学位論文要旨



No 214129
著者(漢字) 吉岡,修
著者(英字)
著者(カナ) ヨシオカ,オサム
標題(和) 新幹線鉄道振動の発生・伝播モデルとその防振対策法への応用
標題(洋)
報告番号 214129
報告番号 乙14129
学位授与日 1999.01.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14129号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橘,秀樹
 東京大学 教授 村上,周三
 東京大学 教授 藤田,隆史
 東京大学 教授 龍岡,文夫
 東京大学 助教授 加藤,信介
内容要旨

 新幹線の走行に伴い沿線に生ずる振動(新幹線鉄道振動という)が環境保全の立場で問題視され,環境庁から勧告が出されて早20年余が経過した。この間に,振動予測や防振対策手法の開発等の必要性が叫ばれ,様々な調査・研究が行われてきた。しかし,当該振動の発生・伝播の逐一が著しく複雑な上に,環境振動一般の研究史も浅いため,正に技術的な側面で問題の解決が遅れている。当該振動の基本特性はまだ十分整理されていないため,その発生・伝播機構も十分に解明されていない。従って,問題の解決が急がれる振動予測や防振対策手法等の実用面の開発も非常に貧弱な状況にある。こうした不満足な状況を打開するには,発生・伝播機構の基礎事項を踏まえ,当該振動の基本特性や防振対策手法に係わる実測結果をできるだけ統一的に解釈していくことが,着実であり結局は早道でもあると考えられる。ゆえに,本論はこの立場に立ち,新幹線鉄道振動の実態を整理すると伴に,発生・伝播機構を考慮した動力学的モデルを開発し,それに基づいて当該振動の基本特性や防振対策手法の効果をできるだけ統一的に解釈することとした。なお,市街地の線路構造物は主に高架橋であるため,主に高架橋区間を対象に論じた。以下に本論文の内容を章を追って要約する。

 1章は本論の導入部である。問題の背景から本論の対象・立場や目的を示し,現行の関連規制・技術標準や既往研究を概観した後,本論の目的や視点をより具体的に規定した。

 2章は新幹線鉄道振動の実態整理の部分である。当該振動の基本特性を実測データに基づいて種々の観点から整理している。

 (1)新幹線鉄道振動の実測データは,通常は,振動レベル(以下VLと略記)の時系列記録を基礎とする。その記録は加速度時系列を変換したものであるため,両者の関係を規定した後にVL記録や加速度記録に直接現れる特徴を整理した。

 (2)沿線地表のoverall VL値(断らないときは鉛直成分)を種々の見方で整理した。すなわち,VL値のデータ取得年代・線区・距離・構造物ごとの概略値を示した後,高架橋区間のデータからVL値と周囲条件との単相関関係を調べた。また,データを多変量のまま扱い有用な知見が得られた統計を例示した。さらに,VL値の距離減衰特性および列車速度依存性等を整理した。VL値の3成分(鉛直・水平2成分)間の比較にも言及した。

 (3)当該振動の周波数特性をマクロな条件ごとに整理した。どの場合も概ね共通のスペクトルを示す。線区・軌道・構造・地盤による差異についてもある程度の傾向が認められる。

 (4)ラーメン橋区間の場合に対し,伝播経路に沿う各部位のoverall VL値および周波数ごとのVL値の変化を示し,振源から地盤への振動変化様式の特徴を整理した。

 (5)基礎や地盤中の振動測定例はまだ少ないが,その事例を示し特徴を整理した。

 3章はモデルの提案部分である。実測データは非常に限定される一方で,現象は極めて複雑なため,当該振動を理解するには一貫した立場が必要である。このため,2章で述べた実態にマッチした動力学的モデルを考えた。物理の把握を重視するため,当該振動に重要な要素を残したできるだけ簡単なモデルを指向した。簡単化のため鉛直成分のみで議論した。

 (1)まず,列車の起振力を1軸だけが与える起振力と車軸の繰返し効果に分解して扱った。後者は車軸の配置状況から定量化し,前者は静的軸重と変動荷重の和として導入した。静的荷重は車両重量を表す位置に依らない一定値,変動荷重はレール面凹凸による車両振動の反作用で,位置を引数とする定常確率過程とした。次に,その起振力と,起振点〜出力点(高架スラブ点,地表点)間のグリーン関数により,出力点のエネルギースペクトルを表す一般的形式を導いた。この形式は振源の移動効果を自然に含み,位相に依らない見やすいものである。最後に,この形式に,レール面凹凸と車両振動の反作用を結ぶサブモデル1,および軌道と高架橋の応答を記述するサブモデル2を代入し,高架スラブ点(BSL)の応答を計算するモデルを得た。サブモデル1は既往の車両振動モデルを応用して定式化した。サブモデル2は粘弾性床上の梁を二重に重ねた系によりモデル化した。地表点(Gr)の計算については,BSL〜Gr点間に想定される複雑な系が一つの伝達関数(等価伝達関数)で表せるとし,BSLのスペクトルに等価伝達関数を加算して地表点のそれを得るものとした。

 (2)モデル構成の後,実用の都合でモデルを1/3oct.band VLスペクトルの表現に翻訳した。

 (3)モデル定数は実物の値を用いる他,一部は測定値のインバージョンから定めた。最適定数を用いたモデル計算値はBSL点の実測値を概ね再現するため,本モデルはほぼ実態にマッチすると考えられる。

 (4)地表点(Gr)を計算するには,BSL〜Gr点間の等価伝達関数の値を具体的に定める必要がある。その規定方法に二つの立場が考えられる:(a)[暫定的規定]両点間の平均的減衰の実測データから定める,(b)[モデリング]両点間の関係を記述するモデルから定める。3章では立場(a)による規定を与えた。

 本章のモデルによると,高架スラブ点の1/3oct.band VLスペクトルが各種の諸元に応じて近似的に計算できる。また,地表点のそれも,高架スラブ〜地表点間の平均的振動減衰を勘案して計算できる。overall VL値はスペクトル成分のパワー和から計算される。

 4章はモデルの応用の部分である。前章までで等価伝達関数を暫定的に扱う場合のモデルが確定したため,このモデルの防振対策法への応用を論じている。

 (1)モデルの基本特性を調べ,いくつかの経験事実を解釈した。高架スラブや地表点に見られる実測スペクトルの特徴が成功裏に解釈できる。VL値の列車速度依存性の計算結果は既往経験則と調和する。さらに,軌道狂いが地盤振動に与える影響は小さい等が予想される。

 (2)車両における防振対策法への応用として,車両の質量や車軸配置が地盤振動に与える影響を論じた。実物試験の結果から新幹線車両の軽量化と地盤振動の関係を整理した。この試験結果はモデルにより概ね無理なく説明でき,一つの一貫した議論が得られる。この結果は新幹線初の軽量車両"のぞみ"の誕生に繋がった。のぞみ試作車の試運転時に上記議論の妥当性をチェックしたところ,概ね予想に調和する結果が得られた。その後に登場した400系やWIN350系車両等の場合も概ね同様である。また,モデルから車軸配置と地盤振動の関係を検討し,最適な車軸配置とすれば"のぞみ"よりさらに低振動化になるとの予想を得た。

 (3)軌道における防振対策法への応用として,軌道の支持バネや曲げ剛性が地盤振動に与える影響を論じた。支持バネを軟らかくする方法(低バネ化)として,バラストマット・弾性マクラギ・低バネ係数軌道パッドを取り上げ,施工前後の実測値から防振効果を評価した。特に防振効果の周波数特性は三者でほぼ共通する。本モデルはその共通的特性を全周波数にわたり概ね再現する。また,防振効果の測定値変動自体を考察し,施工前の軌道バネの硬軟により効果の大小が生ずる等,対策工の適用条件に係わる知見を得た。さらに,別の原理による防振手法として,軌道の重量化および高剛性化の影響をモデルで検討し,重量化は(現実的範囲では)防振に殆ど寄与しないが,高剛性化は有効で低バネ化の不利な適用範囲を補えるとの予想を得た。関連するいくつかの実測例は概ねこの予想を支持する。

 (4)最後に,高架橋における防振対策法への応用として,高架橋のマッシブ化やリジッド化が地盤振動に与える影響を論じた。モデルによるとリジッドでマッシブな高架橋ほど低振動であり,実測値の統計を説明する。

 本論最後の5章は3章で残した問題を論じている。3章のモデルで地表点の振動を評価するには,高架スラブ〜地盤間の等価伝達関数に実測データの平均値を暫定利用する必要がある。それによると,高架スラブ〜地表点間の平均的な振動減衰は考慮されるが,その中身に係わるパラメータスタディは不可能である。このため,5章ではこの減衰量を適当なモデルから別途導く方法を検討した。それは線路に直交する高架橋断面を2次元の有限要素法でモデル化するもので,ここではモデル作成上の留意点等を整理した。その他,計算結果やデータの示す顕著な傾向の一部に対し解釈を試みた。

 以上を要するに,2章で新幹線鉄道振動の実態を整理し,それに基づいて3章で当該振動の発生・伝播モデルを提案した。4章では,このモデルが種々の防振対策法の効果を成功裏に解釈できることを示し,それらの一般化にも貢献し得ることを論じた。さらに,3章のモデルが暫定的部分を含むことから,5章でその一つの改良方法を論じた。まだ検討不足や改善を要す部分を残しているが,3章(および5章)のモデルにより,一応,当該振動を考察する一つの統一的な視座が得られたものと考える。

審査要旨

 「新幹線鉄道振動の発生・伝播モデルとその防振対策法への応用」と題する本論分の著者の基本的な問題認識は、概ね以下の通りである。新幹線走行により沿線に発生する地盤振動(新幹線鉄道振動)が環境保全の立場で問題視され,環境庁から勧告が出されてから20年余が経過した。この間に振動予測や防振対策手法の開発の必要性が叫ばれ,様々な調査研究が行われてきたが,当該振動の発生・伝播の一々が著しく複雑な上,環境振動一般の研究史も浅いことなどの理由から,技術的な側面で問題の解決が遅れている。当該振動の基本特性はまだ十分整理されておらず,その発生・伝播機構も十分に解明されていない。したがって,問題の解決が急がれている振動予測や防振対策手法等の実用面の開発も非常に貧弱な状態にある。

 このような不満足な現状を打開するには,発生・伝播機構を踏まえ,当該振動の基本特性や防振対策手法の実測結果の意味を十分理解することが重要である。このため,著者は,本論文において,新幹線鉄道振動の実態を整理すると伴に,発生伝播機構を考慮した動力学的モデルを開発し,それに基づき当該振動の基本特性や防振対策手法の効果をできるだけ統一的に解釈しようとしている。

 まず本論文の導入部である1章では、問題の背景,公的規制・技術標準,既往研究等を概観した後,本論文の目的および視点を規定している。

 続く2章では、新幹線鉄道振動の実態の整理として、実測データに基づいて当該振動の基本特性が以下の内容でまとめている。

 (1)振動レベル(以下VL)および加速度時系列の数学的関係を論じた後,これらの記録に現れる特徴を整理している。

 (2)沿線地表のoverall VL値について、種々の見方で整理している。すなわち、VL値のマクロな条件ごとの特徴,VL値と周囲条件との単相関関係,データを多変量のまま扱い有用な知見が得られた統計解析,VL値の距離減衰特性や列車速度依存性,およびVL値の3成分(鉛直・水平2成分)間の比較などの統計や事例が示され,各々の特徴を整理している。

 (3)沿線地表のVLスペクトルから,マクロな条件ごとの周波数特性を整理し,どの条件でも概ね共通のスペクトル形状を示すこと等を指摘している。

 (4)レールから地盤へのoverallおよびbandpass VL値の変化に関する統計的解析の結果から,伝播経路に沿った振動変化の特徴を整理している。

 (5)基礎や地盤中の振動測定例を紹介し,特徴を整理している。

 2章でまとめられたような実測データはきわめて重要であるが,複雑な実際の現象を予測するためには振動発生・伝播の計算モデルが必要となる。そこで3章では、2章で考察した実態をもとに,新幹線振動の動力学的モデルの構成を試みている。その際,できるだけ簡単なモデルで物理的把握を可能とする方法を見出すことに重点を置き,次のような内容で構成している。

 (1)まず,1列車の起振力は"1車軸が与える起振力"と"車軸の繰返し効果"に分けて考えられるとする。前者については"一定起振力"と"変動起振力"の和とする。一定起振力は"1車軸当りの車両重量"を表し,位置に依らない一定値と考える。また,変動起振力は"レール面凹凸による車両振動がレールに与える反作用"を表すとし,位置を変数とする定常確率過程として扱っている。後者については車軸の配置状況から定量化している。次に,この起振力と,起振点(レール上面)〜出力点(高架橋上の点)間のグリーン関数を用いて,出力点のエネルギースペクトルを表す一般的形式を導いている。この形式は,振源の移動効果が自然に導入される等,いくつかの利点を持つとしている。最後に,この形式に,レール面凹凸と変動起振力を結ぶある"サブモデル1"および軌道と高架橋の応答を記述するある"サブモデル2"を代入し,高架スラブ点(BSL)の応答を計算するモデルを設定している。サブモデル1は既往の車両振動モデルを応用して定式化し,サブモデル2は粘弾性床上の梁を二重に重ねた系によりモデル化している。地表点(Gr)の振動については,BSL〜Gr点間に想定される複雑な系が一つの伝達関数(等価伝達関数)で表せるとし,BSLのスペクトルにその等価伝達関数を加算することにより、地表点の振動を計算する。

 (2)振動を評価する場合の実用面を考えて,上記モデルによる計算結果を1/3oct.band VLスペクトルに変換する。

 (3)モデルの中の諸定数は,実物の物性値を用いる他に,一部については測定値のインバージョンから定めている。最適定数を用いたモデル計算値はBSL点の実測値を概ね再現するため,このモデルがほぼ実態にマッチしていることを示している。

 (4)このモデルでGrの振動を計算するには、BSL〜Gr点間の等価伝達関数の値を具体的に定める必要があるが,その規定方法には、(a)両点間の平均的減衰の実測データから定める[暫定的規定]と(b)両点間の関係を記述するモデルから定める[モデリング]二つの立場があるとし、3章では(a)の立場で検討を行っている。((b)の立場からの検討は5章で行っている。)

 この章で考察しているモデルによると,BSL点の1/3oct.band VLスペクトルが各種の諸元に応じて近似的に計算される。また,Gr点におけるその値も,BSL〜Gr点間の平均的振動減衰を勘案することによって計算される。これらの結果から,overall VL値はスペクトル成分のパワー和として求められる。

 前章までで考察した等価伝達関数を暫定的に扱う場合の振動発生・伝播モデルの応用として,4章では防振対策への応用を論じている。その内容の概要は以下のとおりである。

 (1) モデルの基本特性を調べ,いくつかの経験的事実の解釈を行っている。すなわち、新幹線鉄道振動の主要動は"一定起振力"の移動振源としての寄与であること,スペクトル形状は車両の車軸配置に強く依存すること等が示されている。またその結果として,高架スラブや地表点に見られる実測スペクトルの特徴が合理的に解釈でき,VL値の列車速度依存性の計算結果が既往経験則とよく一致すること等が示されている。

 (2)車両に着目した防振対策法への応用として,車両の質量や車軸配置が地盤振動に与える影響を論じている。ここで検討しているモデルを用いれば、試験のために特別に編成された実車走行試験の結果がよく説明できることから,モデルの妥当性を示している。この結果は、新幹線初の高速軽量車両"のぞみ"を開発する際に応用され,またその後の400系やWIN350系車両等の開発の際にもほぼ同様の結果が得られている。さらに、このモデルに基づいて車軸配置と地盤振動の関係も検討し,最適な車軸配置とすることができれば"のぞみ"よりさらに振動を低減させることも可能であると予想している。

 (3)軌道における防振対策法への応用として,軌道の支持バネや曲げ剛性が地盤振動に与える影響について論じている。支持バネを軟らかくする方法として,バラストマット・弾性マクラギ・低バネ係数軌道パッドを取り上げ,施工前後の実測値から防振効果を評価している。特に、防振効果の周波数特性は三者でほぼ共通するが,このモデルはその共通的特性を全周波数にわたって概ね再現できることを示している。また,防振効果の測定値変動自体について考察し,施工前の軌道支持バネの硬軟により効果の大小が生ずる等,対策工の適用条件に係わる知見をまとめている。これらの結果は,現在,軌道の防振対策に応用されている。さらに,別の原理による防振手法として,軌道の重量化および高剛性化の影響をモデルで検討し,重量化は現実的範囲では防振にほとんど寄与しないが,高剛性化は有効で、低バネ化の不利な適用範囲を補えるとの予想を述べている。合わせて,関連するいくつかの実測例が概ねこの予想を支持するとしている。

 (4)最後に,高架橋における防振対策法への応用として,高架橋のマッシブ化やリジッド化が地盤振動に与える影響について論じている。本研究のモデルによれば、リジッドでマッシブな高架橋ほど低振動となることが予想され,2章で示されている実測値の統計的傾向がよく説明されることから、その妥当性を示している。

 5章では、3章で残された問題を論じている。すなわち3章で示されたモデルでは、Gr点の振動を評価するには,BSL〜Gr点間の等価伝達関数に実測データの平均値を暫定利用することになっている。この方法をとる場合、BSL〜Gr間の平均的な振動減衰は考慮されるが,その中身に係わるパラメータスタディは不可能である。そこで5章では,この減衰量を適当なモデルから別途導く方法の検討として、線路に直交する高架橋断面を2次元の有限要素法でモデル化し、試行計算を行った結果から,モデル作成上の留意点等を整理している。その他に,計算結果やデータの示す振動の特徴的な傾向について解釈を示している。

 以上に述べたように,本論文は環境振動の問題の中でも重要な新幹線鉄道の沿線における振動の問題について,膨大な現地実測データに基づく統計的整理・検討,振動発生・伝播モデルの数理的構成,及びその妥当性を検討するための実測結果との照合を内容として、総合的な検討を行っている。また本研究の成果は,新幹線振動低減対策の中で実際に利用されており,実用的価値も高く評価される。これらのことから,本論文は博士(工学)の学位請求論文として十分な内容をもつものと判定できる。

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