学位論文要旨



No 214111
著者(漢字) 山本,直之
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,ナオユキ
標題(和) 脊椎動物中枢神経系の複数のGnRH系 : 形態、機能、発生学的起源
標題(洋) Multiple GnRH Systems in the Vertebrate Central Nervous System : Anatomy,Functions,and Developmental Origins
報告番号 214111
報告番号 乙14111
学位授与日 1999.01.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第14111号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 岡,良隆
 東京大学 教授 守,隆夫
 東京大学 助教授 西原,真杉
 東京大学 助教授 小林,牧人
 東京大学 助教授 朴,民根
内容要旨

 ゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)は、下垂体からのゴナドトロピン(生殖腺刺激ホルモン)の放出促進作用を持つ物質として哺乳類の視床下部・視索前野から最初に精製されたデカペプチドである。その後、様々な脊椎動物から類似の物質が見つかり、現在では少なくとも11の分子種が知られている。さらに、1つの動物種の脳内に複数のGnRH分子種が存在することも明らかになってきている。また、視床下部・視索前野の外にもGnRHを産生する神経細胞が見つかり(終神経と中脳のGnRH細胞)、GnRH線維も視床下部外の広い領域に分布していることが明らかになりつつある。このように多様性を持つGnRH神経系を理解するには、複数存在するGnRH神経系とGnRH分子種の関係や各GnRH神経系の機能などについて、以下のような問題を解決することが重要である。

 (1)複数のGnRH細胞群はそれぞれどの分子種を産生しているのか?またそれぞれの分子種は分子種特有の機能をもつのか?(第1章)

 (2)どのGnRH細胞群が下垂体を支配するのか?(第2章)

 (3)下垂体を支配しないGnRH細胞群の機能的な意義は何か?(第3・4章)

 (4)複数のGnRH細胞群は発生学的に同じ起源をもつのか?(第5章)

 (1)-(3)の問題を調べるために、以下に述べるように終神経、視索前野、中脳のすべてのGnRH細胞群が明瞭な細胞塊を形成していて実験的操作を行いやすい、という利点をもつ硬骨魚ドワーフ・グーラミーを用いて研究を行った。一部の実験では別種の硬骨魚ティラピアも使用した。

 まず、(1)の問題に対して第1章では、高速液体クロマトグラフィーと組み合わせたラジオイムノアッセイによって、グーラミーの脳に存在するGnRH分子種を調べたところ、サケ型GnRHとニワトリII型GnRHに加えてタイ型GnRH類似の物質の存在が明らかになった。次に、各分子種を認識する様々な特異抗体を用いた免疫組織化学を行ったところ、嗅球と終脳の境界領域に存在する終神経GnRH細胞群、視索前野GnRH細胞群、中脳GnRH細胞群、の3つの細胞群が観察された。3つのGnRH細胞群はそれぞれ細胞群特有の免疫反応性を示し、各細胞群がそれぞれ固有の分子種を産生している可能性が示唆された。上記のクロマトグラフィーと免疫組織化学の結果を最近のin situ hybridization研究の文献と考え合わせ、終神経GnRH細胞群はサケ型GnRHを、視索前野GnRH細胞群はタイ型GnRHを、中脳GnRH細胞群はニワトリII型GnRHをそれぞれ特異的に産生している、と結論した。さらに、終神経GnRH細胞の局所的な破壊と特異抗体を用いた免疫組織化学とを組み合わせることにより、脊椎動物一般にこれまでほとんど明らかでなかった、各細胞群に特異的な投射様式を明確に証明することに成功した。すなわち、終神経GnRH細胞群は嗅球から脊髄に至る中枢神経系の広範な領域に投射し、視索前野GnRH細胞群は下垂体のみに投射して下垂体のGnRH線維の大部分を供給し、中脳GnRH細胞群は間脳から脊髄尾側までの広範な領域に投射するが終脳への投射は少ない。上記の結果を総合すると以下のように考えることができる。(A)サケ型GnRHを産生する終神経GnRH細胞群は中枢神経系の広範な領域に影響を与える神経修飾系として機能する。(B)タイ型GnRHを産生する視索前野GnRH細胞群は下垂体からのゴナドトロピン分泌制御を行う。(C)ニワトリII型GnRHを産生する中脳GnRH細胞群は終脳より尾側の中枢神経系の広範な領域に影響を与える神経修飾系として機能する。中脳GnRH系と終神経系とは終脳などでの線維分布が異なっており、また、両者は部域的に離れていて違ったシナプス入力を受けていると考えられることから、中枢神経系の異なる機能的側面を修飾している可能性がある。

