学位論文要旨



No 214121
著者(漢字) 和賀,巌
著者(英字)
著者(カナ) ワガ,イワオ
標題(和) エンドトキシンによる細胞内シグナル伝達
標題(洋)
報告番号 214121
報告番号 乙14121
学位授与日 1999.01.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14121号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 教授 脊山,洋右
 東京大学 教授 松島,綱治
 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 助教授 金井,克光
内容要旨 [序文]

 Lipopolysaccharide(LPS)は、グラム陰性桿菌の細胞壁成分でありエンドトキシン(内毒素)とも呼ばれる。この分子はLipid Aという活性中心の脂質と糖鎖より成り立っている。エンドトキシンは、生体に対してdisseminated intravascular coagulation(DIC)症状やショックによる致死作用を引き起こす。試験管内では、血小板を凝集させ、血管内皮細胞上の接着分子の発現を促す。また顆粒球やマクロファージから種々のメディエーターを誘導し、さらに抗原非特異的なB細胞の増殖を惹起する。

 エンドトキシンの認識機構は、受容体をはじめとして未解明な部分が多い。血液中のLPSは、LPS-binding protein(LBP)に結合して、CD14依存的にマクロファージを活性化する。しかし、濃度が100ng/ml以上の場合には、LPSはCD14非依存的にtumor necrosis factor-(TNF-)などの産生を引き起こす。また、CD14を発現していないB細胞や血管内皮細胞もLPSに対して反応性を示す。したがって、CD14以外の未同定のLPS認識分子の解明と、その分子からサイトカイン遺伝子などの転写制御へ至るシグナル伝達系の解明が今日の課題と考えられる。本研究は、この未解明のエンドトキシン認識メカニズムをテーマとして、細胞がエンドトキシンと遭遇した際に引き起こされる知見をまとめたものであり、以下の2つの内容より構成される。1)高濃度のエンドトキシンは血小板活性化因子(PAF)受容体を介して細胞内カルシウムイオンの動員を引き起こすこと、および2)MAPキナーゼ簡易測定系の確立と、エンドトキシンによるMAPキナーゼの活性化メカニズムについてである。

[方法]1.細胞内カルシウムの測定

 モルモットの好中球やマクロファージをFura-2で標識し、HEPES緩衝溶液で懸濁して、細胞内カルシウムの測定に使用した。カルシウムの上昇([Ca2+]i)は、測定波長を510nmに設定し、励起波長を340nmと380nmにして以下の公式により計算した。

 

 Kdは、Fura-2のCa2+結合解離定数で224nM、Rは510nmの蛍光強度比、Rmaxは0.1%TritonX-100添加時の蛍光強度比、Rminは5mM EGTA添加時の蛍光強度比を示す。

2.ツメガエル卵母細胞での電気生理解析

 解析に使用したmRNAは、モルモット腹腔好中球より調整した。また、合成RNAは、500ngのcDNAを出発材料として、T7 RNAポリメラーゼで作成した。使用したアフリカツメガエル(Xenopus laevis)の卵母細胞は、母ガエルの下腹部より取り出し、MBS溶液の中で房を切り裂いてfollicular cellを除き、40nlのRNA水溶液(1ng/nl)を注入後に、22℃の恒温器内にて三日間培養した。約0.5mlのbath内に卵母細胞を置き、フロッグリンゲル液を潅流させ、2本の電極にてボルテージクランプ(静止電位を-40〜-80mVに設定)した。Bath内に30秒間リガンドを添加して、細胞の活性化にともなうクロライドチャンネルの開口を電流の変化として測定した。

3.TNF-の定量

 モルモットのマクロファージより産生されたTNF-を、細胞株L929に誘導されるアポトーシスを指標に定量した。L929細胞(5x104個)を100lのRPMI 1640培地(1g/mlのactinomycinDを含む)に懸濁し、100lの培養上清サンプルと共に37℃で18時間培養した。生き残った細胞を0.05%クリスタルバイオレット溶液で染色した後に、100lの50%メタノール水溶液にて細胞中の色素を溶出させて、595nmの吸光度をマイクロプレートリーダーにて定量した。

4.マイクロトラップアッセイ

 MAPキナーゼの部分精製と酵素反応を、すべて96穴プレートで行う方法を開発した。RAW264.7細胞(1穴あたり3x104細胞)を、100ng/mlのLPSで刺激し、培地を除去した後に100lの細胞溶解液(100mM NaClを含む)で十分に溶解した。この細胞ライゼートをQ-sepharoseスラリーと96穴プレート中で混合した。Q-sepharoseを洗浄した後に、100lの容出液(300mM NaClを含む)を入れてMAPキナーゼを溶出させた。溶出液には、2倍の濃度のキナーゼ反応溶液(4mMの合成ペプチド基質と1Ciの[-32P]ATP含む)を加え、37℃で20分間反応を行った。各々の反応液をP81 phospho-cellulose paperにドットブロットして、放射活性を計測した。

[結果と考察]1.エンドトキシンにより誘導されるカルシウム応答について

 本研究では、受容体をクローニングする目的で、アフリカツメガエルの卵母細胞を用いた電気生理学的方法により、LPSにより誘導されるカルシウム応答を検討した。モルモット好中球由来のmRNAを注入した卵母細胞はLPSで活性化された。さらに、PAF受容体を発現させた卵母細胞では、PAFのみならずLPSによってもカルシウム応答が誘導された。モルモットの好中球やマクロファージのLipid Aによるカルシウム応答も、PAFアンタゴニストで阻害された。さらに、PAF受容体欠損マウスのマクロファージでは、エンドトキシンによるカルシウム応答が観察されなかった。以上の実験結果より、高濃度のエンドトキシンは、PAF受容体を介して細胞内カルシウム濃度を増加させることが明らかとなった。

 次に、エンドトキシンの生物活性に対する、PAFアンタゴニストの効果を検討した。エンドトキシンのマクロファージに対するTNF-誘導や、好中球に対する活性酸素産生時のプライミング効果には、PAFアンタゴニストの影響は全く認められなかった。すなわち、これらのエンドトキシンの作用は、PAF受容体を介したカルシウム応答とは別経路により誘導されていると考えられた。

 以上の事実より、過去に報告されていたエンドトキシンによるカルシウム応答は、PAF受容体を介して引き起こされていたこと、および、PAF受容体以外の分子もLPSのシグナル伝達機構に関与していることが示唆された。

2.エンドトキシンにより誘導されるMAPキナーゼの活性化反応について

 MAPキナーゼは、細胞内シグナル伝達分子として、増殖、分化、遺伝子の発現調節などを司る非常に重要な分子である。従来のMAPキナーゼ測定法は、薬剤や遺伝子のスクリーニングには、抗体の使用に伴う経済性や簡便性による制約があった。本研究では、96穴プレートを用いた簡易のMAPキナーゼアッセイ系を新たに構築し、マイクロトラップアッセイと命名した。この方法を用いて、LPS刺激により引き起こされるMAPキナーゼ活性化について検討した。LPSのMAPキナーゼ活性化へ至るシグナル伝達機構は、1)LPS特異的な阻害剤であるポリミキシンBで抑制され、2)PAFアンタゴニストに非感受性であり、また、3)PGE2や4)LPSの前処理により、有意に抑制される結果が得られた。

[結語]

 エンドトキシンは、PAF受溶体を刺激して細胞内カルシウム動員を引き起こすことを、PAFアンタゴニストおよびPAF受容体欠損マウス由来の好中球を用いた実験により証明した。しかし、エンドトキシンのマクロファージに対するTNF-誘導や、好中球に対する活性酸素産生時のプライミング効果には、PAFアンタゴニストの影響は全く認められなかった。また、エンドトキシンによるMAPキナーゼ活性化は、PAF受容体以外の分子を刺激して引き起こされた。

審査要旨

 本研究は、様々な生理活性を持つエンドトキシン(LPS)の認識機構および情報伝達機構の仕組みを解明するために行われた。各種細胞やノックアウトマウス由来の細胞を用いた細胞内カルシウムの測定、ツメガエル卵母細胞での電気生理解析、マクロファージ細胞株を用いたMAPキナーゼの測定方法の確立と解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

A.エンドトキシンにより誘導されるカルシウム応答について

 1.アフリカツメガエルの卵母細胞を用いた電気生理学的方法を用いて、エンドトキシンに対するカルシウム応答を検討した結果、エンドトキシンはPAF受容体を介して細胞内カルシウム動員を引き起こすことが示された。

 2.モルモットから回収した好中球やマクロファージにおいて、エンドトキシンはPAF受容体を介して細胞内カルシウムの動員が引き起こされることが示された。

 3.各種PAFアンタゴニストを用い、エンドトキシンの活性に検討を加え、エンドトキシンによるTNF-誘導や、好中球に対する活性酸素産生時のプライミング作用には、PAF受容体以外の分子の関与することが確認された。

 4.PAF受容体ノックアウトマウス由来の好中球では、エンドトキシンにより誘導されるカルシウム動員が観察されないことが示された。

 以上から、エンドトキシンはPAFR受容体を刺激することにより、カルシウム動員を引き起こすことが示された。

B.簡便なMAPキナーゼ解析法の確立とエンドトキシンにより誘導されるMAPキナーゼの活性化反応について

 1.経済性や簡便性に制約があった従来のMAPキナーゼ測定法を改良し、96穴プレート中でキナーゼの租精製、キナーゼ反応、定量を行うマイクロトラップアッセイ法を確立した。

 2.この方法を用いて、エンドトキシン刺激により引き起こされるMAPキナーゼ活性化について検討し、同反応はエンドトキシン特異的な阻害剤であるポリミキシンBで抑制されることが示された。

 3.エンドトキシンによるMAPキナーゼ活性化機構は、同リガンドによるカルシウム動員の場合とは異なり、PAFアンタゴニストに非感受性であることが示された。

 4.微量のエンドトキシン前処理やPGE2刺激により、マクロファージを抑制的に制御するメカニズムは、エンドトキシンのMAPキナーゼ活性化へ至るまでの細胞内情報伝達系を有意に抑制することが示された。

 以上より、本論文は、エンドトキシンがPAF受容体を刺激し、カルシウム動員を引き起こし細胞内へ刺激を伝達するとともに、PAF受容体以外の分子を刺激してMAPキナーゼの活性化を引き起こし、細胞内情報伝達経路を活性化するという新知見を示している。本研究は、細菌感染時に生体に引き起こされるdisseminated intravascular coagulation(DIC)症状やショックによる致死作用を考察する上で非常に重要な問題であるエンドトキシンの作用を分子レベルで検討したもので、生体内でエンドトキシンにより引き起こされる作用の解明に重要な貢献をなすものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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