本研究は、様々な生理活性を持つエンドトキシン(LPS)の認識機構および情報伝達機構の仕組みを解明するために行われた。各種細胞やノックアウトマウス由来の細胞を用いた細胞内カルシウムの測定、ツメガエル卵母細胞での電気生理解析、マクロファージ細胞株を用いたMAPキナーゼの測定方法の確立と解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 A.エンドトキシンにより誘導されるカルシウム応答について 1.アフリカツメガエルの卵母細胞を用いた電気生理学的方法を用いて、エンドトキシンに対するカルシウム応答を検討した結果、エンドトキシンはPAF受容体を介して細胞内カルシウム動員を引き起こすことが示された。 2.モルモットから回収した好中球やマクロファージにおいて、エンドトキシンはPAF受容体を介して細胞内カルシウムの動員が引き起こされることが示された。 3.各種PAFアンタゴニストを用い、エンドトキシンの活性に検討を加え、エンドトキシンによるTNF-誘導や、好中球に対する活性酸素産生時のプライミング作用には、PAF受容体以外の分子の関与することが確認された。 4.PAF受容体ノックアウトマウス由来の好中球では、エンドトキシンにより誘導されるカルシウム動員が観察されないことが示された。 以上から、エンドトキシンはPAFR受容体を刺激することにより、カルシウム動員を引き起こすことが示された。 B.簡便なMAPキナーゼ解析法の確立とエンドトキシンにより誘導されるMAPキナーゼの活性化反応について 1.経済性や簡便性に制約があった従来のMAPキナーゼ測定法を改良し、96穴プレート中でキナーゼの租精製、キナーゼ反応、定量を行うマイクロトラップアッセイ法を確立した。 2.この方法を用いて、エンドトキシン刺激により引き起こされるMAPキナーゼ活性化について検討し、同反応はエンドトキシン特異的な阻害剤であるポリミキシンBで抑制されることが示された。 3.エンドトキシンによるMAPキナーゼ活性化機構は、同リガンドによるカルシウム動員の場合とは異なり、PAFアンタゴニストに非感受性であることが示された。 4.微量のエンドトキシン前処理やPGE2刺激により、マクロファージを抑制的に制御するメカニズムは、エンドトキシンのMAPキナーゼ活性化へ至るまでの細胞内情報伝達系を有意に抑制することが示された。 以上より、本論文は、エンドトキシンがPAF受容体を刺激し、カルシウム動員を引き起こし細胞内へ刺激を伝達するとともに、PAF受容体以外の分子を刺激してMAPキナーゼの活性化を引き起こし、細胞内情報伝達経路を活性化するという新知見を示している。本研究は、細菌感染時に生体に引き起こされるdisseminated intravascular coagulation(DIC)症状やショックによる致死作用を考察する上で非常に重要な問題であるエンドトキシンの作用を分子レベルで検討したもので、生体内でエンドトキシンにより引き起こされる作用の解明に重要な貢献をなすものであり、学位の授与に値するものと考えられる。 |