ニンニク(学名:Allium sativum L.)は癌や動脈硬化症を予防するという疫学および臨床成績が最近幾つか報告されている。しかし、ニンニク中のどの成分が、どの発症過程に働くのか、その機序は十分明らかにされていない。本研究は、ニンニク鱗茎由来の生理活性物質の薬理作用を明らかにすることを目的とした。 1.Allixinの抗変異原性効果およびその機序 Allixinは、生ニンニクには存在せず、微生物や化学物質などの外部からの刺激を受けることにより、初めてニンニクの細胞自身により生合成されるフェノール化合物である。Allixinの発癌初期過程への影響を検索するため、まず変異原性試験のin vitroモデルとしてAmes Test(Maron et al,1983)を選択し、試験系統としてサルモネラ菌TA100を使用した。同試験において陽性と判定される環境変異原性物質として、アフラトキシンB1(AFB1)およびベンゾピレン(BaP)を選んだ。AFB1およびBaPはともに、チトクロムP450により代謝されて初めて変異原性を示す間接型変異原物質である。ポリ塩化ビフェニルにてP450誘導をされたラット肝酵素画分(S9)を酵素系としてAmes Testを行い、AFB1による変異原性に対するAllixinの効果を検索した。AFB1により誘導されたヒスチジン(+)形質転換体のコロニー数は、Allixin25-150g/plateにより用量依存的に減少した。なお、変異原性物質を加えない系において、同用量のAllixinはTA100のコロニーに影響を与えなかったことから、Allixin自身、この用量では抗菌作用を持たない。また、BaPの代謝産物で、DNAに直接作用するBenzo[a]pyrene7,8-dihydrodiol-9,10-epoxide(BPDE)を用いて、酵素系を加えずにAmes Testを行った結果、BPDEにより誘導されたヒスチジン(+)形質転換体のコロニー数は、Allixin25-150g/plateにより用量依存的に減少した。 次に、これら発癌物質の変異原性発現機構として、発癌物質の代謝およびDNAとの結合(DNA Adducts形成)との関与が報告されており、これらへのをAllixinの作用を検索した。方法としては、トリチウムでラベルしたAFB1を用いたin vitroの系で行い、[3H]AFB1とDNAとの結合量の定量には、仔牛胸腺DNA,[3H]AFB1,S9およびco-factorの共存下で、37℃,1時間インキュベートし、DNAを抽出後、[3H]AFB1の結合量を定量した。その後、加水分解したDNAサンプルを用いて、HPLCにて[3H]AFB1のDNA Adductsの分析定量を実施した。また、AFB1の代謝への影響は、[3H]AFB1および同じ酵素系で、37℃,25分インキュベートし、HPLCにて代謝物を分析定量して検索した。 Allixin75g/mlにより、AFB1のDNAへの結合量は有意に抑制され(34%,p<0.05)、同用量において、定量したすべてのAFB1-DNA adductsは有意に抑制された(p<0.05)。特にAFB1-N7-GuaはAFB1の代謝物の中でDNA結合への活性が強いと報告されているAFB1 8,9-OxideのDNA adductsであり、AllixinはこのDNA adductsを27%阻害した。また、AFB1の代謝は、Allixin25-75g/mlで用量依存的かつ有意に代謝阻害しており、DNA adducts抑制への関連が示唆された。なお、AFB1のグルタチオン抱合物は、Allixin25-75g/mlで用量依存的に阻害されることから、グルタチオン抱合を活性化する作用は認められなかった。また、これら発癌物質の代謝には、チトクロームP450のアイソザイム群が深く関与していることから、ラットミクロソーム分画を用いて、このアイソザイム活性に対する阻害効果を検討した。デキサメタゾンでチトクロームP450のCYP3A Familyを主に誘導したミクロソームのアミノピリンNジメチラーゼ(APND)活性に対して、Allixinは用量依存的阻害効果を示した。また、-ナフトフラボンにてチトクロームP450のCYP1A1 Familyを主に誘導したミクロソームのエトキシレゾルフィン0ジエチラーゼ(EROD)活性に対しても同様、Allixinの用量依存的阻害効果を認めた。即ち、Allixinの抗変異原性効果は、変異原性物質のチトクロームP450による代謝を阻害する作用、および最終的な変異原代謝産物のDNAへの結合を抑制する作用の2点がその機序として示唆された。 2.ニンニクエキスおよびそのタンパク画分(F4)の免疫増強効果 ニンニク由来生理活性物質の免疫系への影響を検討することを目的として、マクロファージ系細胞の活性指標である活性酸素放出(oxidative burst)による化学発光に対する作用を検討した。細胞は、マウスマクロファージ系セルラインJ774およびチオグリコール酸塩にてBALB/cマウス腹腔内に誘導したマクロファージの2種類を培養して実験に供した。zymosan Aにて誘導されたマクロファージの活性酸素放出を、ルミノールと反応させ、化学発光を測定した。数種のニンニク製剤を用いて、この化学発光に対する作用を比較したところ、約20ヶ月の長期希エタノール抽出を特徴とする熟成ニンニクエキス(Aged Garlic Extract:AGE)は2種のマクロファージで有意にこれを増強したが、ニンニク乾燥パウダーなどの製剤では活性増強作用が認められないものもあった。また、AGEの活性成分としてタンパク画分(F4)がこのマクロファージ活性を有意に促進し、AGEの作用を上回る活性を示した。 次に、マウスTリンパ球を分離培養して、フィトヘマグルチニンによる増殖作用をトリチウム-チミジンの取り込みにより測定した。F4画分は用量依存的に増殖促進作用を示した。また、同じマウスTリンパ球を分離培養して、腎細胞腫細胞(RENCA)への細胞毒性(LAK活性)に対する効果を検索した。インターロイキン2(IL2)10-103unit/mlの用量に対して、F4 500g/mlを加えると、LAK活性は有意に上昇し、IL2-10unit/mlで、F4を加えない場合のIL2-103unit/mlとほぼ同様のRENCAに対する細胞毒性を示した。すなわち、IL2の免疫癌治療において、F4を併用することにより、IL2の副作用軽減の可能性を示唆する結果となった。 3.熟成ニンニクエキス(AGE)およびS-allyl cysteine(SAC)の血管内皮細胞の酸化的障害への予防効果 最後に、成人病疾患発症一般に関わっていると言われる、フリーラジカルによる細胞障害に対する作用について検索した。動脈硬化症の発症過程として血管内皮細胞の酸化的障害が示唆されていることから、ウシ肺動脈内皮細胞(PAEC)を培養系として選んだ。細胞障害の指標として、まず細胞の生死をMTTによる発色反応にて分析した。培養したPAECを過酸化水素で3時間処理することにより、用量依存的に細胞死滅が認められたが、さらにAGE1,2,4mg/mlで24時間前処置することにより、有意かつ用量依存的に細胞死滅を阻害することがわかった。また、AGE中の水溶性有機イオウ化合物であるSAC2,4mg/mlでも細胞死滅阻害が認められたが、AGE群ほど顕著な効果ではなかった。次に細胞膜障害の指標として、細胞内から遊離される乳酸脱水素酵素(LDH)の活性を、過酸化水素50Mで3時間処理後に測定し、細胞内のLDH活性との比率で示した。AGE1,2,4mg/mlを24時間前処置することにより、有意に細胞外LDH活性を阻害し、SAC1,2,4mg/mlでも、有意に細胞外LDH活性を阻害した。最後に、細胞膜の過酸化脂質反応の指標として、マロンデアルデヒドをチオバルビツール酸反応物(TBA-RS)として測定した。同様、過酸化水素50Mにて3時間処理を行い、過酸化水素無処置群に比べ、有意なTBA-RSの上昇を確認したのち、AGEおよびSACの前処置を試みた。結果、前述のassayと同様、AGE1,2,4mg/mlを24時間前処置することにより、有意にTBA-RS量を阻害し、AGEは細胞膜の脂質過酸化を保護する作用のあることがわかった。SAC1,2,4mg/mlでも同様、有意にTBA-RSを有意に抑制した。 これらの成績を要約すると、ニンニク由来の非イオウ化合物であるAllixinが、変異原物質の代謝阻害を介して抗変異原性を示すことを見出した。また、熟成ニンニクエキス(AGE)はマクロファージなどの免疫細胞を活性化することを認め、その活性成分としてAGEの蛋白画分であるF4の作用が特に強いことがわかった。さらに、AGEおよびその成分の水溶性イオウ化合物SACについて、血管内皮細胞の酸化障害を保護する作用のあることを見出し、動脈硬化症発症を予防する可能性を示唆する結果となった。以上の成績から、ニンニク由来の上記生理活性物質には抗変異原性作用、免疫細胞活性化作用および血管内皮細胞保護作用があることが明らかにされた。 以上 |