学位論文要旨



No 214122
著者(漢字) 鳥居,秀嗣
著者(英字)
著者(カナ) トリイ,ヒデシ
標題(和) ランゲルハンス細胞と表皮神経の機能的相互作用について
標題(洋)
報告番号 214122
報告番号 乙14122
学位授与日 1999.01.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14122号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 花岡,一雄
 東京大学 助教授 森田,寛
 東京大学 助教授 相馬,良直
 東京大学 助教授 朝戸,裕貴
 東京大学 講師 瀧,伸介
内容要旨

 免疫系と神経系との相互作用に関しては以前より幾つかの報告がなされている。事実、免疫学的異常を病態生理の基盤にもつ乾癬、アトピー性皮膚炎等いくつかの皮膚疾患の病勢に、不安等の精神・神経学的影響が反映されることは以前から臨床的によく知られている。特に皮膚を舞台とする免疫反応と神経系との関係については最近、抗原提示能を有し、皮膚の最も重要な免疫担当細胞である、ランゲルハンス細胞の表面及びその周囲に神経末端の存在が確認され、さらに神経末端から放出される神経ペプチドの一つであるcalcitonin gene-related peptide(CGRP)がランゲルハンス細胞の抗原提示能を抑制することが報告されている。これらの事実をふまえ、本研究においてはランゲルハンス細胞と神経系との機能的関連をさらに深く解明すべく、以下の実験を進めた。尚、ランゲルハンス細胞は表皮細胞のうち約2%程度しか存在しないため、高純度のランゲルハンス細胞を一度に大量に得ることは事実上不可能である。この問題に対応するため、本研究においては新生児マウス表皮由来でランゲルハンス細胞類似のcell lineであるXS52細胞を、ランゲルハンス細胞の代替モデルとして使用し、これにより得られた結果を同じ実験における90%程度まで精製したランゲルハンス細胞の結果と比較検討した。

 まず最初に、ランゲルハンス細胞による神経栄養因子の産生について解析した。ラットの褐色細胞腫由来のPC12細胞は、幾つかの神経栄養因子の影響下で神経突起類似の突起を伸張させ、その形態を交感神経様に変化させることが知られているが、Lipopolysaccharide(LPS)により刺激されたXS52細胞の培養上清をPC12細胞培養液に添加した場合、PC12細胞にこの形態学的変化が観察された。さらに同じ実験を精製ランゲルハンス細胞を用いて行った結果、同様にLPS刺激下において、その培養上清中にはPC12細胞を神経細胞様に分化誘導する因子が確認された。さらに、このXS52細胞培養上清中のPC12細胞分化誘導因子を同定するため、幾つかの既知のPC12細胞分化誘導因子についてreverse transcriptase-polymerase chain reaction(RT-PCR)法を用いて検索した。その結果、検索したXS52細胞のすべてのクローン、即ちXS52-4D、XS52-11D及びXS52-8Bのいずれにおいてもinterleukin-6(IL-6)の遺伝子発現が確認され、さらにこの発現はLPSにより著明に亢進していた。さらにXS52-4D及びXS52-11Dにおいてはこの他、わずかながら神経成長因子及び塩基性線維芽細胞成長因子の遺伝子発現も確認されたが、これらの発現はLPS刺激により影響されなかった。尚、精製ランゲルハンス細胞を用いて同様の解析を行ったが、その結果はXS52-4Dの結果とほぼ同様のものであった。さらに、これらの神経栄養因子の蛋白質レベルでの産生及び分泌を検索するため、XS52-4D細胞培養上清中のIL-6及び神経成長因子の定量をEnzyme linked immunosorbent assay(ELISA)を用いて解析した。その結果、XS52-4D細胞培養上清中にはIL-6、神経成長因子のいずれもが検出され、このうち特にIL-6の産生はLPSの刺激により著明に促進された。このIL-6の産生は特に多量で、同じ条件下におけるケラチノサイトの産生をはるかに上まわるものであった。次に、XS52細胞培養上清中のPC12細胞分化誘導因子の生物学的活性について、各々の神経栄養因子間で比較検討を行った。即ち、XS52細胞培養上清を抗IL-6抗体、抗神経成長因子抗体、抗塩基性線維芽細胞成長因子抗体にて前処理し、これらの神経栄養因子の活性を中和したものを、PC12細胞の培養液中に添加してPC12細胞の形態学的変化を観察した。この結果、IL-6が最も主要なPC12細胞分化誘導因子であり、神経成長因子及び塩基性線維芽細胞成長因子もわずかながらPC12細胞分化誘導に寄与していることが示された。

 次に、表皮神経にはCGRP以外にも幾つかの神経ペプチドの存在が知られているが、さらに本研究ではRT-PCR法を用いて、ランゲルハンス細胞におけるCGRP以外の神経ペプチドの受容体の発現についても解析を行った。XS52細胞においてはすべてのクローンでpituitary adenylate cyclase activating polypeptide(PACAP)受容体typeII及びtypeIIIの発現が認められたが、PACAP受容体typeIの発現はいずれのクローンにおいても確認されなかった。このほかgastrin releasing peptide(GRP)受容体についてはいずれのクローンにおいてもその発現が認められた。尚、精製ランゲルハンス細胞におけるこれらの神経ペプチド受容体の発現パターンは、ほぼXS52細胞と同様であった。以上の結果よりランゲルハンス細胞は大量のIL-6に加えて、少量の神経成長因子及び塩基性線維芽細胞成長因子等の神経栄養因子を産生しており、これらにより表皮神経に対して何らかの影響を及ぼしているものと推定され、又逆に、ランゲルハンス細胞はCGRPの他にも、複数の神経ペプチドの受容体を発現しており、表皮神経末端から放出されるこれらの神経ペプチドを介して、神経系からの支配を受けているものと考えられる。即ち以上の結果は、ランゲルハンス細胞と神経系との間に、相互に何らかの働きかけが成立していることを示唆するものである。

 CGRPは現在までにランゲルハンス細胞に対する機能制御作用が知られている唯一の神経ペプチドであるが、この作用機序をさらに解析するため、本研究の最後に、CGRPの作用発現におけるサイトカインの役割について検討した。CGRPの影響下でのXS52細胞培養上清中のinterleukin 10(IL-10)及びinterleukin 1(IL-1)の含有量をELISAにて検索し、さらにRT-PCR法を用いてCGRPがXS52細胞のIL-10、IL-1及びinterleukin 12(IL-12)p40の遺伝子発現に及ぼす影響を調べた。CGRPはLPS及びgranulocyte-macrophage colony stimulating factor(GM-CSF)により誘導されたIL-10の蛋白質レベルでの産生をさらに促進させ、遺伝子レベルでも同様に、LPS及びGM-CSFにより誘導されたXS52細胞におけるIL-10mRNAの発現をさらに亢進させた。一方、IL-1については逆に、LPS及びGM-CSFにより誘導された、XS52細胞におけるIL-1の蛋白質産生及び遺伝子発現のいずれに対してもCGRPは抑制効果を示した。さらにIL-12 p40についても、CGRPはXS52細胞におけるIL-12 p40の誘導された遺伝子発現を抑制した。さらに、腹腔マクロファージを用いた場合にもほぼ同様の結果が得られた。即ち、腹腔マクロファージの培養上清中のIL-10含有量はLPSにより増加したが、CGRPはこの誘導された蛋白質産生に対してさらに促進効果を示し、遺伝子レベルでも、LPSにより誘導されたIL-10 mRNA発現をさらに亢進した。逆にIL-1については、LPSにより誘導された腹腔マクロファージの、IL-1蛋白質産生及び遺伝子発現のいずれに対しても、CGRPは抑制効果を示した。さらに、LPSにより誘導された腹腔マクロファージのIL-12 p40 mRNA発現量はCGRPにより減少した。これらのサイトカインのうち、特にIL-10についてはこれに対する中和抗体を用いて、実際にCGRPがその効果を発現する際の、機能的意義を検討した。XS52細胞、腹腔マクロファージのいずれにおいても、LPS及びGM-CSFにより誘導されたB7-2発現はCGRPにより抑制されたが、この際、CGRPと同時に抗IL-10抗体を作用させた場合は、このCGRPによるB7-2発現抑制効果は阻害された。さらに腫瘍関連抗原を用いた遅延型過敏反応の誘発相においても、誘発に用いる表皮細胞をCGRPにて前処理した場合、この反応は抑制されたが、CGRPと同時に抗IL-10抗体を作用させた表皮細胞を誘発に用いた場合は、陽性コントロールと比しても有意な反応の抑制は認められなかった。以上の結果より、CGRPによる抗原提示能に対する抑制作用の少なくとも一部は、IL-10をその仲介として行われていることが明らかにされた。さらに今回の結果はCGRPがTh2型反応優位へと誘導することを示唆しており、アトピー性皮膚炎等の皮膚疾患における病態生理の理解、さらには治療法開発に何らかの糸口を与えるものと期待される。

審査要旨

 本研究は表皮における抗原提示細胞として最も重要であるランゲルハンス細胞が神経に及ぼす影響と、逆に表皮神経がランゲルハンス細胞の機能を制御しているメカニズムを解明するため、ランゲルハンス細胞による神経栄養因子の産生及び神経ペプチド受容体の発現を解析し、さらにランゲルハンス細胞類似の細胞株であるXS52細胞及び腹腔マクロファージを用いて、神経ペプチドの一つであるcalcitonin gene-related peptide(CGRP)によるサイトカイン産生の制御を検討したものであり、下記の結果を得ている。

 1.ランゲルハンス細胞及びXS52細胞の培養上清中にはPC12細胞を交感神経細胞様に分化誘導する神経栄養因子が含まれており、実際ランゲルハンス細胞及びXS52細胞はIL-6、神経成長因子及び塩基性線維芽細胞成長因子の遺伝子発現及び蛋白産生を行っていることが証明された。

 2.上記の3種類の神経栄養因子の中でも特にIL-6は最も多量に産生されており、事実PC12細胞分化誘導因子として最も重要であることが生物学的活性の定量解析にて示された。

 3.ランゲルハンス細胞及びXS52細胞はpituitary adenylate cyclase activating polypeptide(PACAP)受容体typeII及びtypeIIIさらにはgastrin releasing peptide受容体を発現していることがRT-PCRにて明かにされた。

 4.CGRPはXS52細胞及び腹腔マクロファージにおけるIL-10の遺伝子発現及び蛋白産生を促進させ、逆にIL-1及びIL-12 p40については抑制することが証明された。

 5.CGRPによるXS52細胞及び腹腔マクロファージにおけるB7-2発現の抑制や腫瘍関連抗原を用いた遅延型過敏反応の抑制は、いずれもIL-10に対する抗体をCGRPと同時に作用させることにより阻害された。

 以上本論文はランゲルハンス細胞がIL-6をはじめとして、神経成長因子、塩基性線維芽細胞成長因子等の神経栄養因子を産生すると同時に、幾つかの神経ペプチド受容体を発現していることを明かにし、さらにCGRPによるランゲルハンス細胞の抗原提示抑制作用が、主にIL-10をその仲介として発現されていることを示唆した。本研究はランゲルハンス細胞と表皮神経との間に機能的な相互作用が存在することを強く示唆するものであり、皮膚における免疫系と神経系との機能的関連の解明に重要な貢献をなすものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク