本論文は、真菌由来の有用酵素3種、すなわちAspergillus nigerの-グルコシダーゼ、Coriolus versicolorのピラノースオキシダーゼ、Pleurotus ostreatusのビリルビンオキシダーゼの遺伝子の解析と高生産株の育種並びに酵素の改良を、遺伝子工学的手法を用いて行った研究をまとめたものであり、6章から成っている。 序章では、真菌類由来の有用酵素について論じるとともに、高生産のための大腸菌と糸状菌の宿主ベクター系について述べている。 第1章では、異性化オリゴ糖の生産に用いられているクロコウジカビ(A.niger)-グルコシダーゼの遺伝子をクローン化して、塩基配列を決定し、本遺伝子が3個のイントロンを持ち、開始コドンから終始コドンまでの3,124塩基によって985個のアミノ酸をコードすることを明らかにした。また、そのプロモーター領域には、TATA配列とCAAT配列を認めた。さらに、この-グルコシダーゼ遺伝子を元のA.nigerに導入し、本酵素の生産性を3.5倍に上昇させた。 第2章では、糖尿病の診断用として血中のグルコースと1,5-アンヒドログルシトールの測定に用いられるピラノースオキシダーゼをカワラタケ(C.versicolor)から精製し、部分アミノ酸配列を決定した。また、菌体から調製したpoly(A)RNAよりcDNAを合成してライブラリーを作製し、アミノ酸配列をもとに作製したオリゴヌクレオチドプローブでスクリーニングしてクローンを得、塩基配列を決定して本酵素の遺伝子構造を明らかにした。cDNAは1,869塩基のオープンリーディングフレームを持ち、623アミノ酸をコードしていた。 このcDNAをlacUV5プロモーターに連結し、プラスミドベクターとファージベクターを用いて大腸菌で発現させた。誘導後25℃で培養することによって得た可溶性酵素の性質がC.versicolorから精製したものと同一であることを示し、さらにファージベクターによる発現の培養条件を最適化し、21U/mlの高生産を達成した。 第3章では、C.versicolor由来ピラノースオキシダーゼのcDNAを大腸菌のミューテーター株XL1-Red中でランダムに変異させ、耐熱性およびKm値に優れた変異株を取得し変異部位を解析した。542番のGluがLysに置換された変異型酵素は、野生型酵素にくらべ耐熱性は5℃上昇し、pH安定性も向上していたが、至適pHはほとんど変わらなかった。グルコースと1,5-アンヒドログルシトールに対するKm値はそれぞれ、0.74mMと14.8mMであり、いずれも野生型酵素の約2倍の基質親和性を示した。さらに、この542番のアミノ酸を部位指定変異によって18種のアミノ酸に置換し、この部位の変異株をすべてそろえた。そのうち12種の変異型酵素が、大腸菌で十分な活性を発現し、野生株にはない65℃における耐熱性を獲得していたが、Km値を含めた総合評価では、最初に得たGlu542Lys型酵素が最良であった。この改良型酵素は、既に実用化されている。 第4章では、肝機能の診断に用いられる信州ヒラタケ(P.ostreatus strain Shinshu)由来ビリルビンオキシターゼ(BOX)の遺伝子のクローン化とAspergillus sojaeにおける活性発現を達成した。まず信州ヒラタケからBOXを精製し、決定した部分アミノ酸配列をデータベースと比較し、意外にも、本酵素がフロリダヒラタケ(P.ostreatus strain Florida)のpox2遺伝子産物(ラッカーゼ)およびそのアイソザイムの遺伝子pox1と非常に高い相同性を示すことを発見した。これらの遺伝子の塩基配列をもとに合成したプライマーを用いたPCRによって、信州ヒラタケのpox1、pox2遺伝子のそれぞれ一部をクローン化して塩基配列を決定することにより、信州ヒラタケのBOXはpox2遺伝子産物であることを示した。また、精製したBOXがラッカーゼ活性をもつことを確認し、本酵素はすでに報告されているラッカーゼと同一酵素であることを明らかにした。 信州ヒラタケのトータルRNAから、合成プライマーを用いたRT-PCRによりBOXのcDNAをクローン化し、塩基配列を決定した。このcDNAをタンナーゼ遺伝子プロモーターに連結し、プロテアーゼを欠損した醤油コウジカビA.sojae1860に導入し、液体培養でBOX活性を発現させることに成功した。 第5章では、本研究を総括し今後の展望を述べている。 以上、本研究は糸状菌の有用酵素3種の遺伝子を解析し、大腸菌あるいは糸状菌中で発現させるとともに、その1つを改良して実用化したものであり、学術上ならびに応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |