学位論文要旨



No 214167
著者(漢字) 茂木,完治
著者(英字)
著者(カナ) モテギ,カンジ
標題(和) 空調用電気集塵装置の高機能化に関する研究
標題(洋)
報告番号 214167
報告番号 乙14167
学位授与日 1999.02.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14167号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 阿部,寛治
 東京大学 教授 久保田,弘敏
 東京大学 教授 長島,利夫
 東京大学 教授 森下,悦生
 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
内容要旨

 近年、室内空気質(Indoor Air Quality略してIAQ)への関心が高まり、空気清浄機の普及が目覚ましい。室内の浮遊粉塵は1m以下の微細なサブミクロン粒子が多い。そのため空気清浄機にはサブミクロン粒子を高性能で集塵する能力が要求される。集塵の方法に電気集塵装置(Electrostatic Precipitator略してESP)がある。ESPは放電とクーロン力を利用して集塵する装置であるが、1m以下の微細なサブミクロン粒子を高性能で集塵できるので、空調用に適している。空調用のESPはコロナ放電部とプラスとマイナスの電極板を交互に配置した集塵部で構成されている。入って来た粉塵はまずコロナ放電部でプラスの電荷を荷電された後、集塵部でクーロン力によってマイナスの電極板に引き寄せられ集塵される。

 空調用ESPは室内の限られたスペースに設置されるため小型化、薄型化を要求される。本研究の目的は空調用ESPの高機能化、即ち高性能化と小型化である。空調用ESPの高機能化のためには、ESP内の流れ場の改善、実用のESPの特性に合う性能式の作成、集塵部の小型化が必要である。そのため、本研究を次の三つの内容により構成した。第一は放電の流れ場に及ぼす影響に関する研究である。第二は実用性能式に関する研究である。第三は電極を樹脂で絶縁被覆して集塵部を小型化する研究である。

 ESP内の流れ場は、構造による流体力学的流れ以外に、放電に伴うイオン風が知られている。コロナ放電によりイオン風が発生し、ESP内の主気流が撹乱される事は良く知られた現象であり、多くの研究がなされて来た。しかし、空調用ESPに特有な構造に対するイオン風の影響については研究されていなかった。空調用ESPに特有な構造とは、放電部の前後に接地された金網電極がある構造である。

 4章において金網電極のある場合のイオン風の主気流への影響について調べた。空調用ESPには取扱時に高電圧部に触れないように、放電部の前後に接地された金網電極を設置する事が多い。金網電極があると放電極から金網電極への放電が生じ、それによるイオン風が発生する。また、放電部と集塵部を近接して配置するので、放電極から集塵部先端に放電場が形成され、金網電極があるのと同じようになる事も考えられる。

 実験は線対平板型ESPの放電線の前後に金網電極を設置し、シュリーレン法により流れ場を可視化して観察した。また、放電線の下流側におけるガス速度分布と乱流強度分布を熱線風速計を用いて測定した。その結果、金網電極の位置によって主気流の流れが大きく変化する事を確認した。中でも放電線の上流側のみに金網電極がある場合、放電の流れ場に及ぼす撹乱は最も大きい。それに対して金網が上流側と下流側の両方にある場合、流れ場は放電の影響をほとんど受けず、下流での乱れもほとんどない事を明らかにした。

 ESP内の流れ場の乱れの少ない方が高性能になる事が知られている。性能向上には放電による流れ場の乱れを少なくするのが良いと考えられた。流れ場の乱れを少なくするには、放電線の前後に金網電極を設置するのが最も有効である。ところが、性能実験を行うと、流れ場に対する撹乱の最も少ないこの構造では、性能は逆に低くなってしまった。これは性能が流れ場の状態だけによるのではなく、放電場のイオン密度分布が金網位置により変化し、粉塵の荷電効率に影響したためであると考えられる。

 ESPの性能式として完全乱流を仮定したDeutschの式が従来用いられて来た。しかし、この式を空調用ESPの性能計算に用いると電極板長さ、極板間隔などのファクターに対しては良い一致を示すものの、ガス速度(またはガス流量)に対しては実際とのずれが大きい。

 そこで5章にて実験に基づき実際と良く合う新実用性能式を研究した。ガス速度と性能の関係を市販されている空調用ESP(メーカー3社、型式5種で、定格風量の違いを考慮すると11機種)を用いて調べた。その結果、透過率の対数がガス速度の-乗に比例する事を見い出した。は1.2〜1.75であり、平均は1.45であった。これについて考察するため次のモデル計算を行った。粉塵の放電部滞在時間によって粉塵の荷電量が変化する場合を完全乱流モデルで理論計算した。また、粉塵の粒径分布を考慮して層流モデルで理論計算を試みた。いずれも比較的良い一致が得られるが、それだけでは十分に満足な説明を得る事ができなかった。この現象は放電場やESPの構造の影響を含み、極めて複雑な現象であると思われる。

 5章のもう一つのポイントは、コロナ電流と性能の関係を明らかにした事である。透過率の対数とコロナ電流の0.5乗は比例する。コロナ電流とは放電線の単位長さ当りの放電電流であり、空間イオン密度に関係して粉塵の荷電量に影響を与える。理論的に荷電量を求め、完全乱流モデルで性能を計算すると比較的良い一致が得られた。

 6章では5章で得られた新実用性能式の応用について研究した。新実用性能式は従来のDeutschの式ではできなかった空気清浄機の実際の特性に良く合う事を確認した。また、コロナ放電部と集塵部の大きさの比には、その性能に見合った最適のバランスがある事を示した。最適バランスの時、ESPは最小化され、それ以上の小型化はできないことを明らかにした。

 7章では集塵部の小型化について研究した。印加電圧を変えずに極板間隔を半分にすると、理論上集塵部を1/4にすることができる。ところが実際には電極間でスパークが発生してしまうので、これは不可能である。スパークを防ぐために電極を樹脂で絶縁被覆するアイデアは古くからあった。しかし、樹脂で絶縁被覆すると、樹脂特性により性能が低下する等の悪影響が出てしまい今まで実用化されなかった。

 樹脂の誘電率と電極間の電界強度の関係を研究し、誘電率が高い方が高性能を得るのに望ましいことを明らかにした。また、体積抵抗率が高いと、樹脂の帯電によって電極の樹脂の表面電位が低下し、性能が経時的に低下する事を実験によって明らかにした。表面電位の低下を防ぐためには樹脂の体積抵抗率を1016cm以下にすれば良い事を見い出した。性能的には体積抵抗率は低ければ低いほど良いが、絶縁破壊の耐久性を考慮すると1013〜1015cm程度が最適であると思われる。これにより集塵部の小型化が可能になった。金属電極の場合、極板間隔の実用的な限界は4mm程度である。それに対して樹脂被覆電極を用いると、極板間隔を1.5mm程度にする事が可能である。

 一方、樹脂被覆電極を用いると誘電体吸収とよばれる現象が発生する。これは樹脂層に電界を掛けると、電界を取り除いた後も残留した誘電分極に見合った電圧が発生する現象である。そのため空気清浄機から取り出したESPに触れると電撃を受ける恐れがある。それを防ぐためにはESP内に短絡スイッチを設ける等の装置が必要であることを明らかにした。

 筆者は陽極板を樹脂で被覆した2種類の空調用ESPを開発した。一つはスクロール型ESPで、長尺の陽極板(樹脂被覆)と集塵極板(金属)を合わせて芯材に巻き取りロール状にし、枠に収めて集塵部とした。もう一つはパラトロン型ESPで、短冊形状の陽極板(樹脂被覆)と集塵極板(金属)を交互に平行に積層して集塵部とした。これらのESPについても5章で得られた性能式が適用できる事を確認した。

 金属製極板を用いたハニカム型ESP(スクロール型ESPの前に筆者が開発したESP)とスクロール型ESPを比較すると、スクロール型ESPはハニカム型ESPの半分の体積であるにもかかわらず同じ性能を得る事ができ、樹脂被覆電極による小型化の効果を確認する事ができた。また、スクロール型ESPとパラトロン型ESPの性能を比較すると、パラトロン型ESPの方が高性能になることがわかり、集塵部の構造の性能に与える影響も明らかにできた。

審査要旨

 理学士茂木完治提出の論文は"空調用電気集塵装置の高機能化に関する研究"と題し,本文8章からなっている.

 近年室内の空気を浄化する空気清浄機の普及が目覚ましい.粒径1m以下の微細な粒子を高効率で除去するには電気集塵が効果的である.空調用電気集塵装置としては,塵を荷電するコロナ放電部と集塵部で構成される二段式電気集塵装置が一般的に用いられている.本論文はこの二段式電気集塵装置の高性能化,小型化などの高機能化に関する研究であり,大きくは3つの内容により構成されている.それは,コロナ放電に伴うイオン風の流れ場への影響の研究,集塵性能式の作成,樹脂絶縁被覆電極による集塵部の小型化である.

 第1章は序論である.室内空気の浄化の背景にある空気質の諸問題,空調用電気集塵装置の構造,種類,歴史等の概要,および本論文の内容と意義について述べている.

 第2章は本研究に用いた主な2つの実験装置の説明である.1つは性能測定装置についてであり,他の1つは流れ場の可視化に用いたシュリーレン装置についてである.実験は電気集塵装置をダクト内に設置して行っている.光散乱方式のパーティクルカウンターを用い,電気集塵装置の上流側と下流側で0.3m〜0.5mの粒径範囲の粒子の個数分布を測定することにより集塵率を求めている.流線の観測には,上流側にニクロム線を設置して通電により加熱し,熱流線を得て行った.この時熱流線とその周囲の空気との間に密度勾配が生じるのでそれをシュリーレン法で観測することが可能である.

 第3章では電気集塵装置の集塵率を与える従来の性能式について考察している.電気集塵装置の集塵率は,理論的には装置内の流れが完全層流の時に最も高く,完全乱流の時最も低くなる.実際の電気集塵装置の集塵率はこの上限と下限に挟まれた範囲にあると考えられる.完全乱流の式がDeutschの式と呼ばれる式で,従来最も用いられてきた式である.本研究ではDeutschの式を修正して,その修正式を空調用の二段式電気集塵装置に適用した場合の妥当性を検討している.また,完全層流の場合についての性能式についても考察した.

 第4章では空調用電気集塵装置中でコロナ放電を行った時,発生するイオン風の主気流への影響を実験的に明らかにしている.空調用電気集塵装置ではコロナ放電部の上流側や下流側,あるいはその両方に接地された金網電極が設置される.また,コロナ放電部に近接して集塵部を設置するので,両者の間に放電場が形成されてあたかも金網があるのと同じようになる.実験ではシュリーレン法により流れを可視化して,合わせて下流側のガス速度分布,乱流強度分布を測定した.実験の結果,コロナ放電部内の流れが金網電極とその位置によって強く影響されること,特に上流側と下流側の両方に設置した場合には流れの撹乱が極めて少ないことを明らかにした.

 第5章では実験的に空調用電気集塵装置の性能式を作成した.集塵率は指数関数で与えられ,それは完全乱流を仮定したDeutschの式に類似している.しかし,Deutschの式がガス速度の1乗を含んでいるのに対し,得られた式ではガス速度の乗を含んでいて,は1.2〜1.7の定数で,平均1.45であった.さらに,得られた式は放電線単位長さ当たりのコロナ放電電流の0.5乗を含んでいることを明らかにし,性能式の有用性を高めることに成功している.また,金網電極が設置された場合の集塵率についても実験を行い.金網の設置の仕方により集塵率は変化し,流れの撹乱の少ない構造が必ずしも良いとは限らないことを明らかにした.これは,集塵率が流れ場だけでなく放電分布にも影響されることを示している.

 第6章では得られた性能式の応用について述べている.従来のDeutschの式では集塵率の計算結果が実験結果と一致しない問題があったが,今回得た式は良く一致するので実用性が高い.また,この性能式を基にして電気集塵装置を最小化する放電部と集塵部の大きさを計算できるので,空調用電気集塵装置の最適設計に有用である.

 第7章では集塵部の電極板を樹脂で絶縁被覆することで空調用電気集塵装置の小型化に成功したことを述べている.事実,従来型のハニカム型電気集塵装置と比較すると半分の体積に小型化されている.電極板の樹脂被覆はアイデアとしては昭和40年代よりあったが,樹脂の電気特性によって経時的に性能低下してしまうため,満足な実用化がされなかった.本研究では性能低下が樹脂の体積抵抗率に関係することを発見し,最適な樹脂材料を開発することで高性能小型電気集塵装置の実用化に成功した.

 第8章は第2章から第7章までの総括である.

 以上を要約すると空調用電気集塵装置内部の流れ場の研究,集塵率を与える性能式の作成,絶縁被覆電極の実用化を通して空調用電気集塵装置の高機能化したことは流体工学上貢献する所が大きい.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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