Dihydropyridine系カルシウム拮抗薬は、末梢血管の拡張作用を介して強力な血圧下降作用を示すため、高血圧症の治療薬などに広く用いられている。これらカルシウム拮抗薬のプロトタイプとなったnifedipineは3位と5位に共にメチルエステルをもつが、エステル側鎖の修飾により、カルシウム拮抗作用の増強とともに作用持続性の向上が期待できることが明らかとなり、同部位の修飾により種々の新規dihydropyridine系カルシウム拮抗薬が見出されてきた。本研究では、カルシウム拮抗作用ならびにその持続性に及ぼすエステル側鎖修飾の影響について検討した。 Dihydropyridine環の一方のエステル基をphenylcarbamoyl基に置換した誘導体において、従来のカルシウム拮抗薬とは逆に用量依存的な血圧上昇を起こす化合物(YC-170)を見いだした。YC-170はウサギ摘出大動脈標本において濃度依存的な血管収縮を起こし、発生張力はノルエピネフリンの場合の約半分であった。YC-170の血管収縮作用はin vivoでも発現し、麻酔イヌ冠動脈定圧灌流標本において用量依存的な冠血流量減少作用が観察された。また、麻酔イヌの血圧を用量依存的に上昇させ、心拍出量を軽度に減少させた。全身投与時においてもYC-170は末梢血管の収縮を起こすことが示された。 摘出ウサギ大動脈標本および脊髄破壊ラットにおいて、YC-170の作用機序を検討したところ、アドレナリン、ヒスタミン、セロトニン、ムスカリン等の受容体拮抗薬は影響しなかったが、カルシウム拮抗薬および外液カルシウム除去によりほぼ完全に抑制された。ラット脳膜標本を用いた[3H]-nitrendipine結合実験よりYC-170も他のカルシウム拮抗薬と同様にdihydropyridine結合部位に結合することが明らかになった。これらの結果より、YC-170は血管平滑筋へ直接作用して細胞内へのカルシウム流入を介した平滑筋収縮を起こすこと、ならびに、その作用点としてはカルシウムチャネルのdihydropyridine結合部位が示唆された。 nicardipineのエステル側鎖の修飾により強力かつ持続的なカルシウム拮抗作用を示すbarnidipine((3’S,4S)体)を見いだした。本化合物はdihydropyridine環の4位およびpyrrolidine環の3位に不斉炭素を有するため、全部で4種の光学異性体が存在する。これら4種の光学異性体間の血管拡張作用の効力ならびにその持続性を比較評価した。barnidipineおよび3種の光学異性体はいずれもラット脳膜標本への[3H]-nitrendipineの特異的結合を濃度依存的に阻害し、その阻害定数(Ki値:nM)は(3’S,4S)体:0.205、(3’R,4S)体:3.09(3’R,4R)体:14.3、(3’S,4R)体:49.6であった。摘出モルモット大動脈標本の弛緩作用も(3’S,4S)体が最も強く、その効力は(3’R,4S)体の22倍、(3’R,4R)体の15倍、(3’S,4R)体の118倍であった。麻酔イヌ冠動脈定圧灌流標本を用いて血流量の最大増加率で比較した場合も同様の効力順位であったが、その差はin vitroの実験に比して小さいものであった。しかし、冠血流量増加作用の持続時間については異性体間で大きな差異が認められ、効力比は、[3H]-nitrendipine結合阻害作用および摘出血管弛緩作用の効力順とおおむね一致した。無麻酔・無拘束の高血圧自然発症ラット(SHR)を用いて血圧下降作用を指標にした場合も同様の結果が得られた。以上の結果より、dihydropyridine環の4位ばかりでなく側鎖の不斉炭素もカルシウム拮抗作用に影響を及ぼすこと、作用持続性にも立体異性体間で差が見られ、カルシウムチャネルへの親和性の高い異性体ほど作用が持続的であることが明らかとなった。また、[3H]-nitrendipine結合阻害作用の強さが最大作用よりも作用持続時間と相関することはnifedipine,nitrendipine,nicardipine,barnidipineの比較からも確認された。 Dihydropyridine結合部位におけるbarnidipineの結合量ならびにその持続性を検討する目的で、barnidipineを経口投与後のSHRの組織を用いてin vivoでの[3H]PN200-110の結合実験を行った。Barnidipine投与後のSHRより調製した心筋および脳皮質の膜画分において、[3H]PN200-110の最大結合量の減少が観察された。次にbarnidipineを経口投与したSHRに[3H]PN200-110を静脈内投与し、心臓、大動脈および回腸の膜画分に残存する放射活性を測定したところ著しい減弱が観察された。この放射活性の減弱はbarnidipineがカルシウムチャネルのdihydropyridine結合部位を占有したためと推測された。barnidipine経口投与6時間後の血漿中濃度は、投与30分後に比べ1/50以下に低下していたが、放射活性の低下には大きな差が認められなかった。従って、barnidipineの結合は血漿中濃度が減少した後も持続することが示唆された。 以上、本研究はdihydropyridine系薬物の構造活性相関に数々の新知見を加えただけでなく、臨床適用への方向性を示した点でも評価されるものである。従って、博士(薬学)の授与に値すると判断した。 |