学位論文要旨



No 214140
著者(漢字) 堀江,英明
著者(英字)
著者(カナ) ホリエ,ヒデアキ
標題(和) 高性能電気自動車用電池の開発と評価
標題(洋)
報告番号 214140
報告番号 乙14140
学位授与日 1999.01.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14140号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石谷,久
 東京大学 教授 藤田,和男
 東京大学 教授 山田,興一
 東京大学 教授 宮田,秀明
 東京大学 助教授 松橋,隆治
内容要旨

 環境・エネルギー問題等を背景に、電気自動車の研究・開発が進められているが、電気自動車普及の大きな課題の一つは電池に関するものである。従来より、電池系材料あるいは単電池に関しての研究・開発は、長らく検討が行われてきた。しかしながら単電池の性能が向上するほど、その個々の性能を最大限引き出すため、新たな組電池システム技術の創出が要求されると考えられる。これら単電池と組電池をつなぐシステム構築の観点からの課題の摘出と分析は、供試できる高性能電池が最近まで存在しなかったこともあり、実質的な検討が進められる機会はほとんど無かったと言える。本開発では、電気自動車用高性能電池システムの構築を目指し、現状の課題抽出とその解決の観点から、開発の過程で実際に幾つかの電池系を試作し、システムコンセプトの構成検討と構築を行った。

 第2章において自動車の現状に関して概観を行った。自動車の増加は経済の発展と共に進み、今後経済的先進国以外の国にも急激に進むと予想される。自動車のエネルギー利用効率は従来高くはなく、多量のエネルギー消費を発生させる。これは石油燃料を中心としたエネルギー需要の逼迫、CO2による地球温暖化、都市空質環境の悪化等の点で大きな影響を及ぼすと考えられる。

 第3章においては電池の課題に関して論じた。従来よりエネルギー密度の向上、電池のエネルギー効率等が論じられてきたが、さらに、電池の出力密度向上及び高充電受入性の可能性、電池発熱と放熱をバランスさせる熱マネジメント、組電池状態での寿命向上とそれを評価するための組電池の解析装置・評価手法の構築、エレクトロニクスを適用しての制御性の成立検討を基礎課題として抽出した。

 第4章では出力向上に関して検討した。電池の内部抵抗が低減されれば、出力密度・電池の充電受入性は向上し、また電池内部での発熱が抑えられる。一般的にPb-Acid電池、Ni-Cd電池が約200W/kgに対して、Ni-MH電池が300W/kg、Li-Ion電池が600W/kg程度の出力密度を有する。イオン拡散が律速であればその拡散距離を縮めることで、出力密度の大幅向上を期待できる。従来リチウム電池は有機溶媒を用いるため出力が取り出せないと言われてきたが、Li-Ion電池等のインターカレーションを用いる電池では、現状値に対してさらに数倍以上の出力密度向上の可能性(図1)があるとの結果が得られた。

<図1 出力密度の向上>

 第5章では熱に関する検討を行った。出力増加により、ジュール発熱による温度上昇も拡大する。走行での発熱量を評価するため、熱力学値から反応熱算出を行い、これを基にLA4走行モードで電池の温度上昇の数値計算を行った。内部抵抗を現在の技術で可能なレベルまで下げておけば、電池の幾何学的構成等を最適化することで許容温度以下に組電池温度を保つことができると考えられる。また、特に水溶液系電池において、充電反応と酸素発生反応の2経路へ流れ込む電流値が、充電状態と温度の違いでどのように変化するかを数値計算を基に考察した。組電池において、熱の不均衡に起因するセル間の状態ばらつきと充電制御との不整合により、充電挙動に不安定な要素が発生し得る。電池容量が大きくなると、内部と外部で電池の温度差ができ、この温度との相互作用により、内部抵抗、開放電圧、反応性の相関により、上記挙動不安定性が拡大する場合が有り得る。特に大型電池において、制御法によっては充電が適切に止まらず、場合により熱的発散を起こす可能性もあることが数値計算(図2)より明らかになった。

<図2 平衡温度温度の収束性(大型電池と小型電池)>

 第6章は組電池の解析装置・評価手法と寿命向上技術の構築を図った。電気自動車用途においては、セル数は100-300セル程度を直列にして用いる。組電池状態で各セル容量にばらつきは発生せず、長期的な使用においても系が常に収束することが、性能維持・寿命確保の観点から必要である。組電池での評価を目的として、大型充放電装置を試作し、同時に組電池を構成するセルの挙動解析のため、セル状態検出装置の開発も行った。このセル状態検出装置は、実験上十分な精度と時間分解能を有し、オンラインで組内のセル状態のデータ取得を行い、セル状態を監視する。従来型の密閉型水溶液系電池に関して、充放電における組電池の状態を解析したところ、制御方法によっては放電末期でセルの電圧差は大きくなり、一部過放電(転極)状態のセルが生じていることを見い出した。

<図3 (a)評価装置 (b)組電池と単電池の寿命傾向 (c)モジュール電池の電圧の差>

 さらに簡易的な電池モデルを立て数値計算による解析を行った。過放電のみが劣化の原因とおくと、ある一定値において組電池の容量減少の進行は止まる可能性がある。この場合でも低温においては、顕著な容量低下を生じる可能性がある。また過放電及び充電不足によりそれぞれセルの劣化(及び内部抵抗増加)が起こるとすると、加速度的に電池の容量劣化が進行する可能性が見いだされた。また、初期容量差の違いで劣化進度に大きな差がでる可能性もあるとの結果が、数値計算より得られた。また水溶液系の組電池における、充電時の電圧と電流のばらつきの計算も行った(図4)。

<図4 水溶液系での電圧と電流のばらつき>

 第7章は組電池に対するエレクトロニクス技術に関して検討した。電気自動車用電源に用いるためには、組電池として常に各セルを良好な状態に保つための適切な制御を必要とする。電圧による充電状態検知において、変動要因は、(i)電圧変動(検出誤差、温度・履歴等の電池変動要因)、(ii)電圧変化に対するDOD変化率により規定される。各放電率での開放電圧を基に考察すると、Ni-Cd電池、Ni-MH電池等のアルカリ系電池においては、電圧変動に対して充電状態検出精度は低い。これに対してLi-Ion電池は電圧変動に対する充電状態検出精度は高い。回路の電源部はセル自身を用いまた余分な配線を略することにより信頼性を向上できる。上記検討を経て、電池と回路の統合が可能であることが明らかになった。

 第8章は水溶液系の超急速充電型電池に関する検討である。Pb-Acid電池とNiCd電池を基に、充電時間を短縮する超急速充電型電池の開発と評価を行った。6分間で40%の充電を行うことを目標においた。さらに車両搭載に当たって組電池での熱マネジメントを検討した。実験研究車両による評価によれば課題としては、充電において電流値が大きく抵抗成分による電圧上昇も発生し、充電末期付近で厳密な電圧制御を要する。また放電末期の内部抵抗の増加により温度上昇が大きくなり、温度ばらつきも拡大した。

 第9章ではLi-Ion電池の電気自動車への適用検討を行った。Li-Ion電池は非水溶液系電池であり、水溶液系に存在する密閉化反応を伴わないことから、組電池での挙動は従来の水溶液系の電池とは大きく異なったものとなる。水溶液系で存在した密閉化反応を、第7章で述べた小型回路により代替可能なことを実証した。それらを基に、Li-Ion電池の大型化、及び各セル充電状態管理機構を持つ組電池のシステムの具体的な試作・評価を行った。エネルギー密度は100Wh/kg(モジュール換算)、出力密度は300W/kg (モジュール換算、DOD80%)を達成した。これは例えば鉛電池と比較して約3倍、アルカリ系電池に対し約2-1.5倍のエネルギー密度である。エネルギー効率も90%以上を達成した。

 また、組電池寿命も単電池と同等の寿命を有することを実験により確認し、セル容量バランスの観点から組状態で安定性の高いシステムであることを確認した(図5)。

<図5 (a)回路構成 (b)各セルの電圧分布 (c)標準偏差の変化>

 第10章では高出力密度型Li-Ion電池の検討を行った。第4章で説明の通り、Li-Ion電池系を基に改良を加えることで、従来の電池系での値を大幅に超える極めて高い出力密度の可能性がある。試作した高出力型Li-Ion電池に関し、DOD0%(4.2V満充電)にて1740W/kg程度の放電出力特性を得た(図6)。Li-Ion.電池系はクーロン効率は100%であり、高いエネルギー効率を有する。発熱量は小さく、かつ高い放熱性を有する。ハードカーボン適用により頻繁な充放電を行った後も電圧からDODを精度良く検知が可能である。また組電池においてセル容量がばらつかず高い系の安定性を有することを明らかにした。以上の通り、Li-Ion電池系は電気自動車あるいはハイブリッド型電気自動車適用において、従来のシステムをはるかに超えた高いポテンシャルを有すると考えられる。

<図6 (a)出力密度 (b)クーロン効率 (c)エネルギー効率>

 第11章では、新型高性能二次電池を電気自動車に用いることの社会的効果・影響に関して検討し、特にエネルギー削減、排気削減、電池資源量に関し簡単な検討を行った。Li-Ion電池においては、クーロン効率は100%であり、また高出力化に向かうほど、充放電におけるエネルギー損失を低く抑えられ、電池の充放電効率を90%以上まで引き上げることができる。試算では、従来のガソリン自動車は向上代を見込んでエネルギー効率15.7%程度に対し、電気自動車の効率は20.3%程度まで引き上げられる。またCO2関して抑制効果が期待できるとの結果を得た。電池の資源に関しては、コバルト使用量の低減が今後求められる。

審査要旨

 本研究は電気自動車普及の大きな課題の一つである電気自動車用高性能電池システムの実用化を目指して,その基礎的な検討と自動車搭載の際に考慮すべき種々の課題とその解決法について論じたもので,併せてこれらの高性能電池実現によりエネルギー資源の観点からみた効果,影響などを分析したものである.近年,電気自動車開発の加速により電池材料,並びに単電池の研究・開発は著しく進んだ反面,大容量,活性化した電池の安全性,最適システム化などその性能を最大限引き出すため,組電池システム技術が必要となった.本研究では高性能組電池システムを試作,評価してその実用性,技術的可能性を実証した.

 まず第1章はこれらの研究の概要と目的を述べ,続いて第2章において自動車利用の現状と課題を概観し,電気自動車等の高効率化と脱石油燃料等,抜本的な技術的解決の必要性を示した.

 第3章では自動車利用の観点から電池の現状技術とその課題を示した.従来,エネルギー密度,効率向上が論じられてきたが,更に電池の出力密度向上,熱マネジメント,組電池状態での寿命向上とそれを評価するための解析装置・評価手法の構築,システムとしての制御性の確立を基礎課題として抽出した.

 第4章はこの内,エネルギー回生に影響の大きな出力向上に関して,特に現在,既に大出力のLi-Ion電池に焦点をあててその可能性を検討した.有機溶媒を用いるリチウム電池はイオン拡散の拡散距離を縮めることで内抵抗の低減,従って出力密度の大幅向上を期待できる.この概念に基づき,Li-Ion電池等のインターカレーションを用いる電池では,現状値に対してさらに数倍以上の出力密度向上の可能性があることを示した.

 第5章では出力増加に伴うジュール発熱による温度上昇のメカニズムを検討した.熱力学値から反応熱算出を行い,これを基に代表的な走行モードで電池の温度上昇の数値計算を行い,水溶液系電池における充電反応と酸素発生反応の変化を考察した.この結果,組電池内の熱の不均衡と充電制御との不整合による充電挙動の不安定性,特に電池の内外温度差によるその拡大可能性を示した.更に大型電池の熱的発散の可能性も示された.

 第6章では組電池の解析装置・評価手法と寿命向上技術の検討を行った.電気自動車では直列に用いる各セル容量のばらつきを押さえて長期使用後も安定な系が必要なので,組電池評価のため大型充放電装置を試作し,同時にセル状態検出装置の開発も行った.この装置により従来の密閉型水溶液系電池の充放電における組電池の状態を解析し,制御方法によっては放電末期のセルの電圧差が増大して一部過放電(転極)状態となることを示した.

 第7章以降はこれらの基礎的な検討に基く実用的な電池の制御システムの検討並びに実証試験の結果を示す.まず7章では組電池に対するエレクトロニクス技術に関して検討した.Li-Ion電池は電圧変動による充電状態検出精度が高く,セル自身を用いた高い精度のDOD制御が可能であり,システムも簡略化されて信頼性も向上するので,電池と回路の統合が可能であることを示した.

 第8章では充電時間を短縮する超急速充電型電池に関する検討を行った.Pb-Acid電池とNiCd電池を対象に車両搭載用組電池の熱マネジメントを検討し,実験車両による評価から充電時の電圧上昇と放電末期の温度上昇のばらつきの拡大を示した.

 第9章ではLi-Ion電池の電気自動車への適用検討を行った.非水溶液系電池であるLi-Ion電池は密閉化反応を伴わないが,これを第7章に示す小型回路で代替可能なことを実証した.そして大型Li-Ion電池,及び各セル充電状態管理機構を持つ組電池システムの具体的な試作・評価を行い,エネルギー密度,100Wh/kg,出力密度は300W/kg,エネルギー効率も90%以上を達成した.また単電池と同等の組電池寿命を有し,安定性の高いシステムであることを確認した.

 第10章では高出力密度型Li-Ion電池の試作,検討を行い,満充電にて1740W/kg程度の放電出力特性を得た.試作電池はクーロン効率100%で高いエネルギー効率を有し,発熱量も小さく,かつ高い放熱性を有する.ハードカーボン適用により頻繁な充放電後も電圧からDODを精度良く検知可能であって,また組電池としても均一,安定であることを確認した.以上からLi-Ion電池系が電気自動車用途に高いポテンシャルを有することを実証した.

 第11章では,新型高性能二次電池を電気自動車に用いることの社会的効果・影響に関して検討し,特にエネルギー削減,排気削減,電池資源量に関し簡単な検討を行った.提案された電池により,総合効率を20.3%程度まで引き上げられ,CO2抑制効果が期待できるとの結果を得た.他方で電池材料の資源制約としてコバルト使用量の低減が求められることを示した.

 以上の論旨より,本論文ではクリーン,高効率自動車として期待される電気自動車の実用に当たって最大の課題である大出力,大容量電池を実現するためLi-Ion電池の基礎的特性を明らかにした上で,安全性,信頼性,性能面で実用に耐える組電池システムを提案,実証試験によりその性能を確認した.提案されたシステムは電気自動車用電池としての要求に十分耐える性能を有し,今後の省エネルギー,或いは環境改善に資するものと期待でき,この成果は地球システム工学の発展に大きく寄与するものと認められる.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク