学位論文要旨



No 214168
著者(漢字) 長島,隆一
著者(英字)
著者(カナ) ナガシマ,リュウイチ
標題(和) 推進薬(LOX)製造を核とする月面産業の成立性に関する研究 : 月製LOXのSSTO帰還用酸化剤への適用および月面産業への有機的結合メカニズムの導入を中心として
標題(洋)
報告番号 214168
報告番号 乙14168
学位授与日 1999.02.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14168号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 中須賀,真一
 東京大学 教授 松尾,弘毅
 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 鈴木,真二
 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
内容要旨

 現在各国の宇宙機関等から提示されている月探査/利用計画の大筋は、最初は「無人探査」から着手し、「有人月面基地」段階へと移行するシナリオであるが、これらのシナリオの中では、多額の費用を必要とする月面活動、特に有人活動の意義を投資に見合うレベルで明確には示していない。このような状況においては、経済的なリターンの可能性があるシナリオの構築は急務であるが、従来の月利用の研究においては、大別して次の2つが候補として挙げられている。

 (1)地球のエネルギ枯渇の危機解決の一助

 (2)月面(LS)における液体酸素(LOX)製造

 (1)については、LSのレゴリス(表土)中に含有するヘリウム3(3He)を燃料とするクリーンかつ高効率なD-3He反応核融合発電構想が代表的なものであるが、この実現には技術のブレーク・スルーが必要である。一方、(2)に関しては、殆どが酸化物で構成されているレゴリスを還元しLOXを製造して、化学推進ロケットの酸化剤に利用し、地球低軌道(LEO)より上の軌道間輸送あるいは月面を中継点とした火星等への航行に用いるアイデアが従来から提案されているが、投資に対応した有効性については現在明示されていない。

 本論文は、「レゴリスの還元によるLOX製造」を月面産業の中核に位置付け、月製LOXを利用することにより、宇宙活動の基幹である輸送システムのコスト低減化を図るシナリオを検討し、今後の研究の方向性を見出すことを目的とした。検討の結果、以下の2点のオリジナリティを柱とすることにより、シナリオの成立の可能性が示唆された。

 (1)垂直離着陸型SSTOの地球への「帰還用酸化剤」として、月製LOXを適用し、ペイロード能力を約2倍に向上させることにより輸送コストの低減化を図るミッションを創生する。(しかし、これは、大量需要が見込め利用の永続性が保証できるミッションではあるが、既成概念的な枠組みで検討する限り、コスト・メリットを生み出すことはできない。)

 (2)月面産業構造の中に、有機的結合メカニズム*を導入することにより、コスト・メリットを生成する。

 *:LOX製造に必要な月面上の種々の産業基盤や月製LOX(含:必要物資)を運搬する輸送系を、製品であるLOXやLOX製造に伴う副産物等を媒体として、相互に結合・成長させることにより、有機的ネットワークを形成し、全体システムとして効率化(地球依存度の軽減)を図るメカニズム

 具体的には、以下の3段階に沿って今回の研究は進められた。

1.宇宙産業市場から観た月製LOXを用いるミッションの創生

 多大な投資を伴うLOX製造を月面産業として成立させるためには、このLOXを用いたミッションの規模が投資に見合う需要(利用)を有することが要求される。従来の研究では、月製LOXを、LEOより上の軌道間の往復輸送系等への宇宙機の酸化剤に利用することを想定しているが、既存の宇宙活動の延長線上においては、月製LOXを使用するレベルまで産業規模が大きくなることは望めない。著者は、このミッションとして、LEOより上の軌道間輸送に限定するのではなく、全ての宇宙活動の出発点であり、需要も最も多い地球(ES)〜LEO間の往復輸送こそ候補対象と成り得ると考え、垂直離着陸型SSTOのLEOから地球への「帰還用酸化剤」として月製LOXを用い、ペイロード能力を約2倍に向上させることによる「輸送コストの低減化」ミッションを創生した。

2.既成概念に基づく月製LOX利用の効果

 月製LOX利用の有効性を明らかにするために、宇宙産業として将来有望視でき輸送コストが重要な鍵となる静止軌道に配置するSPS(Space Power Satellite:太陽発電衛星)、具体的には1[GW]級SPSを定常的に連続して構築するケースを比較のための事例対象とし、次の3種類の構築方法によりSPS構成機材等をES→LEOに運搬するに必要なコストの比較検討を試みた。なお、下記の(3)は、(2)の改善方法として提案されるものである。

(1)古典的SPS構築方法

 従来から提案されている、地球に全てを依存し、月製LOXを使用しない古典的なSPS構築方法であり、SSTO輸送コストのみがコスト比較の対象として計上される。

(2)月製LOXを用いる「既成概念的SPS構築方法」

 従来の研究において取得された技術を単に個々に集合させた既成概念的な手法を用いて、LOXをLS上で製造し、この月製LOXをLS→LEOに運搬し、SSTOの帰還用酸化剤とすることにより、SPS構成機材等をLEOに運搬する方法である。コスト比較として計上されるのは、SSTO輸送コストに、LOX製造コストとLS→LEOの月製LOX運搬コストを加えた3種類の総コストである。

