学位論文要旨



No 214115
著者(漢字) 前島,正基
著者(英字)
著者(カナ) マエジマ,マサモト
標題(和) 習慣流産に関する臨床的研究 : 母体免疫反応の異常との関連
標題(洋)
報告番号 214115
報告番号 乙14115
学位授与日 1999.01.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14115号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 助教授 鳥羽,研二
 東京大学 教授 川名,尚
 東京大学 助教授 馬場,一憲
 東京大学 講師 高見沢,勝
内容要旨

 妊娠はするが、流産あるいは死産に終わり、生児を得ることができない状態を不育症と呼ぶ。不育症は、妊娠22週未満の流産を繰り返す習慣流産と、妊娠22週以降の子宮内胎児死亡を含むものとに分類されるが、その中で患者数が最も多く、臨床的に重要なのは習慣流産、中でも妊娠12週未満の流産を繰り返す初期習慣流産である。また、習慣流産は、連続して3回以上流産を連続するものと定義されるが、2回連続の反復流産も患者にとっては深刻な問題であり、診療の対象となる。

 さて、習慣流産の中で、免疫学的機序が関与する習慣流産、すなわち同種免疫異常による習慣流産と自己免疫異常による習慣流産が注目されている。同種免疫異常による習慣流産は、半同種移植片である胎児を拒絶せず育てている母体の特殊な免疫学的妊娠維持機構の破綻に基づく習慣流産と考えられ、それに対する治療として免疫療法が行われている。習慣流産に対する免疫療法は、1981年のTaylorらによる、白血球輸血実施により習慣流産例全例で生児を得たという報告、1985年のMowbrayらによる夫単核球を用いた免疫療法が有効であるという報告以来、広く行われるようになったが、近年になり免疫療法の有効性を疑問視する報告もなされるようになっている。一方、自己免疫異常による習慣流産では、カルジオリピンをはじめとするリン脂質に対する自己抗体である抗リン脂質抗体が陽性の習慣流産が臨床的に問題とされている。特に、血清中のコファクターである2-glycoprotein I(2-GPI)に依存性の抗カルジオリピン抗体(2-GPI依存性抗カルジオリピン抗体)は、in vivoにおいて血栓症を引き起こし、流産の原因になると考えられ、また、最近この抗体をELISAにより測定することが可能となったため注目されている。

 私は、習慣流産、中でも同種免疫あるいは自己免疫といった免疫反応の異常がその原因と考えられる習慣流産に対する最良の治療方法を確立することを目的として、過去10年間に東京大学産婦人科習慣流産専門外来を受診した既往連続流産回数3回以上の初期習慣流産患者252名、流産回数2回の初期反復流産患者163名の合計415例を対象として検討を行った。

[研究A]習慣流産及び連続2回反復流産の原因別頻度の分析(表1)表1 習慣流産の原因

 習慣流産の原因として、細胞遺伝学的異常、解剖学的異常、内分泌学的異常、感染症、自己免疫異常、同種免疫異常が挙げられる。習慣流産及び連続2回の反復流産患者において、原因として最も多数を占めるのは、「原因不明群」であり、習慣流産例の70%、2回連続反復流産例の78%を占めていた。次いで自己免疫異常であり、習慣流産例の12%、2回連続反復流産例の8%を占めていた。夫婦の染色体異常および子宮異常がこれに続き、夫婦の染色体異常は、習慣流産例の8%、2回連続反復流産例の4%であり、子宮異常は、習慣流産例の7%、2回連続反復流産例の5%であった。

[研究B]原発性初期習慣流産患者に対する夫単核球皮内免疫療法(初回コース)の効果

 原因不明で、初期自然流産のみを3回以上連続し、それ以外の産科既往歴のない原発性初期習慣流産患者95例に、妊娠前に夫単核球皮内免疫療法(初回コース)を実施し、その効果を検討した。

 免疫療法終了後6カ月以内に95例中70例が妊娠し、50例が生児を獲得、20例が流産した。原発性初期習慣流産患者に対する夫単核球皮内免疫療法(初回コース)の成功率は71.4%であった。

[研究C]夫単核球皮内免疫療法(初回コース)を実施したにも関わらず、再度流産した原発性初期習慣流産に対する夫単核球皮内免疫療法(追加コース)の治療時期とその効果の比較

 免疫療法初回コース終了後の妊娠が再度流産に終わった19例に対し、追加コースとして、次回妊娠前のみ(9例、第1群)あるいは次回妊娠前と妊娠中の両方(10例、第2群)に、再度夫単核球皮内免疫療法を実施した。再免疫療法前の流産回数は、第1群4.3±0.7回(平均値±標準偏差)、第2群4.3±0.7回であった。

 第1群の9例中2例のみが生児を獲得、7例が再び流産した。一方、第2群10例においては、8例が生児を獲得し、2例のみ流産した。夫単核球皮内免疫療法(追加コース)の治療効果は、第1群に比べ第2群において、有意に良好であった。(P<0.05、Fisher’s direct test)

[研究D]連続初期反復流産患者における2-GPI依存性抗カルジオリピン抗体の意義に関する検討

 夫婦の染色体異常、甲状腺機能異常症、高プロラクチン血症、子宮奇形、クラミジア感染症、子宮内細菌感染症の存在を否定された連続流産回数3回以上の初期習慣流産患者53名、流産回数2回の初期反復流産患者9名、また正常コントロールとして、流産等の産科異常既往症のない正常経産婦175名に対し、2-GPI依存性抗カルジオリピン抗体陽性者頻度の検討を行った。

 正常経産婦における2-GPI依存性抗カルジオリピンIgG抗体濃度の中央値は0unit/ml,95パーセンタイル区間は0-0.5unit/mlであった。最高値は1.7unit/ml、99パーセンタイル値は1.3unit/mlであった.そこで、抗体濃度が99パーセンタイル値である1.3unit/mlより低い場合を正常、高い場合を陽性とした。(図1)

図1 正常女性と初期反復流産患者における2-GPI依存性抗カルジオリピン抗体濃度

 2回以上連続初期反復流産患者における2-GPI依存性抗カルジオリピン抗体濃度の中央値は0unit/ml,95パーセンタイル区間は0-1.0unit/mlであり(図1)、既往流産回数によって違いは認められなかった。2-GPI依存性抗カルジオリピン抗体の血清中濃度およびその陽性率は、2回以上連続初期反復流産群と正常群とを比較しても統計学的有意差が認められなかった(Wilcoxon’s test)。2回以上連続初期反復流産例全62例のうち、我々が正常範囲の上限とした1.3unit/mlを越えるものはわずか2例(2.8%)のみであった。このうち12.2unit/mlであった1例は、Systemic lupus erythematosus(SLE)を合併していたが、3.6unit/mlであった1例は膠原病を合併しておらず、抗核抗体も陰性であった。

[研究E]抗リン脂質抗体陽性者に対するプレドニゾロン+少量アスピリン療法の効果

 抗リン脂質抗体陽性例に対し妊娠初期より、プレドニゾロン10-15mg/日、アスピリン81mg/日を妊娠36週まで投与、コントロールが不良の場合はヘパリン5000IU/日皮下注射し、その効果を検討した。

 抗リン脂質抗体陽性2回以上連続反復流産患者に対するプレドニゾロン+少量アスピリン療法で、7例中4例が生児を獲得した。流産した3例はすべて妊娠初期に流産した。

 以上A〜Eの5つの研究により、以下の事が明らかになった。すなわち、原因不明初期習慣流産の大部分が、夫単核球皮内免疫療法によって最終的に生児を獲得しており、このことから原因不明初期習慣流産の多くが、同種免疫異常によるものであることが示唆された。さらに、ある種の原因不明初期習慣流産例では、免疫療法は妊娠前のみでなく、妊娠初期に追加実施することにより、成功率が上昇することが判明した。また、自己免疫異常の代表である抗リン脂質抗体は、妊娠中期流産の原因としては、臨床的に重要であり、プレドニゾロン・少量アスピリン療法が有効であるが、妊娠初期の流産のみを反復するものにおいては、2-GPI依存性抗カルジオリピン抗体の陽性率より判断し、病因論的意義が低いと考えられる。習慣流産は、複数の原因から引き起こされるheterogenousな疾患であるが、その原因としては「原因不明群」が最も多く、次いで自己免疫異常が多く、この両者で全体の8割以上を占めている。習慣流産の治療を行うにあたって、免疫異常の関与する習慣流産をうまくコントロールすることが臨床的に最も重要であると考えられた。

審査要旨

 習慣流産は、複数の原因から引き起こされるheterogenousな疾患であるが、その原因としては「原因不明群」が最も多く、次いで自己免疫異常が多く、この両者で全体の8割以上を占めている。本研究は、長い間難病として放置されてきた不育症、中でも母体の免疫反応の異常がその原因と考えられる習慣流産に対する最良の治療方法を確立することを目的とした臨床的研究であり、下記の結果を得た。

 1.原因不明初期習慣流産の大部分が、夫単核球皮内免疫療法によって最終的に生児を獲得しており、このことから原因不明初期習慣流産の多くが、同種免疫異常によるものであることが示唆された。

 2.ある種の原因不明初期習慣流産例では、免疫療法は妊娠前のみでなく、妊娠初期に追加実施することにより、成功率が上昇することが判明した。

 3.自己免疫異常の代表である抗リン脂質抗体は、妊娠中期流産の原因としては、臨床的に重要であり、プレドニゾロン・少量アスピリン療法が有効であるが、妊娠初期の流産のみを反復するものにおいては、2-GPI依存性抗カルジオリピン抗体の陽性率より判断し、病因論的意義が低いと考えられた。

 以上、本論文は習慣流産の治療を行うにあたり、母体免疫異常の関与する習慣流産をうまくコントロールすることが臨床的に最も重要であることを示唆している。そして、習慣流産の中で最も多い同種免疫異常の治療法としての夫単核球皮内免疫療法の有効性が再確認された。現在夫単核球皮内免疫療法が広く行われているものの、近年になり感染症の問題などからその有効性を疑問視する報告もあるが、本研究では免疫療法の予後不良例においても妊娠中の追加免疫により顕著な予後の改善が期待できることを明らかにした。このことは、習慣流産に悩む患者にとって福音とも言えるべき治療法としての免疫療法の意義を示すものである。免疫療法の作用機序を解明することは、長い間解明されずにいた免疫学的妊娠維持機構を明らかにすることと同義であり、免疫療法はそのための新しいアプローチ法を提供するものである。さらに、免疫学的妊娠維持機構が解明されれば、妊娠中毒症などの異常妊娠の病態の解明に重要な貢献をなすものと考えられる。

 以上より、本論文は学位の授与に値するものと考えられる。

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