学位論文要旨



No 214085
著者(漢字) 野尻,秀昭
著者(英字)
著者(カナ) ノジリ,ヒデアキ
標題(和) 難分解性物質分解系酵素遺伝子群の構造と機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 214085
報告番号 乙14085
学位授与日 1998.12.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14085号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大森,俊雄
 東京大学 教授 魚住,武司
 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 助教授 西山,真
内容要旨

 多くの環境汚染物質の中でも、ダイオキシン類は非常に高い毒性を有し、生活地域に隣接したゴミ焼却施設で多く発生することから、近年、様々な場所で環境汚染が問題となっている。ダイオキシン類のモデル化合物であるdibenzo-p-dioxin(DD)やdibenzofuran(DBF)の微生物分解に関する研究により、DD、DBFは酸素原子に隣接する核間炭素原子への特異な初発酸化(angular dioxygenation)を受けた後、ヘテロ環が自発的に環開裂し、その後biphenylと類似の代謝系でメタ開裂、加水分解を経て代謝されていくことが明らかにされた。一方、我々の研究室で類似の構造を有するcarbazole(CAR)を唯一の炭素源・窒素源・エネルギー源として生育可能な細菌Pseudomonas sp.CA10株のCAR分解代謝系について研究を行い、CARがDD、DBFと類似な経路で2’-aminobiphenyl-2,3-diol、anthranilic acid(AN)を経て代謝されていくことを明らかにしてきた。本研究ではそれに引き続き、CA10株からCAR分解代謝系遺伝子群(car遺伝子群)を取得し、その遺伝子構造、及び代謝系酵素の機能の解析を行うとともに、研究の過程で得られたcarbazole1,9a-dioxygenase(CARDO)の基質特異性について調べた。また、biphenyl代謝系はtolueneやcumeneの代謝系と進化的に関連があると考えられている。そこで本研究では、cumene資化菌P.fluorescens IP01株のcumene分解系酵素遺伝子(cum遺伝子)群の全構造を明らかにし、その遺伝子構造についてbiphenyl、toluene分解系遺伝子群との比較を行った。

1.Pseudomonas sp.CA10株のCAR分解代謝系酵素遺伝子群の取得

 CA10株のゲノムライブラリーからメタ開裂活性を指標として、CAR代謝に関与する酵素遺伝子を含む6.9-kb EcoRI断片を取得した。このDNA断片を含むプラスミドpUCA1を保持する大腸菌がCARからANへの変換能を有していたことから、このDNA断片上にCARのANへの変換に関与する酵素がコードされていることが示された。

2.car遺伝子クラスターの塩基配列決定と機能解析

 取得された遺伝子断片の塩基配列を決定したところ、8個のopen reading frames(ORFs)の存在が示された。相同性検索と機能解析の結果から、ORF1(carBa)、ORF2(carBb)にコードされる2つのタンパク質がメタ開裂活性の発現に必須であり、classIIIに分類されるユニークなメタ開裂酵素であることが示された。また、ORF3は加水分解酵素(CarC)をコードしており、基質特異性を調べた結果、CarCはCAR分解系の代謝中間体である2’-aminobiphenyl-2,3-diolのアナログである2,3-dihydroxybiphenylのメタ開裂物質(HOPDA)に対しては強い活性を示したが、単環式芳香族化合物であるtoluene分解系の中間代謝物である3-methylcatecholのメタ開裂物質(HOHDA)には非常に低い活性しか示さなかった。CarCの推定アミノ酸配列は、既知のHOPDA hydrolaseよりはむしろHOHDA hydrolaseと相同性が高く、基質特異性と相反する結果となった。一方、ORF4とORF5は全く同じ塩基配列であったが、既知のdioxygenaseで保存されている領域が存在したことと、休止菌体反応による活性測定の結果から、CARDOのterminal oxygenase(CarAa)をコードしていることが明らかになった。また、ORF6、ORF8がそれぞれferredoxin(CarAC)、ferredoxin reductase(CarAd)をコードしていることも明らかになり、CARDOは3つのcomponentsから構成されることが示された。ORF7はCARDO活性の発現に必要でないことも示された。この様な結果から、car遺伝子群は、carAaAaBaBbCAc(ORF7)Adという構造であることが示された(図1)。

図1 Pseudomonas sp.CA10株のcar遺伝子群とコードする酵素が触媒する反応
3.CARDOの基質特異性の解析

 CARDOを発現する大腸菌を用いた休止菌体反応によりDD、DBF、dibenzothiophene(DBT)等のヘテロ環式芳香族化合物やnaphthalene、fluoranthene等の多環芳香族炭化水素(PAHs)を変換させ、機器分析により代謝物を同定を行った。その結果、CARDOはDDやDBFに対してもangulardioxygenaseとして作用すること、PAHs等に対してはcis-dihydroxylationを触媒すること、またDBTに対してはsulfoxidationを触媒することが示され、異なる種類の酸素添加反応を触媒しうるユニークな酵素であることが明らかになった。また、CARDOがangular dioxygenationを触媒する場合は、ヘテロ環式芳香族化合物のヘテロ原子が酸素あるいは窒素原子の場合に限られ、厳密な基質認識があることが示唆された。

4.Pseudomonas fluorescens IP01株のcumene分解代謝系酵素遺伝子群の解析

 Gene walkingとPCRを用いたクローニングにより、P.fluorescens IP01株のcumene代謝系において、メタ開裂以降の反応を触媒する酵素遺伝子を新たに取得し、IP01株のcum遺伝子群がcumA1A2(ORF3)A3A4BCEGFHDという構造であることを明らかにした。遺伝子解析の結果、cum遺伝子群はP.putida F1株のtod遺伝子群やBurkholderia sp.LB400株のbph遺伝子群と類似の遺伝子構造を有しており、tod、bph両遺伝子群と進化的な関連があることが示唆された。

5.総括

 本研究によりクローニングされたcarAaAcAdは、angular dioxygenationを触媒する酵素遺伝子の世界で最初のクローニング例である。CA10株のCARDOは、その後報告されたP.stutzeri OM1株のcarbazoleに対するangular dioxygenaseであるCarAaAcAdと98%前後のidentityを有しほぼ同一の酵素と考えられるが、他の既知のoxygenaseとは相同性が非常に低く、分子系統樹の解析からも独自に進化してきた新規な酵素であることが示された。また、基質特異性の解析から、CARDOが様々な芳香族化合物に対して酸化活性を有し、angular dioxygenation、cis-dihydroxylation、sulfoxidationの異なる酸素添加反応を触媒するユニークな酵素であることも示された。CARDOが酸化活性を有する芳香族化合物にはダイオキシン類やPAHs等深刻な環境汚染を引き起こしている化合物も多いことから、CARDOはこれらのbioremediationの有効な"tool"となりうるものと考えられる。今後、CARDOのterminal oxygenaseであるCarAaのX線結晶構造解析を行い反応中心周辺の3次元構造が明らかになれば、CARDOの特異な基質認識機構、反応機構について有用な知見が得られるものと期待される。また、その知見をタンパク質工学を用いた酵素の改変へとフィードバックすることで、さらに有用な酵素の造成も可能になるものと期待される。

 本研究で取得したcar遺伝子群のG+C含量は約52%であり、Pseudomonas属細菌の平均的なG+C含量と比較して低い値を示したことから、異なる生物からcar遺伝子群がCA10株中に転移してきた可能性が考えられた。今後、car遺伝子群の全構造とCA10株中での存在形態が明らかになれば、CAR分解代謝系のCA10株中での構築、言い換えるなら微生物の進化・適応のメカニズムに関する興味深い知見が得られるものと期待される。

 また、本研究で取得されたIP01株のcum遺伝子群の解析から、tod、bph、cum遺伝子群等の難分解系物質分解系遺伝子群が遺伝子の転移と再構成を経てオペロン構造を獲得していったことを支持する結果が改めて得られた。今後、オペロン構造の成立機構、発現制御系の進化の機構について研究を行うことで、難分解性物質分解代謝系酵素遺伝子群の造成機構についてさらなる知見が得られるものと期待される。

審査要旨

 本研究は、ダイオキシン類やカルバゾール(CAR)等の環境汚染物質の分解代謝に関与する酵素遺伝子群の単離と解析を目的とし、CARの分解菌Pseudomonas sp.CA10株からCAR分解代謝系遺伝子群(car遺伝子群)を取得し、その遺伝子構造と代謝系酵素の機能解析を行うとともに、ダイオキシン類やCAR等のヘテロ環式芳香族化合物分解系と進化的な類縁性が考えられるビフェニル、トルエン、クメンの分解系遺伝子群の関連について知見を得ることを目的として、クメン資化菌P.fluorescensIP01株のクメン分解系酵素遺伝子(cum遺伝子)群の全構造を明らかにし、その遺伝子構造について既に解析が行われているビフェニル、トルエン分解系遺伝子群との比較を行ったものであり、全5章からなる。

 第1章の序論に引き続き、第2章ではCA10株のゲノムライブラリーからメタ開裂活性を指標として、CAR代謝に関与する酵素遺伝子を含む約6.9-kb EcoRI断片を取得するとともに、休止菌体反応を用いてこのDNA断片上にCARからアントラニル酸への変換に関与する全ての酵素がコードされていることを明らかにした。

 第3章においては、第2章で取得された遺伝子断片の塩基配列を決定し、初発酸化酵素(carAaAcAd)、メタ開裂酵素(carBaBb)、加水分解酵素(carC)が、この遺伝子断片内にcarAaAaBaBbCAc(ORF7)Adという並びで同じ向きにコードされていることを示した。ヘテロ環式芳香族化合物に対するangular dioxygenaseとして、本研究により世界で初めて取得されたcarbazole1,9a-dioxygenase(CARDO)は、terminal oxygenaseが1つの遺伝子によってコードされるタンパク質であり、既知のdioxygenaseとは相同性の低い新規なdioxygenaseであること、メタ開裂酵素CarBも、活性発現に2つのタンパク質が必須で、classIIIに分類されるユニークなメタ開裂酵素であることを明らかにした。また、加水分解酵素CarCは、単環芳香族化合物分解系のメタ開裂物質よりビフェニル分解系のメタ開裂物質に強い活性を有するが、この傾向が相同性検索の結果と相反することも示した。

 第4章においては、CARDOを発現する大腸菌を用いた休止菌体反応によりCAR以外のヘテロ環式芳香族化合物や、多環芳香族炭化水素(PAHs)を変換させ、機器分析により代謝物の同定を行った。その結果CARDOは、酸素原子や窒素原子を含むヘテロ環式芳香族化合物に対するangular dioxygenation、PAHs等に対するcis-dihydroxylation、ジベンゾチオフェンに対するsulfoxidationを触媒するなど広範囲の芳香族化合物に対して異なる種類の酸素添加反応を触媒し得るユニークな酵素であることが明らかになった。

 第5章においては、P.fluorescens IP01株のcumene代謝系のメタ開裂以降の反応を触媒する酵素遺伝子を取得し、IP01株のcum遺伝子群がcumA1A2(ORF3)A3A4BCEGFHDという構造であることを示した。遺伝子解析と酵素活性の比較から、cum遺伝子群はP.putida F1株のtod遺伝子群やBurkholderia sp.LB400株のbph遺伝子群と類似の遺伝子構造を有しており、tod、bph両遺伝子群と進化的な関連があることも明らかになった。

 以上、本論文は、Pseudomonas sp.CA10株からヘテロ環式芳香族化合物の分解に関わる新規酵素遺伝子群を取得し、CARDOがangular dioxygenationを含む複数の種類の反応を触媒し得ることを明らかにするとともに、P.fluorescensIP01株のcumene分解系遺伝子群の全構造を明らかにして、その造成過程を進化的に考察する等、芳香族化合物分解系の酵素及びその遺伝子群に関する新知見を与えたものとして学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと判断した。

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