学位論文要旨



No 214163
著者(漢字) カイ,ローゼ
著者(英字)
著者(カナ) カイ,ローゼ
標題(和) 多数のLEDを光源に用いた光造形法に関する研究
標題(洋) Studies on Layer-Manufacturing Process Applying Multiple-LED Photographic Curing
報告番号 214163
報告番号 乙14163
学位授与日 1999.02.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14163号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中川,威雄
 東京大学 教授 鯉渕,興二
 東京大学 教授 中島,尚正
 東京大学 教授 横井,秀俊
 東京大学 助教授 高増,潔
内容要旨

 従来,3次元CADデータを実体化するには,ほとんどの場合,金型の製作など多くの費用のかかるプロセスを必要とした.これのプロセスを排除し計算機内のデータから直接3次元形状を持った実物が得られるラピッドプロトタイピング(以降RP)が製造業に果たす役割は非常に大きい.これまでに様々なRP手法が開発されてきたが,今日もなお新たなRP手法が考案開発されている背景には,意匠の検証,試作,少量の最終製品の製作などに対する要求の増大がある.これら多種多様なRP方式の中から何を選択して実際の製品開発サイクルに導入するかは,その利用目的,造形精度・造形時間などの性能および費用などによって異なるが,現在のRP技術では十分な造形速度が得られておらず,またコスト的にも容易に入手可能なものとは言い難い.RP技術のこのような問題点を解決し,迅速・高精度かつ経済的なRP技術を開発することは,製造業のみならず3次元実形状を利用するする多くの分野に多くの利益をもたらすと考えられる.

 このような増大する要望に応えるという意味で,RP方式の中でも光造形の高速かつ低費用で模型を製作できるという特徴は注目に値する.従来の光造形装置は光源として使用しているレーザが硬化であるためにために十分な低価格化が困難であったが,これをレーザに比べ安価な発光ダイオードに置き換え,さらに現在の造形装置の造形精度を維持できるのであれば,光造形装置の導入と運転コストの削減が可能であると考えられる.この目的を達成するために,本研究では,多数のLEDを光源としてもちいた光造形(Multiple-LED Photographic Curing)方法を開発した.

 本論文の構成は以下に示す10章から構成される.

 第1章では,研究対象として本方式を選択するに至った背景について論ずる.まず,積層造形技術を概観し,その基本概念について説明し,次に本研究の目的を低価格で高速な模型製作,特に意匠検討用の模型の製作に定めた.さらに,従来のレーザ光による光造形技術の研究からすでに得られた光硬化プロセスの基本知識を確認し,本方式を確立するためにどのような研究が必要かを明らかにした.

 第2章および3章では,MPCの基本概念と研究に使用するために開発した装置について論ずる.光造形では,造形しようとする物体をCADデータをもとに計算機上で切断した後に,断面形状にしたがって樹脂液面を選択的に露光・硬化するという作業を各断面について繰り返すことにより3次元形状を得る.従来の光造形装置の多くは,1条のレーザ光を可動ミラーやXYプロッターを使って2次元走査して液面を選択露光するという方式を採用しているが,本研究の方式ではLEDを光源とするビームをアレイ化するスキャナヘッドを構成し,これを1軸走査しながら光硬化性樹脂液面を選択的に露光する.試作装置では光源として波長470nm,出力3mWの青色LEDを1024個使用した.各LEDからの光は,光ファイバを経由してスキャナヘッド部へ案内されアレイ化される.光ファイバからの光は,グラディアントインデックス型ファイバアレイによって構成されるレンズ(SELFOC LENS:日本板硝子製)により樹脂液面上に結像される.スキャナヘッドを走査することにより,64×64mmの範囲を1024×1024ピクセルの分解能で2次元的に選択露光することが可能である.この装置はIBM互換のパーソナルコンピュータにより制御され,Windows95をベースとするユーザインターフェイスを有している.制御コンピュータへ制御データは,幾何データと走査速度やリコーティング速度などの条件データから構成され,幾何データには加工機の一般的な数値制御コードであるGコードが利用した.

