学位論文要旨



No 214142
著者(漢字) 鬘谷,要
著者(英字)
著者(カナ) カツラヤ,カナメ
標題(和) 硫酸化アルキルオリゴ糖の合成と抗エイズウイルス活性
標題(洋)
報告番号 214142
報告番号 乙14142
学位授与日 1999.01.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14142号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 瓜生,敏之
 東京大学 教授 干鯛,眞信
 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 教授 小宮山,真
 東京大学 助教授 溝部,裕司
内容要旨

 本論文は新しい抗エイズウイルス剤の開発を最終的な目標として、一貫して抗エイズウイルス活性を持つ硫酸化アルキルオリゴ糖の合成と基礎的性質の解明についてまとめたものである。高い抗エイズウイルス活性を有する硫酸化アルキルオリゴ糖の分子設計と、中分子量を持つオリゴ糖を出発原料とする新しいオリゴ糖化学の確立、構造活性相関の詳細な解析による構造の最適化により、学術的に有用な多くの知見を得ると共に、本化合物の優れた新規薬剤としての可能性が示されている。また分子構造や作用メカニズムのNMRを用いた解明により、生体高分子の構造や相互作用についても言及している。

 本論文では、これらの内容が8章にわたって記述されている。第1章序論では、まずヒト免疫不全ウイルス(HIV)の構造、ライフサイクルおよび感染の詳細な機構について述べ、次にエイズ治療の臨床の場に供されている核酸系逆転写酵素阻害剤や、新たに臨床に用いられ始めたプロテアーゼインヒビターなどの、作用機序と臨床効果について述べられている。更に、本研究の直接の背景となった硫酸化多糖の高い抗HIV活性と克服すべき問題点について述べ、硫酸化アルキルオリゴ糖の着想された経緯を示している。

 第2章では、抗HIV剤としての長鎖アルキル基を還元末端に持つ硫酸化アルキルオリゴ糖の分子設計と、最初に作られた硫酸化アルキルオリゴ糖の持つ高い抗HIV活性について述べられている。中でも硫酸化オクタデシルマルトヘキサオシド、硫酸化ドデシルラミナリペンタオシド、硫酸化ドデシルラミナリオリゴ糖等の硫酸化アルキルオリゴ糖は、MT-4細胞とアメリカ型HIV-1を用いたin vitroの評価において、50%感染阻害活性値(EC50)が0.4〜0.7g/mlという高活性を示すことが見出された。この硫酸化アルキルオリゴ糖の抗エイズウイルス活性は、特に優れた活性を示す多糖硫酸化物であるカードラン硫酸のEC50値(0.43g/ml)に匹敵するものである。これらの薬剤はまたアフリカ型HIV-2や、アジドチミジン(AZT)耐性HIV-1に対しても十分に有効であることが示されている。

 第3章では、第2章において有用性の確認された硫酸化アルキルオリゴ糖の新規合成方法の確立について述べられている。オリゴ糖の還元末端の1位にアルキル基を導入したアルキルオリゴ糖を初めて比較的高い収率で合成できた。すなわち、オリゴ糖をパーアセテートの形にし、ルイス酸を用いて種々の長鎖アルキルアルコールと反応させ、配糖体へと導いた。このグリコシル化反応においては、体と体のオリゴ糖パーアセテートでは著しく反応性が異なり、体からのみ目的グリコシル化物が生成することを示した上で、酢酸ナトリウムまたは酢酸カリウムを、無水酢酸還流条件で用いることにより、オリゴ糖鎖でアセチル化体が優先して生成する事を見出した。糖鎖間の結合安定性の観点から、オリゴ糖鎖のグリコシル化反応では糖鎖の構造により適切な触媒を選択する必要性があり、(1→3)-結合を持つラミナリオリゴ糖骨格には塩化スズ(IX)が、(1→4)-結合を持つマルトオリゴ糖骨格には塩化鉄(III)またはリンタングステン酸が、それぞれ優れた触媒であった。硫酸化反応ではピペリジン硫酸と反応性の高い三酸化硫黄-ピリジン錯体による反応が検討され、後者が優れた硫酸化剤であった。

 第4章では、糖鎖長が正確に整った4糖から9糖までのラミナリオリゴ糖と、炭素数の異なる直鎖アルキル基を持つ硫酸化アルキルラミナリオリゴ糖の合成と、これらの抗HIV活性および抗凝血活性についての評価が述べられている。天然に存在しない糖鎖長の揃ったラミナリオリゴ糖は、カードランの加水分解で得られるラミナリオリゴ糖混合物の高速液体クロマトグラフィー(HPLC)および活性炭カラムクロマトグラフィーによる分別精製により調製する方法を確立した。5糖以上の糖鎖長および炭素数12以上のアルキル鎖を持つ硫酸化アルキルラミナリオリゴ糖は、いずれの組み合わせにおいても非常に高い抗HIV活性(EC50=0.1〜0.18g/ml)を示した。しかし、アルキル基の炭素数が18の場合では糖鎖長に関係なく一様に細胞毒性を示した。一方、糖鎖長が4の場合ではかなり低い活性しか得られず、オリゴ糖鎖長として最低限5糖が必要であることが分かった。副作用と見なせる抗凝血活性は糖鎖長のみに相関し、7糖以上の長い糖鎖を持つ硫酸化アルキルラミナリオリゴ糖は、3〜6unit/mgの抗凝血活性を持っていた。

 第5章では4糖から7糖までの異なるマルトオリゴ糖と、種々の長さの直鎖アルキル基から成る硫酸化アルキルマルトオリゴ糖の合成と抗HIV活性、抗凝血活性の評価について述べられている。硫酸化アルキルラミナリオリゴ糖と同様に、ここでも高い抗HIV活性を発現させるためには5糖以上の糖鎖長が必要であることが明確に示され、この条件をを満たす化合物ではEC50値が0.27〜1.1g/mgの高い抗HIV活性を示した。アルキル鎖の炭素数と、抗HIV活性および細胞毒性との相関においては、細胞毒性が糖鎖長とアルキル鎖長のバランスに支配されることが示された。抗凝血活性は糖鎖長のみに比例し、6糖以上の長い糖鎖を持つ硫酸化アルキルマルトオリゴ糖では、低いながらも抗凝血活性が認められた。

 第6章では分枝アルキル基、光学活性アルキル基、シクロヘキサン環及び芳香族環を含有したアルキル基などの多岐にわたるアルキル鎖を還元末端に持つ硫酸化アルキルラミナリペンタオシドの合成と抗HIV活性および細胞毒性について述べられている。また、パーフルオロ基を有する硫酸化アルキルラミナリペンタオシドについても合成を行い、同様に活性を評価している。一定の大きさのアルキル基を持つ硫酸化アルキルラミナリペンタオシドは、EC50値が0.2〜0.8g/mgという高い抗HIV活性を示した。また、置換基の形状が直線的な化合物が、高い抗HIV活性発現に寄与する傾向も示された。パーフルオロアルキル基を持つ化合物も、通常のアルキル鎖と同じ高い抗HIV活性を発現し、フルオロアルキル基が原因と考えられる細胞毒性は見られず、細胞毒性はアルキル置換基が必要以上に大きい場合にのみ発現することを見出した。

 第7章では、第6章までの検討によるアルキル鎖の疎水性の役割を検証するため、還元末端に最も活性の高かった直鎖ドデシル基に類似の形状を持つ親水性置換基である、オリゴオキシエチレン鎖や、-スルホキシ長鎖アルキル基を持つ、末端置換硫酸化ラミナリオリゴ糖の合成と、その評価について記している。オリゴオキシエチレン鎖の導入の際には従来の四塩化スズ触媒では反応が進行せず、反応性の高い三フッ化ホウ素エーテル錯体触媒が有効であった。親水性のオリゴオキシエチレン鎖や-スルホキシ長鎖アルキル基を持つ化合物は、EC50=1.8〜110g/mlの低い活性を示し、置換基の持つ疎水性が特に重要であることが分かった。また、還元末端に、トコフェロール(ビタミン-E)、コレステロール、アジドチミジン(AZT)などの生理活性分子を導入した構造を持つ、末端置換硫酸化ラミナリオリゴ糖を合成した。トコフェロールやコレステロールなどの大きな疎水性置換基では、活性は非常に高く(EC50=0.21〜0.24g/ml)、比較的分子の小さなl-メントールや、疎水性の低いAZTでは、やや低い活性(EC50=0.60〜0.78g/ml)を示した。細胞毒性は、大きな疎水性置換基を持つ場合のみで認められ、in vitroでの生理活性は主として置換基の大きさと疎水性に支配される傾向が示された。硫酸化アルキルオリゴ糖のアルキル置換基に要求される主要な機能として、一定の大きさの疎水場の形成が必要であると結論された。

 第8章では、前章までの研究により最も抗HIV薬として相応しい構造と考えられる、直鎖のドデシル基を持つラミナリペンタオースおよびラミナリヘキサオースを選び、硫酸化度(DS)の種々異なる硫酸化ドデシルラミナリオリゴ糖を合成し、硫酸化度の抗HIV活性評価に対する影響を調べた。硫酸化剤として三酸化硫黄-ピリジン錯体を用いて、DS=0.7〜3.0の目的硫酸化物を合成した。ラミナリ-ペンタオシド、-ヘキサオシドは共に、硫酸化度の増加に従い抗HIV活性が、EC50値で1000g/ml以上から0.22g/mlと顕著に増加することが示された。また硫酸化度の異なる一連の硫酸化アルキルラミナリオリゴ糖を、PDQF、PROESY、PTOCSY等の各種2次元NMRを用いて解析することにより、詳細な帰属と硫酸基の導入される順序を明らかにした。さらに、硫酸化アルキルオリゴ糖の抗HIV活性発現機構として考えられている、ウイルスのエンベロープ糖タンパク質gp120との静電的相互作用を調べるため、モデル化合物としてリジンのポリマーを用い、異なる硫酸化度を有する硫酸化ドデシルラミナリペンタオシドとの相互作用を、NMRにより解析した。これにより、高い抗HIV活性発現に高い硫酸化度が要求される実験事実が、相互作用したリジン骨格の位の13および1HNMR吸収の形状の違いとして説明された。

 以上、本論文は新規化合物である硫酸化アルキルオリゴ糖の分子設計と合成法を確立し、得られた硫酸化アルキルオリゴ糖が高い抗エイズウイルス活性と、低い細胞毒性を持つことを明らかにした。さらに、糖鎖分子から成る抗エイズウイルス剤の構造活性相関に有用な知見を与え、オリゴ糖鎖を用いた新規医薬品の可能性を開拓したものである。

審査要旨

 本論文は「硫酸化アルキルオリゴ糖の合成と抗エイズウイルス活性」と題し、新しいエイズ(後天性免疫不全症候群)薬の開発を最終的な目標として、硫酸化アルキルオリゴ糖の合成とその抗エイズウイルス活性についてまとめており、全8章からなる。

 第1章序論では、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)の構造、ライフサイクルおよび感染の詳細な機構が述べられている。次にHIVによって引起されるエイズに対する治療薬である、核酸系逆転写酵素阻害剤やプロテアーゼインヒビターなどの、作用機序と臨床効果および問題点について述べられている。更に、硫酸化アルキルオリゴ糖の着想された経緯が記述されている。

 第2章では、抗HIV剤としての硫酸化アルキルオリゴ糖の分子設計と、試験的に作られた化合物の高い抗HIV活性が述べられている。硫酸化アルキルオリゴ糖は、HIV-1を用いたin vitroの評価で、50%感染阻害活性値(EC50)が0.4〜0.7g/mlという高活性を持つことが知られているカードラン硫酸(EC50=0.1〜0.21g/ml)に匹敵する高活性を示した。また細胞毒性は低かった。これらの薬剤はまたアフリカ型HIV-2や、AZT耐性HIV-1に対しても十分に有効であった。

 第3章では、硫酸化アルキルオリゴ糖の新規合成方法の確立について述べられている。オリゴ糖の還元末端の1位にアルキル基を持つアルキルオリゴ糖の合成法を確立した。三酸化硫黄-ピリジン錯体が優れた硫酸化剤であった。

 第4章では、糖鎖長が正確に整った-1,3結合したラミナリオリゴ糖と、種々の直鎖アルキル基を持つ化合物の合成と活性について述べられている。ラミナリオリゴ糖は、カードランの加水分解と分別精製により調製する方法を確立した。5糖以上の糖鎖長および炭素数12のドデシル以上のアルキル鎖を持つもので、非常に高い抗HIV活性を示しながら、アルキル基の炭素数18のオクタデシルの場合には糖鎖長に関係なく一様に副作用である細胞毒性を示した。高活性のためには糖鎖長が最低限5糖必要であること、副作用と見なせる抗凝血活性は7糖以上の長い糖鎖を持つ場合に現れることを見出した。

 第5章では-1,4結合したマルトオリゴ糖につき、硫酸化アルキルマルトオリゴ糖の合成と活性評価について述べられている。ラミナリオリゴ糖と同様に、高い抗HIV活性を発現させるためには5糖以上の糖鎖長が必要であることが明確に示された。また、細胞毒性は糖鎖長とアルキル鎖長とのバランスに支配されることが示された。マルトオリゴ糖はラミナリオリゴ糖よりも生体内で分解されやすいので、持続時間が短いという推察がされた。

 第6章では、種々のアルキル鎖を還元末端に持つ硫酸化アルキルラミナリペンタオシドの合成と、その抗HIV活性および細胞毒性について述べられている。直線的な形状の置換基を持つ化合物が、より高い抗HIV活性発現に寄与する傾向が示された。パーフルオロアルキル基を持つ化合物は、通常のアルキル鎖と同じ高い抗HIV活性を発現した。この場合フッ素が原因と考えられる細胞毒性は見られず、細胞毒性はアルキル置換基が必要以上に大きい場合にのみ発現されることを見出した。

 第7章では、親水性のオリゴオキシエチレン鎖や、生体機能分子を持つ、末端置換硫酸化ラミナリオリゴ糖の合成と、その評価が記されている。親水性の基を持つ化合物は、EC50=1.8〜110g/mlの低い活性しか示さず、置換基の持つ疎水性が特に重要であることを明らかにした。コレステロールなどの大きな疎水性基では、活性は非常に高かったが、比較的分子の小さなl-メントールなどでは、や-や低い活性を示した。

 第8章では、硫酸化度の増加に伴い抗HIV活性が、顕著に増加することが示された。一連の硫酸化アルキルラミナリオリゴ糖を、各種2次元NMRを用いて解析することにより、詳細な構造解析と水酸基の硫酸化される順序が明らかにされた。さらに、抗HIV活性発現機構を調べるため、硫酸化アルキルオリゴ糖とモデル化合物としてのリジンポリマーとの相互作用をNMRにより解析した。その結果、ポリリジンの位の13Cおよび1HNMR吸収から、本化合物の作用機構および高い抗HIV活性に及ぼす硫酸基の影響が解明された。

 以上、本論文は新規化合物である硫酸化アルキルオリゴ糖の分子設計と合成法を確立し、得られた硫酸化アルキルオリゴ糖が高い抗エイズウイルス活性と、低い細胞毒性を持つことを明らかにした。さらに、糖鎖分子から成る抗エイズウイルス剤の構造活性相関に重要な知見を与え、オリゴ糖鎖を用いた新規医薬品の可能性を開拓したものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。

UTokyo Repositoryリンク