従来から生理活性物質生産微生物の育種には、伝統的にランダム変異法が用いられてきた。しかし、目的物質の高生産株を得るためには、多大な労力と時間が必要であり、より効率的に目的の物質の生産性を向上させる方法が望まれる。近年、盛んに用いられている分子生物学的な手法は、有用物質の生産に必要な微生物由来の遺伝子の発現を増加させることにより、その微生物が産生する酵素の大幅な生産性の向上が可能である。筆者は、生理活性物質の生産に分子生物学的手法を用いることにより、高脂血症治療薬プラバスタチンの醗酵生産に関与する放線菌Streptomyces carbophilusのシトクロムP450sca(P450sca)遺伝子をクローニングし、S.carbophilusによるプラバスタチンの生成機序を明らかにした。また、食品乳化剤リゾレシチンの生産に必要な麹菌Aspergillus oryzaeのホスホリパーゼA1(PLA1)遺伝子をクローニングし、その発現に成功したのでここに報告する。 高脂血症治療薬プラバスタチンは、糸状菌Penicillium citriumが生産するML-236BをアルカリでML-236B・Naとした後、放線菌S.carbophilusを用いて微生物的水酸化することにより工業生産されている。その水酸化反応の本体は、P450scaであることが証明されている。筆者は、P450scaのN末端アミノ酸20残基をコードするオリゴヌクレオチドをプローブとして、S.carbophilusからP450sca-2遺伝子をクローニングし、その構造を解析した。P450sca-2の構造遺伝子は、1,233塩基からなるORFを有し410アミノ酸をコードした。翻訳開始コドンATGの直前にリボソーム結合部位と推定されるGAGGG配列が存在した。P450sca-2のN末端はThrであることから、Metは翻訳後除去され、P450sca-2は、409アミノ酸から構成されることが明らかになった。P450sca-2は、すべてのP450に特徴的なヘム結合部位であるHR2領域を有しており、Streptomyces griseolus由来P450SU1と79%の相同性を有した。ノーザンブロット解析において、ML-236B・Na存在下でP450sca-2遺伝子の転写が増大し、3種類(1.8kb、2.8kb、4.6kb)のmRNAが検出された。P450sca-2遺伝子は、Streptomyces lividansで発現し、クローニングした遺伝子が機能していることが示された。 シトクロムP450は、典型的な薬物誘導酵素である。筆者は、基質であるML-236B・Na、およびフェノバルビタール(PB)によりP450scaが誘導される現象を見出した。ML-236B・NaとPBは、S.carbophilusにおいてP450sca-2遺伝子の転写を促進した。一方、1kbの5’上流域とP450sca-2構造遺伝子を有するS.lividans TK21[pSCA205]株では、ML-236B・NaはP450sca-2遺伝子の転写を増大したが、PBは転写を増加しなかった。ゲルシフト法により、転写開始点付近の非完全パリンドローム配列と相互作用するタンパクが、S.carbophilusとS.lividans TK21[pSCA205]株に見い出された。ML-236B・Naは、その相互作用を濃度依存的に阻害したが、PBは阻害しなかった。そこで、さらに詳細にS.lividans TK21株を用いてML-236B・NaによるP450sca-2の誘導機構を解析した。P450sca-2遺伝子の5’上流域を-428bpまで欠失させた場合、あるいは5’上流域に2ヵ所の変異(-369〜-370bp、-234〜-239bp)を導入した場合に、S.lividans TK21株においてML-236B・Na非存在下の場合でも、ML-236B・Na存在下と同程度にP450sca-2遺伝子の転写が増加することが観察された。よって、5’上流域にML-236B・NaによるP450sca-2の誘導を抑制する因子がコードされていることが強く示唆された。5’上流域の塩基配列を詳細に解析した結果、174アミノ酸残基をコードするORFがP450sca-2遺伝子とは逆方向に見出された。その蛋白(P450sca-2リプレッサーと呼ぶ)は、Vibrio anguillarum由来のテトラサイクリンリプレッサーのDNA結合領域周辺に相同性を有した。以上の結果より、そのP450sca-2リプレッサーがP450sca-2遺伝子の転写を負に制御している可能性が示唆された。 筆者は、さらに、リゾレシチンの生産に必要な麹菌Aspergillus oryzaeのPLA1の分子生物学的手法による生産研究を実施した。PLA1は、レシチンからリゾレシチンへの変換を触媒する酵素である。リゾレシチンは、乳化力が強く、広い温度領域で使用でき、酸性下での乳化安定性が良いという優れた特性を持つ。そのためリゾレシチンは、乳化剤、酸化防止剤、あるいは医薬品用として幅広く利用されている。筆者は、PLA1の部分アミノ酸配列をコードする2種の混合プライマーを用いたPCR法により、A.oryzaeからPLA1遺伝子をクローニングし、その構造を解析した。PLA1ゲノムは、1,056bpで構成され、4個のエキソンと3個のイントロンを有していた。PLA1 cDNAは、888bpのORFを有し、295アミノ酸のPLA1前駆体をコードした。そのN末端側には、疎水性に富んだ26アミノ酸があり、プレプロ配列として機能していると推定された。PLA1成熟体は269アミノ酸で構成され、予想されるN型糖鎖付加部位が2ヵ所存在した(Asn27、Asn55)。塩基配列がコードするアミノ酸配列は、PLA1部分ペプチドのアミノ酸配列と完全に一致した。PLA1は、P.camembertii由来モノアンドジアシルグリセロールリパーゼに47%と最も高い相同性を示した。PLA1遺伝子を発現させるため、PLA1成熟体に酵母カルボキシペプチダーゼY由来のプレプロ配列を連結したPLA1発現プラスミドpCY339を構築した。形質転換株S.cerevisiae KS58-2D[pCY339]株は、PLA1を分泌生産し、クローニングしたPLA1遺伝子が機能していることが示された。 |