学位論文要旨



No 214158
著者(漢字) 水島,優子
著者(英字)
著者(カナ) ミズシマ,ユウコ
標題(和) レフルノマイドのイムノグロブリン産生抑制に関する研究
標題(洋)
報告番号 214158
報告番号 乙14158
学位授与日 1999.02.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第14158号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名取,俊二
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 助教授 仁科,博史
 東京大学 助教授 鈴木,利治
内容要旨

 I型アレルギーは過剰のIgE抗体が病因である疾病であり、IgE産生を抑制することが最も根本的で効果的な治療法となると考えられる。しかしながら、IgEの産生を抑制する効果的な薬はまだない。本研究では、1998年9月に米国で抗リウマチ薬として承認された新規薬物、レフルノマイド(N-(4-トリフルオロメチルフェニル)-5-メチルイソキサゾール-4-カルボキシアミド)が抗体産生抑制能を有することに着目し、I型アレルギーに対する抑制効果を調べた。

 レフルノマイドは水に難溶性の活性前駆体で、経口摂取後小腸から吸収される過程または肝臓において代謝され、活性型一次代謝産物、A77 1726になる。レフルノマイドがアジュバント関節炎、実験的アレルギー性脳脊髄炎、抗体誘発糸球体腎炎、全身性エリテマトーデスといった自己免疫疾患モデルの動物実験において予防的または治療的処置により薬効を示す他、異種や同種異系の移植実験で移植片の生着期間を延長し、時に免疫寛容を誘導することが既に報告されている。作用機序としては、核酸の生合成経路のジヒドロオロテートデヒドロゲナーゼ(DHO-DH)やチロシンリン酸化酵素の阻害等が明らかになってきている。また、in vitroではヒトの好塩基球やラットの腹腔マクロファージからのヒスタミン放出抑制、リンパ球の増殖抑制、抗体産生抑制、インターロイキン(IL)-3、4等に依存した細胞株の増殖抑制等の活性を示す。抗体産生は、増殖抑制の1/10程度の濃度で抑制される。

 本研究を遂行するために、血清中の総IgE、卵白アルブミン(OVA)特異的IgE、同IgG1、同IgG2a、同IgMを定量する信頼性の高いELISAの系を新たに確立して解析に用いた。

1)アナフィラキシーショックモデルにおける用量応答性の検討とプレドニゾロンとの薬効の比較

 高IgE産生能を有するBrown Norway(BN)ラットに、OVAと水酸化アルミニウムゲル(アラム)の混液を腹腔内投与して感作した(0日目)。10日目にOVAを静脈内投与してアナフィラキシーショック(アナフィラキシーショックモデル)を惹起した。血清中の総IgE濃度の経時的変化、9日目の血清中のOVA特異的IgE抗体価、惹起前後の血漿中のヒスタミン濃度を測定した。また、惹起後の動物の状態を観察し、これらを総合して薬効を評価した。

 レフルノマイドを0または0.5mg/kg投与したときには、全例において総IgE濃度とOVA特異的IgE抗体価の増加が見られ、惹起により即時型のアナフィラキシーショック症状を呈して死亡した。1または2mg/kgを投与したときには、OVA特異的IgE抗体価は検出感度以下に抑制され、惹起後のヒスタミン濃度の上昇はほとんど無く、アナフィラキシー症状は観察されなかった。この3つのパラメーターは全実験を通じてよく相関していた。本モデルにおける最小有効量は1mg/kgであり、ラットのアジュバント関節炎での有効量の1/10であった。

 レフルノマイドの本モデルにおける強い抑制効果は、IgE産生能が高いBNラットに特異的な現象か否かを知る目的で、Wistarラットでの用量応答性を調べた。最小有効量は2mg/kgでBNラットの場合よりやや多かったが、それでもアジュバント関節炎の場合の1/5であった。

 また、重度のアレルギー疾患で抗炎症剤・免疫抑制剤として治療に用いられているプレドニゾロンと、BNラットでの薬効を比較した。ラットの遅延型過敏症モデルでレフルノマイド10mg/kgとプレドニゾロン2mg/kgが同等の作用を示したという報告に基づき、4mg/kgをプレドニゾロンの用量としたところ、9日目の総IgE濃度は1/4程度に、特異的IgE抗体価は1/2程度に抑えられたが、惹起後のヒスタミン濃度はコントロール群と同程度に上昇し、全例がショック死した。プレドニゾロンでは充分な抑制効果が見られなかった。

