学位論文要旨



No 214133
著者(漢字) 稲葉,善治
著者(英字)
著者(カナ) イナバ,ヨシハル
標題(和) 電動サーボ式射出成形機に関する研究
標題(洋)
報告番号 214133
報告番号 乙14133
学位授与日 1999.01.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14133号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中川,威雄
 東京大学 教授 長尾,高明
 東京大学 教授 板生,清
 東京大学 教授 樋口,俊郎
 東京大学 教授 横井,秀俊
内容要旨

 3次元形状を持つプラスチックパーツを低コストで大量に生産する機械として射出成形機はプラスチック加工業界で大量に使用されている.その基本形は1872年に製造されたセルロイドの縦型の成形機に見る事が出来るが,その後,1920年代にドイツでダイキャストマシンをベースに今日主流となっている横型の射出成形機が開発された.図1に今日の典型的な射出成形機の構造を示す.

 射出成形機は,図1のごとく,射出装置,型締装置および制御装置などから構成されている.開発当初の射出成形機は螺子や梃子を利用した手動式であり,プラスチックの成形作業は重労働で,且つ,生産性の低い作業であった.1950年代に油圧駆動アクチュエータが射出成形機に導入され,利便性と生産性が飛躍的に改善された.また,油圧駆動システムは比較的優れた制御性も兼ね備えていたので,エンジニアリングプラスチックの開発,金型の高精度化と相まって,精密プラスチック部品を大量に供給出来る産業的な下地が整えられる事になった.

図1 今日の典型的な射出成形機の構造

 この結果,プラスチックは,開発当初,金属やガラス等の粗悪で安物の代替材料というイメージがあったが,現在では携帯電話,ノートブックパソコン,光ディスクなどのように,高精度,且つ,軽量なプラスチック部品無しでは実現出来ない商品が続々と開発されるようになった.そして,これらの商品は,より軽く,より小さくという市場の強力なニーズから激烈な開発競争に曝されており,これに使用されるプラスチックパーツには更に厳しい寸法精度や光学特性が求められている.図2に,これらの商品に使用されている精密プラスチック部品の例を示す.

図2 精密プラスチック部品の例

 こうしたプラスチック部品に対する要求に対応すべく,従来の油圧式射出成形機の制御や精密成形能力の改良が世界中で熱心に進められ,射出成形機の精密成形能力や安定性が大いに改善された.しかしながら,次に示す項目の如く油圧式射出成形機の限界も明らかになって来ており,全く新しい方式のプラスチック射出成形機の開発が望まれるようになった.

 1)プラスチック部品の寸法精度や良品率に対する要求の激化

 2)油圧制御による位置決め精度や制御性の改良に対する限界

 3)地球温暖防止対策として省エネ機への世界的な世論の高揚

 4)油洩れ,騒音,発熱などが無いクリーンな職場環境の要望

 5)成形工場のシステム化対応(ロボット化,ネットワーク化)

 以上の背景から,本研究では射出成形機の各動作,即ち,型開閉,製品突き出し,射出,計量を独立した4つのサーボモータで駆動する機構を採用した.図3に本研究で開発した電動サーボ式射出成形機の機構を示す.この電動サーボ式射出成形機は従来の油圧式射出成形機と比較して,遥かに優れた精密成形能力,省エネ性,クリーン性およびシステム化対応能力を実現した.

図3 電動サーボ式射出成形機の機構

 また,射出成形機の電動サーボ化には数々の新技術の開発が必要であったが,特に次の項目が重要であった.

 1)電動サーボ式射出機構のメカニズム形式の決定と高負荷ボールねじの開発

 2)電動サーボ式型締機構のメカニズム形式の決定と新トグル機構の開発

 3)高負荷,高応答を必要とする電動サーボ圧力(力)制御の開発

 4)基準となる圧力波形モニタデータに対する追従制御機能の開発

 5)圧力波形モニタの画面編集機能とそれに対する追従制御機能の開発

 第一に,電動サーボ式射出機構としてクランク式,ボールねじ式の機構を試作・検討した.その結果,本研究ではボールねじ式を選定した.また,この射出機構で使用するボールねじは非常に特殊で且つ過酷な負荷を受けるため,射出機構で使用される条件を考慮した寿命試験を行った.この試験結果から,射出機構においてボールねじは,一般に行われている寿命計算から得られる寿命よりかなり短い事が判った.この為,射出機構のボールねじに適した寿命計算の基準を明らかにすると同時にボールねじのナット構造を工夫した高負荷ボールねじを開発した.このボールねじのボールにかかる面圧は従来の物と比較して不均等が解消されており,大幅な寿命延長が得られた.図4に改良されたボールねじの外観とそのボールねじのボールにかかる面圧のFEM解析の結果を示す.

図4 改良されたボールねじ

 次に,電動サーボ式型締機構として直動式,クランク式及びトグル式の機構を試作・検討した.その結果,本研究ではトグル式を選定した.そして,従来,試行錯誤で進められていたトグル機構の開発工程を視覚的に進める設計手法を開発した.この結果,従来の五点トグルを改良し,新しいトグル機構を考案した.このトグル機構では,その主節を駆動する対偶が通常の位置と反対側に位置するので,RDP(Reverse Drive Point)五点トグルと命名した.このRDP五点トグルは従来の四点トグルおよび五点トグルと比較して,コンパクトで且つ高速な動きを実現した.図5に従来の四点トグル及び五点トグルとRDP五点トグルの比較を示す.

図5 トグルの比較

 三番目に,射出成形プロセスの保圧工程で必要である電動サーボによる圧力制御の開発を行った.この力制御は,従来,ロボットで行われていた力制御に比べ,遥かに巨大な操作力と高応答性を満足させる必要がある.この力制御を実現するために,電動サーボ系の位置,速度及び電流の制御ループによる制御を試作・検討した.その結果,安全性,応答性などから,速度制御ループを使用した圧力制御システムを選定し,実用化した.この圧力制御系では,圧力制御工程においては圧力偏差から速度偏差を作り,圧力(力)を制御するシステムを実用化した.図6にこの圧力制御システムのブロック図を示す.

図6 圧力制御システムのブロック図

 四番目に,基準となる圧力波形モニタデータに追従して安定した成形を実現する機能を考案した.通常,射出成形では射出工程では速度制御,保圧工程では圧力制御が行われているが,実際の成形現場では成形の安定性を評価する手段として圧力波形のモニタデータを使用する事が行われている.本研究では,従来,不可能であった射出工程においても学習制御を導入する事により圧力の閉ループ制御を実現した.この結果,射出から保圧までの全成形工程において圧力の閉ループ制御を実現し,基準となる圧力波形に成形機が追従する機能を開発した.

 また,五番目に,この機能を更に発展させ,圧力波形を成形機の画面上で自由に編集する事で得られた圧力波形に追従する機能を開発した.この機能は,射出スクリュの位置に対するゲインを学習する機能を導入し,良好な収束性を得る事が出来た.図7にこの制御ブロック図,圧力編集画面及び圧力が収束するグラフを示す.

図7 ゲインの学習の制御ブロック図と効果

 最後に,本研究で開発した電動サーボ式射出成形機の成果を下記に示す.図8に本研究で開発された電動サーボ式射出成形機の外観を示す.

図8 電動サーボ式射出成形機

 1)90%の台数をカバーする型締力150kN〜3000kNの実用域に於ける電動サーボ式射出成形機を開発した.

 2)成形機の主な動作を全てサーボモータ化した機構部を開発し,速度・容量及び耐久性などの点で実用に耐えるレベルに到達した.

 3)成形工程で必要な圧力(力)制御機能を開発し,従来の油圧式を上回る制御性を実現した.

 4)圧力制御機能を発展し,従来不可能であった射出工程に於ける圧力の閉ループ制御を実現した.また,この機能を使用し,基準となる圧力波形に追従する機能を開発し,圧力波形追従制御と命名した.

 5)更に,圧力波形を成形機の画面上で編集して得られた波形カーブに追従する機能を開発し,圧力波形画面編集機能と命名した.

 6)本研究で開発した電動サーボ式射出成形機は,更に次の特徴を実現した.

 ・ 従来の油圧式射出成形機を上回る安定した精密成形能力

 ・ 従来の油圧式射出成形機と比較して,70%にも達する省エネ性

 ・ 総合的なデータプロセッシングによる品質管理機能,生産管理機能の実現

 このように,本研究は電動サーボ式射出成形機の実用化を図り,その所期の目的を達成したと言える.しかしながら,電動サーボ式射出成形機の可能性は広大であり,沢山の優れた研究が本研究に続いて行われている.今後も,それらの研究に遅れる事のないよう,更に研究開発に精進を続け,電動サーボ式射出成形機の発展に微力を尽くして行く所存である.

審査要旨

 3次元形状を持つプラスチック製品の大部分は射出成形によってなされているが、これまで成形機は油圧駆動のものが使われていた。これに対し駆動方式を電動式にすることにより、高精度な制御と省エネルギさらに高度なシステム化が図れる可能性がある。本研究は駆動方式としてACサーボモータを使用し、それに合わせて必要とされる駆動機構と制御方式の研究を行い、実際に有効に活用できる電動サーボ式射出成形機を完成させたものである。

 本論文の構成は序論と総括を含めて全8章よりなる。

 第1章では射出成形機の開発の歴史を逆のぼると共に、既存の油圧式射出成形機の問題点を分析し、電動サーボ式の予想される利点を述べている。また電動サーボ式に関連する先行技術を調べ、今だ技術的に未完成であるとして、本研究の目標を電動サーボ式の利点をより深く活用した完成度の高い射出成形機を研究開発することに置くとしている。

 第2章では射出成形機の最も重要な射出装置について、ボールねじとクランク式について試作検討を行った結果、制御精度と制御性に優れるボールねじ方式を選択している。さらにボールねじの長寿命化と容量の増加に関して検討し、リターンチューブの改良とナットの直列配置により解決できることを明らかにしている。

 第3章は型締装置に関し、これを電動駆動とするため、新しいトグル機構を考案し、高速・安定な型締を実現している。これにより油圧部を完全に排除すると共に、周辺装置の動作特性を高精度化・簡略化が達成できるとしている。

 第4章では、電動駆動方式に応じた制御法を研究し、その評価を行ったものである。速度プロファイル制御、デジタルサーボ制御を採用したため、高速・高精度制御を可能とし、また内蔵した多くのセンサの活用により、成形技術の高度化と最適化がより容易に実現できる道を拓いている。

 第5章は保圧・軽量工程で不可欠とされる圧力制御機能の研究・開発を行っている。特に工作機械用CNC装置の速度ループに圧力偏差を帰還させる方式を導入することにより、従来の圧力制御技術を大幅に改良し、射出成形機用に使用できる高精度な制御性、高応答性および安全性を確保している。本章の圧力制御の研究は本論文の中核をなすもので、本技術の開発により電動サーボ方式の数々の利点の活用が現実のものとなっている。

 第6章は射出成形において速度と圧力を学習制御させることにより、圧力波形を追従制御する研究を行っている。これによりあらかじめ設定した圧力波形の曲線に沿った制御が可能となるため、成形条件の最適化と安定化が可能となった。

 第7章は外部コンピュータとのやり取りが可能となる電動化の利点を利用して、成形工場のトータルなデータ管理システムを構築したもので、単なるモニタリングのみならず双方向の通信機能により多様な管理を効率的に行えるシステムを構築している。

 第8章は本研究を総括し、電動サーボ式射出成形の将来への展望を述べている。

 以上要するに、本研究は電動サーボ式射出成形機の研究を他に先がけて本格的に行ったもので、射出用ボールスクリューや、型締用リンク機構を改良し、これらを機能的に作動させるための電動サーボモータの制御システムを高度化すると共に、新たに圧力制御、圧力波形追従制御、トータルな管理システム等を研究することによって、極めて実用性の高い優れた射出成形機を完成させ、産業界に広く普及させたものであり、精密機械工学および精密機械産業に大きな貢献を果たしたものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54099