学位論文要旨



No 214159
著者(漢字) 稲垣,治
著者(英字)
著者(カナ) イナガキ,オサム
標題(和) Dihydropyridine系カルシウム拮抗薬のエステル側鎖修飾とカルシウム拮抗作用の相関性の研究
標題(洋)
報告番号 214159
報告番号 乙14159
学位授与日 1999.02.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第14159号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 今井,一洋
 東京大学 教授 桐野,豊
 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 長尾,拓
内容要旨 緒言

 Dihydropyridine系カルシウム拮抗薬は、末梢血管の拡張作用を介して強力な血圧下降作用を示すため、高血圧症の治療において世界的に広く用いられている。これらカルシウム拮抗薬のプロトタイプとなった

 nifedipineは3位と5位に共にメチルエステルを持つ左右対称の化合物であったが、エステル側鎖の修飾により、カルシウム拮抗作用の増強とともに従来のdihydropyridine系カルシウム拮抗薬の欠点とされてきた作用持続性の向上が期待できることが明らかとなり、同部位の修飾により種々の新規dihydropyridine系カルシウム拮抗薬が見出されてきた。本研究では、カルシウム拮抗作用ならびにその持続性に及ぼすエステル側鎖修飾の影響の研究を行い、(1)エステルをアミドに置換した化合物でカルシウム拮抗作用とは逆に血管収縮を起こすdihydropyridine誘導体を見出し、その薬理作用を解析し、(2)長時間持続型のカルシウム拮抗薬を見出し、その効力および持続性に及ぼす不斉炭素の影響を解析し、(3)さらにその中で最も持続的な作用を示した異性体のカルシウム拮抗作用の持続性について検討した。

第1章血管収縮作用を起こすdihydropyridine誘導体の発見と作用の解析構造活性相関

 Dihydropyridine環の一方のエステル基をphenylcarbamoyl基に置換した誘導体において、従来のカルシウム拮抗薬とは逆に用量依存的な血圧上昇を起こす化合物(YC-170、図1)を見いだした。そこで本化合物の血管収縮作用について検討した。

図1 YC-170の構造
血管収縮作用作用

 YC-170はウサギ摘出大動脈標本において3x10-6〜3x10-5Mで濃度依存的な血管収縮を起こした。3×10-5Mでの発生張力は1.01±0.11gで、ノルエピネフリン(1×10-6M)による収縮の約半分(40.9±4.7%)であった。YC-170の血管収縮作用はvivoでも発現し、麻酔イヌ冠動脈定圧灌流標本においてYC-170 10〜1000gの冠動脈内投与により用量依存的な冠血流量減少作用が観察された。YC-170冠動脈内投与による冠血流量減少は投与後速やかに発現かつ速やかに回復し、投与5分以内には投与前値に復した。麻酔イヌの循環動態に対して、YC-170は0.1〜3mg/kg i.v.で血圧を用量依存的に上昇させ、心拍出量を軽度減少させた。心拍出量と平均血圧より計算された総末梢血管抵抗はYC-170の投与により著しい上昇を示し、全身投与時においてもYC-170は末梢血管の収縮を起こすことが示された。

作用点の解析

 YC-170の血管収縮に対する各種受容体拮抗薬ならびにカルシウム拮抗薬の影響を検討した。摘出ウサギ大動脈標本において、YC-170による収縮はphentolamine(10-6M)、prazosin(10-7M)、mepyramine(10-7M)、ketanserin(10-7M)、atropine(10-6M)では影響されなかったが、カルシウム拮抗薬であるnicardipine(10-7M)および、Krebs液からのカルシウム除去によりほぼ完全に抑制された。脊髄破壊ラットにおけるYC-170の血圧上昇に対してもこれら受容体遮断薬およびカルシウム拮抗薬は同様の結果を示した。ラット脳膜標本における[3H]-nitrendipine結合実験では、YC-170はカルシウムチャネルへの[3H]-nitrendipine結合を競合的に阻害し、YC-170もカルシウム拮抗薬と同様にdihydropyridine結合部位に結合することが示された。これら受容体遮断薬を用いた薬理学的解析ならびに[3H]-nitrendipine結合実験の結果より、YC-170は血管平滑筋へ直接作用して細胞内へのカルシウム流入を介した平滑筋収縮を起こすこと、ならびに、その作用点としてはカルシウムチャネルのdihydropyridine結合部位が示唆された。

第2章血管拡張作用およびその持続性に及ぼす不斉炭素の影響の検討作用持続時間の長いdihydropyridine誘導体の発見

 nicardipineのエステル側鎖の修飾より強力かつ持続的なカルシウム拮抗作用を示すbarnidipine((3’S,4S)体、図2)を見いだした。本化合物はdihydropyridine環の4位およびpyrrolidine環の3位に不斉炭素を有するため、全部で4種の光学異性体が存在する。これら4種の光学異性体間の血管拡張作用の効力ならびにその持続性を比較評価した。

図2 パルニジピンの構造
光学異性体間の血管拡張作用の比較

 barnidipineおよびその他の3種の光学異性体はいずれもラット脳膜標本への[3H]-nitrendipineの特異的結合を濃度依存的に阻害し、その阻害定数(Ki値:nM)は(3’S,4S)体0.205、(3’R,4S)体3.09、(3’R,4R)体14.3、(3’S,4R)体49.6であった。40mM KClで収縮させた摘出モルモット大動脈標本の弛緩作用も(3’S,4S)体が最も強く、50%の弛緩を起こす薬物濃度であるIC50値で比較すると、(3’S,4S)体の効力は(3’R,4S)体の22倍、(3’R,4R)体の15倍、(3’S,4R)体の118培であった。

 麻酔イヌ冠動脈定圧灌流標本では、これら異性体はいずれも用量依存的に冠血流量を増加した。血流量の最大増加率で比較した場合、冠血流量増加作用の効力順は[3H]-nitrendipine結合阻害作用および摘出血管弛緩作用の効力の順とほぼ同じであったが、ED100(冠血流量を100%増加させるのに必要な用量)による異性体間の効力の比較では、(3’S,4S)体は(3’R,4S)体の2.8倍、(3’R,4R)体の5倍、(3’S,4R)体の15倍であり、vitroの実験に比して異性体間の効力比は小さいものであった。冠血流量増加作用の持続時間については、同程度の最大反応を示す用量で比較しても異性体間で大きな差異が認められ、(3’S,4S)体がもっとも持続的な冠血流量増加作用を示し、以下(3’R,4S)体、(3’R,4R)体、(3’S,4R)体の順であった(図3)。この作用持続性の順は、[3H]-nitrendipine結合阻害作用および摘出血管弛緩作用の効力順とおおむね一致した。

図3 麻酔イヌ冠動脈定圧灌流標本におけるbarnidipineおよびその光学異性体の冠血流量増加作用の経時変化。各値は各5例の平均値±標準誤差を示す。
光学異性体の高血圧自然発症ラット(SHR)における血圧下降作用の比較

 あらかじめ慢性的に頸動脈内に血圧測定用のカテーテルを留置した高血圧自然発症ラット(SHR)において、これら光学異性体の経口投与後の血圧下降作用の効力およびその持続時間を比較した。無麻酔・無拘束のSHRにおいて、(3’S,4S)体0.3〜3mg/kg p.o.、(3’R,4S)体3〜30mg/kg p.o.、(3’S,4R)体10,30mg/kg p.o.および(3’R,4R)体3〜30mg/kg p.o.はいずれも用量依存的な血圧下降を発現した。異性体間の血圧下降作用の効力順は(3’S,4S)体>(3’R,4S)体≧(3’R,4R)体≫(3’S,4R)体で、[3H]-nitrendipine結合阻害作用および摘出血管弛緩作用の効力順とほぼ同じであった。血圧下降作用の持続時間は(3’S,4S)体がもっとも長く、その作用は3mg/kg p.o.投与時で10時間以上持続した。

 これらの結果より、dihydropyridine環の4位ばかりでなく側鎖の不斉炭素もカルシウム拮抗作用に影響を及ぼすこと、作用持続性にも立体異性体間で差が見られ、カルシウムチャネルへの親和性の高い異性体ほど作用が持続的であることが明らかとなった。

第3章Barnidipineと他のdihydropyridine系カルシウム拮抗薬との比較In vitroのカルシウム拮抗作用の効力と作用持続性の比較

 ラット脳膜標本における[3H]-nitrendipine結合阻害作用では、bamidipineはnitrendipineより4.1倍、nifedipineより23倍、(+)-nicardipineより2.4倍強い結合阻害作用を示した。40mM KClで収縮させた摘出モルモット大動脈標本でのbarnidipineの弛緩作用の効力はnicardipineおよびnitrendipineの7倍、nifedipineの1-3倍であった。摘出モルモット大動脈での弛緩作用の効力比は、[3H]-nitrendipine結合阻害作用の効力比とほぼ一致した。

 麻酔イヌ冠動脈定圧灌流標本では、nicardipine、nitrendipineおよびnifedipineはいずれも用量依存的な冠血流量の増加を起こした。その作用持続時間には化合物間で大きな差異が見られ、barnidipineによる冠血流量の増加作用がもっとも持続的であった。冠血流量増加作用の最大値ではbarnidipineとこれらカルシウム拮抗薬の効力はほぼ同等で、in vitroでの結果と異なる結果であったが、作用持続性を加味した曲線下面積で比較すると、barnidipineの作用はnicardipineなど他のdihydropyridine系カルシウム拮抗薬より10倍程度強力であった。無麻酔・無拘束のSHRにおいてもbarnidipineは、nicardipine、nitrendipineおよびnifedipineより持続的な血圧下降作用を示した。また、barnidipineの血圧下降作用は脳卒中易発症高血圧自然発症ラットへの連続投与実験においても確認された。

第4章Barnidipineの作用の持続性に対する検討Barnidipineの組織レベルでの作用の持続性についてin vivoにおける検討

 Dihydropyridine結合部位におけるbarnidipineの結合量ならびにその持続性を検討する目的で、barnidipineを経口投与後のSHRの組織を用いてvivoでの[3H]PN200-110の結合実験を行った。Barnidipine 3mg/kg投与後のSHRより調製した心筋および脳皮質の膜画分において、[3H]PN200-110の最大結合量(Bmax)の減少が観察された。Bmax値の減少幅は0.5時間後でコントロール群の69%、3時間後で51%、6時間後で41%であった。他方、nifedipineを投与したSHRより調製した膜画分ではBmax値に変化は見られなかった。次にbarnidipine(3mg/kg p.o.)を経口投与したSHRに[3H]PN200-110を静脈内投与し、心臓、大動脈および回腸の膜画分に残存する放射活性を測定した。Barnidipine経口投与後30分に[3H]PN200-110を静脈内投与したSHRでは、これら組織の膜画分に残存ずる放射活性の著しい減弱が観察された。この放射活性の減弱はbarnidipineがカルシウムチャネルのdihydropyridine結合部位を占有したため、後から静脈内投与された[3H]PN200-110がカルシウムチャネルに結合できなくなったことによりに生じたと推測される。大動脈の膜画分については、barnidipine経口投与後6時間に[3H]PN200-110を静脈内投与したSHRでも、投与30分後に[3H]PN200-110を静脈内投与した場合とほぼ同様の放射活性の低下が認められた。ラットでのbarnidipineの血漿中濃度は、投与6時間後では投与30分後に比べ1/50以下に減少していたが、[3H]PN200-110のBmaxの減少および放射活性の減弱は投与6時間後でも投与30分後とほぼ同じであったことより、barnidipineのdihydropyridine結合部位への結合は血漿中濃度が減少した後も持続することが示唆された。

総括

 (1)一方のエステル側鎖をphenylcarbamoyl基に置換した化合物より、従来のカルシウム拮抗作用とは逆に、外液カルシウム依存性の血管収縮を起こすdihydropyridine誘導体(YC-170)を見出した。

 (2)YC-170による血管収縮は、各種受容体遮断薬では抑制されなかったが、dihydropyridine系カルシウム拮抗薬の前投与により抑制された。YC-170が[3H]nitrendipine結合を阻害したことより、YC-170の作用点として、カルシウムチャネルのdihydropyridine結合部位が示唆された。

 (3)一方の側鎖をbenzyl pyrrolidinylエステルに置換することで、強力かつ持続的なカルシウム拮抗作用を示すdihydropyridine誘導体(barnidipine)を見出した。Barnidipineの光学異性体の研究より、エステル側鎖の不斉炭素の配座もカルシウム拮抗作用の効力に弱いながら影響をおよぼすことが示された。

 (4)光学異性体間でカルシウム拮抗作用の持続時間に違いがあることを見いだした。光学異性体のカルシウム拮抗作用の持続時間はカルシウムチャネルへの親和性とよく相関した。

 (5)Barnidipineの作用持続性の一部には、この薬物のdihydropyridine結合部位からの解離が遅いことが寄与していると推測された。

審査要旨

 Dihydropyridine系カルシウム拮抗薬は、末梢血管の拡張作用を介して強力な血圧下降作用を示すため、高血圧症の治療薬などに広く用いられている。これらカルシウム拮抗薬のプロトタイプとなったnifedipineは3位と5位に共にメチルエステルをもつが、エステル側鎖の修飾により、カルシウム拮抗作用の増強とともに作用持続性の向上が期待できることが明らかとなり、同部位の修飾により種々の新規dihydropyridine系カルシウム拮抗薬が見出されてきた。本研究では、カルシウム拮抗作用ならびにその持続性に及ぼすエステル側鎖修飾の影響について検討した。

