本論文は、医用画像診断装置である磁気共鳴イメージング装置(以下MRIと記す)の静磁界発生装置として用いられる超電導マグネットの磁気遮蔽技術に関するものである。 MRIは磁気共鳴現象を利用した人体の断層像撮影装置であり、撮像には、静磁界、傾斜磁界、高周波磁界の3種の磁界を用いる。X線CTと異なり、放射線被爆がなく、任意断面の撮像が可能であるなどの特長をもつため、1980年頃から装置の開発が活発に行われ、医療機関への導入が進められてきた。静磁界は、撮像の対象とする体内の水素原子核を配向させるために用いるもので、良好な画像の取得には、空間的に均一で、時間的に安定した、0.1〜2T程度の高磁界を必要とする。超電導マグネットは、この目的に適した静磁界発生装置として、MRIへの導入が進められてきたが、大口径・高磁界の超電導マグネットは周囲環境との磁気的干渉が著しく、磁気遮蔽対策がMRI実用化の重要な課題となった。 MRI用超電導マグネットと周囲環境との磁気的な干渉としては、マグネットの漏れ磁界による電子機器の誤動作や磁性体の吸引など、マグネットが周囲環境に与える影響と、電車磁界や自動車の走行などの磁気環境変動によるマグネットの磁界変動などの、周囲環境がマグネットに与える影響の二つの問題がある。本論文では、MRI用超電導マグネットの漏れ磁界遮蔽と磁気外乱遮蔽について、筆者らが実施した研究によって、MRIの設置環境条件の緩和を実現した成果を述べている。 先ず、第2章において、MRI用超電導マグネットの漏れ磁界低減対策として筆者らが開発した磁性体磁気シールド付超電導マグネットについて述べる。 磁性体磁気シールドの付加により、漏れ磁界が低下することは良く知られた事実であるが、MRI用マグネットでは、空間的に均一な磁界が要求されるので、磁性体磁気シールドの付加による磁界分布の変化を考慮したコイル設計が必要である。従来、磁気シールド付高均一磁界マグネットの設計法としては、数値磁界解析により磁界均一度と漏れ磁界を評価しながら、最適化手法を適用してコイル諸元を反復修正する方法が用いられてきた。しかし、この方法は、求解に多大の計算時間を必要とし、磁界均一度の計算精度も十分でないという欠点があった。 筆者は、磁性体磁気シールドを等価磁化電流で置換することによって、磁性体磁気シールドを含めた磁界の球関数展開が得られることを示し、これを用いて、磁界均一度と漏れ磁界の条件を定式化して最適コイル諸元を求める設計法を提案した。これを従来の手法と比較し、本法によって、効率的で高精度の求解が可能となることを示した。また、磁性体磁気シールド付き高磁界超電導マグネットの実用化の課題であった、コイルと磁気シールドの軸偏心による不平衡電磁力と誤差磁界について、実験と解析により、その特性と対策を明らかにした。この結果をもとに、MRI用として標準的に用いられている0.5T、1.0T、1.5Tの3種の磁界について、何れも磁性体磁気シールド付き超電導マグネットを開発し(図1)、漏れ磁界の管理限界である0.5mT領域を、シールドなし空心型マグネットの25%以下に縮減して、特に1.0T以上の高磁界マグネットの設置条件の緩和を実現した(図2)。 図1 磁性体磁気シールド付1.5T超電導マグネット図2 0.5mT領域比較 第3章では、磁気シールドの軽量化を目的として、超電導体を磁気遮蔽材とする超電導磁気シールド付マグネットについて検討した。まず、逆極性の電流を供給した超電導コイルを用いる超電導コイルアクティブシールドマグネットについて、シールドコイルを含めたコイル系の漏れ磁界の球関数展開式を導くことにより、数値磁界解析による反復計算を不要とする設計法を提案し、これを用いて、磁性体磁気シールドの質量の約30%に軽量化した1.5T超電導コイルアクティブシールドマグネットを開発した(図3)。一方、超電導シートを磁気遮蔽材とする高均一磁界発生用マグネットについては、理論的検討が行われておらず、その特性は明らかにされていなかった。筆者は、超電導シートの誘導電流を含めた磁界の球関数展開式を導くことにより磁界均一度と漏れ磁界の条件を定式化して、超電導シートパッシブシールド方式による高均一磁界発生用マグネットの設計が可能であることを理論的に明らかにした。 図3 超電導コイルアクティブシールド付1.5T超電導マグネット 第4章では、直付け磁気シールドと併用して漏れ磁界を更に低減するための、建屋磁気シールドについて検討を行い、遮蔽特性の解析法と効率的な設計法を提案している。すなわち、建屋磁気シールドの遮蔽特性評価に適した新しい三次元静磁界解析手法として、仮想電流法を提案し、この方法によって、マグネットと建屋磁気シールドを含む全体系の解析に必要な未知数が減少し、計算機容量と計算時間の縮減が可能となることを示した。次いで、この手法を用いた解析により、建屋磁気シールドの遮蔽特性を支配する要因を明らかにし、この結果をもとに、建屋磁気シールドの効率的な設計手法として、建屋磁気シールドの形状・配置で定まる限界遮蔽特性と、シールド材の透磁率・板厚積を用いる方法を提案し、実規模モデルおよび病院の施工例の特性測定により、その有効性を示した。 次いで、第5章および第6章では、周囲の磁気環境変動がマグネットに与える障害を防止するための磁気外乱遮蔽技術について検討した結果を述べている。 まず、磁気外乱による超電導マグネットの磁界変動の評価を行った。MRIの設置場所の選定や磁気環境対策の検討には、超電導マグネットに対する磁気外乱の影響評価が必要であるが、磁気シールド付マグネットに対する磁気外乱の影響については理論的検討が行われておらず、その特性は明らかにされていない。筆者は、永久電流モード運転中の超電導マグネットに磁気外乱が印加された場合の磁界変動は、従来の定電流を前提にした磁界解析では正しい結果が得られないことを明らかにし、超電導マグネットに特有の磁束保存作用によるコイル電流の変化を考慮した磁界解析手法を提案した。また、磁性体磁気シールド付超電導マグネットを用いた実験により、その妥当性を検証した。さらに、この手法を用いて、磁気シールド付超電導マグネットの磁気外乱遮蔽特性の解析評価を行い、漏れ磁界遮蔽用の磁気シールド方式による磁気外乱遮蔽特性の相違を理論的に明らかにして、磁性体磁気シールドが磁気外乱遮蔽効果をもつのに対し、超電導コイルアクティブシールドは磁気外乱遮蔽効果を持たないことを示した(図4)。 図4 一様磁界中の磁気シールド付マグネットの磁束分布 次いで、撮像中の磁気外乱による静磁界変動を抑制するための磁気外乱遮蔽対策として、超電導コイルを用いたパッシブシールドを提案し、その設計法について述べた。 超電導コイルによる磁気外乱遮蔽は、磁束保存則を利用したものであるが、遮蔽率の高いシールドコイルの実現可能性については、従来、明らかにされていない。筆者は、磁束保存則を利用して磁気外乱を遮蔽するためのシールドコイルの条件を定式化し、その結果得られる非線形連立方程式について陽的な求解が可能であり、解の探索が効率的に行えることを示した。さらに、この手法を用いて、超電導コイルパッシブシールドの設計を行い、単独では磁気外乱の遮蔽効果を持たない超電導コイルアクティブシールドマグネットについても、超電導コイルパッシブシールドの付加によって磁気外乱遮蔽が可能となることを理論的に明らかした(図5)。 図5 超電導コイルパッシブシールドによる一様外部磁界の遮蔽効果 以上の研究によって、MRIに標準的に用いられる0.5T〜1.5Tの磁界を対象に、磁性体および超電導コイルによる磁気シールド付マグネットを開発し、漏れ磁界の低減と磁気外乱遮蔽性能の改良を行うことによって、超電導マグネットを用いたMRIの磁気環境の改善を実現した。 |