学位論文要旨



No 214112
著者(漢字) 本田,善一郎
著者(英字)
著者(カナ) ホンダ,ゼンイチロウ
標題(和) 血小板活性化因子(PAF)受容体の構造、機能、及び脱感作機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 214112
報告番号 乙14112
学位授与日 1999.01.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14112号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 芳賀,達也
 東京大学 教授 松島,綱治
 東京大学 助教授 久保田,俊一郎
 東京大学 講師 上原,誉志夫
 東京大学 講師 中村,晃一郎
内容要旨

 本論文は以下の二つの内容からなる。

 1.血小板活性化因子(PAF)受容体の構造、及び細胞内情報機構の解析

 2.血小板活性化因子(PAF)受容体の脱感作機構の解析

1.血小板活性化因子(PAF)受容体の構造、及び細胞内情報機構の解析

 血小板活性化因子(PAF)は微量で強力な生理活性を持つ脂質オータコイドで、気管支喘息、アナフィラキシーショック、エンドトキシンショック、急性移植片拒絶などに関与すると考えられている。PAF受容体の構造を知り、単離された受容体の機能を解析することにより病態におけるPAFの役割を理解するための基礎的な知識を得られる可能性がある。そこで、アフリカツメガエル卵母細胞を用いた遺伝子発現システムと電気生理学的な反応検出法を組み合わせた発現クローニング法を用いて、モルモット肺cDNAライブラリーをスクリーニングし、PAF受容体cDNAを単離した。cDNAから推定される受容体は342アミノ酸からなり、三量体G蛋白質連関型受容体に共通する七回膜貫通構造を取ると考えられた。PAF受容体mRNAは白血球に極めて多量に発現しており、次いで肺、腎臓、脾臓に多く発現していた。クローン化したPAF受容体の機能を解析するために、受容体cDNAをChinese hamster ovary細胞に導入した。同細胞の膜画分はPAFを高親和性に結合し(解離定数:400pM)、100M GTPS処理によって親和性の低下(解離定数:800pM)が観察され、同受容体が機能的にG蛋白質に連関することが示唆された。同受容体はIP3産生、アラキドン酸遊離、cAMP産生の抑制、42,44kDa MAPキナーゼの活性化等の作用を引き起こし、複数の効果器と連関し得ることが解った。三量体G蛋白質Gi,Goサブユニットを特異的にADP-リボシル化し受容体とG蛋白質の連関を阻害する百日咳毒素(PTX)を用いた薬理学的検討から、PAF受容体はPTX感受性、非感受性G蛋白質を介してこれらの効果器と連関することが示唆された。

2.血小板活性化因子(PAF)受容体の脱感作機構の解析

 炎症細胞は受容体活性化を終結させる機構を内在している。これらの機構によって、細胞は同一の、あるいは異なるアゴニストによる2度目の刺激を回避することがある(同種、異種脱感作)。これらは過度の組織破壊を防ぐための合目的的な反応であるかもしれない。三量体G蛋白質連関型受容体の同種脱感作機構として、リガンド-受容体複合体に特異的なセリン/トレオニンキナーゼ(G蛋白質連関受容体キナーゼファミリー)による受容体のリン酸化とG蛋白質の脱共約が提唱されていた。予備的な検討として、アフリカツメガエル卵母細胞にPAF受容体を発現し、PAFによる細胞内カルシウム反応(カルシウム依存性クロライドチャンネルの開口でモニターした)に対する非特異的セリン/トレオニンキナーゼ、H7の効果を検討したところ、H7はPAF受容体反応の終結を強く遅延させ、しかも同種脱感作を解除することが解った。PAF受容体のC-末端細胞内部位には種を越えて保存されるセリン/トレオニンのクラスターが存在する。共同研究者の高野は受容体C末端を除去した変異体、及びセリン/トレオニン残基をアラニンに置換した変異受容体をCHO細胞に導入し、これら変異受容体のカルシウム反応の終結が極めて遅延することを見出した。従って、受容体C-末端細胞内部位のセリン/トレオニンのクラスターのリン酸化がカルシウム反応終結、及び同種脱感作を引き起こしている可能性が高いと考えられる。

 異種脱感作は同様の機構では説明できない。三量体G蛋白質活性化が以後のカルシウム反応を抑制するか否かを知る一手法として、アフリカツメガエル卵母細胞にホスホリパーゼCを活性化するGqサブユニット、及び恒常的活性型Gqサブユニット変異体を発現させた。共発現したPAF受容体によるカルシウム反応が恒常的活性型Gqa発現細胞でのみ消失したことから、Gqの活性化が以後の受容体依存性カルシウム反応の脱感作に十分であると結論した。活性型Gq発現細胞ではカルシウム反応は消失するがIP3上昇は保たれる。しかも、IP3細胞内注入によるカルシウム反応も消失している。これらの観察からGq活性化はIP3受容体に変容を起こす可能性が考えられた。IP3受容体蛋白を特異抗体を用いたウェスタンプロット法で検討したところ、活性型Gq発現細胞でのみ抗体反応性の消失が起こる事を見出した。このG蛋白質活性化によるIP3受容体蛋白のダウンレギュレーションという新たな機構が異種脱感作の一部を説明する可能性がある。

審査要旨

 本研究は、血小板活性化因子(PAF)受容体の構造、細胞内情報伝達機構、および脱感作機構を明らかにする目的で、一連の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.アフリカツメガエル卵母細胞を用いた遺伝子発現システムと電気生理学的な反応検出法を組み合わせた発現クローニング法を用いて、モルモット肺cDNAライブラリーからPAF受容体cDNAを単離した。cDNAから推定される受容体は342アミノ酸からなり、七回膜貫通構造を取る三量体G蛋白質連関型受容体ファミリーに属することが示唆された。

 2.PAF受容体cDNAをChinese hamster ovary細胞に導入し、細胞内情報伝達機構を検討した。同細胞の膜画分はPAFを高親和性に結合し、100M GTPSにより親和性の低下が観察され、同受容体が機能的にG蛋白質に連関することが示唆された。同受容体はまたリガンド依存性にIP3産生、アラキドン酸遊離、cAMP産生の抑制、42,44kDa MAPキナーゼの活性化等の作用を引き起こすことが示された。百日咳毒素(PTX)を用いた検討より、PAF受容体はPTX感受性、PTX非感受性のG蛋白質を介してこれらの作用と連関することが示唆された。

 3.PAF受容体をアフリカツメガエル卵母細胞、およびChinese hamster ovary細胞に発現させ、受容体の同種脱感作および異種脱感作機構を検討した。PAF受容体をアフリカツメガエル卵母細胞に発現させ、PAFによるカルシウム依存性クロライドチャンネルの開口に対する非特異的セリン/トレオニンキナーゼ阻害剤H7の効果を検討したところ、H7はPAF受容体反応の終結を強く遅延させ、同時に同種脱感作を解除することが示された。ホスホリパーゼCを活性化する野性型Gqサブユニット、および恒常的活性型Gqサブユニットをアフリカツメガエル卵母細胞に発現させ、PAF受容体からのカルシウム依存性クロライドチャンネルの開口を検討したところ、恒常的活性型Gqを発現した場合のみシグナルの遮断が生じ、同時に特異抗体で検出されるイノシトールリスリン酸(IP3)受容体蛋白質の減少、消失が起こることが判明した。この観察結果から、Gq連関受容体群の興奮はIP3受容体のダウンレギュレーションを介して広範な受容体を介するカルシウムシグナルを脱感作(異種脱感作)することが示唆された。

 以上、本論文はPAF受容体の構造、細胞内情報伝達機構、および脱感作機構を明らかにした。本研究は、この分野の詳細な分子機構の解明へ重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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