学位論文要旨



No 214171
著者(漢字) 山田,敏之
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,トシユキ
標題(和) 固体プラズマ現象と高感度マグネトダイオードの研究
標題(洋)
報告番号 214171
報告番号 乙14171
学位授与日 1999.02.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14171号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 桂井,誠
 東京大学 教授 鳳,紘一郎
 東京大学 教授 榊,裕之
 東京大学 教授 伊藤,良一
内容要旨

 本論文は主として1960年代に行われた新機能素子実現を目的とする固体プラズマ現象の研究成果と、それに関連して発明・実用化された高感度マグネトダイオード(略称SMD)の理論的解析、実用化開発について記すものである。

 固体プラズマ現象は固体中の正負粒子が互いにクーロン力を及ぼし合いながら行う集団的挙動による諸現象を指す。電磁流体的な解釈が必要なものと、古典的な一電子近似で説明できるものとがあり、本研究では下表のように区分される一連の現象を番号順に研究対象とした。

図表

 真性Geよりなるlong p-i-n diodeに電子と正孔を二重注入してできる固体プラズマに磁界を加えた時電流発振を生ずるオシリスタ現象では、helical instabilityの理論をさらに精緻化し、その考察結果を24GHzマイクロ波反射を用いた担体密度測定により裏付けし、ほぼ完全にその動作原理を解明することに成功した。

 半金属であるBi中に熱平衡状態で存在する電子-正孔対による固体プラズマの研究では、世界で初めて半金属中での音響電磁気効果(Acoustomagnetoelectric Effect略してAME効果)の存在を実験的に立証した。これは変形ポテンシャルを介したphonondragにより電子と正孔がともに超音波伝播方向に流れるのを、磁界で反対方向に分離して一種のホール電圧を生じさせるものである。一電子近似の電流の式に変形ポテンシャルを介した超音波ドラッグの効果と、磁界によるローレンツ力を取り込むことによりAME電圧を数学式として求めた。理論計算値と実験結果との対比は良好であり、変形ポテンシャル係数、再結合時間、音速、移動度テンソル成分、質量パラメータなどの値を求めることができたが、これらは既に報告されているデータと良く一致するものであった。AME電圧を磁界の関数として測定した場合大きな量子振動が認められ、その周期の解析からBiのフェルミ面構造を再確認することができた。

 超音波増幅はc≫1(即ちB≫1)の条件化で横方向に流れる電子-正孔対の速度E/Bが音速を超えると、エネルギーが粒子系から音波系に移り、超音波の増幅が生ずるという前提に立って行ったものである。15,45MHz程度の超音波に対しては十分な増幅効果は観測されなかったが、これはAME効果の実験結果から求められた2eVというBiの変形ポテンシャルの値から説明できると思われる。しかし、電子-正孔対の速度が音速を超えると、担体流から格子系へのエネルギー移動を生じ、自然の擾乱によって発生するより高いランダムな周波数の超音波束が増幅され、その結果電流方向の抵抗が急激に減り、電流-電圧特性に異常な屈曲(即ちKink効果)を生じるというメカニズムを明らかにした。

 またさらに固体プラズマとしての特徴を示すものとして、Bi-Te稀薄合金中でヘリコン波が伝播することを実験的に立証した。その伝播定数には電気伝導度に見られるShubnikov-de Haas振動などに比べて遥かに大きな振幅の量子振動が現れることを初めて実験的に見出した。この現象はBiの複雑なフェルミ面構造を詳細に調べるのに適した簡便で精度の高い手段を提供するものである。

 上述した固体プラズマ現象の研究を基礎として新しい機能素子の開発に成功した。即ちオシリスタと同様に真性Geよりなるlong p-i-n diodeの対抗する二側面における表面再結合速度を著しく非対称とすることにより、極めて感度の高いリニアな磁気センサが得られることを見出した。この新しい高感度マグネトダイード(略称SMD)の定性的な動作原理は次のとおりである。

 拡散距離より長いi領域を持つp-i-nダイオードで、順方向バイアスにより両電極から電子と正孔を二重注入するとi領域にいわゆる伝導度変調を生じ、ほぼ電圧の二重に比例した順方向電流が流れる。この状態で、電流に直角な方向に磁界を加えると、電子と正孔は第三の直角方向の同じ向きに曲げられて進み、その多くは素子表面に達してそこで再結合する。再結合速度の大きい側面に向かう時は担体が速やかに再結合して長手方向の電流は減少するが、その逆の場合には電流は一旦増加しさらに磁界を強くすれば減少する。零磁界近辺でほぼ磁界にリニアな電流変化が得られ、その実効的な磁気感度はホール素子の1001000倍に達する。

 こうした二重注入ダイオードの電流-電圧特性は、本研究以前に多くの理論解析がなされており、ある仮定のもとでは電流が注入担体の平均寿命に比例するという結論が導かれている。本研究ではこれら既成の理論の中に磁界と表面再結合の影響を取り込んだ解析を行い、平均寿命(したがって電流)が電圧と磁界に応じてどのように変化するかを下記のような一つの数学式の形で表すことに成功した。

 

 但しP,Q,R,,は電界、磁界、試料の各種パラメータなどを含む複雑な関数式である。この式に現実の条件を当てはめて数値計算した結果は、実験的に得られた電流-電圧特性の磁界依存性と良い一致を示した。

 磁界ゼロの時の電流値J0は多くの研究者によって詳しく解析されているが、本研究で詳細な実験を行ったところ、従来の理論に反する部分のあることが見出された。これは二重注入電流のモデル化の不備によるものである。また磁界依存性についてさらに精度の高い議論をするためには、二重注入によらず熱平衡状態で存在する担体の磁界依存性も考慮に入れる必要がある。しかし実用素子の設計指針を得るという目的に対しては、本研究の理論解析で十分満足すべき結果を得た。

 この新しい磁気センサは、ホール効果出力を物理現象によって等価的に増幅したものと言うことができ、まさに機能素子と呼ぶに相応しいものである。その物理現象がi-Geを素材とし表面再結合に依存しているだけに、温度特性、安定性などに難があるものの、極めて磁気感度が高く手軽に大きな出力が得られる利点があるため実用化への途が拓けた。まず月産数千〜数万個オーダーの小規模生産に適した量産技術を確立し、次に特性改善のための諸検討を行った。特に温度依存性の欠点を補うため、温度特性の揃った2個の素子をペアとして用いる方法と、それを効率よく量産する手法を開発した。この思想は後に磁性金属薄膜を用いた磁気抵抗素子製品にも受け継がれその実用化に寄与した。その他各種の関連素子や高抵抗Siを素材とする素子も試作し、また同時にその応用技術についても多面的な研究開発を行った。

 SMDはその特性から汎用磁気センサとしてではなく、安価なフェライト磁石と組み合わせた近接スイッチ、無接触ボリューム、回転検出装置など、或いは微弱な交流磁界を感知する用途などに特に適している。当初の開発目標であったブラシレスモータ用には諸般の事情で利用できなかったが、レコードプレーヤ、車載用カセットプレーヤなどの民生用機器に搭載された。また広い範囲にわたって各種の産業用機器にも採用されたが、その特色を最も有効に利用しかつ最も長期間に亘って使用され続けたのは、フォークリフトの無接触コントロールと磁気探傷機の漏れ磁界センサであった。一部の用途向けではあるが、開発後30年を経た現在もなお、開発当初と殆ど同じ仕様の素子が製造販売され続けていることは、技術革新の急激な半導体領域において極めて稀な事象と言えよう。

 固体プラズマに関する一連の研究は、元来トランジスタやICでは実現できないマイクロ波領域の発振・増幅素子を得ることを目指して行ったものであるが、結果的には磁気センサという形で基礎研究の成果が結実した。本研究では固体物性物理の基礎研究に端を発し、新規機能素子の着想、その理論的解析、実用素子の開発、製造技術、応用技術、営業支援など、一つの電子デバイスについてあらゆるフェーズの研究開発に携わった。

 今後も新しい機能素子を求める研究は種々試みられるであろうが、1)新しい物理原理、2)それを具現化する工業技術、3)強い実用ニーズの存在、4)代替技術に対する経済的優位性、などの諸条件が共助的に働くことが成功への必要条件である。

審査要旨

 半導体や半金属中の電子および正孔の相互作用は電離気体中の電子とイオンに類似した特徴を多くもつことから関連した諸現象は固体プラズマ現象と呼ばれ、1960年台に活発な研究が行われた。またそれらの現象を利用して有用性の高い新電子デバイスを創出しようとする試みも活発に行われた。本研究の第一の主題はゲルマニウムおよびビスマス中で起きる興味ある非線形伝導現象の発見とその解析に関するもので固体中の電子の挙動を深く理解することが可能となった。第2の主題は新構造ゲルマニウムpinダイオード順方向電流の大きな磁界依存性の発見とその磁気センサーとしての応用に関するもので、原理の解明から、作成法の確立、工業化、適用範囲の拡大まで総合的に研究開発を進めている。これらをまとめた本論文は「固体プラズマ現象と高感度マグネトダイオードの研究」と題し、全5章よりなる。

 第1章は「序論」であり、本研究が開始された1960年台に半導体の物性基礎研究を土台に新しい機能素子を生み出そうとする時代的機運の中で、第1に磁界印加時に発生する発振現象(オシリスタ現象)、および高移動度ビスマスの低温における音響電磁気効果(超音波増幅現象)について実験的、理論的な研究を進め、キャリアの振る舞いについて理解を深めるとともに、第2にそれらを基礎としてゲルマニウムpinダイオードの側面に非対称な表面再結合速度を生じさせる処理を施した構造において極めて大きな磁界依存性が生じることを発見し(マグネトダイオードと命名)、またその動作機構を解明し、さらに第3にマグネトダイオードを実用化し、応用の展開を図った一連の研究開発を本論文の骨子とすることを述べ、本論文の構成を示している。

 第2章は「固体プラズマ現象に関する研究」と題し、まず固体プラズマ概念の整理と、研究開始時点における機能素子への期待が要約されている。本章の前半ではゲルマニウム中のオシリスタ現象の実験的研究が詳述されている。順バイアスpinダイオードの軸方向磁界印加時の電気的発振現象を観測し、電子密度と正孔密度の非対称性を考慮することによって振動現象の主因であるらせん運動を合理的に説明できることを三沢氏との共同研究で明らかにした。本章の後半ではビスマス中の電子・正孔とフォノンの相互作用の1形態として超音波によってドラッグされた電子流に横磁界を印加すると磁界および超音波振幅に比例する横起電力が生ずることを見出し、音響電磁気効果(AME)と命名するとともに単結晶におけるAME起電力の異方性をバンド理論にもとづいて正しく記述することに成功した。さらにパルス電圧印加に対する動的な抵抗変化が超音波増幅とAME効果の複合として説明できることを明らかにした。またビスマス・テルル希薄合金でヘリコン波が伝播することを観測している。

 第3章は「高感度マグネトダイオードの動作原理」と題して著者が発見した高感度電流磁気効果の実験とその理論解明が記述されている。長いi領域をもつpinダイオードを順方向バイアスするときには電子と正孔の2重注入が起きるが横磁界印加時に同一方向に曲げられ、表面で再結合する。再結合速度が遅ければ空間電荷領域が発達し、電子流の曲げは元に戻されるが、再結合速度を速めると横方向定常流が発生し、縦方向の大きな電流変化を生み出す。表面再結合速度を非対称にすれば定常流の差が大きくなり磁界反転に関する対称性が失われ、小磁界領域でもリニアな応答が保証される。これらを拡張された2重注入モデルによって定式化し、実験結果の定性的な説明に成功した。また定量的な不一致にも目を向け、モデル理論の出発点となったランパートの2重注入理論における近似を吟味するとともに、理論上の改良の可能性を示唆している。

 第4章は「高感度マグネトダイオードの実用化開発」と題し、工業化にいたる種々の考案、技術開発および適用対象の拡大について記述している。特に前置増幅器なしにボルト級出力が得られることを利用した各種工業用センサー(磁気探傷装置、フォークリフトの無接触制御など)が他のセンサーの追随を許さないところであり、発明後約30年にわたって生産が続けられている。ただし近年はIC技術の発達によって増幅器付きのセンサが主流となっている。実用化にあたって重要な改良のひとつはペア素子構造による安定動作の確保であり、悪環境下での正常動作が可能になった。

 第5章は総括であり、本研究によって得られた主要な成果を要約するとともに、補遺的考察として(a)固体プラズマモデル化手法の整理、(b)マグネトダイオード理論精密化の課題整理、(c)センサ素材の要求条件の整理に言及し、また機能素子探索の成功事例としての歴史的把握と反省ならびに提言をもって結びとしている。

 以上を要約するに本論文は半導体および半金属における興味ある固体プラズマ現象の詳細な観測とモデル解析を通じて半導体、半金属内での電子、正孔流の制御性を高めるとともに、高感度磁気ダイオードを発明し、その動作原理を解明し、工業化を図ることによって学術的研究から産業的成功への流れを具体的に示したものであって電子工学上の貢献が多大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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