学位論文要旨



No 214132
著者(漢字) 高橋,清造
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,セイゾウ
標題(和) 粉末の常温加圧流動成形法の研究
標題(洋)
報告番号 214132
報告番号 乙14132
学位授与日 1999.01.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14132号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中川,威雄
 東京大学 教授 鯉渕,興二
 東京大学 教授 林,宏爾
 東京大学 教授 相澤,龍彦
 東京大学 教授 横井,秀俊
内容要旨

 本論文は,粉末成形における成形の可能な形状の拡大を目的に開発した新しい成形法の特徴を明らかにしている。本成形法は少量のバインダを混合することにより加圧成形時に金型内を流動できる粉末を成形する。成形は通常の乾式圧縮成形と同様に,常温における金型を使用した単軸プレス成形であり,高い生産性を持ち,寸法精度が高く,低コストな成形ができ,かつ,本成形の特長である複雑形状の成形ができる。

 本論文は,序論および総括を含めて全11章から構成されている。第1章の「序論」では,粉末成形の現状と問題点について調査し,本成形法を開発する過程で予想される課題について説明している。本成形法が成功するためには,給粉の自動化には必要不可欠な要因である粉末の充填流動性と,成形体の均一密度および高密度化をもたらす圧縮流動性の2種類の両流動性を満足させるバインダの開発が必要となる。そのバインダは脱バインダが容易であり,短時間の脱バインダ性が求められる。そこで,本成形法を開発するためには主としてバインダの開発を行うことが課題となる。

 第2章「液体バインダによる予備的考察」では,本成形法を開発するために粉末に混合するバインダの第一歩として,液体バインダを選択し,バインダの必要条件についての予備的考察を行っている。供試粉末は通常の水アトマイズ純鉄粉とし,混合するバインダは,塑性加工における離型剤のシリコン油,塑性加工の潤滑剤である大豆油および粉末射出成形の潤滑剤である流動パラフィンとした。バインダの評価は充填流動性と圧縮流動性とする。鉄粉にステアリン酸亜鉛と流動パラフィンを混合した粉末は,カップ形状の成形における圧縮流動性を満足させた。しかし,シリコン油,大豆油をバインダとして用いた粉末は,成形体に欠陥を発生させ,本成形には使用できないことが分かった。鉄粉の充填流動性に関しては,使用した液体バインダの全てについて不適正であった。この充填流動性の不良は,粉末の表面に液体バインダが存在するためと考えられる。これらの予備的考察から,充填流動性と圧縮流動性の両流動性を満足させるバインダの開発が課題であることが明らかになった。

 第3章「流動パラフィンを添加したアルミナ顆粒粉」では,前章において,流動パラフィンを混合した鉄粉の充填流動性は低下するが,圧縮流動性は満足できることが確かめられたので,通常の乾式金型プレス成形では成形が困難と考えられる,3mass%PVAを含む顆粒粉の薄肉カップへの成形実験を行ない,顆粒粉の充填流動性および圧縮流動性を評価すると共に,流動パラフィン混合の適正条件の把握と,加圧過程における顆粒粉の圧縮流動現象の解明を目的とした。流動パラフィンを6.7mass%混合したアルミナ顆粒粉は満足できる充填流動性を示し,薄肉カップ成形実験において,成形体内部の密度分布は均一化し,十分な顆粒粉の圧縮流動性を確認することができた。加圧過程における流動現象を観測した結果,圧密過程後に粉末の流動が開始する臨界圧力の存在が認められた。両流動性を満足するバインダの体積率は30.6vol%であり,射出成形のバインダ量と比較して少なく,アルミナ粉は61.9vol%と多量な条件での成形が可能であった。脱バインダ工程は短時間で済み,焼結体は約15%の寸法収縮によりほぼ真密度となり,均一な寸法収縮が認められた。

 第4章「流動パラフィンを添加した微細鉄顆粒粉の流動性」においては,前章の結果を基本として,金属粉の射出成形に用いられている微細鉄粉末の顆粒粉を作成し,加圧流動成形を試み,顆粒粉の流動性を調査した。2%PVAを含む微細鉄粉顆粒粉は流動パラフィンを3mass%混合してカップ形状が成形でき,圧縮流動性が確認できた。しかし,アルミナ顆粒粉に比べると充填流動性と圧縮流動性共にやや劣る結果となった。

 第5章「粒度分布の調整した鉄粉の圧縮流動性」では,射出成形における粒度分布の調整は混練物の流動性の向上および成形体の高密度化に効果があることから,粒度分布を調整した鉄粉の圧縮流動性を調査した。粒度分布は最密な充填理論を基本とし,さらに球状の微粉を混合して調整している。微粉を添加して粒度分布を調整した鉄粉は圧縮流動性が大幅に向上した。圧縮流動性が高い値を示す鉄粉の粒度分布はModel 2(150m:87mass%,60m:11%,30m:2%)にカーボニル鉄粉(6m)を13%混合した場合であった。圧縮流動性の向上はカップ形状の成形において,(1)圧粉過程における流動開始圧力の低下,(2)成形体のカップ壁部の高密度化,(3)焼結体の圧環強さの向上となって現れた。

 第6章「粉末ワックスバインダによる鉄粉の流動性の改善」では,前章での粒度分布の調整は圧縮流動性の改善に極めて有効であったが,流動パラフィンの混合は充填流動性を満足させなかった。そこで,圧縮流動性を保持し,充填流動性を満足するバインダの開発を検討し,ステアリン酸亜鉛と軟質固体ワックス系バインダの組合せ混合を試みた。マイクロワックス粉末とステアリン酸亜鉛を組合せ混合した鉄粉は,充填流動性はわずかに低下するが,鉄粉の自動給粉には充分な値となり充填流動性を満足した。マイクロワックス粉末の混合によって成形体のカップ壁部の密度は上昇し,圧縮流動性を満足した。両流動性を満足するマイクロワックス粉末の最適な添加量はステアリン酸亜鉛:0.5mass%(3.1vol%)とマイクロワックス粉末:1.0mass%(7.4vol%)の組合せ混合であった。バインダ量が比較的少ないため,焼結後の寸法収縮なしに6.8g/cm3の密度が得られた。鉄粉の粒度分布の調整なしに,充填流動性と圧縮流動性を満足する条件を見つけることができた。

 第7章「圧縮流動性試験と速度効果」では,前章の結果から,鉄粉はマイクロワックス粉末とステアリン酸亜鉛の組合せ混合が充填流動性,圧縮流動性を満足させ,微粉を混合した粒度分布の調整は圧縮流動性に効果があったので,残された可能性である,鉄粉の粒度分布の調整とマイクロワックス粉末との組合せを調査した。この組合せの効果を確認するために,相互に比較できる圧縮流動性の試験法を提案し,この押出しディスク成形型による圧縮流動性試験法を用いて圧縮流動性の速度効果を調べている。マイクロワックス粉末とステアリン酸亜鉛を組合せ混合した鉄粉の圧縮流動性について,無調整に比べて,粒度分布の調整効果が存在することが認められた。流動パラフィンを混合したアルミナ顆粒粉のディスク成形における圧縮流動性には速度効果があり,高速成形では良好な圧縮流動性を示すことが分かった。また,マイクロワックス粉末を混合した鉄粉についても速度効果が認められた。

 第8章「圧縮成形における圧縮流動現象」では,鉄粉およびアルミナ顆粒粉について開発した本成形における粉末の流動現象を考察し,圧縮流動現象が発現する条件下での粉末の流動メカニズムの解明を試みた。粉末の良好な充填流動性は,粉末表面を乾式にすることで得られる。射出成形よりも少量のバインダを添加する本成形は,加圧過程における粉末の圧密に伴い粉末間の気孔が減少し,残存する気孔をバインダが満たしたとき,粉末射出成形と同様に十分な圧縮流動性が認められる。本成形の圧縮流動性に対する速度効果は水分を含んだ粘土等において観測されているチキソトロピー現象によって説明ができ,高速度な成形における見かけ粘度の低下に伴う流動抵抗の減少により良好な流動性が得られたと考えられる。

 第9章「成形体の後処理」では,本成形法の確立に必要な目標である,充填流動性および圧縮流動性を満足するバインダの存在が確認されたので,バインダを含んだ成形体の後処理に関連した問題を取り上げ,金型からの成形体の離型荷重,保形性を示すラトラ値および脱バインダ性を調べている。アルミナ顆粒粉に流動パラフィンを混合することにより,金型からの離型荷重は低下し,無添加圧粉体よりラトラ値は向上する。鉄粉にマイクロワックス粉末とステアリン酸亜鉛と組合せ混合することにより,離型荷重およびラトラ値はバインダを添加により密度が低下した分だけ低下した。両者の材料共に後処理工程は実用上問題のないことが確認できた。

 第10章「流動成形法の応用例」では,企業と共同研究を行った結果のうち,これまでに扱った形状と材料以外の成果について記述している。第1の例のフェライト顆粒粉に対しては,アルミナ顆粒粉の結果とほぼ同じ条件で成形可能であった。流動パラフィンを混合して成形したカップを脱バインダ後に焼結した結果,焼結体の密度は相対密度で97%と高密度であり,寸法精度も良好となった。第2の例である0.2mのマグネシア微粉末については,さらに別のバインダを開発する必要があった。(1)脱バインダ時の保形性を確保するために,流動パラフィンの他にトルエンを溶媒とする非水系バインダ:バインドセラムSA541を添加した。(2)押出し比:56の条件で成形が可能となり,強固なパイプが得られた。(3)押出されたパイプは芯棒で受け,養生中の曲がりを防止することができた。(4)押出されたパイプは粉末の含有率が高く,焼結体の相対密度は98%を越える高密度が得られた。

 第11章「総括」では,本論文の結論と今後益々複雑化・軽量化が要求される焼結機械部品の成形における本成形を応用した将来の展望をまとめている。

 最後に本研究を遂行するにあたり,お世話になった関係各位に謝辞を述べ,本研究で発表した論文等の研究業績の一覧を巻末に添付してある。

審査要旨

 金属やセラミック粉末を金型を使って圧粉成形する場合、粉末は単に圧密されるだけで、加圧方向への移動は許してもその直角方向への流動を起こさせないのが原則である。そのために成形できる形状には多くの制約があり、複雑な形状の成形は不可能とされていた。本研究はこの制約を打破するため、あえて粉末流動を与えることにより複雑形状を得る新成形技術を研究したものである。

 粉末の圧粉成形時に流動を可能とするには、粉末同志の摩擦抵抗を減ずるために何らかの潤滑性を持つバインダの添加が必要であり、本研究もバインダの選択と成形性評価に重点が置かれている。

 本論文の構成は序論と総括を含め、全11章より成り立っている。

 第1章の序論では、通常の粉末の金型成形法の概要を述べ、常温加圧流動成形法の必要性と成形技術確立するための技術課題について言及し、本研究の目的とその背景を明らかにしている。特にバインダの選択に関し、粉末同志の流動性確保のための圧縮流動性の他に、粉末の自動給粉のための充填流動性の確保が主要課題であることを指摘している。

 第2章では、圧縮流動性を得るための最も基本的と思われる各種液体系バインダについて、前記の2種の流動性の評価を行い、圧縮流動性は満足できたとしても、粉末表面にぬれが残存すれば、必要とされる充填流動性が得られないとしている。

 第3章では粉末を顆粒状に処理して液体バインダを用いれば、毛細管現象により表面に液体バインダが露出しにくく、充填流動性を大幅に改善できることを見出した。具体的には液体パラフィンバインダ添加により、セラミック顆粒粉の充填性と圧縮の両流動性を満足させ得ることを明らかとし、これによりセラミック粉末の常温加圧流動成形が可能となることを示している。

 第4章では、前章の結果を発展させ、鉄微粉末の顆粒粉について同じ液体パラフィンバンダを用いたところ、主として粉末のぬれ性や流動性の差により圧縮流動性と充填流動性のいずれについてもセラミック粉末に比べてかなり劣り、そのままでは給粉・成形工程が成り立たないことを明らかとしている。

 第5章では鉄粉の圧縮流動性を向上させるため、使用する鉄粉の粒度分布を調整することが効果的であることを明らかとしているが、同時にこの対策だけでは両流動性は満足できるレベルに達しないことも確認している。

 第6章では、同じく鉄粉等の非顆粒粉で粉末状ワックスをバインダとして用いることを試みている。粉末状ワックスはバインダ自体が固体であり十分な充填流動性を示すため、鉄粉との混合粉も満足する充填流動性が得られている。一方圧縮流動性についても、加圧状態ではワックス粉末は軟質のためすき間に密に流動し、液体バインダと同様に圧縮流動性を高める働きを示すこと見出し、結論としてこのワックス粉末を使用すれば常温加圧流動成形が可能となることを示している。

 第7章では、圧縮流動性に大きな速度効果が存在することを見出し、高速加圧の方が圧縮流動性が増すことを示している。この現象は機械プレスを使った高速成形が有利であることを示唆しており、実際生産への応用において有効に活用できると判断される。

 第8章では、前章までに得られた両流動性について、種々の流動現象を系統的に解釈することを試みている。多くの現象はぬれ性、潤滑効果およびチキソトロピー現象で説明できるとしている。

 第9章では、本常温加圧流動成形に付随する諸技術、すなわち搬送のための圧粉体強度、短時間での脱バインダ性、焼結体強度、焼結時の収縮による寸法誤差等について実用化を前提した検討を行い。いずれの点においてもほぼ満足できるレベルであることを確認している。

 第10章では、主として各種セラミック粉末について、この方法を実際の試作に応用した例を紹介し、本成形法が十分な実用性を持つことを実証している。

 第11章は本研究を総括し、将来展望を述べている。

 以上要するに、本研究は粉末の常温での加圧流動成形法を提案すると共に、充填と圧縮の両流動性を満足する適切なバインダ選択について、セラミック顆粒粉には液状パラフィン、鉄粉に対してはワックス粉末が適切であることを見出し、さらにその添加量も脱バインダ性に悪影響を与えない程度に少量で済むことを確認し、常温圧縮成形の基本技術を確立すると共に実用域まで発展させ、焼結機械部品の粉末成形技術において新分野を開拓したもので、精密機械工学および精密機械産業に貢献するところ大である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54098