル、トルエン分解系遺伝子群との比較を行ったものであり、全5章からなる。 第1章の序論に引き続き、第2章ではCA10株のゲノムライブラリーからメタ開裂活性を指標として、CAR代謝に関与する酵素遺伝子を含む約6.9-kb EcoRI断片を取得するとともに、休止菌体反応を用いてこのDNA断片上にCARからアントラニル酸への変換に関与する全ての酵素がコードされていることを明らかにした。 第3章においては、第2章で取得された遺伝子断片の塩基配列を決定し、初発酸化酵素(carAaAcAd)、メタ開裂酵素(carBaBb)、加水分解酵素(carC)が、この遺伝子断片内にcarAaAaBaBbCAc(ORF7)Adという並びで同じ向きにコードされていることを示した。ヘテロ環式芳香族化合物に対するangular dioxygenaseとして、本研究により世界で初めて取得されたcarbazole1,9a-dioxygenase(CARDO)は、terminal oxygenaseが1つの遺伝子によってコードされるタンパク質であり、既知のdioxygenaseとは相同性の低い新規なdioxygenaseであること、メタ開裂酵素CarBも、活性発現に2つのタンパク質が必須で、classIIIに分類されるユニークなメタ開裂酵素であることを明らかにした。また、加水分解酵素CarCは、単環芳香族化合物分解系のメタ開裂物質よりビフェニル分解系のメタ開裂物質に強い活性を有するが、この傾向が相同性検索の結果と相反することも示した。 第4章においては、CARDOを発現する大腸菌を用いた休止菌体反応によりCAR以外のヘテロ環式芳香族化合物や、多環芳香族炭化水素(PAHs)を変換させ、機器分析により代謝物の同定を行った。その結果CARDOは、酸素原子や窒素原子を含むヘテロ環式芳香族化合物に対するangular dioxygenation、PAHs等に対するcis-dihydroxylation、ジベンゾチオフェンに対するsulfoxidationを触媒するなど広範囲の芳香族化合物に対して異なる種類の酸素添加反応を触媒し得るユニークな酵素であることが明らかになった。 第5章においては、P.fluorescens IP01株のcumene代謝系のメタ開裂以降の反応を触媒する酵素遺伝子を取得し、IP01株のcum遺伝子群がcumA1A2(ORF3)A3A4BCEGFHDという構造であることを示した。遺伝子解析と酵素活性の比較から、cum遺伝子群はP.putida F1株のtod遺伝子群やBurkholderia sp.LB400株のbph遺伝子群と類似の遺伝子構造を有しており、tod、bph両遺伝子群と進化的な関連があることも明らかになった。 以上、本論文は、Pseudomonas sp.CA10株からヘテロ環式芳香族化合物の分解に関わる新規酵素遺伝子群を取得し、CARDOがangular dioxygenationを含む複数の種類の反応を触媒し得ることを明らかにするとともに、P.fluorescensIP01株のcumene分解系遺伝子群の全構造を明らかにして、その造成過程を進化的に考察する等、芳香族化合物分解系の酵素及びその遺伝子群に関する新知見を与えたものとして学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと判断した。 |