光通信の高速広帯域化は、それによる電話綱のコストダウンと近年のマルチメディア通信の台頭からの要請を受けて加速度的に進み、現実的な電子デバイスの限界速度との攻めぎあいを招きつつある。こうした動きの中で、従来の路線を踏襲し電子デバイスの高速化によって光通信の高速化を達成しようとする方向は依然として積極的に検討されてはいるものの、その電子的な限界を指摘する声も多い。このような中で、受信システムの中に光領域での処理を導入し電子デバイスへの負担を軽減する手法が精力的に探索されつつある。速度的なボトルネックになっている電子回路の性能向上を期待することなく、その前段階での超高速な光信号処理を導入すれば、処理速度の飛躍的な向上が期待できるからである。 本論文では後者のアプローチの一つとして、コヒーレント相関の検出による波形同定の原理を用いた新しい光受信システムを提案する。まず、短パルスを局発光(参照光)とし、それと信号光とのコヒーレント相互相関を観測することによる超高速波形の受信の原理を明らかにし、続いてその原理を光通信システムに適用するための受信装置構成法(光DEMUX装置構成法:図1)を明らかにする。本手法によれば、受信ビットレートを制限するものは局発光のパルス幅のみであり、その他のいかなる物理現象も関与しないことが特徴の一つである。また、その動作に必要な光パワーも非線形効果を駆動するような高速スイッチングを用いる場合と比べて非常に小さくてすむ。理論的な検討を通じて、必要な局発光レーザの周波数安定性、ファイバ伝搬時の信号光のスペクトル変化、隣接チャネルからのクロストークなどの影響を評価し、本手法が光伝送システムの中で十分に適用可能であることを示した。実験では、提案手法の25Gb/sにおける動作を確認し受信動作をほぼエラーフリーで確認した。 図1 コヒーレント相互相関計を用いた光信号DEMUX装置の構成 次に、このようなコヒーレント相互相関の検出の考え方をもとにして、更に空間軸を有効に用いた構成を考えることにより、一定時間長を持つ光セルを受信する構成(角度多重スペクトル干渉法:図2)を提案する。 図2 角度多重スペクトル多重干渉法による高速光信号受信のための原理と構成 角度多重スペクトル干渉法では、光セルの観測を以下のような手続きによって行う。即ち、信号光と局発光はともにスペクトル成分に分解され、その各々のスペクトル成分同士は他の成分とは異なる角度で交差し、フォトデテクタアレイ上には各スペクトル成分同士が特定の空間周期の干渉縞を形成し、それらが合成されることになる。このようにして得られた干渉波形の特定の周期成分の振幅は、信号光と局発光の対応する複素スペクトル成分の積となっている。 もしも局発光の波形が何らかの別の方法によって同定されており既知であるならば、この合成干渉波形のそれぞれの周期成分を分析し、既知局発光のスペクトル成分で割り戻すことによって信号光波形が再構築できるはずであり、このことは本手法が非線形効果を必要としない、即ち低いパワーレベルの高速単一現象の分析に応用ができることを示唆している。更に本論文で検討されるもう一つの方向は、局発光の波形と各スペクトルの入射角度を適当に選んでやることによって、得られる合成干渉縞の波形を信号光の時間波形と相似なものにすることができる、と言うことである。このとこは、とりもなおさず本手法が高速光セルの時間-空間変換に利用できることを意味している。実験では、参照光波形が既知として与えられた場合に観測結果から信号光波形が正しく求められることを示すと同時に、参照光としてフーリエ変換限界にある短パルスを用いることによって信号光波形の時間-空間変換(時系列-並列変換)が達成できることを示す。 以上に示したコヒーレントな相互相関の結果をホログラム媒体に記録すれば、超高速な時間波形の記録再生を行うことができる。図3にそのための構成を提案する。時間波形の記録に必要な多周波数成分を持つ参照光を音響光学効果による周波数シフトと偏向効果を活用して形成した。前節で検討した角度多重スペクトル干渉計をベースとして、信号光のスペクトル成分を体積ホログラム中に角度多重する事によって、ホログラム自体を信号再生時のスペクトル成分の合成手段として用いることにより、光時間波形信号をフォトリフラクティブ結晶に記録再生することに成功した。 図3 角度多重体積ホログラムを原理とする光セルメモリの構成法複数の周波数を持つ参照光は、音響光学偏向素子(AOD)を用いて発生することができる。即ち、AODはセル時間長の逆襲に相当する周波数fの整数倍の周波数を含むrf信号で駆動される。 図4はその結果である。図4(a)、(b)、(c)は、それぞれ(1000)、(1010)、(1100)なるデータ列に対する結果であり、いずれの場合も再生された信号波形は元の波形に相似していることが見て取れる。興味あるもう一つの現象は、再生された信号のrfスペクトルを元の信号のそれと比較することによって見ることができる。元信号は、周期20nsの繰り返し信号であるために、そのスペクトルは50MHzの整数倍の成分を含んでいる。一方、再生された信号のスペクトルは100MHz以下の領域で元信号のスペクトルを忠実に再現しているが、それ以上の高調波成分は全く含まない。ここに示した方法によれば、記録することができる光信号の速度はホログラムの応答速度とは無関係であり、ただ参照光のスペクトル帯域によって制約されるのみであり、非常に高速な信号の記録再生に適用できることを示した。 図4 記録された信号光の元時間波形(左)と再生された波形(右)(a)符号(1000)、(b)符号(1010)、(c)符号(1100)に対する元信号光波形と再生波形。それぞれの時間波形の下にはそのrfスペクトルがあわせて示されている。 本論文の1つの意義は、線形な検出器のみを使ったコヒーレント相互相関の検出を利用して受信回路の前段での光信号処理を行うという、新しいアプローチを光通信技術の分野に提供したことにある。その手法の極限的な時間分解能は、ただ局発光の有する帯域(パルス幅)で決まり、他の物理現象の速度による制限を全く受けない。従ってその適用領域のポテンシャルは優にフェムト秒領域に到達せしめることができるばかりでなく、その恩恵を高いエネルギー効率を保持したまま受けることができる、と言う点に本研究のモチーフは存在する。本研究では、そうした新しいアプローチを具現化するための基本構成を明らかにし、光通信システムの中での適用性を確認すると同時に基礎的な実験を通じてその動作を確認することができた。 |