学位論文要旨



No 214127
著者(漢字) 須田,久美子
著者(英字)
著者(カナ) スダ,クミコ
標題(和) 中空断面鉄筋コンクリート高橋脚の地震時変形性能に関する研究
標題(洋)
報告番号 214127
報告番号 乙14127
学位授与日 1999.01.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14127号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 岡村,甫
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 助教授 舘石,和雄
 東京大学 助教授 阿部,雅人
内容要旨

 日本の急峻な山岳地帯に沿って建設される予定の高速道路には、橋脚の高さが30mを超えるような、いわゆる高橋脚を有するコンクリート橋梁が多数含まれている。高橋脚では、地震時における橋脚自重による影響を軽減するために中空断面鉄筋コンクリート(以下、RCと略記)橋脚が採用される。また、施工上の理由から橋脚頭部と主桁を剛結したPC連続ラーメン橋となるが、これに橋軸直角方向の地震力を考えると、橋脚には曲げモーメント(M)およびせん断力(S)に加えてねじりモーメント(T)が作用する。曲げ剛性とねじり剛性の関係から橋脚の高さが高いほど相対的にねじりモーメントが大きくなり、弾性応答解析の試算例では曲げ破壊が想定される部位においてT/M=10〜15%程度になる場合もある。

 高橋脚の断面諸元は地震荷重で決定されており、高橋脚を有する橋梁の耐震性を確保するためには、高橋脚が保有する変形性能を精度良く評価する必要がある。中空断面RC部材の変形性能は鉄筋の具体的配筋方法によって異なることが既往の実験的研究からも明らかであるが、高橋脚で想定されるような大規模断面を想定した実験的研究は非常に少なく、かぶりコンクリートの剥離や鉄筋の座屈などの最大荷重以降における崩壊挙動の解明は不充分であり、解析的にこれらの挙動を追跡できないのが現状である。

 そこで本論文では、縮小模型実験手法、組み合わせ断面力を受ける中空断面RC部材の横拘束方法および崩壊挙動に関する解析モデルの3つを取り組むべき検討課題とした。

 まず、縮小模型実験手法としては、縮小模型用鉄筋、縮小模型用コンクリートおよび縮小模型用鉄筋応力測定法の開発を行い、さらに、RC部材への適用が可能な組み合わせ断面力を加力する装置として「6自由度加力装置」を開発した。

 つぎに、これら開発した実験手法を用い、軸方向鉄筋の座屈と変形性能、組み合わせ断面力と変形性能、中間帯鉄筋の無い中空断面RC部材の変形性能および組み合わせ断面力に有効な横拘束方法について実験的に検討した。その結果、高橋脚で想定されるような曲げ・せん断・ねじりの組合せ断面力が作用する場合には、断面力の相互作用を考慮して、せん断-ねじり破壊が曲げ-ねじり破壊に先行して発生しないように帯鉄筋を配筋することにより、変形性能をある程度確保することが可能であることが明らかになった。また、ねじり破壊を起こす中空断面RC部材では、隅角部におけるかぶりコンクリートの剥離がねじり剛性および耐力低下の引き金になっているが、高橋脚の場合には、圧縮フランジのかぶりコンクリートの剥離・剥落および鉄筋の座屈によるいわゆる曲げ破壊挙動が支配的であることが分かった。したがって、崩壊挙動の解析モデルの検討に当たっては、曲げ破壊挙動のみを対象とすることとした。

 中空断面RC高橋脚の具体的配筋方法を比較的忠実に縮小した模型実験の結果から、図-1に示すような破壊進行状況が考えられる。まず、断面外側のかぶりコンクリートが剥離後、鉄筋が座屈する。その後、断面内側のかぶりコンクリートが剥離し鉄筋が座屈すると、最終的には内部コンクリートが圧壊して耐力が著しく低下し、場合によっては作用軸力を保持できないことがある。

図-1 中空断面RC部材の圧縮フランジにおける破壊進行状況

 したがって、中空断面RC部材の変形性能を把握するためには、断面内外におけるかぶりコンクリートの剥離と鉄筋座屈時期をそれぞれ正確に判定することが重要である。また、高橋脚の具体的な配筋方法の違いによる変形性能への影響を把握するためには、鉄筋自身の曲げ剛性、横拘束筋拘束特性、部材曲率による初期変形およびかぶりコンクリートによる拘束特性という鉄筋座屈変形に関する主要因を考慮した解析モデルにする必要がある。

 本論文では、かぶりコンクリートの剥離時期を、鉄筋の座屈変形に起因して生じる鉄筋に沿ったひび割れの進展長さと鉄筋の座屈長さの長短によって規定する方法を提案した。鉄筋の座屈長さは、鉄筋自身の塑性化に伴って逐次見掛けの圧縮弾性係数が減少することにより相対的に短くなっていくが、座屈長さが鉄筋に沿って発生するひび割れ進展長よりも短くなったときに、座屈変形に伴うポテンシャルエネルギーの釣り合いから決まる圧縮力の限界値以上の力が鉄筋に作用していた場合にかぶりコンクリートの剥離が起こると考えた(図-2 参照)。鉄筋に沿ったひび割れの進展長さは端部の回転を拘束した弾性支承上の直棒部材における半波形の弾性座屈長さの近似式により与えた。鉄筋に沿ったひび割れ幅は鉄筋の座屈変形による増分変位に等しいと仮定した。かぶりコンクリートの剥離時には座屈変形が微少であるので横拘束筋による拘束効果は無視した。鉄筋の座屈は、かぶりコンクリートの剥離後に、横拘束筋による拘束効果も考慮した座屈荷重によって判定した。

図-2 提案したモデルの概要

 提案した解析モデルを鉄筋コンクリート用有限要素法解析プログラム-COM3-に組み込み、組み合わせ断面力を受ける中空断面RC高橋脚の模型実験に適用した。曲げモーメントと平均曲率の関係(図-3)でみると、断面内外のかぶりコンクリートの剥離時期、鉄筋の座屈時期および最大荷重以降の荷重低下傾向について、実験値と解析値は良く一致している。ねじり剛性は解析値が実験値を過大評価しており、ねじり破壊挙動が支配的になる部材を対象とする場合にはさらに検討が必要であるが、提案した解析モデルについて高橋脚のような曲げ破壊が支配的になる部材への適用の妥当性が検証された。

図-3 実験値と解析値の比較
審査要旨

 我が国の交通需要の増大に伴う道路交通基盤の迅速かつ効率的整備を促すためには、重要幹線道路網を構成する橋梁構造物の合理的耐震設計法の確立が急務である。特に、急峻な山岳地帯に計画されている橋梁構造物の有する耐震性は、橋梁を構成する部材の一つである橋脚の耐震性能に大きく左右され、橋脚高さが30mを超える,いわゆる高橋脚を安全かつ経済的に建設するための設計法が求められている。

 本研究は、高橋脚の構造形式として採用される中空断面鉄筋コンクリート橋脚を対象とし,阪神大震災クラスの巨大地震時に対する構造安全余裕度を精度良く評価・検証するための具体的方法を提示するものである。さらに、高靭性を付与する配筋設計を考案し,コンクリート橋脚の崩壊挙動に関する新しい一般化力学モデルの構築を行ったものである。提示された性能評価手法により、設計目標である耐震性能と安全余裕度を数量化した透明性の高い設計システムが可能となった。

 第1章は序論であり、高橋脚を有する橋梁の特徴と,中空断面鉄筋コンクリート橋脚の耐震性能に関する研究の現状を纏め、本研究の意義を明らかにしている。研究対象として、地震時に高橋脚に作用するねじりモーメントの影響に着目し、通常の耐震設計で考慮される曲げ・せん断に,さらにねじりモーメントを加えた組み合わせ断面力下における高橋脚の地震時変形性能を,新たな構造工学上の問題として取り上げている。ここで,中空断面鉄筋コンクリート部材の変形性能評価に必要な検討課題を整理している。性能の検証法確立の必要性、および、かぶりコンクリートの剥離と鉄筋座屈を伴う崩壊挙動を解明し,その力学モデルを解析評価手法に組み込むことの重要性について論じ、研究開発の方向を明らかにしている。

 第2章は、実験的手法による変形性能の評価・検証について論じたものである。大型部材である高橋脚では実物大模型による実証が困難であり、10分の1から30分の1の縮尺模型を用いた実証の方法を確立する必要があるとして、縮小模型用鉄筋、縮小模型用コンクリートおよび縮小模型用鉄筋応力測定法の開発を行った。また、任意の組み合わせ断面力を加力する装置として「6自由度加力装置」およびその制御システムを新たに開発した。これら開発した実験手法を用い、軸方向鉄筋の座屈と変形性能、組み合わせ断面力と変形性能,および組み合わせ断面力に有効な横拘束方法について,実験的に検討を行なった。組み合わせ断面力の相互作用を考慮して横拘束筋を機能的に配筋した場合には、かぶりコンクリートの剥離および鉄筋の座屈による曲げ型の崩壊挙動が支配的であり,崩壊挙動の解析モデルの構築に当っては曲げ型の崩壊挙動のみを対象として良いことを新たな知見として見いだしている。

 第3章では、かぶりコンクリートの剥離と鉄筋座屈という,高材料非線形と幾何非線形をともに呈する崩壊挙動の力学モデルの構築に挑んでいる。鉄筋の座屈荷重と座屈長さについて,横拘束筋の配筋詳細を考慮した評価式を弾性座屈理論を基本に誘導している。さらに、鉄筋の座屈変形に起因して,鉄筋に沿ったひび割れが発生するという仮定を設定した。ひび割れ進展長さが横拘束筋の配筋詳細と鉄筋塑性を逐次考慮して求めた座屈長さを上回り、かつ、鉄筋座屈に関するポテンシャルエネルギーの釣合いから得られる限界圧縮力以上の力が鉄筋に作用する場合に,かぶりコンクリートが剥離するという非線形力学モデルを提案している。

 第4章では、第3章で提案された崩壊挙動モデルを3次元非線形有限要素解析に適用する方法について提案し、組み合わせ断面力を受ける中空断面鉄筋コンクリート部材での検証解析を行っている。かぶりコンクリートの剥離と鉄筋座屈を伴う崩壊挙動の追跡が概ね数値解析によって扱えることを示し、第3章で提案した崩壊挙動モデルが、曲げ型の崩壊挙動を示す鉄筋コンクリート部材の変形性能評価の精度向上に有効であることを示した。

 第5章は結論であって、本研究で得られた中空断面鉄筋コンクリート高橋脚の変形性能に関する知見を総括するとともに、本論文で新しく提案した崩壊挙動モデルの特徴について,かぶりコンクリートの剥離と鉄筋座屈の観点から構造工学上の意義を概観している。繊維補強コンクリートなどの引張靭性に優れた材料や、あるいは鋼板または繊維補強シートなどによる巻立て補強による変形性能の向上効果の評価など、今後,展開が期待される応用研究にも適用が可能な一般性を有していることを示し,本論文のまとめとしている。

 本研究は中空断面鉄筋コンクリート高橋脚の地震時における崩壊挙動の解明を通じて、耐震性能の合理的評価法を提示したものである。既に本研究の成果を取り入れた高橋脚が建設されるに至っている。かぶりコンクリートの剥離および鉄筋座屈に関する崩壊挙動モデルは高橋脚構造に限定されず、一般橋脚、主塔、杭基礎など柱状構造に共通の知見を与えている。これらは、コンクリート構造物の耐震設計の合理化を一層推進し、安全かつ適正なコストによる社会基盤施設の整備に貢献するところが大である。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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