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 Dihydropyridine環の一方のエステル基をphenylcarbamoyl基に置換した誘導体において、従来のカルシウム拮抗薬とは逆に用量依存的な血圧上昇を起こす化合物(YC-170)を見いだした。YC-170はウサギ摘出大動脈標本において濃度依存的な血管収縮を起こし、発生張力はノルエピネフリンの場合の約半分であった。YC-170の血管収縮作用はin vivoでも発現し、麻酔イヌ冠動脈定圧灌流標本において用量依存的な冠血流量減少作用が観察された。また、麻酔イヌの血圧を用量依存的に上昇させ、心拍出量を軽度に減少させた。全身投与時においてもYC-170は末梢血管の収縮を起こすことが示された。

 摘出ウサギ大動脈標本および脊髄破壊ラットにおいて、YC-170の作用機序を検討したところ、アドレナリン、ヒスタミン、セロトニン、ムスカリン等の受容体拮抗薬は影響しなかったが、カルシウム拮抗薬および外液カルシウム除去によりほぼ完全に抑制された。ラット脳膜標本を用いた[3H]-nitrendipine結合実験よりYC-170も他のカルシウム拮抗薬と同様にdihydropyridine結合部位に結合することが明らかになった。これらの結果より、YC-170は血管平滑筋へ直接作用して細胞内へのカルシウム流入を介した平滑筋収縮を起こすこと、ならびに、その作用点としてはカルシウムチャネルのdihydropyridine結合部位が示唆された。

 nicardipineのエステル側鎖の修飾により強力かつ持続的なカルシウム拮抗作用を示すbarnidipine((3’S,4S)体)を見いだした。本化合物はdihydropyridine環の4位およびpyrrolidine環の3位に不斉炭素を有するため、全部で4種の光学異性体が存在する。これら4種の光学異性体間の血管拡張作用の効力ならびにその持続性を比較評価した。barnidipineおよび3種の光学異性体はいずれもラット脳膜標本への[3H]-nitrendipineの特異的結合を濃度依存的に阻害し、その阻害定数(Ki値:nM)は(3’S,4S)体:0.205、(3’R,4S)体:3.09(3’R,4R)体:14.3、(3’S,4R)体:49.6であった。摘出モルモット大動脈標本の弛緩作用も(3’S,4S)体が最も強く、その効力は(3’R,4S)体の22倍、(3’R,4R)体の15倍、(3’S,4R)体の118倍であった。麻酔イヌ冠動脈定圧灌流標本を用いて血流量の最大増加率で比較した場合も同様の効力順位であったが、その差はin vitroの実験に比して小さいものであった。しかし、冠血流量増加作用の持続時間については異性体間で大きな差異が認められ、効力比は、[3H]-nitrendipine結合阻害作用および摘出血管弛緩作用の効力順とおおむね一致した。無麻酔・無拘束の高血圧自然発症ラット(SHR)を用いて血圧下降作用を指標にした場合も同様の結果が得られた。以上の結果より、dihydropyridine環の4位ばかりでなく側鎖の不斉炭素もカルシウム拮抗作用に影響を及ぼすこと、作用持続性にも立体異性体間で差が見られ、カルシウムチャネルへの親和性の高い異性体ほど作用が持続的であることが明らかとなった。また、[3H]-nitrendipine結合阻害作用の強さが最大作用よりも作用持続時間と相関することはnifedipine,nitrendipine,nicardipine,barnidipineの比較からも確認された。

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 Dihydropyridine結合部位におけるbarnidipineの結合量ならびにその持続性を検討する目的で、barnidipineを経口投与後のSHRの組織を用いてin vivoでの[3H]PN200-110の結合実験を行った。Barnidipine投与後のSHRより調製した心筋および脳皮質の膜画分において、[3H]PN200-110の最大結合量の減少が観察された。次にbarnidipineを経口投与したSHRに[3H]PN200-110を静脈内投与し、心臓、大動脈および回腸の膜画分に残存する放射活性を測定したところ著しい減弱が観察された。この放射活性の減弱はbarnidipineがカルシウムチャネルのdihydropyridine結合部位を占有したためと推測された。barnidipine経口投与6時間後の血漿中濃度は、投与30分後に比べ1/50以下に低下していたが、放射活性の低下には大きな差が認められなかった。従って、barnidipineの結合は血漿中濃度が減少した後も持続することが示唆された。

 以上、本研究はdihydropyridine系薬物の構造活性相関に数々の新知見を加えただけでなく、臨床適用への方向性を示した点でも評価されるものである。従って、博士(薬学)の授与に値すると判断した。

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