リーシュマニア症は熱帯から温帯地方にかけて世界的に分布する人畜共通感染症で、リーシュマニア原虫により引き起こされる。ヒトリーシュマニア症はその症状により皮膚型・皮膚粘膜型・内臓型に分類される。このうち皮膚型は感染部位においては腫瘤を形成し、潰瘍へ移行する。リーシュマニア症の症状は主として原虫の種と宿主の免疫状態・遺伝的要因などにより決定される。近年、特に80年代半ばからヒト免疫不全ウイルスとリーシュマニアとの重感染の症例報告が急増している。これらの患者では非潰瘍性の皮膚病変の形成など免疫的に正常な患者では通常見られないような症例が多数報告されている。また免疫不全患者内においては原虫の臓器に対する親和性も免疫的に正常な患者内のそれとは異なることも報告されている。これらのことから免疫不全宿主におけるリーシュマニア症の病態変化の免疫学的解析が必要とされているが、現在のところほとんど行われていない。 現在、リーシュマニア症の研究にはマウスが最も良く用いられ、特に感染免疫学の分野では、感染防御における細胞性免疫機構に関わるTh1-Th2理論の解析の好適モデルとして知られている。また、免疫遺伝学の領域においてもリーシュマニア感染抵抗遺伝子の一つがクローニングされ、ヒトにおいてその相同遺伝子が同定された。このようにリーシュマニア症のマウスモデルは近年免疫学、免疫遺伝学の分野で注目されている。しかし、その研究の多くはLeishmania major、L.donovani、L.mexicanaなど一部のリーシュマニア種のみを用いて行われ、他種リーシュマニアに対する宿主の免疫学的、免疫遺伝学的研究、特に病態変化に関わる因子の解析はほとんど行われていない。 そこで筆者はヒトに重篤なリーシュマニア症を引き起こすL.amazonensisをマウスに感染させ、皮膚病変部における病態変化に関わる免疫学的、免疫遺伝学的因子の解析を行った。 第一章では皮膚型リーシュマニア症の病態変化におけるT及びB細胞の役割を明らかにすることを目的として種々の免疫不全マウス(nude、SCID、RAG-2-/-)及び免疫的に正常なマウス(BALB/c,C.B-17)にL.amazonensis promastigoteを皮下接種し、その後の病態の変化を比較検討した。リーシュマニア接種後全てのマウスはいずれも3週間以内に接種部位に可視的な腫瘤を形成し、そのサイズも次第に大きくなった。図1に示すように免疫的に正常なマウスにおいては全てのマウスで接種後6週間以内に病変部の潰瘍への移行が認められた。しかし、免疫不全マウスでは腫瘤の形成は免疫的に正常なマウスと同様に見られたものの、潰瘍の形成が全く認められなかった。病理組織学的には免疫的に正常なマウスの皮膚病変部においては円形単核細胞及び多形核白血球の浸潤が顕著に認められ、表皮から真皮、皮下組織に至る広範な壊死が観察された。一方、免疫不全マウスにおいては多数のリーシュマニアamastigote虫体を含む空胞化した組織球の重度の集簇と軽度の円形単核細胞の集簇は見られたものの表皮の壊死は観察されず、むしろ肥厚が認められた。また、ヌードマウスにおいては真皮組織中にも虫体を含む細胞が観察された。これら免疫不全マウスはいずれもT細胞を欠如していることからリーシュマニア症の皮膚病変部における潰瘍形成におけるT細胞の重要性が示唆された。免疫不全マウスにおける皮膚病変部の特徴は一部のAIDS患者の皮膚リーシュマニア症に認められるそれに類似していた。また、皮膚病変部よりリーシュマニア虫体を単離し、その虫体数を比較したところ、感染25週目において免疫不全マウスの皮膚病変部は免疫的に正常なマウスの皮膚病変部の30倍以上もの虫体を含んでいた。しかも、免疫不全マウスより単離した虫体は免疫グロブリン等の不純物をほとんど含んでいなかったことから、リーシュマニア感染免疫不全マウスは今後リーシュマニアamastigote虫体の抗原解析時など多量のamastigote虫体の調整に有用であると考えられた。 図1 Leishmania amazonensis感染後の皮膚病変部における潰瘍形成率の変化△:ヌードマウス、○:SCIDマウス、□:BALB/c 第二章ではさらに詳細に皮膚病変部の潰瘍形成機構に関わる免疫学的因子を明らかにするためにリーシュマニア感染SCIDマウスに免疫的に免疫的に正常なリーシュマニア感染及び非感染C.B-17マウスの脾細胞を腹腔内に移入し、その後の皮膚病変部の変化を解析した。リーシュマニア感染脾細胞移入群、非感染脾細胞移入群いずれにおいても移入後全ての個体の皮膚病変部において潰瘍の形成が認められた。1×107個の脾細胞を用いたときには、リーシュマニア感染脾細胞移入群で移入後、8日目に皮膚病変部に潰瘍が形成された。一方、非感染脾細胞移入群では移入後12日目に潰瘍が形成された。また、1×108個の脾細胞を用いたときには、リーシュマニア感染脾細胞移入群、非感染脾細胞移入群は各々移入後4、8日目に潰瘍を形成した。脾細胞移入後の皮膚病変部では、移入前には認められなかった円形単核細胞、多形核白血球の浸潤像が認められ、潰瘍形成時には表皮及び真皮に広範な壊死が認められた。これらの病理組織像は免疫的に正常なマウスの病変部と酷似していた。また潰瘍形成前後の皮膚病変部におけるIL-1〜6,IL-10,IL-12,IFN-,TNF- GM-CSFの発現をRT-PCR法により検索した。リーシュマニア非感染マウスの皮膚においてはSCID,C.B-17マウスいずれにおいてもサイトカインの発現は認められなかった。感染後10週のC.B-17マウス皮膚病変部ではすべてのサイトカインの発現が認められたのに対し、SCIDマウスの皮膚病変部ではIL-1,IL-10,IFN-の発現しか認められなかった。脾細胞移入後のSCIDマウス病変部ではTNF-とIL-6の発現量の著しい増加が認められた。次にリーシュマニア非感染C.B-17マウス脾細胞からマグネティックビーズ法によりCD4+、CD8+、B220+細胞を欠失させた後リーシュマニア感染SCIDマウスに移入した。図2に示すようにCD8+、B220+細胞欠失脾細胞移入群は未処理の脾細胞移入群と同様に移入後10日までに全頭潰瘍を形成した。しかし、CD4+細胞欠失脾細胞移入群は移入後も潰瘍形成は全く認められなかった。以上の結果より皮膚型リーシマニア症の潰瘍形成にTNF-とIL-6が関与することが示唆され、CD4+細胞が潰瘍形成に至る免疫反応を引き起こすのに不可欠である事が明らかとなった。 図2 Leishmania amazonensis感染SCIDマウスに種々の細胞群を除去した免疫的に正常な脾細胞移入後の皮膚病変部における潰瘍形成率の変化●:CD4除去脾細胞、■:CD8除去脾細胞、▲:B220除去脾細胞、△:未処理脾細胞移入群、○:非移入群 第三章ではリーシュマニア症の病態形成に関わる遺伝的因子、特にH-2複合体とその他の遺伝的背景との関わりを明らかにすることを目的として、異なるH-2対立遺伝子型を持つB10コンジェニックマウス:B10(H-2b),B10.BR(H-2k),B10.D2(H-2d),B10.RIII(H-2q),B10.M(H-2f),B10.S(H-2s)にL.amazonensis promastigoteを皮下接種し、病態の変化を比較検討した。リーシュマニア接種後全てのマウスはいずれも接種部位に腫瘤を形成し、その後病変部は潰瘍に移行した。しかし、その後の病態は3つの異なる変化を示した。即ち1)B10.M及びB10.Sマウスの病変部はその後感染15週目には自然治癒した。2)B10.D2、B10.BR、B10RIIIマウスの病変部は自然治癒しないが病変部のサイズの増加は途中で止まった。3)B10マウスの病変部のサイズは一定の早さで増加し、自然治癒しなかった。以上の結果からL.amazonensis感染リーシュマニア症ではその病態の変化、特に皮膚病変発症後の自然治癒の有無はH-2遺伝子座により一部決定されていることが示唆された。つぎに、H-2対立遺伝子型が同一(H-2d,H-2b,H-2k)で、異なる遺伝的背景を持つBALB、C3H、B10コンジェニックマウスを用いてH-2複合体以外の遺伝子の影響を検討した。リーシュマニア接種後全てのマウスはいずれも接種部位に腫瘤を形成し、その後病変部は潰瘍に移行した。いずれのマウスの病変部も自然治癒しなかったが、BALBコンジェニックマウス(BALB/c,BALB.B)ではその病変部のサイズはH-2対立遺伝子型に関わらず、B10,C3Hコンジェニックマウスの病変部のサイズの1.5倍にもなった。以上の結果より、L.amazonensis感染リーシュマニア症ではその病態の変化、特に病変部の拡大はH-2複合体遺伝子座以外の遺伝的背景により一部決定され、特にBALB遺伝的背景に高感受性遺伝子が含まれていることが示唆された。 以上の結果より、L.amazonensis感染リーシュマニア症において発症後の皮膚病変部の潰瘍への移行においてCD4+細胞が重要な免疫学的因子であることが示唆された。また、発症後の病変部の治癒の有無に関わる遺伝学的因子としてH-2複合体が、治癒しない病変部のサイズの拡大にはH-2以外の遺伝的因子が関与していることが示唆された。これらのことは、今後のリーシュマニア症の病態変化の解析の一助となったと考えられる。 |