学位論文要旨



No 214104
著者(漢字) 近藤,一見
著者(英字)
著者(カナ) コンドウ,カズミ
標題(和) 非ペプチド性バソプレシンV1アンタゴニストの設計
標題(洋)
報告番号 214104
報告番号 乙14104
学位授与日 1999.01.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第14104号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 首藤,紘一
 東京大学 教授 今井,一洋
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 長尾,拓
 東京大学 助教授 遠藤,泰之
内容要旨

 アルギニンバソプレシン(AVP)が昇圧物質として報告されたのは1885年で今から約110年前のことである。同じモル濃度で血管収縮作用を対比するとAVPはエンドセリンに次いで強力な昇圧性血管作動物質であり、また、このものはアミノ酸9個からなるペプチド性ホルモンであることが知られている。

 

 最近の研究によりAVPは、主として2つの反応を引き金として脳の下垂体後葉から分泌される事が明らかとなってきた。すなわち、体液の浸透圧の上昇もしくは血液量の減少をそれぞれの圧受容器が感知することによりAVPの分泌が起こる。AVPの受容体は色々なところでその存在が確認されているが、今のところ明らかとなった主な作用としては血管での収縮反応(V1受容体)と、腎臓での水の再吸収(V2受容体)が知られており抗利尿ホルモンの名もここからきている。

 ある種の病態(重症の心不全や高血圧)においては血中のAVP濃度が異常に高値であることが知られており、この過剰に分泌されたAVPにより引き起こされる反応を止めることによりこれらの疾患が治療できるのではないかと考えられた。しかし、これまでAVP拮抗薬としては1953年のdu VigneaudらによるAVPの全合成以来、いくつかの化合物が臨床においても評価されてきたが、すべてペプチド誘導体であり、経口投与には適していなかった為に慢性の疾患での検討ができず、AVPの病態での役割についても解明できていなかった。これらのことから非ペプチド性で、経口投与で効果がある薬剤の合成設計を開始することにした。

 著者らは、AVPの拮抗薬の研究を始めるにあたり、1次スクリーニングにはラットの肝臓(V1)、及び腎臓(V2)から取り出した受容体の膜標品に対する3H-AVPの結合阻害実験を、2次スクリーニングとしてV1受容体拮抗作用は外因性に投与したAVPの昇圧反応を阻害するかどうかの実験を、V2拮抗作用に関しては利尿作用(尿量)及び尿浸透圧の測定を行うこととした。

 最近、受容体に配位子が結合した状態でのX線構造解析の結果を基に、全く新しい構造を有するリガンドの設計に関する研究が注目をあびてきた。しかし、AVP受容体に関しては1次構造はわかってきたものの、3次元的な構造に関する研究はまだまだ、始まったところである。そこで、まず基となったペプチド(AVP)の構造のどの部位が活性に関与しているかを考察する為に種々のジペプチドを合成し、その活性を測定した。単純なジペプチド化合物は全く活性が見られなかったが、中間体として合成したCbz保護基を有する化合物の中には弱いながらも活性が見られる物が見つかってきた。さらに検討を行なったが、ある程度親和性は向上したものの、目的とする化合物には到達しなかった。ランダムスクリーニングで活性を有していることがわかった化合物も含め構造を3次元的に考察を行なった結果、2つのベンゼン環の位置関係、および中間の酸素官能基(水素結合性に重要)の位置が活性発現に重要な役割を果たしているという仮定を立てた。

 そこでこの仮説に当てはまる化合物としてVesnarinone1の周辺化合物を選択し活性を測定した。幸運にもbindingアッセイの結果から、5位の置換体2に弱い親和性のあること、また1位の置換体として選んだ3には高い親和性があることが解った。

 

 そこで、化合物3をリードとして最適化を行うこととし、C-部分を中心に構造変換を行なった。

 化合物3と比較して単なるベンゾイル体、4-クロロベンゾイル体が強い活性を有していることが解った。次にベンゼン環上の種々の置換基とその置換位置について相関を見た。その結果、置換基にかかわらずパラ置換体がもっとも活性が強いことが解った。ベンゼン環上の多置換体についての検討の結果、メトキシ基の様に水素結合性を有するような置換基の場合2,4-ジ置換にすることで活性が上昇することが解った(化合物4)。また、水素結合しないような置換基の場合、増強作用はほとんど見られなかった。ここでも、初期の段階での仮説、すなわち水素結合性の重要性が示唆された。

 

 種々の誘導体を合成したが経口投与では活性が見られなかったので、モノ置換での経口活性の上昇を検討した。水素結合性を有する4-アルコキシ体に注目し、脂溶性を高める為に、炭素鎖の長さが0〜12の化合物を合成し活性を調べた。エトキシ体(n=2)が最も親和性が高いことが解ったが、この化合物自体は経口投与でほとんど効果が見られなかった。

 そこで、炭素鎖がある程度長くなってもそれ程受容体に対する親和性が低下しない点に注目し、炭素鎖上に水溶性に貢献するような極性置換基を有する化合物を合成すれば、経口投与で活性の高い物が見いだせるであろうと考えた(化合物5)。

 水溶性に寄与するであろう極性置換基としてアミノ基を選び、アミド性の酸性プロトンを有する置換体を合成した。in vitroの活性(膜に対する親和性実験、図1)からはXの置換基に関わらずn=6のものが最も活性が高かった。経口投与での活性(図2)はn=3が最も高かった。この二つのグラフを比較すると、bindingによる親和性とと経口投与での活性には開きがあることがわかる。この中で経口投与で最も高い活性を示した化合物(OPC-21268)に着目しこれをさらに検討する為に選択した。この化合物のV1受容体に対するBinding活性はIC50=0.44M、経口投与での活性ID50(すなわち外因性に投与したAVP30mU/kgによる昇圧反応を50%抑制する値)は2mg/kgであった。

図1図2

 

 カルボスチリル誘導体の構造活性相関は、骨格部分において5位、および7位のメチル基、もしくはF-原子の置換が活性を増強するが、それ以外の置換基は活性を低下させた。ピペリジンに関しては3位へのメチル基の導入が多少活性を増強させたが、ピペリジン以外の環構造やメチレンの挿入は活性を低下させた。末端のベンゾイル部分は2位へのアルコキシ基の導入が活性を増強させたが、それ以外の多置換体は活性を低下させた。4位のアルコキシ基に関しては、メチレン鎖5〜6が活性が最も高く、しかもアミノ基を有している場合に著しい活性の増強が見られた。

 図3には膜標品に対する結合阻害様式を検討するためにLineweaver-Burk plotを示した。図4にはAVPに対するOPC-21268のV1およびV2受容体への結合阻害実験の結果を示した。

図3.Lineweaver-Burk plotによるOPC-21268の結合阻害様式の解析図4.OPC-21268による[3H]-AVPの結合阻害曲線

 著者は世界で始めて非ペプチド化合物のバソプレシンV1a拮抗薬を合成することに成功したが、このホルモンの生体内での役割についてはまだまだ未知な部分が多く、経口投与が可能となったことでこれらの研究に少しでも役立つことが出来れば幸いである。

審査要旨

 アルギニンバソプレシン(AVP)はアミノ酸9個からなるペプチドホルモンであり、強力な昇圧性血管作動物質である。主な作用として血管の収縮反応(V1受容体)と腎臓からの水の再吸収作用(V2受容帯)が知られ、抗利尿ホルモンとも呼ばれる。

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 重症の心不全や高血圧において、アルギニンバソプレシン濃度が異常に高値であることがあり、この過剰分泌による反応を抑制することにより、これらの疾患が治療できると考えられ、種々のペプチド性の誘導体が検討されてきたが、経口投与に不適のため臨床応用には至らなかった。

 近藤は非ペプチド性で経口で活性を持つアルギニンバソプレシン拮抗薬を探索した。一次スクリーニングはラット膜分画のV1受容体(肝)およびV2受容体(腎)に対する3H-AVPの結合阻害により、二次スクリーニングはV1受容体拮抗作用は外来性に投与したアルギニンバソプレシンの昇圧作用の抑制により、V2受容体拮抗作用については利尿作用(尿量と尿浸透圧)によって評価した。

 アルギニンバソプレシンの受容体の三次元立体構造は不明のため、新規の活性化合物の分子設計はペプチド構造の必須部分の探索から開始した。しかし、ジペプチド類には全く活性が見いだせなかったが、保護基(カルボベンジルオキシ)を有する化合物、例えば、に弱い活性を見いだした。一方、化合物ライブラリーのスクリーニングによりvesnarinone()にかなりの活性を発見し、および関連化合物のファーマコフォアの解析から系列の分子を設計し、活性を評価したところにかなりのV1に選択的な拮抗活性が見いだされ、の構造最適化を進めた。p-置換ベンゾイル体に強い活性を認め、特にアルコキシ体をはじめとする水素結合プロトン受容性基が好ましい。しかしながら経口吸収性が低かったため、アルコキシ基の大きさと極性化をはかり、アセトアミドプロピルオキシ基を持つ化合物が選択された。

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 化合物はV1とV2に対する結合に100倍以上の差があり、Lineweaver-Burkプロットによる解析でアルギニンバソプレシンと競合的にV1受容体に結合する。こうして合成された化合物は非ペプチド性のバソプレシン拮抗薬として初めてのものであり、重症心不全の治療への臨床試験が行われている。

 以上の近藤一見の研究は、ペプチド性活性化合物から非ペプチド性活性化合物を見いだすことができた稀な成功例であり、医薬品分子設計研究に寄与するところ大きく、博士(薬学)に値するものである。

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