(3)月製LOXを用いる「有機的SPS構築方法」

 LOX製造と月製LOX運搬に「有機的結合メカニズム」を導入し、地球依存度の軽減化を図ることにより、上記(2)の総コストの削減を狙うSPS構築方法である。

 既成概念的方法は、性能パラメータの最適化等を試みても、上記の「古典的構築方法」を大幅に超過し、有効性を全く見出し得なかった。地球依存物資をLEOまで運搬するSSTO輸送コストが総コストの大半を占めるため、改善手段としては、地球依存物資の低減化が最も重要となり、地球に依存せざるを得ない物資は、高機能化して軽量化/コンパクト化を図ることが鍵となる。

3.有機的結合メカニズムの導入による月製LOXの月面産業成立の可能性

 月面では、産業を成立させる周辺の基盤が全く整備されていないため、この基盤整備も同時に行うことが必要となる。しかし、従来の研究では、LOX製造そのもの(反応方法・原料・原料選別・装置類・必要エネルギ量など)に対しては議論が行われているが、それを成立および成長(拡大)させるために必要な基盤やメカニズムについてはほとんど言及されていない、あるいは研究されていても局所的/個別的なもので、全体システムから観た総合的かつ有機的な観点からの議論が欠けている。

 著者は、製品であるLOXやLOX製造に伴う副産物等を媒体として、基盤要素間やES/SPSをリンクし、地球からの輸送量の軽減(依存度の低減化/自給自足体制の整備)に寄与する有機的ネットワークの形態を有するメカニズム(これを「有機的結合メカニズム」という)の導入を行うことにより、コスト低減の可能性が発見できると考えた。

3.1有機的結合メカニズムを構成する各要素技術

 図1と図2に示す有機的ネットワークの各構成要素技術のフィジビリティ(含:有機的な相互関係)を検討した。いずれの技術もブレークスルーが必要なものは除外し、現有技術の近傍/延長線上にあるもので基本的に構成することを前提とした。

3.2有機的結合メカニズムをベースにした月製LOX利用の効果

 定量的な試算(含:センシティビティ・アナリシス)の結果は以下の通りである。

 (1)古典的SPS構築方法の場合は、約55,000[M$/機(SPS)]のSSTO輸送コストが必要であったが、有機的構築方法による試算では、仮定条件(ベースラインII)下において、総コストが約25%削減され、約41,000[M$/機(SPS)]台に成り得る。この削減効果は、SPS構築を始めとする宇宙活動を恒常的に行うことにより累積され、巨大な利益を生む。

 (2)構成要素技術を整理すると、次のものは、地球依存度の低減への効果が特に大きいため、これらは、今後の研究において、重点をおくべき研究テーマとなり得る。

 a)「予備炉付きメタン(CH4)による炭素還元法」の採用

 b)LOXを代替燃料とした電気推進OTV(第一候補:ホール・スラスタ)の開発

 c)「抵抗加熱型電気溶融窯方式」による簡易なエネルギ供給方式

 d)化学推進ロケットにおけるLOX/LH2の「高混合比化」(6→8)

 e)「真空蒸着法」による配管・タンク類などの製造(含:一部のSPS構成機材の製造/構造物間の結合)

 f)耐用年数が超過した電気推進OTVを利活用した推進薬貯蔵ステーションの構築

 (3)SPS構成機材の一部を月面で製造/調達する方法はコスト削減に大きな効果がある。

 (4)月製LOXの利用を前提とした場合は、SSTOの形態のなかで、垂直離着陸型SSTOが最適な型式となる。

 (5)SPS構築は一事例であるため、SPS構成機材(15,450[ton/機(SPS)])と付随機材等を一般的な宇宙機器とみなし、地球から軌道(GEO)までの輸送という観点から、機器質量(需要規模)を変動させても、大量輸送を連続して恒常的に行うことにより利得は累積されるため、本システムは、柔軟性のある適用範囲の広いものといえる。

 以上

図1 輸送形態を中心としたES/SPS/LSとの有機的ネットワーク図2 LSにおける有機的ネットワーク
審査要旨

 工学士長島隆一提出の論文は、「推進薬(LOX)製造を核とする月面産業の成立性に関する研究-月製LOXのSSTO帰還用酸化剤への適用および月面産業への有機的結合メカニズムの導入を中心として-」と題し、7章と付録からなっている。

 世界各国で現在提示されている月探査/利用計画シナリオは、多額の費用を必要とする月面活動、特に有人活動の意義を投資に見合うレベルで明確に示しておらず、経済的なリターンの可能性がある月利用のシナリオの構築は急務である。従来の月利用の研究においては、月面上のレゴリス内に含有するヘリウム3をクリーンかつ高効率な核融合の燃料として利用したり、レゴリスを還元しLOXを製造して化学推進ロケットの酸化剤に利用し、地球低軌道(LEO)より上の軌道間輸送、あるいは月面を中継点とした火星等への航行に用いたりするアイデアが提案されているが、技術的フィージビリティや投資に見合った有効性が主張できていないのが現状である。

 本論文は、「レゴリスの還元によるLOX製造」を月面産業の中核に位置付け、月製LOXをいかに利用すれば、宇宙活動のコスト低減化を図れるかのシナリオを検討することを目的としている。特に、垂直離着陸型SSTOの地球への「帰還用酸化剤」として月製LOXを利用することによりペイロード能力を約2倍に向上させることが、大きな宇宙輸送コストの低減化に役立つこと、月面産業構造の中に、有機的結合メカニズムを導入することにより、コスト・メリットを生むことができることを見出し、そのフィージビリティとそれを実現するための技術課題を議論している。

 第1章は、まえがきであり、本研究の背景を述べ、関連する研究状況を紹介しながら、研究の目的/目標を明らかにし、概要を示している。

 第2章では、宇宙産業市場から見た月製LOXを用いるミッションの創生について述べている。多大な投資を伴うLOX製造を月面産業として成立させるためには、このLOXを用いたミッション規模が投資に見合う需要を有することが要求されるが、既存の宇宙活動の延長線上においては、そのような産業規模の拡大は望めないことを明らかにしている。そのため、新たなミッションとして、LEOより上の軌道間輸送に限定するのではなく、全ての宇宙活動の出発点であり、需要も最も多い地球〜LEO間の往復輸送を候補対象とし、垂直離着陸型SSTOのLEOから地球への「帰還用酸化剤」として月製LOXを用い、ペイロード能力を約2倍に向上させることによる「輸送コストの低減化」ミッションが重要な候補であると主張している。

 第3章では、月製LOX利用の効果を調べている。月製LOX利用の有効性を検証するために、1[GW]級SPS(Solar Power Satellite:太陽発電衛星)を定常的に連続して構築するケースを事例対象とし、次の3種類の構築方法、つまり、(1)月製LOXを使用しない「古典的SPS構築方法」、(2)月製LOXを用いる「既成概念的 SPS構築方法」、(3)月製LOXを用いる「有機的SPS構築方法」、によりSPS構成機材等を目的地に運搬するのに必要なコストの比較検討を試みている。計算の結果、従来の研究において取得された技術を単に集めただけの(2)の既成概念的方法のコストは、パラメータの最適化等を試みても(1)の「古典的構築方法」を大幅に超過し、有効性を全く見出し得ないことを示している。改善手段としては、地球依存物資をLEOまで運搬するSSTO輸送コストが総コストの大半を占めるため、地球依存物資の低減化が最も重要であることを新たな知見として得ている。

 第4章では、第3章の成果を踏まえて、有機的結合メカニズムを有する月製LOX製造事業を提案している。月面では、産業を成立させる周辺基盤が全く整備されていないため、地球依存度を低減化するための基盤整備も同時に行うことが必要となるが、従来の研究では、LOX製造そのものに対しては議論が行われているが、必要な基盤やメカニズムについてはほとんど言及されておらず、全体システムから見た総合的かつ有機的な観点からの議論が欠けていることを指摘し、それらまで視野に入れた新たな有機的結合メカニズムを提示している。

 第5章では、有機的結合メカニズムを構成する各要素技術のフィージビリティを検討している。ここで提案されている殆どの技術は、従来の研究では提案されたことがないものであるが、現有技術の近傍/延長線上にあるものを基本として構成されており、一部の要素技術を除いてフィージビリティがあることが確認されている。

 第6章では、有機的結合メカニズムをベースにした月製LOX利用のコスト効果をパラメトリックスタディにより定量的に試算している。結果として、有機的結合メカニズムの導入により、月製LOXを使わない場合に比べ25%のコスト削減が見込まれること、効果を高めるには地球依存度の低減が重要であること、SPS構成機材の一部を月面で製造/調達する方法は、月製LOXの利用と併用することによりコスト削減にさらなる効果があること、月製LOXの利用を前提とした場合、SSTO形態のなかでは垂直離着陸型SSTOが最適な型式となること、などを明らかにし、また将来の技術課題を明確にしている。

 第7章は、結論であり、本研究で得た結果と今後の検討課題を要約している。

 付録にはパラメトリックスタディに用いた計算式や仮定、要素技術の詳細検討の一部がまとめられている。

 以上要するに、本論文は、ミッション創生として月製LOXをSSTO帰還用酸化剤に適用し、月面産業構造に有機的結合メカニズムを導入することにより、経済的リターンがある月面活動シナリオを構築できる可能性を示唆するものであり、宇宙工学上貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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