本論文は「マイクロバブルによる乱流境界層の摩擦抵抗低減法とその船舶への応用に関する研究」と題し、6章から成っている。 船舶の抵抗は粘性摩擦抵抗、粘性圧力抵抗、造波抵抗の3つの成分からなっているが、現在、使われている船型では、粘性摩擦抵抗の成分が大きい。たとえば超大型タンカーで全抵抗の75%以上が粘性摩擦抵抗である。したがって粘性摩擦抵抗の低減は船舶流体力学に残された大きな課題の一つである。 本論文は直径1mm程度以下の微小空気泡群(これをマイクロバブルと呼んでいる)を船体まわりの乱流境界層内に混入することにより、摩擦抵抗低減を実現させる技術について、抵抗低減の機構を考究し、具体的に船舶へ応用する可能性について論じたものである。 第1章「序論」では研究の動機、これまで提案されている様々の摩擦抵抗低減法について述べ、船舶に適用するのにマイクロバブルによる方法が最も有望であるとしている。さらにマイクロバブルに関する従来の研究について概説している。 第2章は「線形相分布に基づく近似理論」で本論文の中心を成す章である。 2次元平板に定常な乱流境界層が発達し、その中に微小な気泡がある場合について、気泡の運動方程式を立て、乱流に対する応答を解析している。そして気泡に付加質量があるため気液間に速度差(スリップ)が生じ、これにより気泡に抗力が動き、その反作用として水に応力が作用し、乱れが抑制される可能性があることを示している。 乱流中の気泡あるいは固体粒子の挙動や乱れに対する影響についての従来の理論モデルは、当該粒子と水の微小部分の運動量交換により乱れが増加するというモデルのみであったが、本解析で気泡運動の時定数と乱れの周期の大小によって、乱れが抑制される場合と、乱れが増加する場合があることを示した。すなわち、気泡の時定数にくらべ乱れの周期が短い高周波数域では気泡運動のレスポンスが悪く、気泡の動きが小さいため運動量交換が行われず、気泡抗力による影響が大きくなり、結果として壁面での摩擦抗力が減少する。低周波数域では気泡のレスポンスがよく逆の結果となる。このような解析と考察は従来行われておらず、この学術分野に新たな知見を加えたと云うことが出来る。 さらに質量保存の方程式、運動量保存の方程式に加え、境界層中のボイド率分布の方程式を導き、これらを連立させれば実際に解が得られることを述べている。そして著者自身が行った実験および他の研究者による実験結果と上述の解析法による計算結果を比較し、本解析法が適当であることを示している。 第3章は「非線形相分布に関する-考察」と題し、粒子追跡法によってボイド率を求める数値的方法について述べている。解法はモンテカルロ法により離散的に気泡の運動を求めるものであるが、第2章では気泡に働く力を付加慣性力、粘性抗力、浮力のみとしたが、第3章ではせん断流中の気泡に働く揚力をも取り入れている。このような場合の揚力については、現在まだ世界的に知見が乏しいが、計算を実験と比較し、境界層の乱れのスケールに比べ気泡が大きい場合には揚力を考慮しなければならないと結論している。 第4章「線形相分布近似に基づく船舶の動力ゲインの計算」では本解析法の結果を実際に船舶に適用した場合の問題点、可能性等について論じている。 まずモンテカルロ法を用いた気泡追跡法により、船体まわりの気泡の軌跡を計算し、模型船での実験を比較し、この方法の精度を検証した。これは実際的な設計の際3次元曲面を持つ船体表面をマイクロバブルで出来るだけ有効に被うための吹き出し位置を知る意味で重要である。さらに造波抵抗に対する気泡の影響について考察し、実船ではその影響は無視出来ることを示している。 また、実用上からは、船体から気泡を吹き出す際、出来るだけ所用動力が小さいことが望ましいが、そのような吹き出し位置についても論じている。 第5章「実船適用の可能性」では、現在ある船舶に本方法を適用した場合の例として長さ284m,巾43mのカーフェリーを取り上げて検討している。球状船首の側面など局所的に静圧が低くなるところからマイクロバブルを吹き出せば、必要な全動力のゲインは最大2.6%となると計算している。さらに、大量のマイクロバブルを吹き出すための大容量の送風機を搭載すればゲインはさらに大きくなるとして、この方法の実用性を述べている。 第6章は「結論」で得られた成果をまとめている。 以上要するに本論文は微小気泡(マイクロバブル)を含む乱流境界層の乱流の機構につき新たな知見を加え、またマイクロバブルにより船舶の乱流摩擦抵抗が低減し、必要な動力も減少させることが出来ることを具体的な計算により示したもので、船舶流体力学および船舶抵抗低減技術の発展に寄与するところが大きい。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |