学位論文要旨



No 214130
著者(漢字) 萩原,豊
著者(英字)
著者(カナ) ハギワラ,ユタカ
標題(和) 高速増殖炉原子炉円筒容器の弾塑性地震応答下のせん断曲げ座屈に関する研究
標題(洋)
報告番号 214130
報告番号 乙14130
学位授与日 1999.01.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14130号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 秋山,宏
 東京大学 教授 南,忠夫
 東京大学 教授 大坪,英臣
 東京大学 助教授 桑村,仁
 東京大学 助教授 大井,謙一
内容要旨

 高速増殖炉の原子炉容器は,内部に炉心や液体ナトリウム等を保持し,実証炉規模では,直径10〜20m,半径対板厚比100〜200,筒長対半径比1〜2の諸元を有する鋼製の薄肉円筒構造である。強い地震力に対する安全性の確保を要求される我が国では,原子炉容器側壁における弾塑性せん断曲げ座屈の防止が耐震設計上の重要課題である。地震応答下の弾塑性せん断曲げ座屈では,座屈前の塑性エネルギー吸収による地震応答の低減(応答低減効果)が期待される。また,座屈後の耐荷力の低下が比較的緩やかであるため,座屈後の動的な安定性が終局状態に至るまでの設計裕度(耐震裕度)に寄与することが考えられる。本研究は,原子炉円筒容器における上記の弾塑性地震応答上の特徴を考慮したせん断曲げ座屈評価法を確立することを目的としたものである。本研究では,円筒試験体に地震動による慣性力を作用させた準動的座屈試験及び動的座屈試験を実施し,その結果に基づいて,弾塑性地震応答下における座屈強度,復元力特性,応答低減効果,耐震裕度に関する研究を行い,以下の結論を得た。

(1)地震応答下における座屈強度に関する研究

 準動的・動的座屈試験で得られた円筒の弾塑性せん断曲げ座屈強度は,図1に示すように,既往の静的座屈試験結果に基づいて提案されている座屈強度評価式を用いて,精度良く推定できることが確認された。この結果から,地震応答における繰り返し塑性やひずみ速度等は,座屈強度に大きな影響を及ぼさないことが明らかとなった。

図1 準動的・動的座屈試験における座屈強度と,座屈強度評価式による推定値の比。y:降伏応力,E:縦弾性係数,R:円筒の半径,t:円筒の板厚。SUS304:ステンレス鋼製試験体,A3003P-O:アルミ合金製試験体。
(2)地震応答下における復元力特性に関する研究

 既往の静的座屈試験結果に基づき,非線形係数(座屈による最大荷重発生時の塑性率)を,円筒の降伏応力対縦弾性係数比と半径対板厚比から推定する評価式を提案した。次に,左記評価式を準動的・動的座屈試験結果と比較し,地震応答下でも非線形係数を安全側に評価できることを示した。また,弾性座屈から塑性崩壊に至るまで,円筒のせん断曲げ座屈の広い範囲に対して適用可能な復元力モデルを提案し,準動的・動的座屈試験結果に適合する左記モデルのパラメータを明らかにした。さらに,提案した復元力モデルを用いた1自由度非線形動的応答解析プログラムにより,動的座屈試験の数値シミュレーションを行い,試験結果と比較して適用性を検証したところ,図2に示すように荷重変位関係や最大応答変位を精度良く再現できることが確認された。

図2 動的座屈試験における載荷点での荷重変位関係と1自由度非線形動的応答解析による荷重変位関係の比較。
(3)塑性エネルギー吸収による応答低減の評価に関する研究

 座屈前の塑性エネルギー吸収による加速度応答及び地震荷重の低減効果を表す,応答低減係数DSを評価する手法を提案した。図3に示すように,提案法は線形系と非線形系の応答変位を同等とする変位一定則(DS=1/)を基本とし,これに構造物の一次固有周期における加速度応答倍率を用いた修正を加えることにより,個々の地震動の特性を反映したものである。準動的・動的座屈試験及び数値解析と比較した結果,様々な地震動条件の下で,提案法は応答低減係数を安全側に評価できることが確認された。さらに,応答低減係数を導入した座屈発生判定式を提案し,応答低減効果を考慮した合理的座屈設計を可能とした。

図3 応答低減係数DSの評価方法。SA:加速度応答スペクトル,T0:一次固有周期,ZPA:Zero Period Ac-celeration(=SA(0)),:非線形係数。
(4)座屈後挙動を考慮した耐震裕度の評価に関する研究

 本研究では,座屈後の過大な変形・ひずみや応答変位の発散的増大に基づいて終局状態を設定し,設計地震動のレベルと終局状態を生ずる地震動のレベルの比を耐震裕度fと定義した。次に,耐震裕度を評価する手法として,(2)で提案した復元力モデルを用いた1自由度非線形動的応答解析に基づく手法と,地震動のエネルギー入力と構造物のエネルギー吸収能力の釣り合いに基づく手法を提案した。後者では,地震動のエネルギー入力を,1サイクル瞬間入力エネルギーと実効繰り返し回数と呼ぶ二つの要素に分割し,エネルギー吸収能力を実効繰り返し回数1回当たりに正規化することにより,地震動の継続時間に影響されにくい耐震裕度評価を可能とした。また,エネルギー入力に基づく手法により,原子炉容器の耐震裕度を求めた結果,(3)で提案した座屈発生判定式が許容する限界の設計を行った場合でも,座屈後の動的な安定性等の寄与により,図4に示すように十分な耐震裕度が確保されていることが明らかとなった。

図4 原子炉容器の耐震裕度fの評価結果。R,t,L,H:円筒の半径,板厚,筒長,荷重高さ。

 以上の研究により,高速増殖炉原子炉円筒容器の弾塑性地震応答下のせん断曲げ座屈について,座屈前の塑性エネルギー吸収による応答低減効果を考慮し,終局状態発生に対して一定の裕度を確保できる,耐震座屈評価法を確立することができた。

審査要旨

 本論文は「高速増殖炉原子炉円筒容器の弾塑性地震応答下のせん断曲げ座屈に関する研究」と題し8章から成る。

 第1章「序論」においては、高速増殖炉(FBR)の原子炉容器は冷却材として液体ナトリウム(使用温度300〜550℃)を用いる為、熱応力低減の為に薄肉化が必然的要求条件となり、一方、耐震性確保の観点から容器の座屈に対する万全の対策が必要となることを述べ、地震動の下における容器の座屈に対する安全性の総合的評価が本論文の目的であり、その目的を達成する為に次の4つの研究課題を取り組むことが述べられている。

 1)地震応答下における座屈強度の評価

 2)地震応答下における復元力特性の評価

 3)塑性エネルギー吸収による応答低減の評価

 4)座屈後挙動を考慮した耐震裕度の評価

 2章「弾塑性地震応答下の円筒殻の座屈に関する既往の研究と研究課題」においては、円筒殻の座屈に関する研究の歴史的展開,FBRに関連した座屈研究の既往の成果を概観し、本研究では、特に円筒殻の塑性域の動的挙動の予測性の向上、並びに座屈後の耐震裕度の評価に重点が置かれていることを述べている。

 3章「地震荷重下の座屈試験による実証データの取得」では、地震時の荷重効果を模した振動台による動的加振実験、及び計算機とアクチュエータによる静的加力を連動させた、準動的加力実験により円筒殻の地震動下の動的挙動を求め、動的実験と準動的実験の適合性を確認し、座屈に至るまでの非線形応答における応答変位の安定性を確認し、座屈後の耐震裕度の基本的傾向を定量化している。

 4章「地震応答下における座屈強度に関する研究」では、容器の地震に対する抵抗要素の一つである座屈強度に着目し、動的実験における座屈強度が静的実験におけるそれと同等であるかについて、座屈に至る迄の塑性履歴,歪速度の観点から詳細に検討し、それ等の影響は基本的に無視し得ることを明らかにしている。

 5章「地震応答下における復元力特性に関する研究」では、動的実験の結果を踏まえて、座屈後挙動を含めた容器の水平力と水平変位における履歴特性を明らかにしている。履歴特性は単調加力下の荷重変形関係と履歴則により構成され、単調加力下の荷重変形関係においては、座屈発生点(最大荷重点)に至る迄の塑性率の定量化が、容器の形状パラメータの広い範囲にわたってなされている。履歴則はRamberg-Osgoodのモデルに依拠しつつも、円筒座屈固有の特性を骨格としたもので、せん断座屈,曲げ座屈等の座屈モードに拘わらず、動的ないし準動的実験結果を良好に予測し得るものであることが確かめられている。

 6章「塑性エネルギー吸収による応答低減の評価に関する研究」では、動的ないし準動的実験で得られた座屈発生点(最大荷重点)に至る迄の応答変位の一定性に着目し、設計法としての変位一定説の適用性を広範な応答解析により確かめ、変位一定性が保証できる条件として、「地震動の加速度応答倍率が2以上となること」を明らかにし、応答変位一定性に基づく設計法に根拠を与えている。

 7章「座屈後挙動を考慮した耐震裕度の評価に関する研究」では、座屈後、容器が終局状態に至る迄に発揮し得る耐震裕度fを明らかにしている。耐震裕度fは構造物を終局状態に至らしめる地震動のレベルの設計地震動のレベルに対する比であり、終局状態は弾性限界変位の5倍の変位ないし、座屈発生時変位の2倍の変位のうち小さい方の変位に達する状態として定義されている。耐震裕度は、設計限界状態に達する迄の裕度と、設計限界を超えて終局状態に至る迄の裕度との積で表される。設計限界状態は座屈発生点であり、この点に至る迄の裕度は見かけの裕度,それを超えた状態での裕度は実質の裕度としてとらえられている。実質の裕度は、直接非線形応答解析により求める方法と、より簡便に、エネルギーの釣合式より解析的に求める方法が適用され、それ等の各種の方法によるfの推定値の互換性が検討され、結論として、原子炉容器の耐震裕度fは2.4〜2.8の範囲にあることが明らかにされている。

 8章「結論」では、本論文で明らかにされた諸点を総括している。

 以上の様に本論文は、高速増殖炉の成立性に深く関わる炉容器の地震時の耐震安全性を炉容器の座屈の観点からとらえたもので、現実的な設計条件の下における炉容器の座屈を含めた塑性域の挙動を精度良く把え、座屈後の耐震裕度の確認を踏まえた座屈防護設計の確立に大きく貢献するものである。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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