学位論文要旨



No 214134
著者(漢字) 村井,基彦
著者(英字)
著者(カナ) ムライ,モトヒコ
標題(和) 超大型浮体の波浪中流力弾性挙動の推定法に関する研究
標題(洋)
報告番号 214134
報告番号 乙14134
学位授与日 1999.01.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14134号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤野,正隆
 東京大学 教授 吉田,宏一郎
 東京大学 教授 前田,久明
 東京大学 助教授 影本,浩
 東京大学 助教授 鈴木,英之
内容要旨

 昨今の多様な社会的ニーズのなかで、様々な形態の海洋構造物が注目を浴びているが、超大型浮体もその一つである。例えば海上空港などで提案されている超大型浮体は長さ・幅ともに数kmオーダーとされ、こうした規模の浮体は歴史上建造実績こそ無いが、従来から一般的に行われている埋め立て工法による沿岸域での空港建設に比べ、周辺海域への環境影響などの面で有利であると考えられている。しかし、想定されている超大型浮体は長さ・幅が数kmであるのに対して厚みは数m程度と非常に薄く、この幾何学的特徴により曲げ剛性が既存の浮体に比べて相対的に低下することに加え、平面寸法が数kmと非常に大きいため入射する波浪も相対的に短くなる。したがって、波浪中における挙動は、剛体運動が小さくなり弾性変形が顕著になると考えられ、その挙動の様子はあたかも水面に浮かぶ紙のようになることが予想されている。こうした波浪中における弾性挙動の解析には、構造物に作用する流体力の推定が不可欠である。しかし、弾性変形が顕著になると予想される超大型浮体に作用する流体力には、単に構造物に入射して来る波浪による流体力(diffraction流体力)や剛体運動に伴う流体力だけではなく、浮体自身の弾性挙動により生じた波浪による流体力(Radiation流体力)の影響も考慮する必要がある。さらに、こうした複雑な流体力に加えて、超大型浮体に生じた弾性変形が弾性体として復原力を生み、新たな弾性変形を誘発する。したがって、超大型浮体の波浪中の挙動を考えた場合、複雑な流体力問題と複雑な弾性運動(剛体運動を含む)を同時に考慮する必要がある。この流体力問題と弾性運動を同時に扱うものが、流力弾性問題である。このような流力弾性問題に関する解析手法は大きく二つに分類できる。一つは、モード法と呼ばれるもので、構造物の弾性運動を何らかの運動モードの重ね合わせとして表現し、各モードに関する流体反力(Radiation問題)を付加質量係数や減衰係数といった形であらかじめ求め、得られた諸係数を、構造物の運動方程式の各成分に取り込み解を求める手法で、従来からの船舶の曲げ振動問題、機械や建築物の振動解析などによく用いられるものである。もう一つは、離散化法と呼ばれるもので、構造物を有限個の要素に分割し、各要素上における運動方程式に流体力成分と弾性力成分を考慮して、各要素の運動を直接解析する手法である。ところが、超大型浮体の波浪中弾性挙動の解析に、従来から使われているこれらの手法をそのまま適用することは理論的には可能であっても、構造物の巨大さ故に、考慮すべき固有モード数や分割すべき要素数が飛躍的に増大することから、計算時間や計算に必要なメモリー量が膨大になるといった問題を抱え、現実的ではない。したがって、超大型浮体の流力弾性問題の解析には、「こうした困難を克服しつつ解析精度の良い定式化並びに解析手法」が求められる。そこで、本論文では、超大型浮体の流力弾性挙動の推定法について、精度の高い、また浮体の構造形式に関わらず適用でき、尚かつ数万本のコラムに支持されるような超大型浮体の弾性応答において、計算量を実用的な範囲に抑えることのできる手法を示すことを目的とする。