 第4章から7章では,本方式のの特性と応用の可能性について議論される.

 第4章では,システムの様々なパラメータ,すなわち環境条件,露光条件,樹脂の性能などの入力条件,そのようなパラメータから比較的容易に演繹できる中間条件,プロセス後に得られる造形結果について検討する.プロセスに影響を与える入力条件は数多くあるが,特に有意な影響を与えるものについてのみ検討を行った.装置に関わるものとしては,LEDの出力と走査速度について主に検討した.樹脂の性能の詳細な検討は行っていないが,本装置用の試作樹脂として供給されたアクリル系樹脂の,臨界露光量,透過深度,粘性の測定を行った.中間条件としては,硬化深度の測定を行い,最も小さな値として透過深度の75%が得られた.結果として得られるパラメータとしては1条のビームで細線を造形したときのの形状について考察をおこなった.細線の断面形状と幅は最終的な造形物の精度に大きな影響を与える.硬化深度と積層ピッチの関係は造形物の質に大きな影響を与える.

 第5章では造形プロセスのモデル化を行った.プロセスのモデル化の目的は主として2つある.ひとつは造形精度に影響を与える支配的な入力パラメータの抽出にある.モデル化により,造形精度に関する入力パラメータの最適化を行うことができる.今ひとつは,将来様々な用途に本方式が利用されたときに,入力条件を決定するための規範の提供である.得られたモデルを利用して細線を造形に関する露光条件の最適化を行った結果,5本のビームによる多重露光が最適であるという結果が得られ,この結果は実験結果とよく一致した.また,薄膜を造形した際の裏側の面の粗さについての計算結果も得られ,計算値5mに対して測定値5.8mという非常に良い一致が確認された.

 第6章では,造形結果に影響を与えるであろう様々な条件について実験を行い,それらの条件が造形精度に与える影響を調べた.細線の精度は走査軸に対してどのような角度に置くかによって変化することが確認された.1本のビームで露光しているときに走査速度が0.1mm/s程度の低速になると,ステッピングモータの特性から走査軸方向にに振動が生じ造形結果に影響が生じたが,多数のビームによる多重露光を行うことで,この影響は減少された.最も細い細線の造形条件は,5本のビームによる多重露光で1.3mm/sの走査を行ったときに得られた.ビームの発光強度と走査速度を変化させて造形を行うことにより,前章で得られたモデルの妥当性が確認された.造形中反応熱が生じ,樹脂の温度が最大25度上昇していることが確認された.実験に使用したアクリル系樹脂の硬化には少なくとも30分の時間が必要であり,造形物の最高強度を得るためにはポストキュア処理が必要であることが分かった.

 第7章では,本造形方式の性能を,他の造形方式とベンチマークテストを行うことで比較した.その結果,表面粗さ・精度の面で,本方式がコンセプトモデルを作製するに十分であることが確認された.

 第8章では,分子モデル,骨,結晶モデル及びターボインペラの造形を行い,コンセプトモデル用造形装置として,本方式が有用であることを確認した.

 第9章では,本方式をさらに有効なものとするための改良課題について論じる.中でも,ビームパワーの増大は,より高速な造形を行うために最も重要な項目である.本研究で開発した装置は,LEDの光を光ファイバで案内したが,LED自体をアレイ状に配置しレンズで直接結像することはビーム強度の向上に有効である.また,ウエファー上にバッチ処理によりLEDを配置することも有効であると考えられる.

 第10章では本研究をまとめ,結論を述べるとともに将来の展望について言及した.

審査要旨

 機械部品の設計が3次元CADを使って行われているが、積層造形法によりそのCADデータから直接立体モデルが取出せるようになっている。光硬化性樹脂に光ビームを走査する光造形法が発明されて以来、次々と新しい方法が開発されている。それらは主として試作部品製作用として開発されたもので大型で高価な装置が大半である。

 本論文は、「Studies on Layer-Manufacturing Process Applying Multiple-LED Photographic Curing」(和訳:多数のLEDを光源に用いた光造形法に関する研究)と題し、3次元CADデータより立体モデル創成を行う光造形において、多数のLEDを光源とした小型で安価な新しい造形法を提案し、実際に装置を試作すると共に、適切な造形条件を探索し、実用の可能性を実証した研究である。

 本論文は、序論と結論を含め全10章より構成されている。

 第1章では、先ず既存の積層造形技術を概観すると共に、光造形法における樹脂光硬化についての基本現像を調べている。これらの結果より現存の光造形法における幾つかの問題点を抽出し、小型で安価な光造形機が求められている背景を明らかとしている。

 第2章では、本研究で新しく提案する多数のLED素子を光源とする光造形法(Muliple-LED Photographic Curing,略称MPC)について、その基本原理を示しており、本方法の独自性が示されている。この方法ではLEDを光源とする多数のビームを一列に並べ、このビーム列を走査することにより、樹脂面に選択的に露光して表層硬化させ、これを繰返すことにより立体造形を行っている。また、このMPC法の予想される幾つかの特徴と利点について触れ、本研究を行う意義を示している。

 第3章は、試作した装置の設計と造形プロセスについて述べており、本論文の中でMPC方式を詳しく説明する主要部分を構成している。本方式においては光源として波長470nm,出力3mWのLEDが1024個準備され、光ファイバを経由してヘッドに導かれ、アレイレンズによって液面上に集光される。この光は液面上の64mm角の部分を、1024×1024ピクセルの分解能で2次元的に選択露光される。これらはパソコンで制御されるが、その制御データは造形形状データと走査速度やリコーィテング速度などの露光条件データより成立っている。本装置の開発に当たっては、随所に高度な光技術と制御技術が集約され活用されていることが示されている。

 第4章では、樹脂硬化における露光条件の影響を検討し、造形における基本硬化特性を調べている。特に造形品質に与える影響の大きいLEDの出力と走査速度の関係を明らかにするため、光硬化アクリル樹脂を用い1条ビーム細線の造形実験を行い、細線の断面形状と幅の計測を行っている。

 第5章では、本MPC方式の特徴である多ビーム露光による造形法のモデル化を行い、高精度化と露光条件の最適化の検討を行っている。その結果5本ビームによる多重露光が適していることを明らかとしており、またこの値が理論値とも良く一致することを確かめている。

 第6章では、造形精度に影響を与える諸因子について実験的に調べている。走査軸に対して傾斜した面の凹凸に関しても、多重露光や走査速度を最適化することでかなり解決されることを明らかにしている。また、造形中の硬化に伴う反応熱により最大25℃温度上昇し、さらにポストキュアリングが必要であることを明らかとしている。

 第7章では、本開発のMPC方式と他の市販されている造形方式との比較を、ベンチマークテストによって行い、表面と寸法の精度面から判断してコンセプトモデリング機として活用できる可能性のあることを示している。

 第8章では、開発機を使い具体的に幾つかのモデルについて実際に造形を行い、造形が確実に行えることを確認している。

 第9章では、MPC方式の更なる改良のためには、ビームパワーの増大による高速化が不可欠であることを述べ、その対策としてLED自体をアレイ状に配置し、レンズで結像する方式を提案し、実際に予備的実験により高速化の実現できる可能性が高いことを示している。

 第10章の結論では、以上の研究結果をまとめると共に将来を展望している。

 以上要するに本論文は、3次元CADデータより立体を創成する光造形法において、LEDを光源とし、それを多数配列して走査することにより、立体造形するという新しい光造形法を提案し、試作機を製作すると共に適切な造形条件の把握を行い、本造形方式の実現の可能性を示した研究であり、光応用と生産工学の面において貢献するところ大である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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