【序論】 くる病は、小児成長期において、主に血中カルシウムやリンが不足することにより、骨基質の石灰化が障害され、成長障害や骨変形をきたす疾患である。原因としては、栄養性のビタミンD欠乏症や腎疾患に伴う腎性くる病などの二次性のくる病以外に、先天性の遺伝性くる病が知られている。遺伝性のくる病には、低リン血症を主体とする低リン血症性ビタミンD抵抗性くる病の他に、低カルシウム血症を主体とし、ビタミンD作用欠失によると考えられる、ビタミンD依存性くる病I型、II型がある。ビタミンDの作用発現機構は、まず、肝臓で25位が水酸化されたあと、腎臓近位尿細管で、ミトコンドリア型P450酵素であるビタミンD31 水酸化酵素により1位が水酸化され、活性型ビタミンD〔1 ,25(OH)2D3〕になる。この活性型ビタミンDは、標的組織で、核内受容体であるビタミンD受容体(VDR)に結合し、標的遺伝子の転写制御を介しその作用を発揮する。ビタミンD作用欠失によるくる病のうち、ビタミンD依存性くる病II型は、その原因がVDRの遺伝子変異であることはすでに判明していた。これに対し、ビタミンD依存性くる病I型の原因遺伝子は1 水酸化酵素と推察されていたが、まだ証明されていなかった。 ビタミンD依存性くる病I型は、常染色体劣性遺伝形式をとり、乳児期を中心に、成長障害、筋力低下による運動発達遅滞、低カルシウム性のけいれんなどで発症する。検査所見では、低カルシウム血症を特徴とし、高PTH血症、汎アミノ酸尿、レントゲン検査でのくる病所見を認める。ビタミンD依存性くる病II型と区別される点は、血中活性型ビタミンD[1 ,25(OH)2D]濃度が低いことや、生理量の活性型ビタミンD製剤で治療可能なことである。これらの所見より、ビタミンD依存性くる病I型は、腎の1 水酸化酵素の先天的欠損が原因であると考えられていた。また一方で、ビタミンD依存性くる病I型は、その家系における連鎖解析により、責任遺伝子座が12番染色体長腕に位置することが報告されていた。しかし、1 水酸化酵素は、今まで遺伝子の同定が困難であったため、ビタミンD依存性くる病I型の原因が、実際に1 水酸化酵素遺伝子自体にあるのかどうかは不明であった。 最近、マウスの1 水酸化酵素遺伝子が、新規の発現クローニング法により、VDR遺伝子欠損マウスの腎臓からクローニングされた1)。この発現クローニング法は、リガンドの代謝酵素の活性を、核内レセプターの転写活性でみるという酵素活性解析法を、応用したものである2)。そこで本研究では、ビタミンD依存性くる病I型の原因遺伝子を明らかにすることを目的とし、ヒト1 水酸化酵素遺伝子をクローニングし、ビタミンD依存性くる病I型患者における本遺伝子配列を解析した。 【方法と結果】 まず、マウス1 水酸化酵素cDNAをプローブとしてヒト正常腎臓cDNAライブラリーのスクリーニングを行い、ヒト1 水酸化酵素cDNAを取得した。これは、アミノ酸で、マウス1 水酸化酵素と81.5%の相同性を有し、ヒトビタミンD325水酸化酵素や24水酸化酵素と高い相同性を有していた。また、このアミノ酸配列から、ヒト1 水酸化酵素は、マウス1 水酸化酵素と同様、ミトコンドリアP450酵素に保存されたputative sterol-binding domainやheme-binding domainなどの機能領域を保有していると考えられた。次に、このcDNA配列をもとに、PCRによりゲノム構造を決定した。その結果ヒト1 水酸化酵素は、全長約4.8kbpにわたる9つのエクソンによってコードされることが判明した。 取得したヒト1 水酸化酵素の酵素活性を2種類の発現実験で解析した。取得した遺伝子をCOS-1細胞に導入し、その培地中に、前駆体の25(OH)D3を添加した。一つの解析法は、既報の酵素活性解析法2)と同様に、核内受容体の転写活性を利用した方法で、1 水酸化酵素活性があると、25(OH)D3が活性型の1 ,25(OH)2D3に変換されるため、共発現させたVDRのリガンドとして作用し、VDRの転写活性化能を誘導することを利用して、その転写活性で解析する方法である。もう一つは、培地に添加した[3H]25(OH)D3の代謝産物を、HPLCを用いて解析する方法である。これらの発現実験の結果により、本遺伝子産物には、明らかに1 水酸化酵素活性があることを確認した。 続いてヒト1 水酸化酵素の発現組織分布を、ヒト各組織のノザンブロット解析により検討した。その結果、1 水酸化酵素は、今まで主な活性部位といわれていた腎臓に発現が確認された。腎以外でも、胎盤脱落膜などに1 水酸化酵素活性が存在すると報告されているが、腎以外の組織では発現は認められなかった。 さらに、ヒト1 水酸化酵素遺伝子の染色体座の解析をFISH法で行った。その結果、この遺伝子は、12q13.3に位置することが判明した。これは、連鎖解析によるビタミンD依存性くる病I型の責任染色体座と、一致する位置であった。このことより、取得した1 水酸化酵素がビタミンD依存性くる病I型の原因遺伝子である可能性が強く示唆された。 そこで、本邦のビタミンD依存性くる病I型患者4例の、1 水酸化酵素遺伝子のゲノム配列を解析した。これらの症例は、乳児期発症のくる病で、低カルシウム血症、血中活性型ビタミンD濃度低値、生理量の活性型ビタミンD製剤で治療可能であることによりビタミンD依存性くる病I型と診断された。このうち2症例においては両親の血族結婚が確認されている。患者及び家族の末梢血白血球よりゲノムDNAを精製し、1 水酸化酵素遺伝子の各エクソンをPCRで増幅し、直接シークエンス解析した。その結果、これらの患者では、異なる点変異による4種類のミスセンス変異(R107H,G125E,R335P,P382S)が、すべてホモ接合体で認められた。解析した両親及び無症状の同胞は、変異をヘテロで有していたことから、この疾患が劣性遺伝形式をとることが確認された。 P382Sは、P450酵素に保存されたputative sterol-binding domainに位置していたが、他の変異の位置は既知の機能領域にはなく、実際にこれらの変異が酵素活性に影響するかどうかを、次に発現実験で検討した。これらの変異を導入した1 水酸化酵素発現プラスミドを構築し、既述の2種類の方法で酵素活性をみたところ、いずれの変異でも酵素活性が消失することが判明した。以上の結果より、ビタミンD依存性くる病I型の原因遺伝子は1 水酸化酵素であることが明らかとなった3)。 【考察】 本研究では、1 水酸化酵素とビタミンD依存性くる病I型との関連性について、遺伝子レベルでの解析を行い、これらの関連性を明らかとした。しかし、検討した4例のビタミンD依存性くる病I型患者は、臨床症状に差はなく、また変異による酵素活性の消失の程度にも差は認めなかった。このため、この4例からは、表現型と遺伝型との関連性の検討は不可能であった。今回検討した例はすべて典型例であったが、ビタミンD依存性くる病I型には、比較的軽症な症例の報告がある。このような軽症例は、1 水酸化酵素活性が多少残存するような変異によるのか、あるいは、別の遺伝子の異常に由来するのかは、大変興味深い点である。今後さらに、多症例の解析を施行することにより、表現型と遺伝型との関連性が明確になるものと期待される。 今回見つかった4種類の変異は、すべてそれぞれ単独で酵素活性を消失させるものであったが、そのうち3種類は、ミトコンドリアP450酵素に保存された既知の機能領域以外に位置していた。これらのアミノ酸は、種々のP450酵素の間で保存されていることを考え合わせると、P450酵素の活性に必須のアミノ酸は、既知の機能領域以外にも広く存在することが示唆された。それゆえ、今後多くの症例で変異を解析し、その酵素活性を検討することは、P450酵素の機能領域の解明にも発展すると考えられた。 1 水酸化酵素は、腎臓近位尿細管が主な活性部位であるといわれている。今回の本酵素の発現部位の解析では、この知見と合致して、腎臓のみに特異的に発現が認められた。しかし、腎以外にも、脱落膜細胞や骨細胞、ケラチノサイト、マクロファージなどの細胞でも、1 水酸化酵素活性があることが報告されている。このような腎以外での1 水酸化酵素活性が、取得した遺伝子の発現に由来するのか、あるいは、他の1 水酸化酵素活性を有する遺伝子が存在するかは、現在不明である。今後、これら1 水酸化酵素活性のある細胞において発現を検討することなどにより、この点を検討していく必要があると考えられる。 1 水酸化酵素は、このように主に腎臓で作用するが、その活性は、カルシウムの恒常性維持のために、複雑な調節を受けていると考えられている。しかし、この活性調節因子や、その調節機構に関しては、まだ不明な点が多く残されている。また一方、1 水酸化酵素活性は、腎疾患などの際にその調節が障害されることにより、腎性骨異栄養症の原因となっている可能性がある。本研究で、ヒト1 水酸化酵素遺伝子を単離したことにより、生理的状態やこのような病的状熊での遺伝子発現レベル、あるいは遺伝子発現制御機構などを検討していくことが可能となった。今後、本遺伝子の発現調節機構の解析が進むことにより、ビタミンD代謝異常をきたす病態の分子機構の解明などにも発展してくことが期待される。 以上、本研究では、ヒト1 水酸化酵素遺伝子を同定し、そのゲノム構造及び染色体座を決定した。さらに、ビタミンD依存性くる病I型患者に認められた1 水酸化酵素遺伝子変異は、その酵素活性を消失させることが判明した。これらの結果より、1 水酸化酵素がビタミンD依存性くる病I型の原因遺伝子であることが初めて明らかとなった。 [参考論文]1)Takeyama K,Kitanaka S,Sato T,Kobori M,Yanagisawa J,Kato S.25-Hydroxyvitamin D3 1 -hydroxylase and vitamin D synthesis.Science 277:1827-1830,1997.2)Kitanaka S,Katsumata N,Tanae A,Hibi I,Takeyama K,Fuse H,Kato S,Tanaka T.A new compound heterozygous mutation in the 11 -hydroxysteroid dehydrogenase type 2 gene in a case of apparent mineralocorticoid excess.J Clin Endocrinol Metab 82:4054-4058,1997.3)Kitanaka S,Takeyama K,Murayama A,Sato T,Okumura K,Nogami M,Hasegawa Y,Niimi H,Yanagisawa J,Tanaka T,Kato S.Inactivating mutations in the 25-hydroxyvitamin D3 1 -hydroxylase gene in patients with pseudovitamin D-deficient rickets.N Engl J Med 338:653-661,1998. |