 この目的に対して、本論文ではより汎用性の高い離散化手法を用いて超大型浮体の流力弾性挙動を解析しようと試みる。離散化法の単純な適用を考えた場合、箱形の超大型浮体(ポンツーン型浮体)に現れる弾性変形を幾何学的に表現できる程度に離散化すれば良いであろうことは、想像に難くないが、それでも5000m規模のモード法に基づく研究などでは1000近いモード数を仮定しているものもあるので、分割数もそれに準ずるとすれば、1000に近い小浮体に離散化する必要がある。また、コラムで支持される形式の超大型浮体(コラム支持型浮体)の場合には各コラム毎に離散化する必要があると考えられるが、1000m規模の浮体でもそのコラム数は1,500本近く、また5000m規模となると15,000本近くなると考えられる。こうして離散化された小浮体間の流体力学的相互干渉を考えた場合、既存の理論の適用では、現有の計算機の能力で考慮できる浮体数は100個程度である。すなわち、1000個程度の小浮体の相互干渉問題を扱うには、「少なくとも1桁は扱える本数を増やす」必要があり、まして15,000本のコラムからなる超大型浮体の波浪中弾性挙動を扱うならば、「2桁の本数の違いを克服する」必要がある。

 こうした問題の解決のために、本論文ではまず、離散化された領域毎に独立した座標系で与えられている複数個の流体問題を、ある代表座標系に関してまとめて扱うことで、使用する固有関数を共有し、未知数を演算の課程で減らすことで計算量を抑える手法を提案し定式化を示す(図1)。

図1.定式化におけるモデル離散化の概念

 この手法を用いることで、何の近似的な措置を用いることなく実計算上において扱える総浮体数が数十倍に増やすことが出来る。すなわち、この手法は直接的な手法ならば総計算量が数百倍に膨張するところを、たかだか2倍程度に抑えることを可能とした手法である。これにより一つの目標である「扱える総浮体数を1桁増やす」という点を解決することが出来る。

 本論文ではこの定式化に基づく種々の計算を行い、計算値相互の比較や実験値との比較を行うことで、その有効性を検証する。さらにこうして検証された計算手法を用いて、浮体の大きさによる応答の変化、ポンツーン型浮体とコラム支持型浮体の波浪中弾性挙動の特性について比較検討を行う(図2)。

図2.コラム支持型浮体とポンツーン型浮体の波浪場への影響の比較

 こうした計算結果を通して、浮体の波浪中流力弾性挙動について、「変位の空間的分布は規則的で、変位分布を波としてとらえた場合の波頂線の間隔などの弾性応答の特性は浮体の大きさに依存していないこと」・「コラム支持型浮体はポンツーン型浮体に比べて一般的に波浪中の動揺は少なく、周辺の流場に与える影響が少ないことが観察されるが、ポンツーン型浮体の場合には観察されない、同調運動と思われる、特定の波周期での応答の鋭いピークが観察されること」等の点を指摘する。

 次に、対象とする構造物の平面寸法が非常に大きいことを利用した近似解法の概念を導入することで、未知数の共有化を図り、計算量の抑える手法を提案する。この近似解決の概念の導入により、「扱うことの出来る総浮体数をさらに1桁増やす」ことが可能になる。したがって、この近似解法を上記の定式化に導入し組み合わせることで、「扱える総浮体数を2桁」増やすことが可能となり、5000m規模コラム支持型浮体の流力弾性挙動の推定が可能となる。この近似解析手法を用いた計算を行い、近似を施さずに得られる結果と比較して定量的に一致した解を示すことを検証し、検討を加える。さらに、14,400本のコラムによって支持される5000m規模コラム支持型浮体の流力弾性挙動の解析例を示す(図3)。このような多数の(しかも実際に提案されているような数の)コラムで支持された超大型浮体の現実的な波長を持つ波の中での弾性応答を示した例は、初めてであると思われる。

図3.5000m規模コラム支持型超大型浮体の流力弾性挙動の解析例
審査要旨

 本論文では、浮体構造物による海洋空間の有効利用を目的とした長さ・幅が数キロメートルにも及ぶ超大型浮体の波浪中応答の新しい推定法を開発している。浮体の波浪中応答の推定手法は既にいくつかの数値的計算法が確立されているが、既存の最大級の浮体構造物が長さ・幅100メートル程度であるのに対し、本研究で対象としている浮体は長さにして数十倍、面積にして数百倍といった規模になるために、既存の数値的計算法をそのまま適用したのでは計算時間が膨大なものとなって、場合によっては実際上計算が不可能であるといった大きな問題がある。一方、数キロメートルといった水平面内寸法に対して構造物の厚さは10-20メートル程度にとどまると予想されるため、相対的な曲げ剛性が既存の浮体構造物に比べて著しく低下し、その結果として波によって大きな弾性変形が誘起される可能性が懸念されている。このような場合には構造物の変形と構造物まわりの流場がお互いに影響を及ぼし合うため、流体の運動と構造物の変形の連成即ち流力弾性挙動を考慮することが必要となって、解析が一層困難となる。本論文では、このような問題を解決するために、従来の手法の単なる拡張ではなく、新しい考え方に基づく効率的で汎用性のある計算手法を提案し、従来の手法では計算できないような超大型浮体の波浪中流力弾性挙動の推定をも可能にしたものである。

 本論文は次のような構成からなる。

 まず序論において、浮体の波浪中における流力弾性挙動の推定法の現状について述べ、本研究で対象とするような超大型浮体において何故に新しい効率的な手法の開発が必要であるかについて記述し、そのような手法の開発が本論文の目的であることを述べている。

 次に第1章で、本論文で提案する新しい計算手法について詳述している。提案された手法では、当該浮体は多数の部分浮体群に分割され、浮体の弾性変形は分割された多数の部分浮体の剛体運動の連として表される。構造剛性による拘束力の影響は各部分浮体に対する付加的な復原力として考慮される。この付加的な復原力は部分浮体の変位の差分形式で数値的に評価されるため、構造物の剛性や幾何学形状が局所的に変化するような場合にも柔軟に対応でき、さらに構造物端部の力学的な境界条件も合理的に満足させることができる。このようにして得られた各部分浮体の運動方程式を連立させて同時に解くことにより、各部分浮体の運動変位即ち全体浮体の弾性変形が得られる。各部分浮体に働く外力としての流体力を求める過程で、各部分浮体間の流体力学的相互干渉を考慮する必要があるが、この相互干渉の計算において、いくつかの部分浮体をまとめて一つの浮体と扱うことによって計算量の大幅な低減が図れることを示している。

 第2章では、第1章で提案した計算手法の有効性を検証するために、数値的な収束性の検討、他の手法による計算結果との比較、実験結果との比較など広範な検討を行い、実際に合理的な計算量で精度の良い解が得られることを示している。さらに、本章の後半では、このようにして検証された計算手法を用いて、浮体の寸法・剛性・形状あるいは波の入射角などをパラメータとしたパラメトリックスタディを行い、浮体の長さ・幅・剛性・波の入射角などと弾性変形や弾性波の伝播特性の関係、構造物の形状による弾性変形の違い、構造物まわりの波浪場と弾性変形の関連、波と動的変形の同調の可能性などについて考察を行っている。

 構造物が大きいことが従来の手法の適用を困難にしている主要な理由の一つであるが、第3章では、構造物が大きいことや構造様式の規則性を逆に利用した近似計算手法を提案し、第1章で示された計算手法に組み込むことによって、計算効率の更なる向上が図れることを示している。

 第4章では結論を述べている。

 以上、本論文は、既存の手法では計算負荷が膨大になって場合によっては実際上計算が不可能となるような長さ・幅が数キロメートル規模の超大型浮体の波浪中流力弾性挙動の推定に関する効率的で汎用的な新しい手法を提案し、更にその有効性を示したものである。浮体構造物による海洋空間利用は、国土が狭い我が国にとって今後のインフラ整備の選択肢として大きな期待を寄せられているものであるが、その可能性を検討する上で、弾性変形を含めた波浪中の挙動の推定は不可欠であり、本論文の実用上の意義は大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51104