学位論文要旨



No 214128
著者(漢字) 尾関,義一
著者(英字)
著者(カナ) オゼキ,ヨシイチ
標題(和) 複雑形状・大規模計算に適した室内温熱環境予測手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 214128
報告番号 乙14128
学位授与日 1999.01.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14128号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 加藤,信介
 東京大学 教授 村上,周三
 東京大学 教授 橘,秀樹
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 坂本,雄三
内容要旨

 本論文は,アトリウムなどに代表される複雑な形態をした大規模室内空間の温熱環境を,日射熱取得,壁体内熱伝導,室内壁体間放射熱伝達,室内気流等の連成シミュレーションにより,詳細に解析・予測する数値シミュレーション手法を開発・提案するものである.特に,複雑な形状の閉鎖空間内での詳細な放射熱輸送シミュレーションに関し,簡便且つ精度の高い計算法を新たに開発しており,従来の手法に比べ飛躍的に大規模な室内温熱環境のCFD(Computational Fluid Dynamics)の連成シミュレーションを可能とした点に著しい特長を持つ.

 本論文は特に,複雑な幾何学形状の室内の温熱環境予測を行う手法の開発を目的とした.その為,この複雑な室内形状を表すために要する大規模な解析格子に対応し,高い予測精度を確保した実用的な計算手法の開発が必要となる.従来の放射熱伝達シミュレーションは,その基礎となる形態係数の算出において,複雑な幾何学的関係と大規模性故に,精度に問題が生じることが多かった.これに対し提案されている計算法は,このような問題を合理的に解決する新たな日射計算法と放射熱伝達計算法を開発しており,従来放射シミュレーション,CFDシミュレーションで,空間の格子解像精度を総演算量を削減する観点から違えていたのに対し,すべて同じ解析格子を使用することを可能として,解析格子の作成などのシミュレーションの手続きを簡便にしている.本論文ではまた,予測手法と実験結果との対応を詳細に検討し,予測精度の検証を行った他,実現象の単純化・モデル化がその予測精度に与える影響を解析・考察して,実用となる解析予測システムを開発した.

 本論文は,序論から総括を含む全7章から構成されている.第1章は序論であり,本研究の背景,目的及び既往の研究について述べる.

 第2章では,熱源となる建物外部からの到達日射量及びその分布を精度良く算出するための新たな日射取得熱量の計算手法を提案した.これは,室内・室外側壁面に到達する直達,天空,地面反射,相互反射による日射量を,解析格子の各表面要素毎にそれぞれ算出し,さらに定常熱伝導を仮定し室内側表面での日射取得熱量に換算するものである.精密な測定が実施されている温熱環境解析を対象とした実験用実大アトリウムにおける様々な実測結果と対比し,本手法は実用上十分な精度により,建物壁面に到達する直達日射,天空日射,地面反射,および相互拡散反射量を定量的に捉えることを示した.本手法では,到達日射量を誤差10%以内で予測できると結論される.天空,地面反射,相互反射により到達する日射量は,測定値との対応に大きな影響を与える.日射取得熱量を精度良く算出するためには,このような各種日射量の影響を総合的に考慮することが重要となる.さらに,簡便のため無視されることが多い日射が透過しない壁体の室外側日射取得熱量は,比較的外壁の熱貫流率が小さい場合でも,室内温熱環境の予測結果に無視できない影響を与えることを明らかにした.

 第3章では,複雑な形状をした閉鎖空間内における相互放射熱伝達量の新たな計算手法を提案し,本手法の性質,特徴などを総合的に検討した.複雑な内部形状下における形態係数を高速に算出するため,(1)幾つかの要素群の可視性を同時に判定する手法を提案し,形態係数が0とならない表面要素の組を効率的に求めることを可能にした.さらに,(2)形態係数の数値積分を高速に精度良く実行するために,被積分関数の変化を示す無次元パラメータを定義して,必要とする精度に応じて形態係数を効率的に求める手法を提案した.この一連の手法により,実用上十分な精度及び計算時間で形態係数を求めることが可能となった.また,形態係数が0とならない場合にのみメモリーに格納することによりメモリーの節約を実現した.相反則を高精度に満足する形態係数を基にした各壁面における放射熱平衡式を,緩和法による反復法で解くことにより,物理的に矛盾のない放射熱伝達性状を安定且つ高速に求めることが可能となった.

 精算法となるGEBHARTの吸収係数法は,一度吸収係数を算出すれば,放射熱伝達量を陽的に算出するための反復回数は1回であること,放射率が小さい部材を多く含む空間においても,放射場を精度良く予測することができる利点を有する.ただし,表面要素数の2乗のフルマトリックスを解く必要があり,計算容量,計算時間の点で大規模な解析格子に適用することが難しく,壁面の放射率を変えるような計算では,再度吸収係数を計算し直す必要があるなど,実用には耐え難いことを示した.

 第4章では,2章及び3章で提案した新たな日射取得熱量の計算手法,長波長放射熱伝達量の計算手法と連成する,室内気流・温度分布を評価するためのCFD・2波長放射(日射及び長波長放射)連成手法を提案した.本手法は,日射熱取得,放射熱伝達,温度気流解析ともすべて同じ解析格子を使用することを前提としていることに大きな特長がある.このことは,大規模な解析格子におけるCFD・2波長放射連成の際に,2波長放射解析用の粗い解析格子と流体解析用の密な解析格子に分けて解析する必要が無いことを意味する.窓面の凹凸などによる日射吸収熱量の10%〜20%の差異を問題にする場合には,細かい解析格子を用いて建物形状を表わす必要があり,このような場合を含めて本手法を幅広く適用することができる.

 実験用実大アトリウム内の温度気流性状の実測結果と比較することにより,CFD・2波長放射連成手法の予測精度を検討した.測定結果と予測結果との比較から,提案した対流・放射連成シミュレーション手法は,室内空気温度,壁表面温度を実用上十分な精度で予測することを示した.

 第5章及び第6章では,CFDシミュレーションにより実用の問題における室内温度・気流性状の予測を試みる際,実現象の単純化・モデル化が予測精度に与える影響を解析・考察した.一般に,CFDシミュレーションを実現象と完全に対応する条件で行うことは困難なことが多く,そのため解析は,複雑な条件を単純にモデル化して行われることが多い.従って,CFD予測結果と実現象の対応は,乱流モデル,解析格子等CFD固有の問題の他,実際条件と解析条件の差異を考慮する必要がある.

 第5章では,室内の日射熱取得,さらには室内の気流・温度分布に少なからずの影響を与える,開口部におけるサッシュの日射熱取得に関する実用的なモデリング方法を検討した.その結果,(1)サッシュの形状を考慮する場合と形状を無視し全面ガラスと想定する場合の各壁面に到達する直達日射量の総和は,大略窓面全体でのガラス面積率に対応する.室内に到達する直達日射量は,日射の入射する窓面のサッシュ日射遮蔽率により規定され,これを無視すると誤差が大きい.(2)サッシュのモデリングの精度を上げるとサッシュ付近の局所的な性状を捉えることが可能となるなど,シミュレーション精度は向上する.サッシュ部分を含めた局所的な性状を検討する場合には,サッシュ形状を再現しCFDにより解析する必要がある.(3)実用的には開口部でガラス面積とサッシュ面積比を用いて日射透過率,吸収率を定義すれば,室温度,壁面温度,各壁面からの熱流に関してほぼ満足の得られるシミュレーション精度が確保されることなどを示した.

