学位論文要旨



No 214125
著者(漢字) 上田,俊豪
著者(英字)
著者(カナ) ウエダ,シュンゴウ
標題(和) 骨トランスポート法による顎関節形成術に関する実験的研究
標題(洋)
報告番号 214125
報告番号 乙14125
学位授与日 1999.01.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14125号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,耕三
 東京大学 教授 新美,成二
 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 助教授 市村,恵一
 東京大学 助教授 朝戸,裕貴
内容要旨 緒言

 近年マイクロサージャリーの発展とともに顎顔面領域の再建外科の進歩は著しく、顎顔面の形態的な回復は、ほぼ満足すべき結果を得ているといっても過言ではない。しかし頭頚部癌による下顎骨切除や先天的に欠損した下顎枝および顎関節の再建はいまだ大変困難で、可動性を有し機能する関節を形成して良好な咬合や咀嚼機能を十分に回復するには至っていない。また骨折などの外傷や感染による顎関節強直症の治療においても、同様に良好な機能を有する関節の再建法は確立されていない。今回行った関節形成術は、骨延長法の一つである、骨のセグメントを一定方向に移動させ移動骨の後方に骨を形成させて骨欠損を再建する骨トランスポート法を応用した。この骨トランスポート法では、移動骨の先端部分に膠原線維の被膜が形成され、相手骨との間に偽関節を形成して骨癒合が完成しないことが指摘されている。本実験は、この骨延長法に伴う被膜形成の生体反応を利用した偽関節形成に着目し、顎関節形成術に関する実験を行った。現在までに骨延長術を用いた顎関節形成術の動物実験モデルの報告なく、家兎を用いた顎関節形成術の動物実験モデルを新たに考案して実験を行った。実際の実験にあたっては、骨延長術に新しい埋入型延長装置を開発し、骨延長中に咬合運動、咀嚼運動を行わせながら骨延長を行った。可動性を有する顎関節が形成されれば、他の関節の再建にも応用が期待される。本稿では、今回開発した埋入型骨延長装置により、家兎の下顎枝という非常に薄い皮質骨の延長が可能になったことと、本法により形成された顎関節の形態と機能について述べる。

I.材料および方法

 42羽の生後約6ヵ月、体重2.9〜3.1kgの白色家兎の下顎を用いた。家兎の左側顎関節部を除去した後に再度可動性を有する顎関節を再建する目的で実験モデルを作成した。下顎骨上行枝に、関節頭の頂点より測定し15mm下方の位置で水平骨切り術を行い、下顎枝の一部および顎関節部を完全に除去した。水平骨切り線より下方10mmの位置で上行枝および下顎体部にかけL字型骨切り術を施行し、両者の骨切りの間の下顎骨をトランスポートディスクとした。下顎体部とディスクに、われわれの開発した埋入型骨延長装置(ケイセイ医科工業社、東京)を、トランスポートディスクが本来の顎関節の方向に移動するように装着した。装着後2週間経過した後、関節窩に向けて12時間毎に0.45mm(1日0.9mm)の割合で骨の延長を行った。14日間で12.6mmの骨延長を行った。家兎は延長終了後2、4、8、12、24週まで各々7羽ずつ屠殺し、下顎骨を採取した。またコントロール群として、7羽の家兎において水平骨切り術を施行し顎関節を除去した状態の実験群を作成し、延長終了後24週目のものと同時に屠殺した。評価は以下の如く行った。

 (1)麻酔下での最大開口量と下顎偏位量

 (2)軟X線撮影による骨形態計測Contact microradiography(CMR)

 (3)組織学的評価(脱灰標本および非脱灰研磨標本)

II.結果

 延長終了後12週目までに体重減少を認めた家兎はなかった。強制的な最大開口量は2週目と4週目において有意に減少していたが(p<0.05)、8週以降では有意な差は認められなかった。これに対し、延長を行わなかったコントロール群の7羽においては、有意に減少していた(p<0.05)。下顎の偏位は、延長群においては統計学的に有意な差は認められなかったが、コントロール群において有意な偏位量が認められた(p<0.001)。

 軟X線上では、延長部において延長終了後2週目と4週目では透過像が認められたが、8週目以降は延長部には周囲と同様に骨陰影が認められた。移動したトランスポートディスクの先端には2週目から新生骨と思われる不規則な骨陰影が認められたが、8週目以降では元の関節頭の形態に類似するように、やや丸い形態を呈していた。下顎の形態計測では延長群において、下顎頭部の前後径は2および4週目において、非延長側に比較して有意に大きい値を示した(p<0.001)が、その他の計測値においては、いずれの週においても非延長側と比較して有意な差は認められなかった。

 延長部に関しては、H.E.染色標本では延長終了後2および4週目の全例において延長部の中央部を中心に軟骨様細胞を認めた。延長終了後4週目から8週目では、4週目において軟骨細胞をまだ認めるものの、延長部は新生骨で充填されていた。新生骨は皮質骨とは異なり骨梁は網状を呈していた。延長12週目以降では、管状骨の形態を呈するようになり、骨梁は吸収され髄腔の形成が認められた。

 骨頭部に関しては、延長後2〜4週目では、軟X線像の所見に対応して骨断端に盛んな骨形成を認めた。CMR像、骨ラベリング、Cole式H.E.染色標本では、トランスポートディスクの骨断端や骨皮質の外側から生じた新生骨の形成を認めた。このような新生骨は、装置を装着していないトランスポートディスクの内側においても認められた。延長後8週目以降では、骨断端では比較的厚い皮質骨が認められ、最大前後径における前額断のCMR像では、表面はやや粗造であるものの、丸みを帯びたトランスポートディスクの先端が観察された。また延長終了後2週目より骨断端はAzan-Mallory染色で青色に染まる膠原線維の被膜で被覆されていた。観察期間後期の12〜24週目でも、部位により厚さは異なるものの連続性のある膠原線維の被膜で被覆されていた。

III.考察

 今回用いた家兎実験モデルでは、形態的に元の関節頭に類似したものが再建され、また下顎偏位を来さず十分な開口量を得ることができ、新たな顎関節形成術の方法の一つとしての可能性が示唆されたといえる。今回用いた埋入型骨延長装置は装置自体が小さく、菲薄な下顎枝の固定に問題はなかった。今回の埋入型延長装置は、創外延長装置と異なり皮膚に醜状瘢痕を残さず、また創外延長装置に比較して延長が確実に行われるという利点がある。

 今回の実験で新たに得られた知見としては、髄腔をほとんど含まない菲薄な紙様板に似た膜性骨の骨延長過程におけるX線像および組織像の所見である。今回のモデルにおける骨形成過程に関しては、家兎の下顎体部に創外延長装置を用いたKomuroらの実験結果と同様に、菲薄な下顎枝においても延長後8週目で、移動させたトランスポートディスクの後方に良好な骨形成を認めた。今回の実験では全例に2〜4週目まで軟骨様細胞を広範囲に認め、それ以降ではこの軟骨様細胞は消失していたことから軟骨性骨化の機序も働いていると推察された。本実験では、トランスポートディスクが持続的に延長されるため骨折端に一定の動きが加わり、また常に咀嚼に伴い延長部にも一定の動きが加わり、このような状況下では軟骨様細胞が形成されやすい状況にあったと考えられる。

 また今回の実験で、延長に伴い移動骨の先端における旺盛な骨形成が新たに認められた。この新生骨は骨断端およびその周囲骨膜から生じる膜性骨化によるものと考えられる。高戸らが報告しているように血行を有する骨膜は外力にすみやかに反応して骨新生を生じ、その後にリモデリングが行われる。米原らは、顔面のような膜性骨においても管状骨に比較して弱いが骨膜の骨形性能が認められると報告しており、トランスポートディスク先端の骨形成には骨膜の関与が十分考えられる。また移動するトランスポートディスクの皮質骨周囲にも骨形成を生じており、これも骨膜の骨形成反応と考えられる。今回の実験では延長中および延長後も新たに形成された関節頭部分は咀嚼運動に伴い運動している。このような動きが骨新生および、新生された関節頭部分のリモデリングに大きな影響を与えていることが推察される。このように運動機能を利用して、形態的に正常に近い関節が形成される可能性が示唆されたと考える。

 さらに、骨トランスポート法において従来指摘されてきたように、膠原線維の被膜が移動させたトランスポートディスクの先端部に形成されたが、厚さはディスクの先端部でも正常の同部位と比較して1/6位と、関節円板と比較すると非常に薄いものであった。しかし、平滑な被膜の状態や強制開口におけるスムースな開口運動、正常に近い開口量から判断してこの膠原線維の被膜が関節円板の機能を代償していると推察される。

 今回の実験において、家兎の下顎枝という非常に薄い皮質骨の延長が埋入型延長装置で確実に行えたことと、可動関節の再建が可能であった点は、今後、他の関節の再建にも応用できる可能性が十分にあると考えられた。

審査要旨

 骨延長法の一つである、骨のセグメントを一定方向に移動させ移動骨の後方に骨を形成させて骨欠損を再建する骨トランスポート法に伴う被膜形成の生体反応を利用した偽関節形成に着目し、顎関節形成術に関する実験を行った。現在までに骨延長術を用いた顎関節形成術の動物実験モデルの報告はなく、成熟家兎を用いた顎関節形成術の動物モデルを新たに考案して実験を行い、以下の結果を得ている。なお、実際の実験にあたっては、骨延長術に新しい埋入型延長装置を開発し、骨延長中に咬合運動、咀嚼運動を行わせながら骨延長を行った。

 1.今回開発した埋入型延長器を使用して、可動性を有し元の関節頭の形態に類似した関節が形成された。移動した骨ディスクの先端には延長終了後2週目より新生骨の不規則な骨陰影を認めた。軟骨様細胞の出現は認めなかった。8週目以降では骨ディスク先端の新生骨は丸みを帯び、元の下顎頭の形態に類似する形態を呈した。骨ディスクの先端部分は、膠原繊維の被膜により被覆されていた。顎関節の切除のみで顎関節形成術を施行しなかったコントロール群では、開口障害と下顎の偏位を認めたが、実験群ではこれらは軽度であった。

 2.延長部には延長終了後2週目および4週目において広範囲に軟骨様細胞が認められた。これらは8週目には骨に置換されていた。軟X線上、延長終了後8週目以降に周囲と同様に骨陰影が認められた。

 以上、本論文は、家兎の下顎枝という非常に薄い皮質骨の延長が埋入型延長装置で確実に行えることを明らかにした。本研究は、可動関節の再建が可能であった点が、今後、他の関節の再建にも応用できる可能性が充分に考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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