I.緒言 近年、医療の質を評価するシステムの必要性の認識が高まり病院医療の第三者評価に加えて、患者による医療の質の評価研究が注目されている。
わが国の患者による医療の質の評価スケールについての先行研究は、外来患者を対象とした研究(今中1993、長谷川1993)、医療のアメニティ的側面を中心に入院患者を対象とした研究(大和田1995)がある。しかし、それらは主として患者が受けた医療の結果とその後の行動として、患者の満足度調査と再受療意図、コンプライアンスに関して検討しているものであり、受けた医療の質そのものに対する評価は諸外国においても日本においても少ない。さらに、それらを同時に検討し、各々に及ぼす影響要因を検討した研究はない。
そこで、本研究の新たな試みとして、先ず患者が受けた医療の質について患者自身による質の評価を行うために、
1)患者による病院医療の機能評価の質問表に基づいた評価スケールを作成し、その妥当性・信頼性を検討すること
2)患者による病院医療に関する総合的な評価指標に影響を及ぼす要因を解析することを目的とした。
III.結果 本研究の分析結果の概略を以下に示す。
1.患者による「総合的評価指標」及び「病院機能評価スケール」の信頼性と妥当性の検討 因子分析の結果として、固有値1以上、因子負荷量0.3以上の因子(総説明力64.2%)の投入項目全部を含む因子が15個抽出され、これを評価スケールとした。同時に従属変数となる評価指標4スケールを作成し、信頼性係数(Cronbach’s )を算出した結果、0.67〜0.93と内的整合性が高いスケールが得られた。
2.患者による総合的評価指標に及ぼす影響要因の検討 1)従属変数とした総合的な「医療の質の評価」に与える影響の結果として、「病院の評判」「看護」「医師の医療」「食事の配慮」「病院の印象」「健康回復感」が有意な(p<0.05)正の関係を示した。
2)「満足度」には、「病院の評判」「健康回復感」「食事の配慮」「快適性」「組織的配慮」「医師の医療」「利便性」が有意な(p<0.05)正の関係を示した。
3)「再受療意図」には、「病院の評判」「健康回復感」「医師の医療」「看護」「病院の印象」が有意な(p<0.05)正の関係を示し、「事務・他の職員」が有意な(p<0.05)負の関係を示した。
4)「コンプライアンス」には、「医師の医療」「組織的配慮」「生活満足度」「生活行動能力」が有意な(p<0.05)正の関係を示した。
3.病院間、性別間、入院関連事項と社会人口統計的因子間における「病院機能評価スケール」の差の検討 1)「病院評価スケール」の男女間の比較では、男性より女性の方が「医師の医療」「利便性」「安全性」「トイレの配慮」「病院の評判」に対して有意に低い評価であり、両者における一般的な生活習慣の特徴が反映されているのではないかということが示唆された。
2)病院間の比較をA病院とB病院の2群で行った結果、有意差を認めたスケールは、快適性、看護、医師の医療、コミュニケーション、利便性、事務・他の職員、休息の配慮、病院の印象、トイレの配慮、健康回復感、安全性で、安全性を除く全部がB病院よりA病院の方が有意に低い得点であった。
3)入院関連因子の関係では、入院期間が長い者、手術を受けた者、「高度な医療技術」が「思いやり・暖かさ」より大切だと答えた者、及び、健康保険加入者本人の評価が有意に高いことが示された。
4)患者の健康状況の関係では、患者が入院した時に重症であったと自覚していた者、入院中介護が必要だった者、現在の生活に満足充実した生活を送っている者、同世代と比較して健康が優れていると思っている者が有意に高い評価をしていることが示された。
5)社会人口統計的因子では、総合的にみると男性の方が有意に高い評価をしていたが、年齢構成別にみると男女間の差がないことが示された。年齢構成別にみると、30代の者の評価が最も低く、その他は年齢が高くなるほど有意に高い評価が示された。
IV.考察 本研究の新たな試みとして、現在までに研究されてきた患者満足度、患者の再受療意図とコンプライアンスの評価の指標に受けた医療の質の評価を加えて検討した結果、病院機能評価スケールがこの4つの評価指標に与える影響の特徴が検証された。
1)総合的な「医療の質」の評価には、患者が治療上、直接関係の深い医療者の専門技術的要素、看護、食事の配慮、医師の医療、健康回復感、事務その他の職員、及び病院の印象と病院の評判が有意に影響を及ぼしていることが明らかとなった。医療技術に関する具体的な内容として入院や検査・薬の説明、看護の処置技術、その他の職種の技術、入院手続き、給食の味や温度等、患者が具体的に体験した専門職者による技術的側面の評価が強い影響を与えていた。
2)「満足度」では、患者が療養生活に必要と考えられる患者自身の心理的欲求ニードの評価要素が大きく影響を及ぼしていることが示唆された。影響力の強い順から述べると、病院の評判、健康回復感、医師の医療、組織的配慮、看護、快適性、利便性、食事の配慮、安全性、トイレの清潔等が有意に高い影響を及ぼしていることが示された。
これは、医療組織・経費と満足度の関係が大きく、また、療養環境が間接的に満足度に影響を与えているのではないかと論述したCleary(1988)の結果と一致していることを裏付け、また、病室のサービスや食事サービス等に関連があるということ(Lemke1987)、医師の医療、看護が重要な要因である(Cleary1988,Abramowitz1987)等について検証することができた。病院の療養環境(アメニテイ)関しての評価を中心に大和田(1995)等が行った研究において、看護が満足度に与える影響に有意性がみられなかった結果は、心理的欲求ニードが優先されると考えられる療養環境のバランスに深い関係があるものと考えられる。即ち、患者の満足度には個人的価値観と欲求と期待感が大きく反映していて、大衆の医療に対する価値観と期待感の強弱によって評価の結果が異なる可能性も考えられる。
3)「再受療意図」には、総合的な医療の質に与える影響力が最も高かった医師の医療、看護、事務や他の職員、健康回復感、病院の評判と、病院の印象が大きく影響を与えている事が示された。
4)「コンプライアンス」に関しては、医師の医療、組織的配慮、休息の配慮、補助看護の他、患者の健康状況、年齢が有意な関係を示した。
さらに、患者の経験的な評価からなる病院の評判が医療の総合的評価指標全体に有意に関係があるという結果から、評判について個別に検討した。その結果、病院の評判は良いようだったと答えた者は評価スケール全体に有意に高い評価をし、周囲の人がどう思っているかという他者評価の影響による期待感も少なからず存在することが示された。また、患者や患者の家族による病院の評価や社会的な病院の評判に有意に高い影響を与えている要因は、インフォームドコンセントを含める医療の説明やプライバシーへの配慮と医師・看護婦その他の医療スタッフの責任、教育、看護婦数等、組織管理的問題であることが示された。これは、巷の評判が「患者にとって医師と病院の質の判断の重要な指標となっている可能性が高い」と論ずる今中(1993)の意見を裏付ける結果となった。「病院の評判」が良くなるということは、医療者が提供する医療が組織的に完備され、医療技術的に高度であり、十分な医療情報が提供されることにあることが再確認された。
提供された医療の結果についての評価では、患者の「健康回復感」と「満足度」の関係について調べた結果は少ないとCarmel(1985)& Fleming(1981)は述べ、彼らが行った結果では、健康回復感の高いものほど満足度も高いと述べている。今中(1993)、大和田(1993)の研究でも「患者の医療効果の自覚」と「患者の健康回復感」が「患者満足度」に大きく影響するものであると報告されている。本研究では、総合的医療の質の評価指標全部に有意に高い影響力が示された。また、分散分析においての結果でも、入院により健康が回復したと自覚している者、入院により精神的な安心感が得られたと答えた者が高い評価を行い、先行研究の満足度調査の結果を裏付け、同時に医療の健康回復感が質の評価に及ぼす影響力を検証した。この結果から、慢性疾患を持つ患者に対して医療の質と評価がどうあるべきかが検討されなければならない課題として残された。つまり、本研究で用いられた全項目が内容的に万全で有用なものであったとは限らず、以上に示した課題点や、福祉関係や介護度に関する設問に対してさらに工夫が必要である。
今後は、そのような項目に関しての検討と医療内容の具体的な実際を反映する質問内容の取拾選択を本調査の自由記載欄で得られた意見や感想の分析を重ね、改善を実施し、より多くの病院を対象に研究を継続的に行なってゆくことが必要である。
その他の課題として、リスクがない医療を提供して行くために、いわゆる質向上の力となるものや、医療の質を妨げる理由を探るために、患者の意見から、医療提供者がどの程度医療の質の保証の構造について認知しているのか、また、医療組織が目的としている質からのズレを確認可能にする手法など、現在までに実施されている部門別質管理を越えた統合的なシステム管理について検討してゆく事が大切であろうと考えられた。