 第6章では引き続き,壁表面等における一般的な解析条件の単純化が予測結果に及ぼす影響を検討した.検討は,実験用実大アトリウムでの実測結果を与条件とし,標準k-モデル,及び浮力ダンピングにより乱れが抑制され,層流化するような流れ場に対しても,k-モデルが適用可能となるように改良された低Reynolds数型k-モデルによるCFDシミュレーションにより行い,(1)境界条件の単純化(アトリウム内部の骨組構造物からの対流熱伝達など)が予測結果に及ぼす影響,(2)解析条件の差異(解析格子の分割数及び分割方法など)が予測結果に及ぼす影響,(3)壁面から室内空気への対流熱伝達率の予測精度,及びその予測結果が室内の温度・気流分布に及ぼす影響を検討した.その結果,(1)床壁表面積に比べ無視できないほど大きい表面積を持つ骨組構造物の日射熱取得による対流熱伝達は,室内温熱環境に大きな影響を与え,これを無視することができない.(2)各種CFDコードにより予測された結果と比較すると,対流熱伝達率は広範な範囲に分布する.特に,対数則により予測された対流熱伝達率は壁面近傍の格子の粗さの影響を受ける.(3)室内温度分布は,全般的な室内における対流熱伝達量の分布性状などの影響を強く受け,温度勾配,速度勾配が捉えられる十分な分解能を有する格子を用いれば,局所的な解析格子,境界条件の多少の変更は,室内の温度気流分布の予測結果に大きな影響を与えない.(4)対流熱伝達性状を詳細に解析する低Reynolds数型k-モデルは,対流熱伝達率,空間内部の温度・気流性状を精度良く予測するが,現段階ではなお多くの計算時間を必要とするため,実用的な解析にこれを適用することは難しい.(4)一方,対流熱伝達率を既存の工学的な手法で与え,標準k-モデルで解析する方法は,多くの場合,実用上十分な精度で室内の温度気流性状を解析することなどを明らかにした.

 第7章では,本論文を総括し得られた知見を要約し,今後の課題及び展望などについて整理した.

 以上を要約するに,本論文は,日射・放射・対流総合連成シミュレーションに基づく,複雑な形状をした室内の温熱環境の実用的な予測手法を新たな放射計算手法の導入により提案した.また,シミュレーションと実験結果の詳細な対比により,その予測精度の検証を行うとともに,予測を行う際に一般的に行われる実現象の単純化・モデル化が予測精度に与える影響を解析・考察しており,複雑な形状をした室内の温熱環境の実用的予測手法を確立したと言える.本論文で開発された予測法は,既に幾つかの大規模アトリウムの設計に適用されて著しい成果を収めている.また,本手法は建築空間のみならず,自動車,列車,航空などの乗り物空間の快適性評価にも適用できる.

審査要旨

 本論文は,アトリウムなどに代表される複雑な形態をした大規模室内空間の温熱環境を,日射熱取得,壁体内熱伝導,室内壁体間放射熱伝達,室内気流等の連成シミュレーションにより,詳細に解析・予測する数値シミュレーション手法を開発・提案するものである.特に,複雑な形状の閉鎖空間内での詳細な放射熱伝達シミュレーションに関し,簡便且つ精度の高い計算法を新たに開発しており,従来の手法に比べ飛躍的に大規模な室内温熱環境のCFD(Computational Fluid Dynamics)連成シミュレーションを可能とした点に著しい特長を持つ.

 本論文は特に,複雑な幾何学形状の室内の温熱環境予測を行う手法の開発を目的としている.その為,複雑な室内形状を解像するために要する大規模な解析格子に対応し,高い予測精度を確保した実用的な計算手法の開発が必要となる.従来の放射熱伝達シミュレーションは,その基礎となる形態係数の算出において,複雑な幾何学的関係と大規模性故に,精度に問題が生じることが多かった.これに対し提案されている計算法は,このような問題を合理的に解決する新たな日射計算法と放射熱伝達計算法を開発しており,従来放射シミュレーション,CFDシミュレーションで,空間の格子解像精度を総演算量を削減する観点から違えていたのに対し,すべて同じ解析格子を使用することを可能として,解析格子の作成などのシミュレーションの手続きを簡便にしている.また,予測手法と実験結果との対応を詳細に検討し,予測精度の検証を行っている他,実現象の単純化・モデル化がその予測精度に与える影響を解析・考察して,実用的な解析予測システムを開発している.

