学位論文要旨



No 214113
著者(漢字) 緒方,芳久
著者(英字)
著者(カナ) オガタ,ヨシヒサ
標題(和) lprcg遺伝子による自己免疫誘発に於ける胸腺の役割と背景遺伝子の影響に関する研究
標題(洋)
報告番号 214113
報告番号 乙14113
学位授与日 1999.01.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14113号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高津,聖志
 東京大学 教授 勝木,元也
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 谷口,維紹
 東京大学 講師 奥平,博一
内容要旨

 lpr及びgldミュータントマウスに於ける研究はヒトの自己免疫疾患の病因に関して多くの知識を提供している。lprとgldは常染色体上の単一劣性突然変異であり、種々の系統のマウスへ導入することにより、自己免疫を惹起する突然変異遺伝子と背景遺伝子の相互作用が研究されている。lprとgldはCD3+CD4-CD8-(double-negative:DN)T細胞による重症な全身性リンパ節腫脹、高ガンマグロブリン血症、血清中の免疫複合体の増加、抗DNA抗体をはじめとする自己抗体の産生などの共通の特徴を示す。しかし、リンパ節腫脹と自己免疫の因果関係は不明な点が多い。lprにより誘発される腎炎や血管炎の重症度が遺伝的背景で異なることが、C3H-lpr/lprなどのlprコンジェニックマウス作出により証明されている。さらに、同一の遺伝的背景では、lprとgldは同様の性質を示すことが、異常な表面マーカーをもつDN T細胞の追究によって確かめられている。この2つの遺伝子が異なる染色体上にあるにもかかわらず、ほとんど同じ性質を示すことは非常に興味深い。しかし、lpr/lprとgld/gldの間のF1マウス、すなわち二重ヘテロ接合lpr/+gld/+では、リンパ節腫脹も自己免疫症状も起こらない。

 lprcg(cg:complementing gld)はCBA/KlJms(CBA)マウスで1985年に新たに見つかった常染色体上の単一劣性突然変異遺伝子である。この遺伝子はlprと対立関係にあり、リンパ節腫脹、自己免疫症状を惹き起こすが、lprと異なりgldと相補性があることで注目されている。lprはアポトーシスに関係するFASリセプター(FAS)を欠損し、lprcgはFASの機能異常を起こし、gldはFASに対するリガンド(FAS-L)の機能異常を起こす。このために、lpr、lprcg、gldのいずれでもリンパ系細胞のアポトーシスが正常に進行しない結果として、DN T細胞が増加しリンパ節腫脹が起こると考えられている。lpr/lprとgld/gldの間のF1(lpr/+gld/+)では正常なリセプターとリガンドが1:1で存在するためT細胞が正常に分化しDN T細胞が出現しないが、lprcg/lprcgとgld/gldのF1(lprcg/+gld/+)では機能性FAS、非機能性FASとFAS-Lが1:1:1の割合に存在し、FAS-Lが非機能性FASと結合するためにFAS-L不足の状態に陥り、T細胞の分化が正常に進まずに異常T細胞が末梢に現れると考えられる。ホモ接合に比べてヘテロ接合ではFAS-L不足の程度が弱いためにリンパ節腫脹が軽いと説明される。

 CBA-lprcg/lprcgマウスは、生後2-3月で、高ガンマグロプリン血症、血清中の免疫複合体値の上昇、IgM、IgG両クラスの抗DNA抗体をはじめとする自己抗体の産生などの特徴を示す。しかし、lprcgはlprと同じ遺伝子座の突然変異であるにもかかわらず、MRL-lpr/lprで見られる様な糸球体腎炎、血管炎などの組織病変は、あってもごく僅かであるか、若しくは認められず、自己免疫病の重症度に背景遺伝子が関与していることを示している。骨髄移植とリンパ節移植を組合わせた実験の結果から、自己抗体産生の異常はlprcg骨髄細胞により決定され、リンパ節腫脹はlprcg骨髄細胞とlprcgリンパ節の両方により支配されていることが明らかにされた。これに対して、gldでは自己抗体産生とリンパ節腫脹の両方がgld骨髄細胞のみに依存し、lprcgとgldの間に機能発現に相異があることが明らかにされている。

 本研究では、まず骨髄とリンパ節に加えて、T細胞の分化の場である胸腺がlprcgによるリンパ節腫脹と自己免疫誘導でどのような役割を果たしているかを調べた。この目的で、胸腺を欠損しlprcgをホモ接合状態でもつlprcgnudeマウスを作出した。この無胸腺マウスではリンパ節腫脹や自己免疫症状が全く見られず、B細胞のみでは自己免疫病が起こらないことが分った。そこで、種々の系統のマウスの胸腺をlprcgnudeマウスに移植したところ、系統や遺伝子型(+/+,lprcg/lprcgなど)と関係なく、すべての胸腺でCD4-CD8-T細胞より成るリンパ節腫脹、IgGクラスの血清Igの増加、抗DNA抗体産生など自己免疫症状が起こった。この結果から、lprcgによるリンパ節腫脹や自己免疫症状の発生で胸腺が決定的な役割をはたすことが分った。すなわち、異常CD4-CD8-T細胞は胸腺で作られ、この過程で胸腺自体ではlprcgの発現が必要なく、また自己抗体の産生はB細胞のみでは起こらず、T細胞が必要であることが分った。

 CBA-lprcg/lprcgは軽度な糸球体腎炎を起こすに過ぎず、自己免疫病の病態モデルとしては不満足である。そこでMRL-lpr/lprで重症な腎炎が起こることを考慮して、lprcg遺伝子を戻し交配によりMRLマウスへ導入し、病態モデルとしての可能性を追究した。リンパ節腫脹と蛋白尿はMRL-lprcg/lprcgとMRL-lpr/lprで同程度であった。組織学的検査で、MRL-lprcg/lprcgでやや低頻度であったが、MRL-lpr/lprと同程度に重症な糸球体腎炎が起こった。糸球体への免疫複合体の沈着は両者でほぼ同程度であった。MRL-lprcg/lprcgに於ける血清中の免疫グロブリン、免疫複合体、自己抗体の量は、MRL-lprと同等ないしそれ以上であった。糸球体腎炎を起こすMRL-lprcg/lprcgと起こさないCBA-lprcg/lprcgを血清学的な異常について比較したところ、自己抗体と血清中の免疫グロブリンの量に関してIgMよりも、IgGが優位であることが注目された。以上の結果より、CBA背景では不完全であるIgMからIgGへのクラス転換がMRLの背景遺伝子により促進され、産生された病原性免疫反応物質が、MRL背景による腎臓の特殊な局所的環境と協調的に働いて糸球体腎炎を起こす可能性があると考えられた。Watson等は遺伝学的分析により、第7及び12染色体上にlprによる糸球体腎炎の重症度を決定する量的形質遺伝子座(QTL)が存在することを示唆しているが、lprcgもこれらの影響を受けていると考えられる。

 lprは常染色体性劣性遺伝子と考えられていたが、遺伝的背景によっては不完全優性的性質を示すことが報告されている。gldとの相補性から明らかなように、lprcgは少くともCD4-CD8-T細胞誘導に関してはヘテロ接合状態で機能している。lprcgによるヘテロ接合状態での自己免疫病誘発及びそれに対する背景遺伝子の影響を調べる目的で、MRLとCBAの背景をもつlprcg/lprcg、lprcg/+、+/+マウスを作出し、解剖学的、血清学的、病理学的に比較した。MRL背景では、lprcg/+のリンパ節と脾臓の腫脹は、+/+のそれと比べて有意に大きかったが、lprcg/lprcgと比べると遥かに小さかった。同様に、抗一本鎖DNA抗体、血中の免疫複合体及び免疫グロブリンの量についても、lprcg/+はlprcg/lprcgと+/+の中間に位置した。しかし、lprcg/+でもかなり重症な糸球体腎炎が起こり、その程度はlprcg/lprcgに匹敵していたのが注目された。lprcg/lprcgで見られるリンパ節への異常CD4-CD8-T細胞の蓄積は、lprcg/+の腫脹したリンパ節では認められなかった。CBA背景では、lprcg/+に於けるリンパ節と脾臓の重量増加は+/+に比べて統計学的に有意ではあったが、わずかで実質的に問題にならなかった。また、lprcg/+では調べた限りでは、+/+と比べて血清学的、病理学的異常がなかった。この結果は、lprcg遺伝子も遺伝的背景によってはヘテロ接合状態で自己抗体産生、自己免疫症状、重症な糸球体腎炎などを起こし、不完全優性的に機能することを示している。MRL-lprcg/+の腫脹したリンパ節のリンパ球が、正常なリンパ節の細胞とほぼ同じ表面マーカーを持っていたことから、自己抗体産生とそれによる糸球体腎炎誘発に異常なCD4-CD8-T細胞が関与していない可能性が考えられる。本研究を通して、MRLへの12回目の戻し交配を終了し、完成したMRL-lprcg/lprcgコンジェニックマウスはMRL-lpr/lprと共に自己免疫病の有用病態モデルを提供する。

審査要旨

 本研究では、CBAマウスで発見された突然変異遺伝子lprcg遺伝子の機能発現における胸腺の役割とlprcg自己免疫病に対する背景遺伝子の効果を解明し、自己免疫病の病体モデルを確立することを目的とし、下記の点を明らかにした。

 1.胸腺を欠損し、lprcgをホモ接合状態でもつlprcgnudeマウスを作出し、無胸腺下ではlprcgはリンパ節腫脹や自己免疫症状を誘発できないことを確かめた。

 2.lprcgnudeマウスに胸腺移植すると、リンパ節腫脹や自己免疫症状が起こることから、lprcgによる免疫異常の誘発に胸腺が必須であることが判明した。

 3.lprcgnudeマウスに野生型(正常)胸腺とlprcg胸腺のいずれを移植してもリンパ節腫脹と自己免疫症状が誘発された。既報の骨髄移植実験の結果と合わせると、lprcgの異常は骨髄細胞に発現されていると考えられる。

 4.lprcg遺伝子をMRLマウスに導入し、CBA背景に比べてMRL背景で遥かに重症な糸球体腎炎と血管炎が起こることを確かめた。既に報告されている第7及び12染色体上のlpr腎炎増悪遺伝子が関係していると考えられる。

 5.IgMからIgGへのクラス転換がMRL背景で促進された。

 6.糸球体への免疫反応物質の沈着量が糸球体腎炎の重症度と相関することから、MRL背景遺伝子が腎臓の局所的な環境を修飾し糸球体腎炎を起こす可能性がある。

 7.MRL背景ではlprcgは不完全優性遺伝子として振舞い、ヘテロ接合状態で重症な自己免疫病と軽度のリンパ節腫脹を起こすことが判明した。

 8.ヘテロ接合状態で腫脹したリンパ節はほぼ正常な表面マーカーをもつリンパ球から成ることから、自己抗体産生とそれによる糸球体腎炎誘発に異常なDN T細胞が関与していない可能性が考えられる。

 9.本研究で樹立したMRL-lprcg/lprcgコンジェニックマウスはMRL-lpr/lprマウスと共に有用な自己免疫病の病態モデルを提供する。

 以上、本論文は、FAS-FAS-Lを介するアポトーシス異常による自己免疫誘導のモデルとなるlprcg遺伝子に関し、其の自己免疫誘発における胸腺の役割及び同遺伝子に対する背景遺伝子の影響を明らかにした。本研究は、ヒトの全身性エリテマトーデスをはじめとする膠原病や自己免疫異常に関する研究にも重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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