学位論文要旨



No 214164
著者(漢字) 野口,裕之
著者(英字)
著者(カナ) ノグチ,ヒロユキ
標題(和) 金属複合による高導電性プラスチックの研究
標題(洋)
報告番号 214164
報告番号 乙14164
学位授与日 1999.02.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14164号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中川,威雄
 東京大学 教授 鯉渕,興二
 東京大学 教授 林,宏爾
 東京大学 教授 須賀,唯知
 東京大学 教授 横井,秀俊
内容要旨

 本論文は,導電性プラスチックを用いてこれを射出成形することにより3次元立体回路を形成することを目的とし,金属フィラーとプラスチックを複合させて高導電性と射出成形性を兼ね備えた導電材を開発し,これを射出配線材料に適用できることを明らかにしたものである。

 本論文は,序論と総括を含めて10章より構成されている。

 第1章"序論"においては,既存立体回路の現状と問題点を分類して概観しいる。2色成形による回路形成法として本研究と成形方法が類似しているMID技術の特徴と対比させ,導電性プラスチックによる射出配線の構想と利点を述べ,本研究の技術的背景を明らかにし,研究の目的および主たる内容を明確にしている。

 第2章"銅短繊維混入による高導電性プラスチック"においては,高い導電性を得る方法として,銅短繊維の接触抵抗低減のため,はんだを混入・混練する方法を前提として,この方法でどこまで高い導電性が得られるかを明らかとするため,金属繊維混入量を限界に至るまで増大させて導電性プラスチックを試作し,その体積固有抵抗は,銅繊維30vol.%以上で10-5・cmの値が得られ,また混入限界値の50vol.%では鉛の体積固有抵抗に匹敵する2.2×10-5・cmの値が得られ,金属繊維を混入する方法により得られる導電性の限界値を明確にした。しかし,成形性試験結果から混入量に比例して成形性が劣化するため,射出配線材料としては不適格であることが判明した。

 第3章"共晶はんだ射出による立体配線"においては,溶融金属の低粘性に着目し,低融点の金属を樹脂成形体のキャビティに直接射出成形するための検討を行った。供試材料は溶融状態の粘性が低く流動性が最も高い共晶はんだを選択した。溶融金属を射出成形するための手法として,既存のダイカスト成形法や,射出成形によるマグネシウム合金などのチクソモールドのように,型温を上昇させることさえできれば2色成形による細線の配線の可能性が存在することから,樹脂成形体に作成された溝に共晶はんだを射出成形し,金属はんだによる射出配線の可能性を明らかにしたもので,射出成形条件として射出速度,射出温度,射出圧力,金型温度と流動長の関係を調査した。その結果,流動長に一番影響を及ぼす因子は金型温度であることが判明した。また,Bi合金を使用した射出成形実験では,金型温度が金属の融点以上では,わずかな加圧力で細線が成形できることが判明した。

 第4章"Bi合金鋳造による立体配線"においては,金属の融点以上の成形条件における細線の成形を試みるため,はんだよりさらに低融点のビスマス合金を使用した各種の成形例を示している。溝内部への溶融金属の充填方法として,鋳造の他に溝内部を真空引きにすることにより大気圧による加圧で溶融金属の充填が可能であることを示している。0.2mm角の溝加工された汎用樹脂であるアクリル樹脂板に終端まで溶融した金属が充填できることを明らかとしている。また,溝内部を真空にすることが困難な場合に対応する手段やその問題点を示している。金属充填可能な溝の限界調査では50mが可能であることを明らかとしているが,それ以下の細径に関しては調査を行っていない。これらの成形を実用化するための考察として,本成形の問題点を明記し,これに対応するために高速に温度調節が可能な金型構造を示した。

 第5章"Pb/Snはんだ分散導電性プラスチック"においては,2色成形することで配線を行うためには高導電性と高成形性を兼ね備えた導電材の開発の重要性を考慮しはんだ粉末を導電フィラーに選択している。樹脂中にはんだが分散できる理由を説明し,共晶はんだを例に半溶融状態が存在する場合に樹脂との混練が可能であると結論づけている。はんだ混入量とはんだの分散状況を調査し,混練体におけるはんだの大きさは100m程度で,はんだ混入量が多くなると射出成形体に再凝集的挙動が認められるため改善が要求された。導電性の調査では,50vol.%のはんだの混入量において10-5・cmオーダーに達し,配線材料に使用できるレベルの導電性が得られた。成形条件の調査では,射出成形温度をはんだの共晶線以下で行なう場合は,導電性プラスチック内部のはんだ接続が切断され導電性が劣化することが判明した。汎用樹脂とはんだの混練性調査では,はんだの溶融が起きるように各樹脂の混練温度特性をマッチングさせることが重要であることを指摘している。

 第6章"Pb/Snはんだ分散導電性プラスチックにおける銅短繊維添加の効果"においては,導電材の安定化を図るため,プラスチック中に分散したはんだをさらに細かくし,かつ流動性を劣化させないように長さの短い銅短繊維を少量添加した混練実験を行ない,銅繊維添加の効果を調査し,はんだがさらに細かく分散できることを明らかにした。はんだの均一微細分散化により射出成形体表面のはんだが広がりによる外観不良現象を防止でき,導電材内部においてもはんだの再凝集を防止できることを明らかにした。繊維添加による導電性への影響は,長さの異なる銅繊維と比較した結果,その影響は少なく銅繊維同士の接触が起きなくても,はんだにより繊維同士が接合されることによるためと判断された。試料温度と導電性の関係は,分散されたはんだにより繊維が接合される条件では導電性が安定しているが,はんだ量が足りない場合には導電性が劣化する現象が起き,はんだ同士の接合が重要な要因であることが検証できた。銅繊維に加えて銅粉末を添加した実験では,導電性を高める効果は少なく,その分はんだ量を増やした方が導電性が高められることが明らかとなった。また,銅粉末にもはんだ分散効果は認められた。

 第7章"Pb/Snはんだ分散導電性プラスチックにおける銅粉末添加による分散性の向上"においては,銅粉末添加により流動性とはんだ分散性の向上を目的に,最適な添加量を調査した。銅粉末の添加量は5vol.%ではんだの均一分散が可能であることを明らかにし,それ以上の増量は逆効果であることを示した。銅粉末は,混練中にはんだと反応し外観上銅粉末が小さくなったり,消滅したりするが,銅粉末が見かけ上減少しても分散助剤としての効果は十分存在することを見いだした。分散したはんだの大きさは25m程度で銅粉末を添加しない場合の4分の1程度に微細分散化ができることを確認した。銅粉末以外の添加剤で分散効果を調査し,銅粉末が分散剤としては極めて適していたことを示した。はんだの微細分散が起こる要因として銅粉末ははんだと合金化が容易であり,しかもその合金やはんだの銅への固溶化がはんだの融点付近で起こっているためと考察した。流動性に関して,粘度測定および流動性試験を行ない適切な成形条件を示した。また2色成形の例により0.5mm幅をもつ立体射出配線を行ない優れた流動性を確認した。

 第8章"鉛フリーはんだ分散導電性プラスチック"においては,環境問題への適合のため,鉛フリーはんだをプラスチックに混練する実験を行ない適切な混練条件を調査した。鉛フリーはんだは溶融温度や溶融状態が,鉛を含むはんだと異なるため,これまでに使用した材料の配合や混練条件では,この鉛フリーはんだはプラスチックに分散させることが困難であることが判明した。これは分散助剤として添加した銅粉末の固溶が原因であることをつきとめ,対策として銅粉末の添加量を増やすことで,鉛フリーはんだをこれまでの分散よりさらに細かく5mオーダーでプラスチック中に分散させることが可能であることを明らかにした。金属成分中の銅の割合によるはんだの接続状態に着目し,適切な金属成分中の銅の割合は23〜27%であることを示した。金属成分65vol%の試料において,金属成分中の銅の割合を18%にすることで体積固有抵抗が3×10-5・cmが得られることを明らかにした。

 第9章"鉛フリーはんだ導電性プラスチックにおける金属凝集粒防止"においては,鉛フリーはんだを使用した場合に,導電性プラスチック中に金属の粒が発生する問題が起きた。この金属凝集粒は1度発生すると混練条件を変化させても粒として残り,射出成形において細線の回路成形を大きく阻害するため,その防止対策を検討した。金属凝集粒の発生には2種類のタイプがあることが判明し,分散助剤にニッケル粉末を使用した場合に起こるものと,銅粉末を使用した場合にある条件でわずかに小さな金属凝集粒が発生する。これらの発生原因を究明し,金属凝集粒の発生原因は銅粉末塊への錫の過剰固溶により発現することをつきとめ,金属凝集粒の発生を抑制する実験を行ない,金属凝集粒の発生を完全に防止できた。また,検証実験として,これまで金属凝集粒が発生したことがない材料においても,混練条件を金属凝集粒が発生すると見込まれた混練条件に設定することにより金属凝集粒を発生させて金属凝集粒の発生原因を立証した。

 第10章"総括"においては,本研究で得られた結果を各章を追って総括し,本研究の意義を述べている。さらに本研究はこれまでに存在しない手法による新しい導電性プラスチックの製造方法であることから,必ずしも十分な結果を得ていない部分を今後の研究課題として取り上げ更なる検討を行っている。

審査要旨

 本論文は「金属複合による高導電性プラスチックの研究」と題し、プラスチック樹脂材料に低融点金属フィラーを多量に混入することによって、高い導電性を付与し、射出立体配線技術を確立することを目指した研究である。

 多くの工業製品が高度に電気的な制御をされ、またエレクトロニクス技術が広く採用されるようになると、その配線は高密度化し立体配線が避けられないものとなっている。立体配線法としてはメッキ技術が一般的であるが、マスク処理が複雑である上、配線に流す電流量にも制約がある。したがって射出成形可能な配線材が出現すれば、2色射出成形法により複雑な立体配線が可能となり、立体配線技術における大きな技術革新をもたらす筈である。これまで、高い導電性を有する射出導電材は不可能とされていたが、本研究でははんだ粉末を樹脂に多量に混入することにより10-5・cmオーダの高い導電性を持つ射出導電材を研究開発したものである。特に従来、樹脂と金属が溶融状態で均一に混合できないとされていたものを、金属の半溶融状態を利用したり、固体金属粉末を混入することによって均一分散を実現している点が独創的である。

 本論文は、序論と総括を含め全10章より構成されている。

 第1章は、序論として本研究の背景と目的を述べているもので、立体配線技術を展望し、2色成形法による導電材の配線が既存技術の諸課題を解決する有力な手段となり得ることを述べている。

 第2章は、混入する金属フィラーとして銅短繊維を選択し、かつ繊維間の接触電気抵抗を減らすためはんだを混入した導電性プラスチックを試作し、高導電性が得られることを明らかとしている。しかし、繊維混入量が増大すると共に、射出成形性が劣化し、細線の射出成形は困難であるため実際の射出配線材には適しないとしている。

 第3章では、金属材単体の射出成形による配線の可能性を調べるため、低融点の共晶PbはんだやBi合金の射出配線の可能性を追求している。これはあらかじめ樹脂の成形性を準備し、そのキャビティ部分にはんだをダイカストと同じ手法により配線する方法である。金型温度を適切に選択すれば細線の配線が可能であることを明らかとしているが、同時に樹脂と金属で別々の成形機を要することと、金型温度を高めるため樹脂は耐熱性の高いものしか使用できない等の問題点があることを指摘している。

 第4章は、より低融点のBi合金を鋳造によってキャビティに流し込み立体配線をする可能性を追求している。樹脂キャビティ内を真空引きをすることにより、微細配線が可能であることを示している。しかし、鋳造法であるため、生産性が劣ることと、樹脂成形機とは別の特殊装置を必要とすることなどの問題点が残されている。

 第5章は、第2章での金属フィラー混入タイプの成形性劣化の問題点を解決するために、銅繊維の代わりにPb/Snはんだ粉末を多量に混入する方法を提案している。この研究過程においてはんだが溶融状態であっても樹脂との混合が可能であること、また射出成形における流動性は予想通り良好であることを見出し、実用性の高い射出導電材が可能であることを示したものである。さらに均一分散混練には、共晶はんだよりはんだの一部が半溶融状態で固体金属が残留している方が適していることを明らかとしている。

 第6章は、前章での固体金属存在の有効性を示す結果を踏まえ、Pb/Snはんだに固体分として金属短繊維を混入して、前章で認められたはんだの凝集を抑制し、均一分散性が向上できることを確かめている。

 第7章では、はんだ中に固体成分として銅粉末を添加しても均一分散ができることを確かめている。さらにこの銅粉末添加ははんだを微細に分散する効果もあり、高い導電性と良好な成形性が同時に得られることを示している。

 第8章では、環境問題への配慮のため、鉛フリーのSn系はんだを混入した導電性プラスチックの研究を行っている。各種樹脂材との組合わせにより適切な樹脂を選択すると共に、混練温度が高くSn系はんだ中への固溶量が多いため、添加銅粉末量をかなり増加させる必要があることを明らかとしている。

 第9章では、前章の混練過程で生じた粗大金属粒が、初期の混練時において発生し、混練中に成長することをつきとめ、この防止のために混練条件を変えると共に混練温度を下げることによって解決できることを明らかとした。

 第10章は本研究で得られた結果を総括し、実用化のための将来の課題を選択している。

 以上要するに、本研究は従来不可能とされていた樹脂と金属の均一微細分散混練を実現し、それにより高導電性プラスチック材料を開発したもので、産業界より強く期待されている樹脂成形体への立体射出配線への道を拓いた研究であり、新素材や生産技術分野に大きな貢献をなすものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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