背景 近年,高度な技術を要する作業への従事者不足のため,熟練作業と呼ばれる技能の伝承が非常に困難となってきており,自動化が必須となっている。しかし,製造工程の自動化が進む中でも,特に調整工程の自動化が遅れている。
熟練作業者は,多くの項目(多入力)を考慮しながら,相互干渉のある非線形対象の作業を巧みに行っている。このため,熟練を要する調整作業の自動化においては,多入力多出力非線形モデリング技術が重要となる。ファジィ,ニューロのソフトコンピューティング技術はその非線形関数近似能力の高さ,及び,多入力多出力を扱うことが比較的容易であることからこれら知的制御システムのモデリング技術として注目されている。
従来の研究状況と本研究の独創性 特性ばらつきの考慮と経時変化への自動適応学習 [研究課題1)2)に対応]
従来ファジィ制御は高精度な制御には不向きであると一般には考えられており,その開発事例はあまり高精度な操作量算出精度を必要としないプラントの分野(浄水場の制御,トンネルの換気制御等)に特に多く見られる。しかし,家電品の調整ではmあるいはサブmオーダの操作量算出精度が必要となることが多い。しかし,ファジィ制御をmあるいはサブmの精度が要求される高精度な制御に用いる場合は,メンバーシップ関数の設計方法が非常に重要となる。
メンバーシップ関数の定義方法に,ニューロの学習則である最急降下法を適用する手法が提案されている。この場合,教示データには一意性(同じ入力値に対して異なる出力値を認めない)が求められるが,実際観測されるデータは様々なばらつきを持っている。しかし,ファジィ,ニューロ共に教示データのばらつきの扱い方に関して取り組んだ研究は無かった。
また,ファジィを確率の一種として捉えることも可能であろうという見解は述べられているが,具体的な手法については事例が無い。
本論文ではデータのばらつき具合をファジネスとして捉え,そのばらつきの確率密度関数に基づいてメンバーシップ関数を定義し(図1),このメンバーシップ関数を用いた確率型ファジィ推論を提案する。本論文ではさらに,ばらつきの原因についての定性的な知見をも考慮してメンバーシップ関数を定義し(累積グレードメンバーシップ関数,図2),より高精度な推論精度を得る手法を提案する。VTR磁気ヘッド調整を例に本手法の有用性を示した。
図1 確率型ファジィ推論メンバーシップ関数設定方法図2 累積グレードメンバーシップ関数による定性知見の考慮 また データのばらつき具合である分散のみならず,その平均値までが変化する経時変化への対応に関しては,量産稼動時において得られる豊富な数の実稼動データに着目したファジィクラスタリング(Fuzzy k-means法)による自動適応学習方法(図3)を提案した。本論文では、エレベータガイドレール矯正を例に,数値シミュレーションと実験機による矯正実験により本手法の有用性を示した。
図3 ファジィクラスタリングによる経時変化への自動適応学習 製品開発と同期したコンカレントな調整アルゴリズム開発[研究課題3)4)に対応]
ファジィ制御は多入力非線形モデリングに有効であるが,多入力とはいえ現実的には3入力程度までであり,それ以上を扱うには組み合わせの爆発を生じてしまいモデリングは非常に困難になる。このような場合,特にその推論精度に大きな影響のあるメンバーシップ関数の定義は事実上人手では不可能となる。また従来,ニューロ学習則によるRBF(Radial Basis Function)型メンバーシップ関数を用いた学習方法が提案されている。しかし,これらの技術はローカルミニマム回避方法と学習率の設定方法が容易でなく,ファジィ,ニューロの専門家のみしか操作できなかった。また,入力変数である特徴量の選択は試行錯誤により行われており,特徴量候補を設定しては調整アルゴリズムを作成し,実験評価するという一連の手順を何回も繰り返し行わなければならなかった。しかし,多入力非線形モデリングの分かり難さから,計算モデルが不適切なのか特徴量の選択が悪いのかの要因分析が難しく膨大な開発期間を要していた。
また,調整アルゴリズムのチューニングにおいては,その妥当性を評価するための調整試験を行う。しかし,新製品開発と同期して調整設備をコンカレントに開発する場合は試用できる調整対象製品数に限りがあり,十分な回数の調整試験を行うことができない。このため,その調整失敗が調整アルゴリズムの不備に起因するのか,あるいは,測定結果のばらつき,あるいは,操作量のばらつき(ねじのバッククラッシュ等)など再現性の無い誤差要因に起因するのかを切り分けて評価するのは非常に困難であった。
そこで,本論文においては10入力あるいはそれ以上の多数の入力数に対応可能であり,ファジィ,ニューロ等の専門的な知識の無い人でも容易に操作可能であるファジィニューラルネットワークの構築法を提案する。ここで、ファジィニューラルネットワークとはニューラルネットワーク内の結合が工夫され、ファジィ推論との明確な対応を持つニューラルネットのことをいう。本ファジィニューラルネットワークでは学習率の自動設定機能,ローカルミニマムの自動回避方法,さらにはネットワーク規模の自動設定方法に新たな工夫がなされている。また,本ファジィニューラルネットワークの多入力を扱える特性を用いて,曖昧な波形をパターン認識するための特徴量を変数減少法により自動選択する入力変数自動選択方法を提案する。そして,作成後のアルゴリズムの妥当性を実機を用いずに評価するための仮想実験方法を提案する。また,これら提案の一連の調整アルゴリズム作成作業をコンピュータ上において統括して開発できる環境(図4)を開発した。本論文では,考案したファジィニューラルネットワークの詳細,及び,本設備を用いてVTRテープ走行系調整の調整アルゴリズムを開発しその有効性を実験により評価,実証した結果につき述べる。
図4 ファジィニューラルネットワーク調整アルゴリズム自動生成統合開発環境設備構成図