学位論文要旨



No 214126
著者(漢字) 田口,理恵
著者(英字)
著者(カナ) タグチ,リエ
標題(和) マウスCD4陽性T細胞上のB7-2分子の発現と機能
標題(洋) Expression and co-stimulatory function of B7-2 on murine CD4+ T cells
報告番号 214126
報告番号 乙14126
学位授与日 1999.01.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 第14126号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 教授 小島,荘明
 東京大学 教授 森,茂郎
 東京大学 助教授 土屋,尚之
内容要旨

 抗原提示細胞上の主要組織適合抗原クラスII分子に結合した抗原を、T細胞表面の抗原レセプター(TCR)が認識することによってCD4陽性T細胞の活性化が始まる。このTCRに対する第1刺激のみではCD4陽性T細胞の活性化は不完全であり、第2の刺激(副刺激)が必要である。副刺激は抗原提示細胞上の分子によってT細胞に与えられると考えられている。CD4陽性T細胞の活性化には、抗原提示細胞上のB7-1/B7-2による副刺激が特に重要であると考えられている。CD4陽性T細胞にもB7-1/B7-2が発現されているという報告がある。しかしながら、CD4陽性T細胞の内どのような集団がB7-1/B7-2を発現するのかについての報告はなく、機能についても不明である。本研究では、ナイーブ並びにメモリーCD4陽性T細胞上のB7-1/B7-2分子の発現を解析し、抗CD3抗体で活性化したナイーブCD4陽性T細胞に対するCD4陽性T細胞上のB7-2分子の副刺激活性について検討した。また、ナイーブCD4陽性T細胞上にB7-2分子の発現を誘導する刺激について検討した。

I.ナイーブ並びにメモリーCD4陽性T細胞上のB7-1/B7-2分子の発現

 C3H/Heマウス(雌、6〜9週齢)の脾臓CD4陽性T細胞を分離し、biotin標識抗B7-1、抗B7-2抗体とphycoerithrin-avidin(PE-avidin)で染色し、さらにナイーブ/メモリーT細胞のマーカーである、CD44もしくはCD45RBに対する蛍光色素(FITC)標識した抗体で染色した。この細胞をflow cytometryにて解析し、CD44低発現ナイーブT細胞とCD45RB低発現メモリーT細胞のそれぞれの細胞集団上のB7-1/B7-2の発現について検討した。

 CD44低発現T細胞はB7-2をほとんど発現していなかったが、CD45RB低発現T細胞は強くB7-2を発現していた(図1)。B7-2の発現量をMean fluorescent intensityで比較すると、CD44低発現T細胞は4.69、CD45RB低発現T細胞では47.40であった。一方、B7-1の発現は、CD44低発現、CD45RB低発現T細胞でともに認められなかった(図1)。この結果、B7-2分子はCD45RB低発現のメモリーCD4陽性T細胞上に発現されていること、B7-1分子はいずれのCD4陽性T細胞にも発現していないことが明らかになった。

図1 ナイーブ並びにメモリーCD4陽性T細胞上のB7-1分子とB7-2分子の発現分離した脾臓CD4陽性T細胞をbiotin化抗B7-1、抗B7-2抗体とPE-avidinで染色し、さらにFITC標識抗CD44、抗CD45RB抗体で染色した。CD44低発現並びにCD45RB低発現の細胞集団のB7-1とB7-2の発現をflow cytometryにより解析した。Controlとしては同一Igサブクラスの抗CD8抗体を用いた。

 さらに、脾臓CD4陽性T細胞から、CD44低発現、CD45RB低発現T細胞をそれぞれ分離し、RT-PCRを用いてB7-1とB7-2のmRNAの発現を解析した。B7-2のmRNAはCD45RB低発現T細胞で強く発現されているのに対して、CD44低発現T細胞では極弱くしか発現されていなかった。B7-1のmRNAはCD45RB低発現T細胞でごくわずかに発現が認められただけだった。このようにmRNAの発現は、前述の染色による細胞表面の発現の解析結果と一致した。

 また、抗原提示細胞上のB7-2分子はT細胞上のCD28分子と結合して副刺激分子として働くことが知られている。マウスCD28分子とヒトイムノグロプリンとの融合蛋白の、CD44低発現並びにCD45RB低発現CD4陽性T細胞に対する結合をFACSにて解析した。結果、CD45RB低発現CD4陽性T細胞のみが、CD28分子と結合することが示された。このことから、メモリーCD4陽性T細胞上のB7-2分子は、T細胞上のCD28分子と結合しうると推測された。

II.メモリーCD4陽性T細胞上のB7-2分子の副刺激活性

 CD4陽性T細胞上のB7-2分子の副刺激活性を、ナイーブCD4陽性T細胞のIL-2産生を指標として検討した。分離したCD44低発現CD4陽性T細胞を固相化した抗CD3抗体(10ng〜1g/well)で活性化し、刺激後40時間並びに68時間のIL-2産生量を調べた。この際にパラホルムアルデヒドで固定したCD45RB低発現CD4陽性T細胞を共存させると、非共存下に比べ有意にIL-2の産生量が増加した。このIL-2の産生増強は抗CD3抗体量が30ng/well以上で、刺激後40時間後、68時間後でともに認められた。このCD45RB低発現CD4陽性T細胞によるIL-2の産生上昇は、添加するCD45RB低発現CD4陽性T細胞数に依存し、103cell/cultureでほぼプラトーに達した。

 上述のIL-2産生増強に関与するCD45RB低発現T細胞上の効果分子を同定するため、抗B7-2抗体、抗B7-1抗体、コントロール抗体を0.1g/mlの濃度で培養中に加え、IL-2の産生増強に与える影響を調べた。その結果、CD45RB低発現T細胞共存下でみられたCD44低発現T細胞のIL-2産生増強は、抗B7-2抗体の添加によりほぼ完全に抑制され、抗B7-1抗体並びにコントロール抗体では抑制されなかった(図2)。

図2 メモリーCD4陽性T細胞によるナイーブCD4陽性T細胞のIL-2産生増強に与える抗B7-2抗体の影響分離したCD44低発現CD4陽性T細胞を固定したCD45RB低発現CD4陽性T細胞存在化に抗CD3抗体で刺激する際に、抗B7-2抗体を添加しIL-2産生に与える影響について検討した。

 これらの結果は、メモリーCD4陽性T細胞上のB7-2分子はナイーブCD4陽性T細胞のIL-2産生を効果的に増強し、副刺激分子として働くことを示している。

III.ナイーブCD4陽性T細胞上のB7-2分子の発現誘導

 分離したCD44低発現CD4陽性T細胞をT細胞除去脾臓細胞存在下に抗CD3抗体(5g/ml)で刺激したところ、CD44低発現CD4陽性T細胞上にB7-2の発現が誘導された。一方、B7-1の発現は認められなかった。さらにB7-2の発現は、T細胞除去脾臓細胞と抗CD3抗体がともに存在する時にのみ認められた(図3A)。この結果は、ナイーブCD4陽性T細胞上には、TCRからの刺激と抗原提示細胞上の分子を介する刺激で、B7-2の発現が誘導されると考えられる。このナイーブCD4陽性T細胞上のB7-2分子の発現誘導に関与する効果分子を同定するため、抗B7-2抗体(0.3g/ml)を添加すると、B7-2分子の発現は抑制され、一方コントロール抗体では影響されなかった(図3B)。これらの結果から、ナイーブCD4陽性T細胞上のB7-2分子の発現に関与する副刺激分子はB7-2であることが示唆された。

図3 T細胞除去脾臓細胞存在下に抗CD3抗体で刺激したナイーブCD4陽性T細胞上のB7-2分子の発現誘導(A)T細胞除去脾臓細胞存在下に抗CD3抗体でCD44低発現CD4陽性T細胞を刺激し、B7-2の発現をflow cytometryで解析した。(B)T細胞除去脾臓細胞と抗CD3抗体でCD44低発現CD4陽性T細胞を刺激する際にbiotin化抗B7-2抗体を添加し、B7-2分子の発現誘導に与える影響について検討した。

 さらに、CD44低発現CD4陽性T細胞を固定したB7-2CHO共存下に固相化した抗CD3抗体(1g/well)で刺激するとB7-2の発現が誘導され、抗B7-2抗体の添加により発現誘導が阻害された。また、抗CD3抗体と抗CD28抗体を用いてCD44低発現CD4陽性T細胞を刺激した場合も、B7-2分子の発現が誘導された。これらの結果からナイーブCD4陽性T細胞上のB7-2分子の発現は、TCRからの刺激とB7-2-CD28を介する副刺激を介して誘導されることが強く示唆された。しかしながら、本研究では、CD28からの副刺激が直接ナイーブCD4陽性T細胞上のB7-2分子の発現を誘導しているのか否かは明らかではない。

 以上より、1)マウスCD4陽性T細胞上にB7-1分子は発現しておらず、B7-2分子はCD4陽性T細胞の中でもメモリーCD4陽性T細胞上に強く発現していること、2)メモリーCD4陽性T細胞上のB7-2分子は有効な副刺激分子として働き、ナイーブCD4陽性T細胞のIL-2産生を増強しうること、3)一方ナイーブCD4陽性T細胞上のB7-2分子の発現誘導にはTCRからの刺激に加え、CD28を介する副刺激が必要であること、が示された。

審査要旨

 本研究はナイーブCD4陽性T細胞の活性化に重要な役割を果たすB7分子の、CD4陽性T細胞上の発現と機能を明らかにすることを目的として行われたものである。B7-1並びにB7-2分子の発現を、マウス脾臓中のナイーブ/メモリーCD4陽性T細胞亜集団について、細胞表面のCD44並びにCD45RBをナイーブ/メモリー細胞のマーカーとして用いて解析した。さらに、固相化抗CD3抗体でナイーブCD4陽性T細胞を刺激する系を用いて、CD4陽性T細胞上のB7-2分子の機能について、IL-2産生能を指標として解析を試み、下記の結果を得ている。

 1.CD4陽性T細胞を用い、ナイーブ/メモリー細胞マーカーとB7分子を蛍光抗体で二重免疫染色し、ナイーブ/メモリーCD4陽性T細胞上のB7分子の発現をフローサイトメーターで解析した結果、B7-2分子はメモリーCD4陽性T細胞上に強く発現しており、ナイーブCD4陽性T細胞上にはほとんど発現していないことが示された。一方、B7-1分子はナイーブ/メモリーCD4陽性T細胞ともに発現が認められなかった。精製したナイーブ/メモリーCD4陽性T細胞を用い、RT-PCR法でmRNAの発現を解析した結果、メモリーCD4陽性T細胞にのみ強いB7-2mRNAの発現が認められ、細胞表面の結果とあわせて、メモリーCD4陽性T細胞上にB7-2分子が発現していることが明らかとなった。

 2.B7分子のリガンドであるCD28と免疫グロブリンの融合蛋白を、メモリーCD4陽性T細胞と反応させたところ、結合が認められ、メモリーCD4陽性T細胞上のB7-2分子はCD28分子と結合し得ることが示された。ナイーブCD4陽性T細胞を抗CD3抗体で刺激する際に、メモリーCD4陽性T細胞を共存させた結果、メモリーCD4陽性T細胞非共存時に比べ、有意にIL-2産生が増強することが示された。さらに抗B7-2抗体添加により、メモリーCD4陽性T細胞によるIL-2の産生増強は完全に抑制されることが示され、メモリーCD4陽性T細胞上のB7-2分子が副刺激分子として働き、IL-2産生を増強し得ることが明らかとなった。

 3.ナイーブCD4陽性T細胞をT細胞を除去した脾臓細胞存在下で抗CD3抗体刺激し、蛍光抗体で免疫染色し、フローサイトメーターにより解析した結果、CD4陽性T細胞上にB7-2分子の発現が誘導されることが示された。さらに抗B7-2抗体の添加により、CD4陽性T細胞上のB7-2分子の発現誘導は抑制され、ナイーブCD4陽性T細胞上のB7-2分子の発現誘導には脾臓細胞上のB7-2分子による副刺激が必要であることが明らかとなった。ナイーブCD4陽性T細胞を抗CD3抗体とB7-2トランスフェクタントで刺激した結果、B7-2分子の発現が確認された。さらに、ナイーブCD4陽性T細胞を、抗CD3抗体刺激に加え、抗CD28抗体で直接的に副刺激を与えると、B7-2分子が発現誘導されることが示された。

 4.ナイーブCD4陽性T細胞を抗CD3抗体とB7-2トランスフェクタントで刺激し、RT-PCR法でCD4陽性T細胞のmRNAの発現を解析した結果、B7-2mRNAの発現が誘導されることが示された。一方、B7-2トランスフェクタント非共存下では、CD4陽性T細胞にB7-2mRNAの発現は誘導されず、抗CD3抗体による刺激とCD28からの副刺激で誘導されるCD4陽性T細胞上のB7-2の発現は、mRNAレベルで誘導されていることが明らかとなった。

 5.ナイーブCD4陽性T細胞を抗CD3抗体とB7-2トランスフェクタントで刺激し、経時的にCD4陽性T細胞上のB7-2分子の発現を解析した結果、B7-2分子の発現は刺激後36時間でピークとなり、その後少なくとも2週間後まで発現が持続することが示された。

 以上、本論文はマウスCD4陽性T細胞において、ナイーブ/メモリー細胞という活性化の段階の異なる亜集団の解析から、これまで非常に弱く発現していると考えられていたT細胞上のB7-2分子が、活性化の段階の進んだメモリーCD4陽性T細胞で強く発現されていることを証明し、また全く知られていなかった発現誘導のメカニズムを明らかにした。これに加え、これまでT細胞上のB7-2分子は低発現であるため免疫反応を促進する働きはないと報告されていたが、本論文ではメモリーCD4陽性T細胞を精製することにより、T細胞上のB7-2分子が機能的に副刺激分子として働くことを証明し、新たなナイーブ/メモリーT細胞間の相互作用が存在する可能性を示した。このように、本研究は未だほとんど明らかにされていない、CD4陽性T細胞上のB7分子による免疫反応の調節機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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