 本論文は全7章から構成されている.第1章では,本研究の背景,目的などを述べている.

 第2章では,建物外部からの到達日射量及びその分布を精度良く算出するための日射取得熱量の新たな計算手法を提案している.これは,室内・室外側壁面に到達する直達,天空,地面反射,相互反射による日射量を各表面解析格子毎にそれぞれ算出し,その面での日射吸収熱量を与えるものである.実験用実大アトリウムにおける様々な実測結果と対比し,提案された計算法は,壁面に到達する各種日射量を誤差10%以内で捉え,実用的精度を満たすことを示している.

 第3章では,複雑な形状をした閉鎖空間内における放射熱伝達量の新たな計算手法を提案している.複雑な内部形状下における形態係数を効率的に求めるため,(1)幾つかの要素群の可視性を同時に判定する手法の開発,(2)形態係数の数値積分において,被積分関数の変化を示す無次元パラメータの開発を行っている.また,各壁面における放射熱平衡式を,常に必要となる相反則を強制的に課した緩和法で解くことにより,物理的に矛盾のない放射熱伝達性状を高速に求めることを可能にしている.

 第4章では,室内気流・温度分布を評価するためのCFD・2波長放射(日射及び長波長放射)連成手法を提案している.さらに,実験用実大アトリウム内の気流温度性状の実測結果と比較し,提案された連成計算手法が空気温度,壁表面温度を実用上十分な精度で予測することを示している.

 第5章及び第6章では,CFDシミュレーションにより実用の問題における室内気流・温度の予測を試みる際,実現象の単純化・モデル化が予測精度に与える影響を解析・考察している.第5章では,サッシュの日射熱取得に関する実用的なモデリング方法を検討している.その結果,実用的には開口部でガラス面積とサッシュ面積比を用いて日射透過率,吸収率を定義すれば,室温度,壁面温度,各壁面からの熱流に関し,ほぼ満足の得られるシミュレーション精度が確保されることを示している.

 第6章では引き続き,壁表面等における一般的な解析条件の単純化が予測結果に及ぼす影響を検討している.その結果,(1)床壁表面積に比べ無視できない程大きい表面積を持つ骨組構造物の日射熱取得は,室内温熱環境に大きな影響を与え,これを無視することができないこと.(2)室内温度分布は,室内における対流熱伝達量の分布性状などの影響を強く受け,温度・速度勾配が捉えられる十分な分解能を有する格子を用いれば,局所的な解析格子,境界条件の多少の変更は,室内の温度気流分布の予測結果に大きな影響を与えないこと.(3)対流熱伝達性状を詳細に解析する低Reynolds数型k-モデルは,対流熱伝達率,室内の温度・気流性状を精度良く予測するが,現段階ではなお多くの計算時間を必要とするため,実用的な解析にこれを適用することは難しいこと.(4)一方,対流熱伝達率を既存の工学的な手法で与え,標準k-モデルで解析する方法は,多くの場合,実用上十分な精度で室内の温度気流性状を解析することなどを明らかにした.

 第7章では本論文を総括し,今後の課題などについて整理した.

 以上を要約するに,本論文は,日射・放射・対流総合連成シミュレーションに基づく,複雑な形状をした室内の温熱環境の実用的な予測手法を新たな放射計算手法の導入により提案している.また,シミュレーションと実験結果の詳細な対比により,予測精度の検証を行うとともに,予測を行う際に一般的に行われる実現象の単純化・モデル化が予測精度に与える影響を解析・考察しており,複雑な形状をした室内の温熱環境の実用的予測手法を確立するにあたり,大いなる寄与をもたらすものである.本論文で開発された予測法は,既に幾つかの大規模アトリウムの設計に適用されて著しい成果を収めており,建築環境工学に寄与するところは極めて大きい.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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