化粧品は緩和な作用を持つ複合多成分系から成るが、この化粧品中に含有される微量の活性成分を分析することは重要な課題となっている。未知成分の同定には、まずその分子量と構造に関する情報が必要である。質量分析法(MS)は正確な分子量の測定が出来る唯一の方法で、かつ高感度という利点をもつ。ガスクロマトグラフィー(GC)及び液体クロマトグラフィー(LC)のような分離法と接続された、日常的に使用できるいくつかの市販品がある。しかし、具体的にある対象物質を測定しようとする場合、特に複雑な混合物系での分析を行う場合には、種々の検討が必要である。 本論文は、質量分析法を用いて化粧品関連物質の構造解析を行うため、イオン化法、質量測定法、分析および測定条件の最適化を行って、実際の試料への適用の可能性を追求している。それにより、これまで困難であった難揮発性や熱不安定性の化粧品関連活性物質の定量や構造解析が、質量分析法によって可能となったことが記述されている。 第1章では、本研究の背景及び目的が述べられている。 第2章では、高速原子衝撃法(fast atom bombardment,FAB)を用いた液体クロマトグラフィー-質量分析法(LC/MS)による、化粧品分析への適用範囲と汎用的分析条件が見い出されている。 第3章において、大気圧化学イオン化法(atmospheric pressure chemical ionization,APCI)を用いるLC/MSにより、ひまし油及び硬化ひまし油中の微量の遊離脂肪酸の簡便、迅速かつ選択性の高い定量法が開発された。 第4章ではカビの一種である菌株FO-3182の培養液にメラニン生成抑制効果が見い出され、活性物質の単離、構造解析が行われた。 第5章では化粧品に用いる合成高分子の構造解析について記述されている。マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析法(matrix-assisted laser desorption ionization time-of-flight mass spectrometry,MALDI-TOF-MS)により、分子量分布を持つ複雑なシリコンコポリマーの解析を行った初めての研究である。過塩素酸ナトリウムをカチオンドナーとして添加する方法を見出し、すべてのピークをナトリウム付加イオンとし、妨害ピークを含まない、ピークの帰属および解析が可能なスペクトルを得た。この方法により、シリコンコポリマー中のそれぞれの高分子種の詳細な構造情報を得ることが出来たので、製法の推定やブロック構造が解明された。 第6章から第8章は、高分子量を有する蛋白質、ペプチドの構造解析に関する研究結果が記述されている。第6章では、アスパラギニルエンドペプチターゼ(Asn-EP)の特性を調べ、ペプチドマッピング用の酵素の選択肢を拡げることに成功した。 第7章では、単独のイオン化では得られる情報に制限があるので、FABとMALDIを相補的に用いる複合質量分析法という概念が提出された。この複合質量分析法は、蛋白質やペプチドの構造解析に有用であることが分り、スナバエ由来の血管拡張性組み換えペプチドMaxadilanの推定一次配列の確認とジスルフィド結合の位置の決定が行われた。 第8章ではFABとMALDIの欠点を補い、FABとMALDIを相補的に用いる蛋白、ペプチドの複合質量分析法に更に液体クロマトグラフィー-エレクトロスプレーイオン化質量分析法(LC/ESI-MS)を組み合わせて、その有用性が示された。 以上のように、本論文では、これまで困難であった難揮発性や熱不安定性の化粧品関連活性物質の定量および構造解析を行うため、適切なイオン化法を選択し、最適化を行うことによって、広範囲の有機化合物に対して適用可能の新しい質量分析法が開発された。さらに、高分子量を有する蛋白質の質量分析法による構造解析においても、蛋白質切断に用いる酵素として新しい酵素が適用された。これにより、ペプチドマッピング用の酵素の選択肢を拡げることに成功した。ペプチド混合物などに適用した際に起こる、イオン化抑制による未検出を補う方法として、FAB、MALDIおよびESIを組み合わせた「複合質量分析法」の概念が提出された。その有用性を示す例として、遺伝子工学的に作られた血管拡張性組み換えペプチドのMaxadilanへ本法が適用された。このように、ペプチドマッピング法の改良、拡張を行い生物質量分析(Biological Mass Spectrometry)の分野に有用な知見がもたらされた。また、本研究の成果の中で、化粧品関連成分以外の分析に対しても応用できる有用な知見として、合成高分子の分野における、MALDI-TOF-MSを用いる新たな構造解析法が開発された。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |