学位論文要旨



No 214165
著者(漢字) 在田,正義
著者(英字)
著者(カナ) アリタ,マサヨシ
標題(和) 船舶・海洋構造物の保守管理に関する研究
標題(洋)
報告番号 214165
報告番号 乙14165
学位授与日 1999.02.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14165号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,宏一郎
 東京大学 教授 大坪,英臣
 東京大学 教授 野本,敏治
 東京大学 助教授 吉成,仁志
 東京大学 助教授 鈴木,英之
内容要旨

 船舶に関して、これまで寿命というものが明確には意識されてこなかったのではあるまいか。船舶には、鋼船に限っても既に長い歴史があり、当然ながら、保守管理に関しても十分に長い歴史がある。この歴史の過程で、各種の規則、条約、保険制度等が整備されてきた。このために、寿命というものを強く意識しなくても、船舶を安全に保つということがそれなりに機能してきたといえるであろう。しかし、船舶に溶接工作法が大幅に取り入れられるようになった第二次世界大戦後の船舶に限っても、規則、条約、保険制度等で船舶の安全が万全の体勢で確保されてきたわけではない。この間に起こった事故を見ると、溶接構造の採用の拡大、タンカー、バルカー等の急速な大型化、RO-RO船等の大型新形式船の登場といった新たな技術の発展のたびに、損傷の多発、さらには重大事故の発生を経験しているのもまた事実である。日木においても、洞爺丸、ぼりばあ丸、かりふおるにあ丸、尾道丸、菱洋丸等の多くの重大事故が起こるという不幸な経験をしている。これらの事故の全てが、設計時にその船の寿命を考え、十分な保守管理の備えと、その忠実な実施によって防げたということは出来ないであろうが、多くの事故は防げた可能性があるように思われるのである。今後も、新しい技術の導入、新しい形式の船舶の開発・就航が続くことであろうが、こうした場合に、損傷の多発、これに続く重大事故の発生を未然に防ぐ鍵の一つに、保守管理技術の確立があるのではないだろうか。この観点から船舶の安全問題を検討してみたのが本論文である。

 一方、海洋構造物はどうであろうか。海洋構造物の歴史は浅いが、急速に発展しつつある。今日では、これまでに経験したことのない規模の、予定される稼働期間も従来の数倍となる超大型浮体構造物が検討されている。この超大型構造物の安全にとって保守管理が極めて重要なことになっている。それは、規模の巨大さのために船舶で行われている入渠による検査は不可能であること、予定稼働年数が100年程度とこれまでの実績の数倍であること、巨額の資金が投じられ、重大損傷を保険などでカバーすることが不可能なこと、構造物上や周辺に多数の一般市民が関与していること、こうした構造物に対して蓄積されたデータの絶対量が不足しており、経年劣化状態をデータから推定することが困難なこと、構造物の安全の把握を保守管理以外の手段で行うことは困難と思われることなどがその理由である。このことから超大型浮体海洋構造物には、従来の経験に基づく保守管理法に代わる新しい方法が必要となろう。この新しい手法の輪郭を明らかにすることをこの論文のもう一つのねらいとした。

 資源の有限さが意識され、地球環境の保全が叫ばれている今日である。使い捨て的な商品は排除される傾向にある。船舶や海洋構造物に、使い捨てといった概念は入り込めないようにも見えるが、必ずしもそうではない。今後は、より良い構造物をより長く使う傾向に向かうであろう。この時重要となるのは、出来る限りシンプルで、検査・補修のし易い構造、計画的な保守管理、さらにそれを実行し必要な修正を施こし改善してゆくことであろう。こうしたことを意識して、船舶、海洋構造物の保守管理の全体像について考え方を示した。

 全体は、研究の動向(文献調査)、事例研究、要素研究、事故分析、超大型海洋構造物の保守管理の考え方、結論、からなる。

 研究動向(文献調査)では、これまでに行われた船舶・海洋構造物の保守管理に関係した研究を外観する。保守管理に関する研究には、極めて広範な分野を含まれている。広く構造物の安全確保の考え方、保守管理の考え方(フィロソフィ)、点検・補修の実際・マニュアル、腐食・防食、疲労・腐食疲労、外力・腐食・防食等に関するデータベースといった分野である。全てについて取り上げることは困難であるため、今後の保守管理を考える場合に最小限必要な範囲で示す。対象とする研究は、国内で行われた研究を主としたが、研究や動向が注目されるものについては外国での研究動向にもふれた。さらに、船舶・海洋構造物の保守管理を考える際に参考とするため、航空機、鉄道橋、原子炉といった構造物の保守管理についても、現在の動向を取り上げた。

 事例研究では、船舶と海洋構造物について行った二つの調査研究の結果を示した。一つ目は並外れて高齢の船舶の場合である。調査結果から、稼働停止すべきとする決定的な欠陥は無いが、全般的に多数の欠陥や変形が生じているという高齢船特有の症状が明らかになった。さらに、次第に劣化してゆく高齢船をどの時点で稼働停止とすべきかについて、重要な指標を得ることが出来た。二つ目は、実験用の多脚柱半没水型の海洋構造物を用いて行った保守管理に関する研究である。脚柱及び甲板室の塗膜防食を主たる実験対象としたものであったが、生物付着、現場検査・補修、塗膜仕様による防食性の大きな違い等を明らかにし、海洋構造物の保守管理に関する多くの知見を得た。

 要素研究では、保守管理で特に重要となる要素技術に関する研究を示した。腐食疲労強度に関する研究、塗膜の膜厚分布・劣化・劣化データベースに関する研究、塗膜付き鋼板の腐食とその強度の考え方に関する研究である。

 事故分析では、二つの場合を示した。一つは、海洋構造物事故を保守管理の観点から分析し直し、事故の傾向に関する新しい知見を得る試みである。海洋構造物では船舶とは異なる船齢-事故率関係が存在することを確かめた。他の一つは、船舶のSOS発信から沈没までの時間(船体損失までの時間、T)と人命救命率(R)との関係についての新しい発見と、これを基にした提案である。新しい発見とは、Tが11時間以上であればR=100%となることである。この数字を、老朽船の退役時期決定の根拠にしてはどうかというのが提案である。老朽船の特徴は、個別に見れば健全であっても一旦事故等で損傷等が発生すれば、伝播は急速なことである。Tが極端に短くなることが予測される。経年航空機では既に公認された現象であるが、船舶についても当てはめてゆこうとするものである。

 今後の建造が検討されている超大型海洋構造物について、その保守管理の考え方を示すため、これまでの研究を基礎に、保守管理で考慮すべきこと、必要となる要素技術を整理した。その上で、超大型海洋構造物の保守管理の新しい考え方を示した。国際空港などに使うために検討されている超大型海洋構造物は、これまで建造された浮体構造物に比し長さで十倍、甲板面積で百倍と寸法が著しく巨大である、建造には兆単位の巨額な資金が投入される、事故等が発生した場合、社会に与える影響が深刻である等の特徴がある。このため保守管理の目的は、通常の構造物に要求される構造的な安全確保の他に、社会的な合意(Social Acceptance)を保持する、必要な機能を保持する(位置の保持、時代の要求への追従等)という二つが加わる。これを満足する保守管理を可能にするためには、計画、設計、建造、稼働、稼働の終了の各段階で行うべきことがある。さらに、新たな技術開発として、構造物の劣化予測法の開発、劣化予測と検査から得られた新たな情報による劣化予測修正法の開発、劣化予測との関係で稼働停止条件を設定することがある。これらの技術開発によって、稼働中の安全が確保できるシステムを構築することが出来ることになる。

 多方面からの実験と考察から、船舶・海洋構造物の保守管理について、その全体像を示すことを試みた。結論として、船舶・海洋構造物の保守管理が現在どういう状態にあり、今後どういうあるべきかの方向性を示すことが出来た。

審査要旨

 本論文では、船舶、海洋構造物の保守管理を合理的なものとし、新たに計画される構造物の稼働全期間にわたる安全を確保するための大枠を示すことを目的として研究を行っており、全7章よりなる。

 1章は「研究のねらい、研究の概要」であり、本研究の背景、目的及び各章の概要を示している。船舶では常に新しいタイプのものが就航するが、そのたびに損傷の多発、これに続く重大事故の発生という歴史がある。これを未然に防ぐ鍵の一つは、従来の経験に頼る保守管理に代わる新しい方法の確立である。これは、地球環境保全、省資源、省エネルギーの方向にも沿うものである。海洋構造物についても同じであるが、さらにメガフロートと言われる超大型海洋構造物が提案されている。従来技術の外挿が困難なこの構造物の安全を保証するために新たな保守管理手法の確立が必要になっている。

 2章は「船舶・海洋構造物の保守管理に関する研究の動向」で、船舶・海洋構造物の腐食の現状やその評価法、保守管理の現状、関係法規・規則、保守管理に関係する寿命予測、塗膜や電気防食等の要素技術の関する研究の動向を示すと共に、航空機、鉄道橋といった大型鋼構造物の保守管理の動向を示している。今後は、船舶・海洋構造物の所有者が自らその構造物の安全が脅かされる場合を想定し、それにどう対応するかを決めてゆく方向にあり、保守管理に対する枠組みの新たな構築が必要になっていることを示した。

 3章は「高齢船舶及び海洋構造物の保守管理の特徴把握」であり、二つの実構造物の調査研究を通じて高齢船や海洋構造物の保守管理上の特徴を明らかにした。高齢の船舶の調査結果から、直ちに稼働停止すべきとする決定的な欠陥は無い場合でも、全船にわたり多数の欠陥や変形が生じ、強度の水準が低下する症状が進行していることを明らかにした。また、劣化が進行した高齢船の稼働停止時期を決定するための指標を得た。多脚柱半没水型の海洋構造物を用いた保守管理実験では、脚柱及び甲板室の塗膜防食の経年劣化、付着生物の種及び量、鋼板の腐食量や変形、溶接継手部の欠陥を、稼働中及び解体後に測定した。その結果を解析し、塗膜の仕様による防食性の大きな違い、予期せぬ異常腐食や変形の発生、現場検査・補修の困難さ、計画時の予定変更の困難さ等、海洋構造物の保守管理の特徴を具体的に明らかにした。

 4章は「保守管理に必要な塗膜及び腐食疲労強度の特性把握」であり、船舶・海洋構造物の保守管理で特に重要な要素技術となる塗膜防食と、塗装鋼板の腐食疲労強度について述べている。塗膜の性能は多くの要因に左右され、塗膜防食の信頼性は低い現状を改善するための枠組みと、この枠組みの中で必要となる3つのデータベース(塗膜寿命、塗膜劣化、塗膜施工に関するもの)を示した。このうち塗膜施工に関するデータベースは、塗装対象の形状と塗膜厚分布の関係を示すものであり、特に鋼構造物で多用される隅肉溶接継手部に注目した。隅肉部の形状と塗膜厚分布、その塗膜による腐食疲労強度向上効果の評価を、人工海水中での疲労強度実験結果により行った。塗膜厚分布の程度をその変動係数(塗膜厚の標準偏差を平均値で除した値)で表わした場合、それが平面に塗布した場合と同程度(通常の塗料で約0.1)であれば、塗膜の腐食疲労強度向上効果が最大となることを示した。船舶・海洋構造物の設計、稼働後の保守管理においては、ここで得られた塗膜とその効果に関するデータが必須のものであることを示した。

 5章は「船舶・海洋構造物の事故と保守管理の関係の解明」であり、海洋構造物の事故データを保守管理に活用する方法を提案した。浮遊式海洋構造物の事故データの分析から、今後も高齢化が進行する、海洋構造物の年齢(船齢という)-事故率関係は船舶のいわゆるバスタブ型ではなく船齢14-17年で極大値を示す、事故のタイプにより事故率-船齢が特異な関係を示すこと等を明らかにした。事故防止のためには、設計、建造、稼働の各段階で、保守管理に配慮しておくことが必要なことを示した。また、船舶の海難事例の遭難時間と救命率をプロットして救命率の下限を結ぶと、遭難時間が11時間程度を越えると救助率が100%となることが分かった。この関係を高齢船舶・海洋構造物の稼働停止の基準として応用することを提案した。即ち、高齢化の特徴は、許容基準以下の欠陥(腐食、き裂、変形)が多数存在し、一旦き裂が発生すれば急速に進展し遭難時間が短くなること(体力低下)であり、上記の遭難時間-救命率のあるレベルまで体力が低下したら稼働を停止すべきとするのは合理的な基準である。

 6章「船舶・海洋構造物の保守管理の考え方-超大型海洋構造物を例として」では、今後建造される船舶・海洋構造物の保守管理について、その全体像を提示している。例とした超大型海洋構造物は、実績より桁外れに大きい、予定稼働年数が100年と長い、巨額の建造資金が投入されることで、経験からの単純な外挿は不可、存在が社会に与える影響が極めて大、絶対的ともいえる安全性が要求されることになる。このため、保守管理の目的には、構造的安全の保証に、社会的に受け入れられることの保証、使用目的・機能を保持し続けることの保証が加わる。この目的を達成するために、計画から稼働停止後の各段階で実行すべきことを、1章から5章までの研究との関係で示した。さらに、新たに開発すべき技術として、構造物の劣化予測、劣化予測と実測に差が生じた場合の修正法、稼働停止条件の設定法を挙げた。

 7章は「結論」であり、本研究の成果を要約している。

 以上本論文は、船舶・海洋構造物の保守管理に関する研究成果及び実績を総括的かつ系統的に分析し、新しい保守管理の全体像を具体的に提案したものである。またその構成分についても、多くの知見を示しており、今後の船舶・海洋構造物の保守管理技術向上に対し寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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