学位論文要旨



No 214107
著者(漢字) 櫻井,宏明
著者(英字)
著者(カナ) サクライ,ヒロアキ
標題(和) TAK1が関与する新しいNF-B活性化機構の研究
標題(洋)
報告番号 214107
報告番号 乙14107
学位授与日 1999.01.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第14107号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名取,俊二
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 助教授 仁科,博史
 東京大学 助教授 久保,健雄
内容要旨

 慢性関節リウマチや糸球体腎炎などの炎症性疾患の病態形成において、炎症性サイトカインや接着分子などの炎症性因子の発現亢進が重要な役割を果たしている。これら炎症性因子の遺伝子発現には、転写因子nuclear factor-B(NF-B)やactivating protein-1(AP-1)が密接に関与していることが明らかにされている。また、炎症性疾患に対して著効を示すステロイドが、これら転写因子の活性化を抑制することが示唆されている。しかし、これら一連の解析は、培養細胞を用いたものであり、病態モデルを用いた検討は進んでいない。

 そこで、炎症性疾患の病態形成におけるNF-BおよびAP-1の役割を明らかにするため、ラットnephrotoxic serum(NTS)誘発腎炎モデルを用いて検討を行った。この腎炎モデルでは、NTS投与後2週間内にinterleukin-1(IL-1)やintercellular adhesion molecule-1(ICAM-1)などの発現誘導が認められる。また、糸球体腎炎の病態パラメーターである蛋白尿も、NTS投与後3日目から認められる。この活動性の炎症反応が起こっている期間に、糸球体においてNF-BおよびAP-1が活性化されているのかをゲルシフトアッセイを用いて検討した。NTS投与後1日目からこれら転写因子の活性化が認められ、3日目をピークとして少なくとも2週間目まで持続することが明らかとなった。このNF-B、AP-1の活性化は、糸球体におけるIL-1、ICAM-1のmRNA発現誘導の時期と一致することから、これら転写因子が炎症部位においても炎症性因子の遺伝子発現に関与していることが示唆された。

 次に、糸球体におけるNF-B、AP-1の活性化に対するステロイドの効果を検討した。臨床の腎疾患患者においては、すでにNF-B、AP-1が活性化されている可能性が高く、活性化状態にあるNF-B、AP-1に対してステロイドが抑制作用を示すかどうかは、臨床におけるステロイド治療の観点からも興味深い。そこで、NTS腎炎モデルにおいて、NF-B、AP-1活性化がピークとなるNTS投与後3日目からステロイド治療を開始した。ステロイド治療を開始して2日後、つまりNTS投与後5日目において、糸球体NF-B、AP-1活性は正常ラットと同じレベルまで抑制された。また、ステロイド治療により3日目以降の蛋白尿の増悪も有意に抑制された。したがって、ステロイドは活性型NF-B、AP-1に対して抑制作用を示すことが明らかとなった。

図1.NTS腎炎におけるNF-B、AP-1活性化とステロイドによる抑制

 腎炎モデルを用いた検討から、NF-B、AP-1は炎症部位における炎症性因子の発現に関与し、炎症性疾患の病態形成に重要な役割を果たしている可能性が示唆された。したがって、これら転写因子の活性化を特異的に阻害する薬剤は、ステロイドにみられる重篤な副作用をもたない新しい抗炎症薬・免疫抑制薬となることが期待される。

 そこで、NF-B、AP-1活性化のシグナル伝達経路に注目した。AP-1はmitogen-activated protein kinase(MAPK)カスケードを介してその発現および転写活性が制御されている。一方、NF-Bはその阻害因子IBと複合体を形成し、細胞質に不活性型として存在している。細胞をTNF-などのNF-B活性化因子で刺激すると、IBが速やかにリン酸化、およびユビキチン化され、プロテオソームによって分解される。その結果、遊離したNF-Bが核移行し、転写活性が誘導される。このIBをリン酸化する酵素IB kinase(IKK)に注目が集まっていたが、昨年相次いでクローン化された。IKKはおよびサブユニットのヘテロダイマーからなり、分子量700〜900kDの巨大なIKK複合体を構成していた。IKKの制御因子としてNF-B-inducing kinase(NIK)およびMAPK/ERK kinase kinase 1(MEKK1)が報告されているが、他にも制御因子が存在している可能性が示唆されている。NIKおよびMEKK1は構造上MAPKKKファミリーに属していることから、異なったMAPKKKがNF-B活性化の細胞内シグナルの多様性を担っている可能性が考えられた。そこで、TGF-によって活性化されるMAPKKKとしてクローン化されたTGF--activated kinase 1(TAK1)に注目し、そのNF-B活性化における役割について検討した。

 まず、ヒトTAK1 cDNAのクローニングを行った。報告されているマウスTAK1のホモログであるTAK1a、および2種のsplicing variant TAK1bおよびTAK1cを取得した。この3種のTAK1 mRNA発現について、RT-PCR法を用いて検討した結果、HeLa細胞にはすべてのTAK1 mRNAが、またJurkat、THP-1細胞ではTAK1aおよびTAK1bの発現が認められた。また、ヒト組織におけるTAK1 mRNAの発現についてNorthern法にて検討したところ、3.2kbおよび5.7kbのmRNAが、胎児の組織を含めて検討したすべての組織において発現が認められた。

 TAK1は細胞内では不活性型として存在している。TAK1はその活性化因子TAK1-binding protein 1(TAB1)によって活性化されるが、その分子機構は明らかにされていない。そこで、TAB1によるTAK1の活性化メカニズムについて検討した結果、TAK1は細胞内でTAB1と相互作用すると、自己リン酸化、およびTAB1のリン酸化を引き起こすことが明らかとなった。

 クローン化したTAK1 cDNAを用いて、TAK1がNF-B活性化に関与しているのかを検討した。HeLa細胞にTAK1およびTAB1の発現ベクターをトランスフェクトし、ゲルシフトアッセイによってNF-Bの活性化を調べた。その結果、TAK1はTAB1依存的にNF-B(p50/p65)の核移行を引き起こすことが明らかとなった。また、TAK1はIBおよびIBの分解、NF-B結合配列依存的なルシフェラーゼ遺伝子発現を誘導した。このTAK1によるNF-B活性化はkinase-negative TAK1(TAK1KW)では認められなかったことから、TAK1のキナーゼ活性が必須であった。

図2.TAK1によるNF-B活性化

 そこで、TAK1によるNF-B活性化の分子機構について検討した。まず、TAK1によるNF-B活性化がNIKを介して起こっているのかについて検討した。キナーゼドメインを欠失したNIK(NIK624-947)を発現させ、TAK1によるNF-B活性化に対する効果を調べた。NIK624-947はTAK1によるNF-Bの活性化を阻害しなかった。したがって、NIKのN末端が関与している可能性は否定できないが、TAK1によるNF-Bの活性化にNIKは関与していない可能性が示唆された。そこで、TAK1が直接IKKの活性化を起こしている可能性について検討した。まず、TAK1によるNF-B活性化に対して、kinase-negative IKK(IK K-KM)およびIKK-KMが阻害作用を示した。また、TAK1は内在性のIKK複合体および過剰発現させたIKK、IKKの活性化を起こした。

 次に、TAK1によるIKK活性化の分子機構について検討した。TAK1とIKKが直接相互作用している可能性について免疫共沈法にて検討したところ、TAK1はIKKおよびIKKと相互作用していることが明らかとなった。興味深いことに、この相互作用はTAB1を過剰発現させ、TAK1、IKKを活性化すると認められなくなった。この相互作用の消失がTAK1によるIKKのリン酸化によって起こっている可能性が考えられたことから、TAK1によってリン酸化されると予想された2カ所のセリン残基をアラニンに置換したIKK-SSAAとTAK1の相互作用について検討した。その結果、IKK-SSAAおよびIKK-SSAAともにTAK1との相互作用はTAB1を共発現しても認められた。したがって、TAK1とIKKの相互作用の消失には、2カ所のセリン残基をリン酸化が重要であることが明らかとなった。

 最後に、TNF-によるNF-B活性化おけるTAK1の役割について検討した。TNF-は内在性のTAK1を一過性に活性化した。活性化は刺激後2-5分でピークとなり、下流のIKK複合体の活性化より先行していた。また、TAK1KWはTNF-によるNF-B活性化を阻害した。したがって、TNF-/TNFRI→→TAB1/TAK1→IKK/IKK→NF-B/IBという新しいNF-B活性化機構が明らかとなった。

 本研究により、NF-BおよびAP-1の炎症性疾患の病態形成における役割が示唆された。また、TAK1はIKKおよびMAPKの活性化を介してこれら転写因子の活性化に関与していることから、新しい抗炎症薬・免疫抑制薬開発の分子ターゲットとしての可能性が明らかとなった。

審査要旨

 慢性関節リュウマチや糸球体腎炎などの炎症性疾患の病態形成において、炎症性サイトカインの発現亢進が重要な意味を持っている。これら炎症性サイトカインの遺伝子の発現には、NF-BやAP-1といった転写因子が関与する。また、炎症性疾患に著効を示すステロイドは、これらの転写因子の活性化を抑制すると考えられているが、病態モデルを用いた検討は報告がない。

 この論文はまず、ラットnephrotoxic serum(NTS)誘発腎炎モデルを用いてこれらの転写因子の活性化が見られるかどうかを検討した。その結果、NTS投与後2週間以内に炎症性サイトカインの誘導が見られ、ゲルシフトアッセイで見るとこれに呼応した形でNF-BおよびAP-1の活性化が認められた。つぎに、NF-BおよびAP-1の活性化に及ぼすステロイドの効果を検討した。その結果、ステロイド治療を開始して2日以内にNF-BおよびAP-1の活性化は正常のレベルに戻ることが明らかになった。これらの知見から、NF-BおよびAP-1の活性化を抑制する物質が、新しい抗炎症薬・免疫抑制薬になるものと予想される。論文の後半は、NF-BおよびAP-1活性化のシグナル伝達経路に注目し、その解析を進めた。

 このシグナル伝達経路については、多くの知見が報告されている。それらを総合的に吟味した結果、MAPKKKファミリーの関与が考えられた。種々予備的に検討した結果、TGF-により活性化されるMAPKKKであるTAK1に着目した。以後系をヒトに移し、ヒトのTAK1のcDNAクローニングを行い、HeLa細胞を用いてTAK1によるNF-Bの活性化を検討した。結果はきわめて明瞭で、HeLa細胞にTAK1を発現させると、NF-Bの核移行が起こり、NF-B結合配列依存的なルシフェラーゼ遺伝子の発現を誘導した。すなわち、TAK1によるNF-Bの活性化が認められた。

 ついで、TAK1のNF-B活性化の分子機構を検討した結果、TAK1が直接IKKの活性化を引き起こすことが示された。そして、IKKの活性化はその中にある2つのセリン残基がTAK1によリリン酸化されることにより引き起こされることが判明した。ここでIKKというのは、NF-Bの特異的な阻害蛋白IBをリン酸化する事により失活へと導く蛋白質リン酸化酵素である。

 以上本研究は、NTS誘発腎炎モデルを用いて炎症誘導にNF-BおよびAP-1が関与することを示し、ついでNF-Bの活性化機構の1つにTAK1が直接IKKの活性化を引き起こすルートがあることを証明したものである。本研究の成果は炎症反応の誘発機構の解析や、抗炎症剤の開発にも寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位に相当するものと認めた。

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