 (2)の問題に関しては、上述のように視索前野GnRH細胞は下垂体のみに投射し下垂体制御における中心的役割を果たすことが明らかにされた。しかしながら、ごく少数のGnRH線維が他の2つのGnRH細胞群に由来する可能性は破壊実験だけでは完全には否定しきれなかった。そこでこの問題をさらに詳細に検討するため、第2章では、下垂体への逆行性軸索輸送トレーサーの投与とGnRH免疫組織化学を組み合わせた二重標識実験を行った。その結果、3つのGnRH細胞群のうち視索前野GnRH細胞群のみが下垂体に投射することが示された。一方,中脳GnRH細胞群は中脳被蓋背側部に存在し脊髄に投射するが、同様の位置に、やはり脊髄に投射することが以前から知られている内側縦束核が存在する。両者が別の細胞集団であるのか、あるいは同一であるのかは明らかでない。そこでこの問題を調べるために、第3章では、脊髄への逆行性軸索輸送トレーサーの投与とGnRH免疫組織化学との二重標識実験を行った。中脳GnRH細胞は脊髄に投与したトレーサーではごくわずかに標識されたのみであった。一方、GnRH陰性でトレーサーで強く標識される細胞集団が観察され、これらが内側縦束核の細胞であると考えられる。2つの細胞群は吻尾軸ではほぼ同じ高さに存在していたが、中脳GnRH細胞群は内側縦束核よりも背内側に位置していた。以上の結果から、中脳GnRH細胞群は解剖学的に、また化学的性質の点からも内側縦束核の細胞とは異なることが明らかになった。

 (3)の問題に関しては、第4章において、下垂体に投射しないことが明らかになった終神経GnRH細胞群の機能的意義を調べた。GnRHの投与が性行動を促進する例が各種の脊椎動物において報告されていることから、終神経GnRH細胞の局所的破壊がオスのグーラミーの性行動に及ぼす影響を調べた。グーラミーの性行動はいくつかの明瞭で定量化の可能な行動パターンから構成されていて神経行動学的解析に有利である。そこで、オスの行動である、巣作り(nest-building)、メスを巣に誘う行動(leading-to-nest)、メスの体を抱接する行動(clasping)、を定量化し、終神経破壊の前後で比較した。その結果、終神経破壊により、一定時間の行動観察中、1回もnest-buildingを行わない個体の出現頻度が有意に上昇した。leading-to-nestとclaspingにはこのような効果は見られなかった。また、3つの行動全てに関して、単位時間あたりに行った行動パターンの回数には破壊前後で変化が見られなかった。これらの結果は、終神経GnRH系が性行動全般の遂行に必要不可欠なのではなく、nest-buildingという特定の行動の開始閾値を下げる働きを持つことを示唆する。さらに、中枢神経系における終神経GnRH細胞由来の線維分布が極めて広範なことを考えると、終神経GnRH系はnest-buildingの開始閾値の制御の他にも神経修飾の働きを持つ可能性が高い。

 (4)の問題は、第5章において、ウズラとニワトリの胚の交換移植により作成したキメラ胚を用いて研究した。近年、GnRH細胞が嗅プラコードから発生してその後脳内に移動してくることを示唆する報告が多数あるが、この説を直接的に証明した研究は無かった。キメラ胚を利用した手法では移植組織由来の細胞が発生中どこに移動してもウズラとニワトリの細胞核の形態的な差異によって同定可能であるが、このような手法は硬骨魚類では事実上不可能である。キメラ胚の手法により、GnRH細胞が本当に嗅プラコードに起源をもつのかどうかを調べた。その結果、嗅球から終脳にかけての細胞群(硬骨魚類における終神経GnRH細胞群に相当すると考えられる)は嗅プラコードに起源を持つことを実験的に証明することが出来た。一方、視床下部の細胞(硬骨魚類における視索前野GnRH細胞群に相当すると考えられる)は嗅プラコード由来ではないことが示された。中脳GnRH細胞群については本研究では調べられなかったが、文献的には両生類で嗅プラコード由来ではないことが示唆されている。このように、3つのGnRH細胞群は発生学的起源も異なると考えられる。

 本論文の結論としては、3つのGnRH細胞群は産生するGnRH分子種がそれぞれ異なり、投射部位もそれぞれ異なり、したがってそれぞれ固有の機能をもつと考えられる。また、3つのGnRH細胞群は発生学的起源も異なっていると考えられる。

審査要旨

 本論文は5章からなり、第1章は異なる分子種のゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)産生細胞の脳内分布とそれらの細胞群の投射領域について、第2章は下垂体に投射するGnRH細胞群の起始部位に関して、第3章は中脳GnRH細胞群の性質について、第4章は終神経GnRH細胞群の行動学的機能について、第5章はGnRH細胞の発生学的起源について述べられている。

 ゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)は、下垂体からのゴナドトロピン(生殖腺刺激ホルモン)の放出促進作用を持つ物質として哺乳類の視床下部・視索前野から最初に精製されたデカペプチドである。その後、様々な脊椎動物から類似の物質が見つかり、現在では少なくとも11の分子種が知られている。さらに、1つの動物種の脳内に複数のGnRH分子種が存在することも明らかになってきている。また、視床下部・視索前野の外にもGnRHを産生する神経細胞が見つかり(終神経と中脳のGnRH細胞)、GnRH線維も視床下部外の広い領域に分布していることが明らかになりつつある。このようにGnRH神経系はきわめて多様性に富む神経系であるが、それらの機能については脊椎動物を通じてまだ一部がわかっているにすぎない。多様なGnRH神経系の機能を理解するには、複数存在するGnRH神経系とGnRH分子種の関係や各GnRH神経系の機能などについて、以下のような問題を解決することが重要であり、論文提出者はこれらの各問題点について、次のように大変明確な答えを出している。

(1)複数のGnRH細胞群はそれぞれどの分子種を産生しているのか?また各分子種は特有の機能をもつのか?

 →3つのGnRH系が存在し、終神経GnRH系はサケ型GnRHを、視索前野GnRH系はタイ型GnRHを、中脳GnRH系はニワトリII型GnRHを、それぞれ産生している。それぞれの分子種を産生する細胞群が特有の投射様式を持っていることから、各分子種は特有の機能を持つといえる。

(2)どのGnRH細胞群が下垂体に投射してゴナドトロピン放出因子として働いているのか?

 →3つのGnRH系のうち、視索前野GnRH系の細胞群だけが下垂体に投射してゴナドトロピン放出因子として働いており、他のGnRH系はゴナドトロピン放出因子として働かない。

(3)下垂体に投射しないGnRH細胞群の機能は何か?

 →下垂体に投射しない終神経GnRH系は、行動の開始閾値を微妙に調節するような神経修飾作用を持つ。また、中脳GnRH系は終脳GnRH系とは違った神経修飾作用を持つ。

(4)3つのGnRH細胞群は発生学的に同じ起源をもつのか?

 →3つのGnRH細胞群は発生学的に異なる起源を持っている。

 学位論文の各章で示された研究成果は脊椎動物一般のGnRH神経系の機能を理解する上で大変重要な知見であり、論文提出者の研究成果は博士(理学)の学位を受けるにふさわしいと判定した。

 なお、本論文第1章は、岡良隆、天野勝文、会田勝美、長谷川喜久、川島誠一郎との、第2章はI.S.Parhar、澤井信彦、岡良隆、伊藤博信との、第3章は岡良隆、吉本正美、澤井信彦、J.S.Albert、伊藤博信との、第4章は岡良隆、川島誠一郎との、第5章は内山博之、浜崎浩子、田中英明、伊藤博信との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)を授与できると認める。

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