学位論文要旨



No 214141
著者(漢字) 長崎,千裕
著者(英字)
著者(カナ) ナガサキ,チヒロ
標題(和) 炭素鋼の熱間加工温度域における延性に関する研究
標題(洋)
報告番号 214141
報告番号 乙14141
学位授与日 1999.01.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14141号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴田,浩司
 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 伊藤,邦夫
 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 教授 相澤,龍彦
内容要旨

 本論文は、炭素鋼の熱間加工温度域に相当するオーステナイト・フェライト2相域とオーステナイト温度域において、10-3s-1から200s-1までの広範囲なひずみ速度での延性について系統的に調査したものである。

 第1章では、炭素鋼の高温延性を調査する意義、従来の研究で得られている知見および本論文の研究目的を述べている。

 炭素鋼の高温延性に関する従来の研究において、オーステナイト・フェライト2相域からオーステナイト温度域では各鋼種で粒界脆化が確認され、その脆化機構がいくつか提案されてきた。しかし、従来は温度や加工速度条件を網羅されていない研究や析出物の影響を中心に考察した研究が多く、脆化要因が十分に整理されたとは言いがたい。本論文では、鋼の基本的鋼種である炭素鋼を取り上げ、含有成分を制御することによって、可能なかぎり広範囲なひずみ速度で調査し、延性脆性の要因を明らかにすることを目的にした。また普通鋼スクラップの再利用を促進させる観点から、スクラップに含まれる不純物元素が高温延性に及ぼす影響についても調査した。

 第2章では、低炭素鋼連続鋳造スラブのホットダイレクトローリングを想定し、オーステナイト温度域における200s-1までのひずみ速度での高温延性を調査し、延性に及ぼすマンガンといおうの影響を検討している。

 低炭素鋼は溶体化処理温度が高くなるとともに延性が低下し、1680Kで溶体化処理後オーステナイト低温域で試験するときに最も脆化する。この脆化は、1680Kで溶体化処理中に固溶し粒界に拡散したいおうが、溶体化処理温度からの冷却による固溶度の減少にともない、粒界にFeSとして微細析出することに起因する。この微細析出したFeSとマトリックスとの非整合により加工時に生じたボイドが連結しマイクロクラックが生成する。この粒界脆化は広範囲なひずみ速度で生じているが、粒界破壊の形態はひずみ速度によって異なる。高ひずみ速度では、変形速度の寄与が粒界クラックの進展速度に比べて無視できない速さになるため、粒内変形を伴う粒界ディンプル破壊になる。一方、低ひずみ速度では、変形速度が粒界クラックの進展速度に比べて無視できるほど遅いため、粒内変形をほとんど伴わずに破断した粒界はく離破壊になる。クラック進展に要するエネルギーは、破壊力学に基づく解析により、3.45J/m2と計算される。どちらの破壊形態においても、粒界近傍にPFZは存在しない。

 この温度域の脆化は、マンガンといおう含有量に依存する。いおう量が10ppm以下に減少すると、オーステナイト低温域での脆化は生じない。いおう量が30ppm以上のときには[Mn・mass%]/[S・mass%]2が40以上、いおう量が100ppm以上のときには[Mn・mass%]2/[S・mass%]が1.6以上であれば脆化が生じない。

 マンガン添加鋼を1680Kで溶体化処理後1180Kで試験するときに冷却途上の1380K付近で保定すると延性が向上する。これは、保定時において析出物中へのマンガンの粒界拡散によりFeSが鉄とマンガンを含む硫化物に変化するとともに、粗大化することによる。

 第3章では、炭素量が0.05%から0.63%までの炭素鋼において、オーステナイト・フェライト2相域およびオーステナイト低温域における高温延性を調査し、主として10-2s-1という低ひずみ速度で生じる脆化機構を検討している。

 通常成分の炭素鋼では、オーステナイト・フェライト2相域において低ひずみ速度でオーステナイト粒界破壊により延性が低下する。この脆化は、粒界に偏析した不純物や微細析出物が粒界移動を抑制する場合には、低速度変形により転位が集積したオーステナイト粒界を挟む結晶粒で生じたひずみの非整合が空孔の粒界への拡散により緩和されるために生じる。この空孔が集合して生成したマイクロボイドの合体によりクラックが形成される。マンガンやいおうは粒界移動を抑制するとともに、再結晶温度を上昇させ、2相域での延性を低下させる。一方、マンガンやいおうがともに微量な鋼は2相域でも延性が低下しない。

 ひずみ速度が速いときにはこのタイプの脆化は起こらない。オーステナイト温度域で高温になるとともに動的再結晶が促進されて延性が向上する。また、オーステナイト・フェライト2相域やフェライト域では、フェライトが粒界もしくは粒内に大量に生成すると延性が向上する。

 第4章では、極低炭素鋼および0.2%炭素鋼において、スクラップに含まれる不純物成分である銅およびすずが高温延性に及ぼす影響を調査している。

 高純度化した極低炭素鋼では、銅およびすずを複合添加しても、オーステナイト低温域における延性低下はほとんどない。

 0.2%炭素鋼では、銅添加はフェライト生成域において低ひずみ速度でやや低下させるのみであるが、すず添加はオーステナイト低温域において低ひずみ速度での延性を低下させる。これは、銅が粒界偏析しないため粒界移動を阻害しないことに対して、すずが粒界偏析し粒界移動を抑制することが原因である。この脆化は、第3章で述べた機構と同様に、粒界偏析したすずが粒界移動を抑制したときのオーステナイト粒界への転位の集積によって生じる。

 極低炭素鋼、0.2%炭素鋼とも、いおう添加は、銅添加に関係なくオーステナイト低温域で延性を低下させる。この脆化は、第2章で述べた機構と同様に、いおうの粒界偏析にともなう粒界へのFeSの微細析出が原因である。

 第5章では、第2章から第4章までの結果にもとづき、炭素鋼のオーステナイト・フェライト2相域からオーステナイト温度域にかけての高温延性について総括し、今後の課題を述べている。

 炭素鋼のオーステナイト・フェライト2相域からオーステナイト温度域にかけて生じる脆化は、(1)いおうを含む鋼においてオーステナイト温度域で見られる、いおうの粒界偏析にともなうFeSの粒界微細析出による脆化と、(2)オーステナイト・フェライト2相域の高温域からオーステナイト低温域において見られる、すずなどの不純物元素の粒界偏析がもたらす粒界移動の抑制によって生じる脆化の2つにまとめられる。

 したがって、炭化物や窒化物を含まない鋼では、フェライト生成域で粒界偏析によって脆化し、いおうを含有量が多くなると粒界微細析出により広範囲なオーステナイト温度域で脆化が生じる。

審査要旨

 本論文は、炭素鋼の熱間加工温度域に相当するオーステナイト・フェライト2相域とオーステナイト域における、10-3s-1から200s-1までの広範囲なひずみ速度での延性とその低下の理由について詳細に検討し、成果をまとめたものである。

 第1章では、炭素鋼の高温延性について検討することの意義、従来の研究で得られている知見および本論文の研究目的を述べている。

 第2章では、低炭素鋼連続鋳造スラブの熱間直接圧延を想定し、オーステナイト温度域における200s-1までのひずみ速度での高温延性を調査し、延性に及ぼすマンガンといおうの影響を検討している。その結果、溶体化処理温度が高くなるとともにオーステナイト低温域での延性が低下するが、これは、高い温度での溶体化処理中に固溶し粒界に拡散したいおうが、冷却による固溶度の減少にともない粒界にFeSとして微細析出し、加工時にき裂を生じやすくするためであることを示している。また、この粒界脆化は広範囲なひずみ速度で生じるが、破壊の形態はひずみ速度によって異なり、高ひずみ速度では粒内変形を伴う粒界ディンプル破壊になり、低ひずみ速度では粒内変形をほとんど伴わずに破断する粒界はく離破壊になることを示し、その理由を考察している。さらに、このオーステナイト低温域での脆化は、マンガンといおう含有量にも依存し、いおう量が10ppm以下に減少すると生じないこと、いおう量が30ppm以上、100ppm未満のときには[Mn%]/[S%]2が40以上、いおう量が100ppm以上のときには[Mn%]2/[S%]が1.6以上であれば脆化は生じないこと、マンガン添加鋼を溶体化処理後冷却途中の温度に保持してから加工すると、マンガンの粒界拡散によりFeSが鉄とマンガンを含む硫化物に変化するとともに粗大化するので、延性が向上することなどを見出している(含有量はmass%、mass ppmである)。

 第3章では、炭素量が0.05%から0.63%までの炭素鋼において、オーステナイト・フェライト2相域およびオーステナイト低温域における延性を調査し、主として10-2s-1という低ひずみ速度で生じる延性低下の理由について検討している。その結果、オーステナイト・フェライト2相域において低ひずみ速度でオーステナイト粒界破壊により延性が低下するのは、フェライト相に歪みが集中するとか、結晶粒界に沿って無析出帯が生じるなどの従来提唱されている理由ではないことを明らかにしている。あわせて、延性低下の理由として、不純物の粒界偏析、微細析出物などにより結晶粒界が移動しにくくなると、オーステナイト粒界に生じたひずみを緩和するために空孔が結晶粒界近傍に集合してマイクロボイドを生成し、それらが合体してき裂となるとする考えを提唱している。

 第4章では、極低炭素鋼および0.2%炭素鋼において、高温延性に及ぼすスクラップ起因不純物元素銅およびすずの影響を、銅量、すず量が各々1.0%、0.2%までの範囲で検討している。その結果、0.2%炭素鋼では、銅はフェライト生成域において低ひずみ速度で延性をわずか低下させるのみであるが、すずはこの温度域において低ひずみ速度での延性を大きく低下させること、極低炭素鋼では、銅およびすずを各々0.5%、0.08%まで複合添加してもオーステナイト低温域における延性低下はほとんどないこと、極低炭素鋼、0.2%炭素鋼ともいおうは40ppmでも、銅添加に関係なくオーステナイト低温域での延性を低下させることなどを明らかにしている。また、いおうによる延性低下の理由について考察し、第2章で述べた機構と同様、いおうの粒界偏析にともない微細なFeSが粒界析出するためであるとしている。

 第5章は、本論文の結論である。

 本論文は、鋼の熱間圧延における延性低下の理由を明らかにし、延性向上の指針を示したもので、金属工学に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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