2)一次免疫応答での抑制作用点に関する検討

 本モデルにおけるレフルノマイドの作用機序を探る目的で、投与期間を短縮した実験を行った。その結果、抗原提示とT細胞の分化増殖がおこると考えられる0日目から3日目の4日間、及び、B細胞の分化は終了しIgE抗体の産生が開始されたあとの6から9日目の4日間、2mg/kgを投与したときは、OVA特異的IgE抗体価の増加と惹起後のヒスタミン濃度の上昇が起こり、アナフィラキシーショック症状が観察された。一方、B細胞の分化増殖が盛んと考えられる3から6日目までの4日間投与した場合は、0から9日目の投与と同じ効果があった。また、0から3日目までの投与のとき、投与量を10mg/kgにすると有効であった。

 以上のことより、レフルノマイドの同モデルでのアナフィラキシーショック抑制は、ヒスタミン放出抑制や抗ヒスタミン作用によるものではなく、OVA特異的なIgE産生抑制によるものであることが明らかになった。また、B細胞の分化増殖期がレフルノマイドに対する感受性が最も高く、それにT細胞の分化増殖期が続くことが示唆された。

3)二次免疫応答時における効果

 自己免疫疾患の多くの動物実験モデルにおけるのと同様に、レフルノマイドがI型アレルギーにおいても予防効果の他、治療効果を有するか否かを調べる目的で、二次免疫応答の系で解析を行った。

 OVAとアラムの混液を腹腔内投与してBNラットを感作し(0日目)、28日目に同じ方法で追加免疫した。28日目から42日目までレフルノマイドを2mg/kgで連日投与した。総IgE濃度と特異的IgE、IgG1、IgG2a、IgM抗体価の経時的変化を賦型剤コントロール群と比較した。レフルノマイド投与により、総IgEと測定したOVA特異的抗体全てにおいて二次免疫応答の抗体産生は抑制された。特に、総IgEと特異的IgEでは抗体価が上昇しないばかりでなく著しく減少した。

 このことにより、レフルノマイドは、I型アレルギーの治療に有効である可能性が示唆された。

 次に、抗体産生系においても移植免疫での免疫寛容に相当する現象が見られるかどうかを調べた。感作日から24日目までレフルノマイドを2mg/kgで連日投与して以後休薬し、28日目に追加免疫した。全てのOVA特異的抗体は28日目まで検出されず、追加免疫の3日後からOVA特異的IgM、IgG1、IgG2a、IgEの上昇が観察された。しかし、抗体価の上昇は小さく、特異的IgG2aは賦型剤コントロール群の一次応答と同程度、特異的IgG1はそれ以下の抗体価しか示さなかった。さらに特異的IgEは抗体産生が非常に弱く、ピーク時の抗体価ですら、賦型剤コントロール群の一次応答より有意に低かった。しかしその一方で、総IgE濃度は賦型剤コントロール群と同程度の二次免疫応答の強さを示した。一次免疫応答時は血清中にOVA特異的抗体が検出されるまでに7日掛かるのに対して0から24日目までの投与群では、追加免疫の3日後に検出された。そしてこの時期は賦型剤コントロール群と全く同じであった。従って、一次免疫応答の期間を通して血清中のOVA特異的抗体は全く検出されなかったが、一連の免疫応答が完全に阻害されていたのではなかったことが推測された。

 不完全ではあったが、抗体産生系においても免疫寛容様の現象が観察された。OVA特異的IgE抗体の産生が特に強く抑制された。

4)in vitroでの抗体産生抑制機序の検討

 OVA特異的抗体産生抑制の作用機序はDHO-DH阻害が主であるか否かを調べる目的でin vitroの実験を行った。

 OVAで感作、追加免疫したBNラットの脾細胞をin vitroで抗原刺激し、リンパ球の増殖と抗体産生をA77 1726で抑制する系に於いて、ウリジン添加による細胞増殖と抗体産生の回復を調べた。細胞増殖が完全に回復するウリジンの濃度の5倍の濃度下でも、抗体産生は50%までしか回復しなかった。このことから、抗体産生抑制の主たる作用点はDHO-DHの活性阻害以外のところであることが示唆された。

考察

 レフルノマイドは一次及び二次の免疫応答におけるIgE抗体の産生を強く抑制することが本研究により明らかになり、I型アレルギーの治療薬として有効なことが強く示唆された。

 インターロイキンは作用の重複性と多重性を持つが、JAK3-STAT6シグナル伝達系のSTAT6はIL-4受容体からのシグナル伝達に特異的な転写因子である。STAT6ノックアウトマウスの解析により、STAT6はIL-4の刺激によるT細胞のTh2への分化誘導とIgEの発現誘導に必須であることが示されている。また、BALB/cは、リーシュマニアに易感染性であるが、レフルノマイド投与により抵抗性になる。このことは、レフルノマイドがIL-4に拮抗してTh2優勢な免疫系をTh1優勢に変換させたことを意味している。以上の知見により、レフルノマイドはSTAT6の活性を阻害することにより効果を発揮すると推測される。実際、LPS存在下でマウスの脾細胞をIL-4で刺激してIgMをIgG1にクラススイッチさせる系に於いて、レフルノマイドがクラススイッチやJAK3、STAT6のリン酸化を阻害することが示された。しかし、レフルノマイドに対する同系の感受性は私達の系よりも低く、抗原による刺激が共役して入ることがJAK3-STAT6シグナル伝達系の感受性を上げているのかも知れない。

 今後、レフルノマイドの作用機序が解明されることにより、IL-4受容体からのシグナル伝達系、さらには免疫寛容の成立、抗原刺激に対する二次免疫応答機構、リュウマチの病態解析において、新たな知見が追加されることと予想している。

審査要旨

 I型アレルギーは過剰のIgE抗体が病因である疾病であり、IgE産生を抑制することが有効な治療法となる。しかしながら、IgE産生を抑制する効果的な薬物はまだない。この研究は、抗リュウマチ薬として開発されたレフルノマイド(N-(4-トリフルオロメチルフェニル)-5-メチルイソキサゾール-4-カルボキシアミド)に着目して、I型アレルギーに対する抑制効果を調べたものである。レフルノマイドには核酸生合成経路を構成する酵素の1つ、DHO-DH(ジヒドロオロテートデヒドロゲナーゼ)の阻害活性やチロシンリン酸化酵素の阻害活性が報告されているが、この物質の抗体産生に対する作用については報告がなかった。この論文は主として3項目から構成されている。

 第1章ではアナフィラキシーショックモデルを用いて、用量応答性を検討した。アナフィラキシーショックモデルはBNラットにオボアルブミン(OVA)を感作して作成した。結果は、レフルノマイドにより総IgE、OVA特異的IgEともに産生が顕著に抑制されることが判明し、最小有効量は1mg/kgであった。このモデルではステロイドホルモンであるプレドニソロンが著効を奏するということはなかった。

 第2章ではレフルノマイドの作用点を解析した。その結果、この薬物によるアナフィラキシーショックの緩和は、ヒスタミン放出の抑制や抗ヒスタミン作用によるものではなく、OVA特異的IgEの産生そのものが抑制されることに起因することが明らかになった。

 第3章ではレフルノマイドの二次免疫応答時における効果を検討した。この場合もシステムとしてはOVA感作系で、OVAによる追加免疫時におけるレフルノマイドの効果を調べた。結果はOVA特異的な、IgE、IgG1、IgG2a、IgMすべての産生が抑制されることが分かった。特に、総IgEおよびOVA特異的IgEでは抗体価が上昇しないばかりでなく、著しく減少することが示された。

 以上、この研究は抗リュウマチ薬として開発されたレフルノマイドの持つ新しい薬理効果を、抗体産生抑制という観点から追求したものである。この研究によりレフルノマイドが抗体、特にIgEの産生を顕著に抑制することが明らかになった。これは、従来行われてきたヒスタミン放出の抑制や抗ヒスタミン作用によるI型アレルギーの治療とは異なり、抗原特異的なIgEの産生を抑制することによりI型アレルギーを治療する新しい治療薬の創出に展望を与えるものである。この論文は免疫学の進展に寄与する内容を記載しており、博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

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