学位論文要旨



No 214136
著者(漢字) 石丸,伊知郎
著者(英字)
著者(カナ) イシマル,イチロウ
標題(和) ファジイ理論による熟練調整作業の自動化に関する研究
標題(洋)
報告番号 214136
報告番号 乙14136
学位授与日 1999.01.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14136号
研究科 工学系研究科
専攻 電子情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 橋本,秀紀
 東京大学 教授 曽根,悟
 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 助教授 堀,洋一
 東京大学 助教授 古関,隆章
 東京大学 助教授 新,誠一
内容要旨 背景

 近年,高度な技術を要する作業への従事者不足のため,熟練作業と呼ばれる技能の伝承が非常に困難となってきており,自動化が必須となっている。しかし,製造工程の自動化が進む中でも,特に調整工程の自動化が遅れている。

 熟練作業者は,多くの項目(多入力)を考慮しながら,相互干渉のある非線形対象の作業を巧みに行っている。このため,熟練を要する調整作業の自動化においては,多入力多出力非線形モデリング技術が重要となる。ファジィ,ニューロのソフトコンピューティング技術はその非線形関数近似能力の高さ,及び,多入力多出力を扱うことが比較的容易であることからこれら知的制御システムのモデリング技術として注目されている。

問題点

 熟練調整工程自動化の調整アルゴリズム開発における問題点は下記の2つである。

 1)特性のばらついた部品を組み合わせて用いるがために生じる,調整工程特有の対象製品の特性ばらつきへの適応方法。

 2)設備の早期稼動要求に応じた,製品開発と同期したコンカレントな調整アルゴリズム開発環境の提供。

 これらの問題点から生じる課題として,次の4点に着目した。

研究課題

 1)特性ばらつきを考慮したアルゴリズム

 2)ばらつきを含んだ特性の経時変化への自動適応学習

 3)特徴量選択,調整アルゴリズム作成の容易化

 4)実製品が入手困難である状況下での調整アルゴリズムチューニング

従来の研究状況と本研究の独創性

 特性ばらつきの考慮と経時変化への自動適応学習 [研究課題1)2)に対応]

 従来ファジィ制御は高精度な制御には不向きであると一般には考えられており,その開発事例はあまり高精度な操作量算出精度を必要としないプラントの分野(浄水場の制御,トンネルの換気制御等)に特に多く見られる。しかし,家電品の調整ではmあるいはサブmオーダの操作量算出精度が必要となることが多い。しかし,ファジィ制御をmあるいはサブmの精度が要求される高精度な制御に用いる場合は,メンバーシップ関数の設計方法が非常に重要となる。

 メンバーシップ関数の定義方法に,ニューロの学習則である最急降下法を適用する手法が提案されている。この場合,教示データには一意性(同じ入力値に対して異なる出力値を認めない)が求められるが,実際観測されるデータは様々なばらつきを持っている。しかし,ファジィ,ニューロ共に教示データのばらつきの扱い方に関して取り組んだ研究は無かった。

 また,ファジィを確率の一種として捉えることも可能であろうという見解は述べられているが,具体的な手法については事例が無い。

 本論文ではデータのばらつき具合をファジネスとして捉え,そのばらつきの確率密度関数に基づいてメンバーシップ関数を定義し(図1),このメンバーシップ関数を用いた確率型ファジィ推論を提案する。本論文ではさらに,ばらつきの原因についての定性的な知見をも考慮してメンバーシップ関数を定義し(累積グレードメンバーシップ関数,図2),より高精度な推論精度を得る手法を提案する。VTR磁気ヘッド調整を例に本手法の有用性を示した。

図1 確率型ファジィ推論メンバーシップ関数設定方法図2 累積グレードメンバーシップ関数による定性知見の考慮

 また データのばらつき具合である分散のみならず,その平均値までが変化する経時変化への対応に関しては,量産稼動時において得られる豊富な数の実稼動データに着目したファジィクラスタリング(Fuzzy k-means法)による自動適応学習方法(図3)を提案した。本論文では、エレベータガイドレール矯正を例に,数値シミュレーションと実験機による矯正実験により本手法の有用性を示した。

図3 ファジィクラスタリングによる経時変化への自動適応学習

 製品開発と同期したコンカレントな調整アルゴリズム開発[研究課題3)4)に対応]

 ファジィ制御は多入力非線形モデリングに有効であるが,多入力とはいえ現実的には3入力程度までであり,それ以上を扱うには組み合わせの爆発を生じてしまいモデリングは非常に困難になる。このような場合,特にその推論精度に大きな影響のあるメンバーシップ関数の定義は事実上人手では不可能となる。また従来,ニューロ学習則によるRBF(Radial Basis Function)型メンバーシップ関数を用いた学習方法が提案されている。しかし,これらの技術はローカルミニマム回避方法と学習率の設定方法が容易でなく,ファジィ,ニューロの専門家のみしか操作できなかった。また,入力変数である特徴量の選択は試行錯誤により行われており,特徴量候補を設定しては調整アルゴリズムを作成し,実験評価するという一連の手順を何回も繰り返し行わなければならなかった。しかし,多入力非線形モデリングの分かり難さから,計算モデルが不適切なのか特徴量の選択が悪いのかの要因分析が難しく膨大な開発期間を要していた。

 また,調整アルゴリズムのチューニングにおいては,その妥当性を評価するための調整試験を行う。しかし,新製品開発と同期して調整設備をコンカレントに開発する場合は試用できる調整対象製品数に限りがあり,十分な回数の調整試験を行うことができない。このため,その調整失敗が調整アルゴリズムの不備に起因するのか,あるいは,測定結果のばらつき,あるいは,操作量のばらつき(ねじのバッククラッシュ等)など再現性の無い誤差要因に起因するのかを切り分けて評価するのは非常に困難であった。

 そこで,本論文においては10入力あるいはそれ以上の多数の入力数に対応可能であり,ファジィ,ニューロ等の専門的な知識の無い人でも容易に操作可能であるファジィニューラルネットワークの構築法を提案する。ここで、ファジィニューラルネットワークとはニューラルネットワーク内の結合が工夫され、ファジィ推論との明確な対応を持つニューラルネットのことをいう。本ファジィニューラルネットワークでは学習率の自動設定機能,ローカルミニマムの自動回避方法,さらにはネットワーク規模の自動設定方法に新たな工夫がなされている。また,本ファジィニューラルネットワークの多入力を扱える特性を用いて,曖昧な波形をパターン認識するための特徴量を変数減少法により自動選択する入力変数自動選択方法を提案する。そして,作成後のアルゴリズムの妥当性を実機を用いずに評価するための仮想実験方法を提案する。また,これら提案の一連の調整アルゴリズム作成作業をコンピュータ上において統括して開発できる環境(図4)を開発した。本論文では,考案したファジィニューラルネットワークの詳細,及び,本設備を用いてVTRテープ走行系調整の調整アルゴリズムを開発しその有効性を実験により評価,実証した結果につき述べる。

図4 ファジィニューラルネットワーク調整アルゴリズム自動生成統合開発環境設備構成図
審査要旨

 本論文は,工場内の生産ラインにおける調整工程を対象とした,特に熟練を要する技術を自動化するためのファジィ理論を用いた調整アルゴリズムの開発手法についてまとめたものであり,6つの章から構成されている。

 第1章は「序論」であり,本研究の課題を示している。まず,調整工程では避けられない制御対象特性のばらつき具合と,ばらつきを含んだ特性の経時変化への対応が課題であることを示している。また,調整設備の早期開発の必要性を述べ,調整アルゴリズムを新製品開発と同期してコンカレントに開発を行うための調整アルゴリズム製作の容易化と,実製品が入手困難な状況下での調整アルゴリズムチューニングが課題であることを述べている。

 第2章は「熟練作業自動化の指標と本研究のアプローチ」と題し,自動化を行うのに適した熟練作業は,投資効果が得られ,評価基準が定義可能である作業であることを述べている。また,自動化を行うことによる質的な効果は,熟練技能情報を体系化することによる情報開示にあることを述べている。また,調整アルゴリズムには論理思考と直感,感性の融合が重要であり,ファジィ理論が適切であることを他手法との比較を交えて述べている。

 第3章は「確率型ファジィ推論による特性ばらつきの考慮」と題し,ファジィ理論による制御対象特性ばらつきの新たな処理手法を提案している。この確率型ファジィ推論は,ばらつき具合をファジィネスとして捉え,そのばらつきの確率密度関数に基づいてメンバーシップ関数を定義するものである。また,ばらつきの原因についての定性的な知見をも考慮してメンバーシップ関数を定義し(累積グレードメンバーシップ関数),より高精度な推論精度を得る手法を提案している。以上提案した手法を,調整対象の板厚のばらつき等によりスプリングバック量がばらつくため,従来高精度な塑性加工が困難であったVTR磁気ヘッド調整工程の自動化に適用し,その有効性を確認している。

 第4章は「ファジィクラスタリングによる経時変化への適応学習」と題し,ばらつきを含んだ特性の経時変化に対するファジィ理論による適応学習手法を提案している。本手法は,量産時に得られる豊富な数のデータをFuzzy k-means法によりクラスタリング処理することにより,膨大な量のばらつきを含んだデータから,その時々の平均的な特性変化を的確に捉え,経時変化に柔軟に対応することを可能としている。エレベータガイドレール自動矯正装置に本手法を適用し,その有効性の見通しを得た。

 第5章は「ファジィニューラルネットワークによるコンカレント調整アルゴリズム開発」と題し,調整アルゴリズム製作の容易化,及び,実製品が入手困難な状況下での調整アルゴリズムチューニングを解決するファジィニューラルネットワーク調整アルゴリズム自動生成統合開発環境を提案している。本開発環境を,製品寿命が短く設備の早期開発が必須であるVTRのテープ走行系調整アルゴリズムの開発に適用し,開発期間の大幅な短縮と,十分な調整精度を得られることを実験により確認し,その有効性を示している。

 第6章は「結論」であり,本研究で得られた一連の結果について総括している。

 以上を要するに,本論文は工学応用の観点から制御特性の不正確さと不確実さの許容手法と,調整アルゴリズムのコンカレント開発手法をファジィ理論に基づいて構築し,従来自動化の隘路工程であった熟練調整作業自動化の一手法を確立したもので,工学に貢献するところ大である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク