本論文は「高速低消費電力GaAsFET集積回路設計技術に関する研究」と題し、光ファイバー通信システムや超高周波無線通信システムに主として用いるGaAsFET集積回路の低消費電力化および高性能化に関する研究をまとめたのもで、6章より構成されている。 第1章は序論であって本研究の歴史的背景、シリコン集積回路技術との比較、光ファイバーシステムや無線システムでの要求条件を述べ、本論文の目的と意義を明らかにしている。 第2章は「低電圧駆動によるGaAsICの低消費電力化」と題し、GaAsヘテロ接合FETを用いたDCFL型回路が0.6V電圧駆動時にも高速性能を失わないことを実験および解析的に明らかにしている.まず低電圧駆動時のGaAsFETによるDCFL型回路の利点の遅延時間解析と消費電力解析を行い、シリコン微細MOS回路に比較して低電圧条件での優位性を示し、0.25umY型ゲートによる試作実験により実証している。さらにフリップフロップ回路について高周波において実際の条件に近い正弦波信号入力を仮定した動作解析を行い、FETの性能指数であるfTおよびfmaxと最大動作周波数、消費電力との関係等を明らかにし、実測値と比較し、よい一致を示すことを述べている。 第3章は「低電圧駆動GaAsICの設計及び実証」と題し、0.6V動作において10GHz以上で動作するフリップフロップTD-FFとQD-DFFを提案し、試作実験により実証している。まず従来型DCFL-DFFの低電圧動作での問題点を検討し、論理段数の低減、低電圧駆動時の駆動力確保、カップリング雑音の抑制、信号反射の抑制等が重要であることを明らかにし、3状態回路によるフリップフロップ(TD-FF)を提案している。試作実験により2Vから0.6Vに電源電圧を低下することで消費電力がl/6に減少し、さらに0.3Vでも2GHz/2mW動作が実現できることを示している。またクリティカルパスの段数をさらに低減するため擬似作動スイッチ型フリップフロップ(QD-FF)を提案し、試作実験により0.6V電圧動作で10GHz/2.8mW、0.5V電圧動作では8GHz/2mWが達成できることを示している。さらにQD-FFを用いて256/258分周器を作成し、従来の1/100の消費電力である14.5GHz/22mWを実現したことを述べている。 第4章は「低電圧駆動GaAsICの温度変動補償」と題し、低電圧動作で重要性が増してきている温度変動に対する雑音余裕度確保のための手法について述べている。まずDCFL型回路の雑音余裕度と遅延時間の温度依存性を解析し、プルアップFETとプルダウンFETの比率設計だけでは高速性を維持したまま雑音余裕度を維持できないこと、温度変化は遅延時間にはあまり影響せず、主として雑音余裕度に影響を与えることを明らかにしている。そこで従来の基板バイアス制御法であるFETのしきい電圧Vr制御法を改良し、演算増幅回路を用いてインバータ回路のゲインが-1となる電圧VNLを一定にすることを考案し、実験的にその有効性を示している。さらにこの手法を回路設計に応用するために回路シミュレータSPICEのモデルの修正を行い、実験結果とシミュレーション結果がよい一致を見せることを示している。 第5章は「統計的変動に対するGaAsIC低消費電力化への対応」と題し、1段で複合ゲートが構成できるSCFL型フリップフロップ(SCFL-DFF)について素子特性の統計的変動が及ぼす動作速度と消費電力に対する影響を解析的に明らかにし、その対策を述べている。まずSCFL-DFFの正弦波信号入力に対する動作解析式を導出し、しきい電圧の分散と消費電力特性、最大動作周波数特性との関係を明らかにし、実測値とよく一致することを述べている。また素子変動を考慮した回路設計の例として光通信用プリアンプ回路を取り上げ、カスコード接統SCFL回路と信号レベル積分型参照電圧発生回路の組み合わせにより信号レベル変動とともに素子変動に対して高い耐性を持つ回路が実現できることを示している。この回路はトランスインピーダンス利得が52dBで消費電力が370mWの最小消費電力の記録を実現している。 第6章は結論あり本論文の成果をまとめるとともに、今後の課題と将来展望を述べている。 以上要するに、本論文は光ファイバー通信用および無線通信用のGaAsFET集積回路の低電圧化、低消費電力化および高速化のための回路設計手法の研究と新規回路方式の提案を行ったもので、試作実験をとおして具体的にこれらの有効性を実証し従来手法にくらべて大きな性能改善を実現したもので電子工学の発展に貢献するところが少なくない。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |