学位論文要旨



No 214172
著者(漢字) 伊藤,顕知
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,ケンチ
標題(和) プロトン交換LiNbO3光導波路とその応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 214172
報告番号 乙14172
学位授与日 1999.02.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14172号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊藤,良一
 東京大学 教授 宮野,健次郎
 東京大学 教授 五神,真
 東京大学 教授 黒田,和男
 東京大学 教授 神谷,武志
内容要旨

 LiNbO3、LiTaO3は三方晶系(C3V)の結晶族(点群3m)に分類される強誘電体結晶で、両者とも、一次電気光学係数、非線形光学係数、圧電係数、音響光学係数などの各種機能性係数が高いため、光スイッチ、光偏向器、第2高調波発生(Second Harmonic Generation:SHG)素子などを初めとする様々の光集積回路用の材料として重要である。プロトン交換法は、LiNbO3、LiTaO3基板上に閉じ込めが強くかつ光損傷に強い光導波路を簡便に作製する方法として注目されている。しかしプロトン交換により、LiNbO3、LiTaO3の各種機能性係数が大きく低下することが見い出されたため、現在ではプロトン交換後空気中でアニーリングを行い、一旦低下した各種機能性係数を回復させて実際の光導波路として用いられている。

 本論文の前半部分では、まずプロトン交換やプロトン交換後のアニーリングによって生じるLiNbO3、LiTaO3の物性変化のメカニズムを解明するため、プロトン交換時の拡散係数、プロトン交換LiNbO3の結晶構造に関する詳細な検討および結晶構造変化が物性変化に及ぼす影響についての検討を行った。その結果を以下に要約する。

1 プロトン交換の拡散係数

 (1)プロトン交換の拡散係数は、プロトン交換用のプロトンソースとして安息香酸を用いる場合、プロトン交換温度T、時間t、安息香酸リチウム添加量Mに対し、D=D0exp(-Q/RT)exp(-aM)(D0、aは定数、Qは活性化エネルギー、Rは気体定数)の形の依存性を有する。

 (2)拡散係数Dは極めて強いプロトン濃度CH依存性を示し、その形は、

 

 という4つの領域に分けられる。

2 プロトン交換LiNbO3の結晶構造

 (1)プロトン交換LiNbO3の空間群は、バルクLiNbO3の同じ六方晶である。

 (2)安息香酸リチウムが添加された溶融液により作製されたプロトン交換LiNbO3の置換率xは、0.55<x<0.75の範囲にあり、その格子定数の変化率はMおよびxの値にかかわらずほぼ一定で、その変化率はa軸方向でa/a=0.45%、c軸方向でc/c=0.3%である。

 (3)プロトン交換後アニールを行うと、アニール時間とともに置換率xは、0.55から0.1まで大きく減少するとともに、格子定数の変化率も低下する。また、アニーリングにより結晶性は一旦悪化し、2つの結晶相が共存するようになり、さらに十分のアニーリングを行うと、結晶相の変化が完了し結晶性は回復する。

3 プロトン交換LiNbO3の結晶構造と物性

 (1)プロトン交換LiNbO3光導波路の屈折率変化量neとH+とLi+の置換率xとの関係は、x<0.65の範囲では、neはxの増加とともにリニアに増加し、x>0.65の範囲ではneの値はほぼ一定となる。プロトン交換による屈折率変化は、Li+サイトの周りのローカルな電子状態の変化が主因ではないかと推測される。

 (2)プロトン交換LiNbO3光導波路における光伝搬損失は、プロトン交換ソースに添加する安息香酸リチウムの添加率Mが大きいほど、拡散係数Dが小さいほど小さくなる。またアニーリングは光伝搬損失を大きく低減する効果がある。その理由は、アニールによる結晶性の改善とプロトン交換LiNbO3光導波層と基板層間のストレスや屈折率不整が緩和された効果であると考えられる。

 (3)プロトン交換LiNbO3光導波路における電気機械結合係数(電気光学係数や非線形光学係数と同様の3階のテンソル)は、各基板方位および弾性表面波の伝搬方向により、低下の程度が大きく異なる。アニーリングは電気機械結合係数の値を回復させる効果がある。

 (4)アニーリングによる物性の変化は、同じ3階のテンソル量である圧電係数(電気機械結合係数にほぼ比例)、電気光学係数、二次の非線形光学係数の間で大きく異なっている。これは、前2者がアニーリングによってあまり大きく変化しない結晶を構成するイオンの相互配置と関係しているのに対し、後者は屈折率と同様、Li+サイトの周りのローカルな電子状態の変化の影響を受け、これがアニーリングにより大きく変化する置換率に強く依存するためであると考えられる。

4 プロトン交換LiNbO3の屈折率変化の由来の量子化学計算による考察

 (1)プロトン交換LiNbO3における大きな屈折率変化の由来が、上記で述べたようにLi+サイトの周りのローカルな電子状態の変化によるかどうかを、分子クラスターを用いた量子化学計算を用いて考察した。

 (2)分子クラスターのエネルギーを最小にするプロトンの位置を計算した。その結果、プロトンがOイオンで形成される平面の近傍の、Oイオンから約0.lnm離れた位置に存在するとき、クラスターのエネルギーが最小となった。この結果は、赤外吸収スペクトラムの実験結果と極めてよい一致を示す。

 (3) プロトン交換LiNbO3における大きな屈折率変化の由来は、プロトンの注入による電子状態の変化によること見出した。特に、常屈折率に対してはOイオンの2p軌道からプロトンないしLiイオンのlsないし2s軌道への電子双極子遷移が、異常屈折率に対してはOイオンの2p軌道が一部混成したNbイオンの4d軌道からNbイオンの4d軌道が一部混成したLiイオンの2s軌道ないしプロトンのls軌道への電子双極子遷移が支配的な影響があることがわかった。

 論文の後半では、実際にプロトン交換LiNbO3、プロトン交換LiTaO3光導波路上に、光ディスク装置のシークやトラッキングの高速化を目的としたコリニア型の光偏向器、短波長の光ディスク用の光源への工業的応用を目的とした擬似位相整合型SHGデバイスを試作・評価し、さらにプロトン交換によるLiNbO3、LiTaO3の物性の変化が、デバイス特性に与える影響について検討した。さらにSHGデバイスに関しては、高効率化、低ノイズ化の指針について詳細に検討した。以下に得られた結果を要約する。

5 プロトン交換LiNbO3を応用したコリニア型光偏向器

 (1)光ディスク装置のシークやトラッキングの高速化を目的として、音響光学効果を用いたコリニア型光偏向器を提案し、その動作特性を実験的に検討した。

 (2)プロトン交換のみを行ったプロトン交換LiNbO3光導波路上に形成されたコリニア型光偏向器の効率は投入電力0.5Wで0.02%であったが、プロトン交換後、適切なアニールを行ったプロトン交換LiNbO3光導波路上に形成されたコリニア型光偏向器では、投入電力0.5Wで効率28%を得た。また焦点距離4mmの対物レンズを用いた場合の焦点可変範囲は±14m、0.01MHz刻みの励振周波数の制御で25nm刻みのトラッキングが可能であり、これらは実用に十分な値である。

 (3)アニールによる音響光学係数の回復が、アニールしたプロトン交換LiNbO3光導波路上に形成されたコリニア型光偏向器の効率の向上をもたらしたと考えられる。

6 擬似位相整合SHGを応用した光強度変調器

 (1)高密度光ディスク装置の記録用光源として期待される擬似位相整合SHG素子のSH出力を、電気光学効果によりSHG素子の位相整合条件を制御することで変調するデバイスを提案し、その動作特性を検討した。

 (2)トータルの位相変調がゼロとならないよう分極反転格子のデューティサイクルを0.4に設定したQHM:SHG光変調器の効率は0.4%/W、SH波を完全に消光するのに必要な駆動電圧は180Vであった。

 (3)駆動電圧が高い原因は、プロトン交換による電気光学係数の低下、デューティサイクルが最適値よりずれていることなどである。ここでも、プロトン交換による物性変化が素子特性に大きな影響を及ぼしていることがわかった。

7 擬似位相整合SHGを応用したSHG素子の雑音特性

 (1)位相整合波長帯域が狭いQPM:SHG素子において安定した位相整合を可能とする波長制御の方法として、半導体レーザの外部に回折格子を置く方法をとりあげ、3種類の回折格子を用いた波長制御方式に関し、その雑音特性を実験的に検討し、QPM:SHG素子における最適の波長制御方式について検討した。

 (2)回折格子から半導体レーザへの帰還率を高めるにつれ、レーザ発振はマルチモードからシングルモードに変化した。マルチモード発振時のSH波のRINの値は、基本波のRINの値に比べかなり大きく、-100dB/Hzから-110dB/Hzであった。

 (3)光ディスク装置の光源に要求される-130dB/Hz以下のRIN値を達成するには、基本波のシングルモード発振が不可欠である。自己位相整合方式は、3つの方式の中で最も小さな帰還率でシングルモード発振が実現でき、これらの方式の中では最適の波長制御方式であると考えられる。

8 擬似位相整合SHGを応用したSHG素子の高効率化

 (1)QPMを達成する分極反転格子と波長制御を行う回折格子を同一基板上に分離して設置し、QPM素子を半導体レーザと回折格子の間に設置する、内部共振器型QPM:SHGレーザを提案し、その特性を解析する理論式を導出し、定常状態について検討した。

 (2)実用的な低いしきい電流値の内部共振器型QPM:SHGレーザを開発するためには、高い反射率(R2≧0.9)の、高次オーダーの屈折率変調型の回折格子の開発が重要である。

 (3)出力SHパワーは、SHG効率に強く依存する。コストの観点からは、現状の50mWクラスの半導体レーザを用いることが不可欠である。これを用いて、光記録可能な30mW以上の出力を得るには、現在得られている最も高い=2.2W-1のQPM:SHG素子を用い、150mAの注入電流が必要である。

 (4)は、基本波波長のQPM波長からのずれや光伝搬損失により低下する。の低下を20%以内に抑えるには、基本波波長のQPM波長からのずれを0.05nm以下に、基本波の光伝搬損失を0.7dB/cm以下にする必要がある。後者は、アニールされたプロトン交換LiNbO3、ないしLiTaO3光導波路を用いることで達成できる。前者は、素子の作製誤差を考えると極めて厳しい数値であり、DBR領域の屈折率を基板温度や電気光学効果により制御することによって基本波波長を制御する機構が不可欠である。

審査要旨

 本論文は、「プロトン交換LiNbO3光導波路とその応用に関する研究」と題し、プロトン交換LiNbO3光導波路の結晶構造と物性、およびそれを応用した光偏向器、第2高調波発生(Second Harmonic Generation:SHG)素子の高機能化に関して行われた研究をまとめたものである。

 LiNbO3、LiTaO3は三方晶系の結晶族(点群3m)に分類される強誘電体結晶で、両者とも電気光学係数、非線形光学係数、圧電係数、音響光学係数など各種機能性係数が高いため、光スイッチ、光偏向器、SHG素子などの様々の光デバイス用の材料として重要である。プロトン交換法は、1982年に発見された新しい光導波路作製法で、LiNbO3、LiTaO3基板上に閉じ込めが強くかつ光損傷に強い光導波路を簡便に作製することができる。しかし、1980年代後半に、プロトン交換によりLiNbO3、LiTaO3の各種機能性係数が大きく低下することが見出され、その後 1990年頃までに、その解決策としてアニーリングによって機能性係数を回復させる方法が提案された。しかしこの段階では、プロトン交換やアニーリングによる物性変化のメカニズムが明確でなく、プロトン交換LiNbO3光導波路を用いた高性能の光デバイスを作製することは困難であった。

 本論文の前半部分では、プロトン交換およびアニーリングによって生じるLiNbO3の物性変化のメカニズム解明を目標とし、プロトン交換時の拡散係数、プロトン交換LiNbO3の結晶構造、および結晶構造と物性の関係に関する研究結果が述べられている。論文の後半部分では、前半部分の検討を踏まえ、プロトン交換LiNbO3、LiTaO3光導波路上に、光ディスク装置のシークやトラッキングの高速化を目標としたコリニア型の光偏向器、光ディスク用の短波長光源への応用を目標とした擬似位相整合(Quasi Phase Matching:QPM)SHG素子を試作評価し、プロトン交換によるLiNbO3、LiTaO3の物性変化が素子特性に与える影響についての研究結果が述べられている。さらにSHG素子に関しては、実用化を可能とするための高効率化、低雑音化の指針についての研究結果が述べられている。論文は10章から成る。

 第1章は「序論」であり、本研究の背景と目的、および本論文の構成が述べられている。

 第2章は「LiNbO3のプロトン交換過程における拡散係数」と題し、プロトン交換の拡散係数に関する研究結果が記述されている。特に、プロトン交換の相互拡散係数が強いプロトン濃度依存性を示し、プロトン濃度に対し4つの領域に分けられること、またその4つの領域が、既にRiceらが粉末のプロトン交換LiNbO3に関して明らかにしている4つの結晶相に対応することが明らかにされている。

 第3章は「プロトン交換LiNbO3光導波路の結晶構造」と題し、プロトン交換光導波路のプロトン交換置換率及び結晶構造を、核反応法、電子線回折、X線回折により分析した結果が記述されている。その中で、結晶群はプロトン交換により変化しないこと、プロトン交換後の結晶相は相とよばれる結晶相であり、置換率は0.55から0.7、格子定数の伸びはプロトン交換条件にかかわらず0.45%とほぼ一定であることが明らかにされている。また、プロトン交換後のアニーリングは、置換率を0.55から0.1程度まで大きく減少させるとともに、結晶相を相から相に変化させ、かつ格子定数の伸びを減少させる効果があることが明らかにされている。

 第4章は「プロトン交換LiNbO3光導波路の物性と結晶構造の関係」と題し、プロトン交換LiNbO3光導波路の屈折率、光伝搬損失、および電気機械結合係数(圧電係数)のアニーリング条件依存性、ならびにこれら各種係数、電気光学係数、及び非線形光学係数と結晶構造の関係の考察結果が述べられている。その中で、屈折率、光伝搬損失、電気機械結合係数(圧電係数)のいずれもがアニーリングによって大きく回復することが、実験的に明らかにされている。また結合電荷理論を用いた考察から、プロトン交換によるLiNbO3の屈折率変化がLiイオンサイトの周りのローカルな電子状態の変化に起因するという推定がなされている。さらに同じ3階のテンソル量である電気機械結合係数、電気光学係数、非線形光学係数の、プロトン交換による変化の大きさが異なっている理由が考察されている。その結果、圧電係数、非線形光学係数がプロトン交換によって大きく変化しない結晶を構成するイオンの相互配置に関係しているのに対し、電気光学係数が屈折率と同様、プロトン交換により大きく変化するLiイオンサイトの周りのローカルな電子状態の変化と関係するためであると結論づけられている。これら物性変化のメカニズムの考察は半定量的ではあるが、プロトン交換によるLiNbO3の物性変化を初めて統一的に説明したものであり、プロトン交換LiNbO3の物性研究に関するインパクトは大きい。

 第5章は「量子化学計算を用いたプロトン交換によるLiNbO3の屈折率変化メカニズムの検討」と題し、前章で提唱した屈折率変化メカニズムが正しいかどうかを、ab intioの量子化学計算で検証した結果が記述されている。計算方法は典型的なab intioの量子化学計算方法であるHartree-Fock-Roothaan法であり、結晶を分子クラスターで近似して計算を行っている。その結果プロトン交換LiNbO3におけるプロトンの位置はLiイオンサイトでなく、O原子から0.1nm離れた位置であることが明らかにされている。またプロトン交換による屈折率変化の起源は、予想通りプロトン注入による電子状態の変化によることが確認され、常屈折率に関してはOイオンの2p軌道からプロトンないしLiイオンの1sないし2s軌道への電子双極子遷移が、異常屈折率に関してはOイオンの2p軌道が混成したNbイオンの4d軌道からNbイオンの4d軌道が混成したプロトンないしLiイオンの1sないし2s軌道への電子双極子遷移が支配的な影響があることが明らかにされている。本章の検討結果は前章で提唱した屈折率変化メカニズムの有効性を確認するとともに、プロトン交換によるLiNbO3の物性変化のミクロの起源を明らかにした点で重要な意義を有する。

 第6章は「音響光学効果を用いたコリニア型光偏向器」と題し、プロトン交換LiNbO3光導波路上に、光ディスク装置のシークやトラッキングの高速化を目的としたコリニア型光偏向器を試作・評価した結果が記述されている。本研究で得られた光偏向器の特性は、投入電力0.5Wで効率28%、焦点距離4mmの対物レンズを用いた場合の焦点可変範囲が±14ミクロン、0.01MHz刻みの周波数制御で25nm刻みのトラッキングが可能であり、実用に十分の値である。また、プロトン交換後のアニーリングが光偏向器の効率に大きな影響を及ぼすことを見出し、特にアニーリングによる音響光学係数の回復が重要であることを明らかにしている。

 第7章は「擬似位相整合SHGを応用した光強度変調器」と題し、高密度光ディスク装置の短波長記録用光源として期待される擬似位相整合SHG素子のSH出力を、電気光学効果によりSHG素子の位相整合条件を制御することで変調する光強度変調器を試作・評価した結果が記述されている。作製された素子は、3次の擬似位相整合を用い、分極反転格子のデューティサイクルが0.4であり、得られた素子のSHG効率は0.4%、SH波を完全に消光するために必要な駆動電圧は180V(設計値5V)であった。駆動電圧が高い原因について詳しく考察がなされ、その原因としてプロトン交換による電気光学係数の低下、デューティサイクルの設計値からのずれが特定されている。本光強度変調器はまだ素子特性は十分ではないが、SHG素子と電気光学効果を応用した変調器を集積化した新しい機能性デバイスを提案、動作確認した点は興味深い。

 第8章は「擬似位相整合SHGを応用したSHG素子の波長制御と雑音特性」と題し、位相整合波長帯域が狭い擬似位相整合SHG素子において、安定な位相整合を可能とする基本波波長制御方式として、半導体レーザ外部に回折格子を置く方法を取り上げ、その雑音特性について実験的に検討した結果が記述されている。まず基本波がマルチモード発振している場合のSH波のRIN(相対雑音指数)が基本波のRINに比べ2から3桁大きく、-110dB/Hzから-100dB/Hzであることが明らかにされ、高密度光ディスク装置の短波長記録用光源として実用可能な相対雑音強度(RIN)-130dB/Hz以下を達成するためには、基本波を単一モード発振させることが必須であることが明らかにされている。さらに基本波を安定に単一モード発振させるには、帯域の狭い導波路型の回折格子で波長制御を行うことが可能で、かつ共振器長を短くできる自己位相整合方式が最適の波長方式であると述べられている。またSH波の雑音増加のメカニズムに関しての考察も行われており、基本波がマルチモードの場合にSH波の雑音が増加する理由として、和周波の効果と位相整合帯域による基本波のフィルタリングの効果があげられている。以上のように、本章では擬似位相整合SHG素子の低雑音化の指針が提示されているにのみならず、SH波の雑音発生メカニズムが詳細に考察されており、擬似位相整合SHG素子を高密度光ディスク装置の短波長記録用光源として実用化する際に重要な成果であると考えられる。

 第9章は「擬似位相整合SHGを応用したSHG素子の高効率化」と題し、現在実用になっている安価な50mW級の赤外半導体レーザを用い、光記録可能な30mW以上のSH出力を得ることが可能な内部共振器型の擬似位相整合SHG素子が提案され、その特性をレート方程式を用いて理論的に解析した結果が記述されている。その中で前述の出力を得るための条件として、レーザの低しきい値電流化のためにDBR反射率を90%以上とすること、SHG素子の効率は2(/W)以上であること、光伝搬損失は0.7dB/cm以下であること、位相整合波長と基本波波長のずれを0.5nm以下とするなどの設計指針が明らかにされている。

 第10章は「結論」と題し、本論文で得られた結論と今後の課題を簡潔にまとめている。

 以上のように本論文では、広い応用が期待されるプロトン交換LiNbO3光導波路の結晶構造およびプロトン交換による物性変化メカニズムの基礎的な研究が行われ、さらにそれを応用した光偏向器、擬似位相整合SHG素子が提案、試作、評価されている。研究の結果、プロトン交換LiNbO3の物性変化メカニズムが解明されるとともに、光ディスク装置の高速シーク/トラッキングに実用可能な光偏向器を実証し、さらにまた、光ディスク用の短波長光源として実用可能な高効率、低雑音、直接変調可能な擬似位相整合SHG素子に必要な各種要素技術が提案されている。これらの成果はフォトニクス分野へのインパクトが大きく、したがって物理工学への貢献が大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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