本研究は嗅覚障害を加齢という点に着目し、まずその臨床的背景を調べ、次に動物研究モデルを使用して組織学的に検討したものである。動物研究モデルにおいては、マウス嗅上皮における増殖細胞、上皮成長因子(EGF)、上皮成長因子受容体(EGFR)の加齢による変化を、免疫組織化学的にあきらかにしており、下記の結果を得ている。 1.1993年1月から1994年12月までの2年間に東京大学医学部附属病院の耳鼻咽喉科嗅覚外来を受診し、追跡調査可能であった嗅覚障害症例85例の転帰を、retrospectiveに検討したところ、嗅覚障害に対する治療を行ったのにもかかわらず、その約40%は嗅覚障害が改善していない。一旦嗅覚障害に陥ると、たとえ治療をしてもその機能的予後は決してよいとはいえないことがわかった。また嗅覚障害症例の年齢別転帰からみて、高齢になるほど軽快、治癒症例が少なく、不変症例の多いことが判明した。つまり臨床的にも、嗅上皮における加齢変化が、嗅覚障害の予後を悪くする因子の一つであることが示唆された。 2.マウスにおいて、胎生期から出生後早期には、嗅上皮の形成のため嗅上皮は盛んに分裂、増殖を行っていた。成熟期の嗅上皮においても、そのターンオーバーを支えているために基底層は分裂、増殖を行っていたが、増殖能力は低下していた。老年期における嗅上皮の増殖能力はかなり低下しており、加齢による嗅上皮の退行、萎縮、それに伴う嗅覚の低下、高齢者の嗅覚障害の予後不良の要因の一つであると考えられた。 3.EGFが胎生期、出生後早期、成熟期、老年期を通じて嗅上皮に認められたのに対し、EGFRは胎生期、出生後早期の嗅上皮に認められたが、成熟期、老年期の嗅上皮には認められなかった。嗅上皮の形成、維持にはEGF、EGFR両者とも関与しているが、嗅上皮の増殖能力の低下による嗅上皮の萎縮にはEGFRの減少がより強く関与している可能性が示唆された。 以上、本論文はマウス嗅上皮のおいて、加齢による増殖細胞とEGFRの減少を明らかにし、嗅上皮の増殖能力の低下にはEGFよりもEGFRの減少がより強く関与している可能性を示唆している。本研究は嗅覚障害の解明、新たな治療法の開発にあたり重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。 |